ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第187頁目 計画通り?

「うぉらっ!」

 それは僕がセクトの名を呼び駆け出した直後だった。すぐ横から飛んできた白い何か……粉?

「うぅっ!?」

 め、目が痛い……! 香辛料だ! 少しだけ目に入ってしまった!

「がはははっ! 喜べルーキー! 洗礼だ!」

 ロワルドさんが叫ぶ。酷いけど、これはルール違反じゃない。レースでは”最低限の身体魔法以外の魔法”と”火器”でなければ何をやったっていい。飛び道具なんて基本中の基本だ。だからこそ警戒して大仰おおぎょうな鎧を着込んだっていうのにまさか粉だなんて……!

「これもおまけしてやるよ!」

 そんな声と同時に背中に走る衝撃。

「グッ!」

 何が当たったかは確認出来なかったけど、重くて硬い何かなのは間違いない。でも、”ソレ”は想定していた。僕は聞いていたんだ。ロワルドさんがどんな方法でいつも勝っていたかを。……粉は本当に予想外だったけどね。

 僕の鎧はまるで取れかけの鱗が大量にぶら下がっているかの様な構造だ。木札が沢山ぶら下がっているって言えばいいかな。だから、その一撃がよっぽど芯を捉えていない限りは、木札が千切れてでもいなしてくれる。

「チッ! 芯には当たんなかったか。」
「当たんのはアンタだよ!」
「うおっ!?」

 ロワルドさんとは反対側にいたメメャリさんが長い矢を手に持ち、ロワルドさんのエカゴットを突く。それは見事命中したが、先端がロワルドさんの腕に防がれていた。そして、その樹木の腕が変形し矢を絡め取ると容易く奪われてしまう。

「へっ! やる事が陰湿で女らしいな!」
「植人種に嘴獣人種の性別の違いなんてわかんのかい!」

 そう叫びながら今度は弓を取り出して火矢を放つメメャリさん。僕はそんな二人から距離を取り、姿勢を崩さない事だけを心掛けた。

 クッ……! 目が痛い! でも、目を瞑ったら平衡感覚にズレが出てしまう気がする!

『キュアッ! キュアアッ!!』
「セクト! その調子で走るんだ! 僕も可能な限り君の力を受け止める!」

 腰を浮かせて重心を前に寄せながらセクトから伝わってくる揺れを身体全体で応える。セクトの身体の動きを可能な限り邪魔をしない。それどころか勢いに力を加えて動きを増幅させるんだ! 振り子の揺れを促すみたいに!

 U型を外周するこのコースは鋭角のカーブが二回ある。そこを如何に効率良く曲がるかできっと勝負は決まる。選手により戦法が異なるから距離を縮める人、離す人がいるんだよね……。重量を軽くする為にも装備は限られてくる。幾ら武器があっても届かなければ意味が無いからだ。だから僕は前へ行く!

『うおおおおおおお!!』

 突如弾ける歓声! 斜め前方ではロッゾさんが……あれはラクールさんかな。その人に刺突剣で攻め立てている。でも、凄い。ラクールさんは軽々とその攻撃をいなしている。手に持っているのは末広がりの平たい剣。刀身が台形のあまりみない武器だ。バワンバワンと音を立ててたわむ刀身は決して硬くは無いはずなんだけど、それでも上手くその柔軟さを活かして鋭い刺突の軌道を美しく歪ませる。

「やるじゃん! 殺しはしないから敗けたら俺とデートしてくんない!」
「邪魔。」
「おっとぉー! その武器リーチ短いし重そうだから攻撃には向かない感じだよな!」
「……そういうの、慣れてるから。」
「そういうのってどんなのだ!」
「そういうの。」

 エカゴットの背中でよくあんな動きが出来るなぁと感心してしまう動きだ。二人は武器を縦横無尽に振りながらもエカゴットの重心を意識しながら戦ってる。最高速度は出ないんだろうけど、それでも力のロスを最低限に抑えようっていうのが見ててわかる。にしても、どうしようか……。カーブに向けて少しずつコースの内側へ向かってるから無理に追い越そうとしても幅寄せされてそのまま擦り潰される。かといってコースの外側からじゃ……。

