ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第188頁目 計画通りじゃない?

「セクトッ! 砂!!」


 僕はセクトの腹を早いテンポで二度蹴る。この方法は少しだけ速度が落ちるけど牽制には役立つんだ。重心を落とし、少しだけ前方に傾けるとザリッ、ザリッと特徴的な足音に変わった。

「くっ!」

 僕の後ろを走るラクールさんはモロにセクトが蹴り飛ばした砂やつぶてを受けたみたいだ。

「ざまあないね! でも、やっぱりアンタが前にいちゃ邪魔なんだよ!」

 斜め後ろ。少し外側からこちらを矢で狙うメメャリさん。でも、セクトは大きいから少し下から僕を狙う必要がある。今思えばロワルドさんの鉄球は恐ろしい精度だった。でも、実戦で使用するっていうのはそれだけの自負があるって事だよね。そんなモノから僕は身を守らないといけない。鉄球と違って貫通する矢は致命傷になる!

「セクト!」

 腹を蹴って加速させた。そんなやり方じゃ矢の脅威からは逃げられないけど、ネさんを追い越せば話は変わってくるはず! そして、それまでは……!

「跳べっ!」

 セクトの首元を軽く叩いて走り方を変えさせる。スキップの様に縦揺れが激しくなるけど、これも事前にメメャリさんが矢を使うと知っていたから出来た練習成果だった。そして軌道ラインを少しだけ外側を走るメメャリさんに寄せたら……!

「もう一度だ!」

 僕はセクトの腹を再度二度蹴る。それによって後方に巻かれる妨害。エカゴットの脚力で蹴られた小石はこちらへ向かってくる物に当たる事でより強い威力になる。あまり怪我はさせたくないけど……。

「あぁあああッ!!」

 腕で顔を守りながら吠えるメメャリさん。このやり方は相手を苛つかせる方法として有名でもある。恨まれたくはないけど、こうするしかないから!

「今だ!」

 緩やかなカーブが始まる直前で僕は思いっきりセクトを加速させる。重なる走法の切り替えにも拘わらずセクトには疲労の片鱗も見えない。恐ろしいスタミナだ。それよりも僕が保つかどうか……。だってここが一つの正念場なんだ!

 メメャリさんに合わせて外側に少し膨らんだからこそ、カーブの導入に負荷を少なくして入れる。曲線の角度に合わせる様に直線で! ヘラでこそぐ様に曲線に密着して! 


 ――ネさんを剥がす!!


「ぬぅっ!?」

 セクトの鼻先をコースの柵とネさんの間にある僅かな隙間に無理矢理突っ込む様な形で突撃する。エカゴットの体格差はこちらの方が上。ネさんが転倒を恐れて少しだけ外側に逸れる事に賭けた攻めだった。それは無事、上手くいく。ネさんはあの急なカーブで勝負に出る為にも此処で無理に抵抗しないだろうって考えたんだけど、正解みたいだ。

「いいよセクト! 良い調子!」

 思惑通り理想的な入りで緩やかなカーブに到達する。でも、一つだけ予想外な事があった。僕の後ろにラクールさんが続いたんだ。エカゴットレースは尻尾の届く圏内には決して入らない。それで叩かれたら痛手を負うからね。だからと言って、武器は違う。ラクールさんが使う競技具によっては僕の方こそ痛手を負う事になる。……その可能性は限りなく低いけどね。

 彼女は飛び道具を好まない。その代わりに……!

「やあッ!」

 彼女の操るエカゴットは瞬発力を備えている!

「は、速い!」

 思わず素直な感想が漏れる。ラクールさんはカーブであるにも拘らず加速して外側から僕を抜こうと試みているのだ。それにどれだけの踏ん張りが必要である事か。ここで抜かれたら不味い!

「せ、セクトッ!」

 これ以上加速させたら最後まで”僕の”スタミナが保たない可能性がある……。でも……今は……!?

