ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第183頁目 イイ女を口説くには?

 涼しげな風とドアの揺れがドアチャイムをいななかせる。それに応えるのは皺々の婆さんだ。

「……なんだ。旦那等かい。」
「ど、どうも。」
「先日はご挨拶が出来ずすみませんでした、ミザリー様。」
「こんにちわ!」
「……ッス。」
「不気味だね。物が丁度出来た所だよ。監視でもしてたのかい? ヒッヒッ。」
「あはは……。」

 返答しにくい冗談に愛想笑いを浮かべるルウィア。どうやら依頼した品物が完成した所らしい。だが、俺達の目的はそれじゃなかった。

「いっちょ前に進捗でも聞きに来たのかい?」
「ち、違います。今日はその、ちょっとしたお誘いでして……。」
「誘いぃ? 悪いけど、わたしゃ連れがいるんだ。それに、ケツがまだまだ青すぎるよ。わたしを口説きたいならもっとステキダンディーになってきな。」
「あぁー……えっと……そうじゃなくて……。」

 冗談か本気か分かりづらい言葉に完全にフリーズしかけるルウィア。……冗談だよな? 俺の中の裁判長がそう願っている。

「ミザリーさんって旦那さんがいるんですね。」
「ったりまえだろがい。わたしみたいなイイ女を男がほっとく訳無いだろ。わたしが子供を残さないのは世界の損失さね。」
「世界の損失……!? 凄い!」
「ヒヒッ! だろう。ったくあんたもこの子を見習いな。商人なら嘘でも何でも煽てて金をもぎ取るんだよ。」
「えっ、あっ、は、はい。いえ、その……。」
「ハッキリしないねぇ。お前そんなんで惚れた女を抱けるのかい?」
「それぐらいにしてやってくれよ。イイ女に捲し立てられたら固まるのが男ってもんだろ。」
「……それもそうだね。ヒヒッ、旦那ぁわかってるじゃないか。」
「俺等は婆さんをレースの観戦に誘いに来たんだよ。つっても競技場周辺は臭くて近づかないって言ってたから一応ってだけだけどな。」
「えっと……これです。」

 ルウィアは一枚の木紙を取り出す。それは顔料で赤く塗られ洒落たフォントで『アニバーサリーレース』と書かれている……らしい。

「”赤いチケット”じゃないか!!」
「うわっ!?」

 ルウィアの手から勢いよくぶん取って目を凝らし印字を睨むミザリー婆さん。それだけの価値があるのだろう。このチケットには。

 それは昨日の事だった。


*****


「ある意味関係者なんでね。特別にこのチケットをお渡ししまさぁ。」
「チケットですか……?」
「あいあい。観戦には必要なんでさぁ。」

 ルウィアが練習を始める前に話しかけてきたディニーは今日も陽気に気前よく振る舞う。

「え~っと? 旦那のお友達は全員で何人ですかい?」
「私と、ファイと、ソーゴさんと、アメリさんで四人?」
「なら四枚渡しまさぁ。是非、買っても負けても恨みっこ無しで楽しんでくだせえ。」
「あ、ありがとうございます!」

 そして、切符の様な小さな一枚とてのひらサイズの三枚のチケットを手渡されてから少し経って俺達は気付いたのだ。ファイには引き車の番をして貰わないといけないという事に……。本番の時くらい一緒に見たかったが、こういったイベントの時はガードマンを装った詐欺も多いとの事でファイ以上に信用出来るガードマンはいないという結論に落ち着いたのだ。タムタムまで来て竜人種から得た膨大な資産を失う訳にはいかない。苦渋の決断だ。


*****


 そして、余った一枚のチケット。記念試合な上、席も最も良い場所だと聞く。前世でもチケットの転売とか騒がれてたな。ライブとかにそこまで興味なかったから深くは知らないけど、人気の商品は何処の世界でもすぐに売り切れるという事なんだろう。