「後ろか!」
「えっ!?」

 ロッゾさんがそう言って瞬間的な減速をしながら僕の方へ剣を構えた。それに驚いた僕はコースの内側に強く手綱を引いてしまう。指示に従いルートをズラすセクト。でも、この時ばかりは運が良かった。直後、僕の居た空間を棘の付いた鉄球が通過していったんだ。どうやら僕の後ろにいるロワルドさんが僕目掛けて投げたらしい。ロッゾさんは僕を警戒した。でも、実際にロッゾさんに向かったのは……。

「な゛っ!?」

 直前まで僕の影に隠れていた棘鉄球が斜めから脇腹へ直撃。あの距離をあの速度で投げるだなんて……。ロワルドさんのデミ化魔法は絶対必要以上に使われてる。でも植人種の必要最低限は曖昧だから見逃されてるんだ。ロッゾさんは刺突剣じゃ上手く鉄球を捌けなかった。

 ……嘴獣人種は骨が折れやすいって聞いたことがある。だからきっと再起不能。下手したら……死んじゃったかもしれない。

 僕はああならない様にしなきゃ。

「セクトッ! もっとだ!」
『キュアッ!!』

 勿論セクトが出せる最高速を維持してゴールまで走り抜ける事は出来ないけど、持久力の配分を考えて加速減速を調整する事は出来る。今思えば一戦に尽力するって訓練はしなかったんだよね。朝から晩までグルグル回ってた。だから少しくらいはいつもより速く走らせても問題ないはず。でも、それは他の騎手も同じだと思う。だって前を行くラクールさんに追いつけてないんだから。

 ……カーブが近づいてきている! ここで前をいくか温存するか…………抜かないとだよね。

「悪いけど! アンタを助ける気はないんだ!」

 ロワルドさんとは一時休戦して追い上げてくるメメャリさんがそう僕に言う。このまま距離を縮めて来る気だ。カーブは、騎手同士が最も近付く箇所。意地でも内側に張り付くか、近くの人を叩き潰すか、その二択の結果が明確に表れる。

 でも、僕は妨害する装備を持ってない。そういう愚直にゴールを狙う人は僕以外にもいる。それがロワルドさん達の後ろにぴったりと付いているネ・オラさん。視界が広い獣人種で、競技具は鎧と手甲のみ。彼に下手な妨害は通じない。

「チッ!」

 ロワルドさんはカーブで僕や前にいるラクールさんに密着する為に妨害よりも加速を優先している。メメャリさんもきっと同じ。このままいけば確実に僕は痛い目を見ると思う……なら……。

「セクト!」

 僕は少しだけ両手の手綱を張り、重心を後ろにズラす。

「ん?」
「あぁ?」

 これは減速の合図。”止まれ”じゃない。その結果、ちょっとした速度の緩みでロワルドさんとメメャリさんは僕を追い抜かす。でも、その瞬間に僕は再度セクトの腹を蹴った。だとしても、速度を保ってロワルドさん達の後ろに付いていたネさんにまで抜かされてしまう。


 ……これでいい。


「セクト、ごめん! 急加速頑張って! そして……こっちだ!」

 僕は手綱を細かく引きながら自分の乗りたいレールへと乗る。ネさんの背後に。そして、カーブは眼前に迫っていた。僕はこの鋭いカーブを曲がる為の減速を早めに指示してしまったというミスをやらかした様に見えただろう。でも、違う。僕は”ネ・オラ選手”がカーブでどういう攻めをするか知っている。

「そうだよセクト! その調子……!」

 全員が速度の調節をしながら減速する中、メメャリさんがラクールさんに接敵した。

「覚悟しな!」
「……しつこい。」

 メメャリさんが長い矢を手に持ってラクールさんを突き刺す。でも、ラクールさんだって黙っちゃいない。平たい剣で防ぎながらメメャリさんに攻め返す。

「そのまま二人だけで楽しんでろよ!」
「なっ!?」
「くっ!」

 意外にもロワルドさんは妨害でなく内側に張り付く方を選んだみたいだ。ラクールさんとメメャリさんが争っている間に更に内側へ割り込んで最短ルートに入る。でもその後ろを追うラクールさん、メメャリさん…………ネさん。

「参る!」

 突然、そうネさんが叫んだ。多分この瞬間からネさんは急加速する。僕はそれに付いていかなきゃいけないんだ……!