 ラクールさんの位置を確認しようと後方を見た。キラリと瞬く光線。それは、ラクールさんよりも後ろから反射した輝き。メメャリさんの構えたやじりだった。その先は僕に向けられている。

 ……しまった。

 そう思った時には遅い。メメャリさんが弦から指を離し、ソレは僕を……!

「あ゛っ!?」

 なんて弓の腕なんだ。やられてしまった。命を奪う気はなかったんだろう。僕の再起不能だけを目的に放たれたその矢は僕の右腕を貫いたんだ。

「ぐっ、い、痛い……!」

 矢は貫通したけど、刺さったままだ。でもこのままじゃ操舵に支障が出る。僕は一瞬だけデミ化を緩めて歯を無くすと手綱を口で力強くんだ。そして……!

「う、ううぅぅ゛~ッ!」

 矢の射られていない方の腕で矢を掴み、思いっきり引き抜いた。熱い……。射抜かれた場所が燃えてるみたいに痛い。引き抜いた矢は放り投げる。ぬるりと滴る血が風に当たりひんやりとし感触を覚えた。……これ、ソーゴさんやアロゥロに怒られそうだなぁ。そう考えたら少しは痛みが紛れるかと思ったけど、現実はそこまで都合よく出来ていない。涙で視界が霞む。それでも……それでも負ける気は無い。

「いッ! ぐぐ……ッ! 大丈夫……大丈夫……。焦っちゃ駄目だ。毒が出る程の事じゃない。」

 自分に言い聞かせながら腕に力を入れて手綱を握る。

 でも、心の奥底ではわかっていた。毒は漏れ出ると。しかし、”肉体強化”なら許されている。亜竜人種だってこの程度の魔法ドーピングは許してくれるだろう。それに、セクトの身体には既に見越して蝋が塗ってある。最悪の事態を想定しておいてよかった。……違うよね。これはまだ”最悪”じゃない。

 幸い貫かれた腕の骨は折れていなかった。冷静を装うんだ。早く魔法で傷口の表面だけでも塞ごう。動揺が少しでもセクトには伝わらない様に……。そして、状況を把握しなきゃ。悔しいけど、ラクールさんには抜かれてしまった。だからって諦める理由にはならない。順位はまだ四。巻き返せる……!

 呼吸を整えながら後ろを確認すると、メメャリさんが再度矢を構えていた。砂かけを警戒してか少しだけコース外側からこちらを狙っている。怖い。でも、アレを警戒し続けるという事は常にメメャリさんの手が届く範囲にいるのと同じだ。なら、僕は行く!

「セクトッ! 頑張るよ!!」

 僕はセクトの腹を三回蹴った。これは僕の秘策の一つ。セクトを元来の走り方に戻すという方法だ。セクトに速度を抑えて貰っている一つの理由として、身体が大きい所為で比例して走行時の揺れが増してしまうというのがある。だから、ここ数日で僕はセクトの揺れ加減も含めて速度の加減を見ていたんだ。レースじゃ騎手が地面に落ちたらその時点で失格になってしまう。それもあってもっとゴール手前で使う気だったけど……!

 優勝できなきゃそれこそ意味がないんだ!

「ふぐぐぐ……!」

 一気に揺れが大きくなる。セクトから伝わるリズムから少しでも外れると力の流れは行き場を失い絡まってやがて僕を弾き飛ばすだろう。でも、僕は生半可な覚悟で参加したんじゃない! いけ! セクト! 僕が頑張って付いていくからッ!

「クソッ!」

 メメャリさんの悔しそうな声が後ろから聞こえた。そして、それを皮切りに後ろから聞こえる足音のテンポが早くなっていく。それでも僕には、セクトには追いつけないはずだ。そうじゃないよね。追いつかせない。違う! 追い抜け!