「うおおおお!!」

 ネさんの野太い声でセクト以外のエカゴット達に動揺が走る。嬉しい誤算だった。でも、これで理由がわかった。ネさんが毎回カーブで凄い追い上げを見せると言われているのは”これ”があるからなんだ。

「チックショォ! 根無しのクソッタレが!」

 ロワルドさんが悪態を吐く。それもそうだろう。カーブの瞬間、入る余地も無いと思われた隙間に差し込まれてむ無くネさんにコースの内側を譲るしかなかったのだから。そして、弾かれたロワルドさんの軌道が少しだけ外側にずれ、外側から追い抜こうと横で重なっていたメメャリさんやラクールさんも微かながら外側に押されてしまう。という事は……僕はネさんに引っ付く事で難なくインコースを進めるという事でもある。

『ガッ!』

 風切り音がしたかと思えば何かの破片が飛んできた。……矢だ。どうやら苦し紛れでメメャリさんが矢を射ったらしい。でも、それはネさんの手甲によって防がれてしまった。僕じゃなくネさんを狙ったのは後続の僕を巻き込もうとしたからだろう。競技具的には僕を狙った方が良かったんだろうけどね。……狙われなくて良かった。

 目論見通りカーブを上手く曲がれた。でも、このままネさんの後ろに付いていても一位にはなれない。だって、ネさんの前にはまだ二人いるんだ。デケダンスさんと、カスタ・ネットさんが。つまり、僕は今四位にまで追い上げられている。前の三人を抜かなきゃだけど、後ろの選手達も侮れない……。

 角度のキツいカーブを抜けた後は少しだけ直進が続き、緩やかなカーブになる。その間をどう動くべきかよく考えなきゃ……でも、今はまず!

「あぁっ!?」

 ”僕と目が合った”ロワルドさんが驚きながらも僕に鉄球を投げる。投げつけようとした時に後ろを向かれたら戸惑いもするだろう。僕もロワルドさんが何かを投げようとしていた事を知っていた訳じゃなかったんだけど、今はまず後ろの警戒の方が大事だと思ったんだ。だって後ろにはロワルドさんとメメャリさんがいる。そんなの後ろから何をされるかわかったもんじゃない。取り敢えず、セクトに指示を出して鉄球は避けられた。

「チイッ! 亜竜人種野郎が器用な事しやがって……!」

 ロワルドさんは追撃を止め、姿勢を正す。投げられる玉だって限りがあるはず。避けられる可能性が高いのに無駄な球の消費は出来ないと判断したんだと思う。でも、加速しなければその後ろのメメャリさんとラクールさんが追いついて来るのは当然だった。二人はロワルドさんを両側から追い越し息を合わせてロワルドさんを切りつけた。

「グッ!?」

 八百長やおちょうでなければ協力に制限は無い。ロワルドさんはその手数にされ、たった一撃をエカゴットの首に入れられてしまう。コース内側を走るラクールさんの振り下ろした剣だった。

『ギュアッ!?』

 エカゴットの首は切り落とされはしなかったけど、その苦しそうな声からどれだけのダメージを負ったかはわかる。制御不能になってルートから外れ減速する。

「クソがァ!!」

 もうロワルドさんのエカゴットはレース続行が不可能となってしまった。

 ……リタイアだね。

 でも、その勢いのまま向かってくる二人をどうにかしなきゃ僕まで二の舞だ……!

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