「セクトッ! 走れえええ!!」

『キュアアアアアアアアッ!!』

 僕に合わせる様にセクトが吠えた。何かが伝わったんだと思う。その瞬間、前にいるラクールさんのエカゴットと目が合った。夢中で走るエカゴットが後ろを振り向くなんてありえない。今のセクトの声でラクールさんのエカゴットは怯えているんだ。今ならいける!

 さっき貫かれたのはコース外側の腕。だから、コース内側に寄せるのに支障は無い。僕はグンと加速したセクトの勢いに任せてまたコース内壁に沿って向きを調整した。前のエカゴットからすればセクトの足音ですら恐怖の欠片に感じたと思う。

「ッ何!?」

 ラクールさんが叫んだ。ラクールさんのエカゴットが指示を聞かずに外側へ軌道を少しズラし僕達に間を譲ったからだ。それを見逃す訳にはいかない。僕は勝利に向けて脚を進ませた。ラクールさんの横をかなりの速度差で通り抜ける。それもあってかラクールさんとのすれ違い時に攻撃を受ける事はなかった。まずは自分のエカゴットの制御を取り戻す事が大事だろうしね。

「よ、よし……! って嘘!?」

 前にはカスタさんとデケダンスさんの二人、僕は三位にまで上り詰めた訳なんだけど……。前の二人の戦いは想像していた以上に壮絶だった。”強奪のカスタ・ネット”と”外道デケダンス”。カスタ・ネットさんはさっき控室じゃ話さなかったけど、今大会唯一の不変種。”強奪”の由来は相手のエカゴットを強奪する事からだ。対して、デケダンスさんは”特殊な飛び道具”を使う。

『ピューーイッ!』

 辛うじて先頭を走るデケダンスさんが軽くカスタさんのエカゴットを外側へ突き飛ばすと特徴的な鳴き声で吠えた。そして、空かさずカスタさんに降り注ぐ大きな石。アレが彼のやり方だ。空を飛ぶベスを飼いならして、妨害を命じるのはルール的にグレーといった所。少なくともディニーさんは禁止にする気なんてないって言ってた。にしても、今の石がどうやら痛い所に当たったらしい。カスタさんのエカゴットの足取りのリズムが不規則で様子が変だ。これは好機チャンスなんじゃ……!

「いけ! まだだ! 速度は緩めないでいい!」

 明確に減速したカスタさんはあっという間に僕の後ろへと消えていく。何の手応えも無く、僕は二番手になっていた。

 そろそろ最後の鋭いカーブだ。思った以上に上手くいってる……! セクトの恵まれた体格があったから出来た事だけど、それでも僕は間違ってなかった。だから今……! ここまで来た!

「ほぉ! やんじゃねえかルウィア! 良いタッグだな!」
「ま、敗けません!」
「まだ青いな! そういう時はこう言うんだ……俺がァ!! 勝つ!!」

 僕を引き離す為に更に加速をしながらデケダンスさんが再び吠える。

『ピューーーーイッ!』

 さっきカスタさんにやったのと多分同じ攻撃が来る! なら外側から近くに寄って……!

 一度痛む腕で手綱を引きコースの外側からデケダンスさんに並ぶと、思いっきりエカゴット同士を擦る勢いで内側に寄せる。カスタさんとやり方は同じだけど、これだけ大きい身体のセクトならカスタさんの様に弾かれないはずだ。そして、密着してれば不用意に石なんて――。

「ルーキー、教えてやるよ。時には先を譲るのも勝つ為には大事なのさ!」

 考えてみれば当然の対処だったかもしれない。その瞬間だけ離れればいいんだから、デケダンスさんがそういうやり方をするって思いつかなきゃいけなかったんだ。煙のように視界から消え去るデケダンスさん。僕は気付けば幻の一位に踊り出ていた。


 ――――ゴッ。


 それを取り上げる思考の点滅。激痛と衝撃。静寂。

 でも、ふわっと太陽の光に包まれて喧騒が耳に押し寄せてきた。身体を強く揺さぶられている。


 あぁ……。

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