「しかも、今度のアニバーサリーレース!? お、お宝だよ! どうやって手に入れたんだい!?」
「実は、コイツが参加する予定なんだ。」
「なんだってぇ? あんたがかい。でもまだ選手は発表されてないだろう。」
「そ。だから発表されたらいいなぁって。」
「今持ってるって事は先行発売分さね。残りは選手が発表されてから販売だろうし……まだ参加出来るかもわからないのに思い切りがいいじゃないか。」
「参加出来なくったって見てみたくはあるだろ?」
「ヒヒッ、そんな理由で赤いチケットなんて買う馬鹿がいるかい? 金が目当てなんだろう?」
「金?」
「なんだいその顔は。……旦那等、本気で言ってんのかい?」

 俺もミザリーも他の皆も揃いも揃ってキョトンとしていたと思う。そんな空気を割るようにミザリーは笑った。

「こんな事があるのかい! ビギナーズラックって奴さね! そう簡単に手に入る代物じゃないと思うけどねぇ! で? それをまさかわたしにくれるって?」
「えっ、は、はい……。」
「やるじゃないか! ヒッヒッ! 見直したよ! しかもレースに挑戦? バーザムの小娘を助けた騒ぎは聞いてたけど、まさか騎手にまでなるなんて……で、更に赤いチケットまで用意と。完璧じゃあないか。わたしじゃなきゃ落ちてたよ。胸ぇ張りな。」
「えっ、えっと……。」

 そう言って喜々と自分の作業机にそのチケットをしまい込むミザリー。自然な流れに見落としそうになったが、つまり受け取るって事だ。

「おい、婆さん。臭いとか汚いとか散々言ってなかったか? チケットを受け取ったって事は見に来るって事かよ。」
「赤いチケットは町で見せびらかしたら一瞬でスられちまう貴重品さね。こりゃあ高く売れるよ。」
「は!? 転売する気かよ!!」
「ヒッヒッ! 冗談だよ。言ったろ。わたしゃ町の西側にゃ”用もなく無く”行かないって。」
「んん?」
「ラッキーグレイルはチケットが三種類に分かれてんのさ。最も見晴らしの良い赤いチケット、立ち見席だけどレースを最も近くで見れる真ん中の黄色いチケット。それ以外のヤニチケット。」
ヤニ?」
「誰でも手に入る印字だけのチケットさ。これだよ。」

 ミザリーが見せてきたのは無染色の木紙に色々と数字が印字された物の束だった。中には幾つか黄色い物や赤い物も混じっている。

「凄い量!」
「だろう? 全部わたしの勝ち券さね。集めてんのさ。」

 端的なアロゥロの感想を聞いて誇らしげに語るミザリー。俺は突っ込まずにいられなかった。

「常連かよ!!」
「田舎に住んでると娯楽に飢えちまうのさ。」
「あ、赤いチケットを買った事もあるんですね。」
「アニバーサリーみたいなデカいレースの時はないね。チケットを手に入れる事すら運任せさ。そういう運は賭けに使うのが勝負師ってもんだろ?」
「はぁ……。」

 ルウィアはよくわかってないのだろう。俺はその運を取っておくって考えわかるぜ……。

「いいかい? 赤いチケットってのは一番割高だけどね……返ってくる金も高いんだよ!」

 それは偶然手に入れたチケットの知られざる効果だった。あのオッサンなんで説明しなかったんだ。

「返ってくるエーテルが増える?」
「そうさね。だから賭け師は血眼になってこの赤いチケットを狙うんだよ。他人から奪ってもね。それに、イベントレースとなれば尚更さ。人が集まる分掛け金ベットは増えるだろう?」
「なるほどなぁ……。」
「このチケットにはそんな意味があったのですね。」
「アメリさん、興味あるの?」
「いえ、まさか。……しかし、一度経験するくらいはいいかもしれませんね。」
「楽しいよ。勝った時の叫びはムーディーな一夜に勝るとも劣らない気持ちよさだからね。アレを経験したらハマるしかないさ。」
「……あ、余り魅力的には感じませんが検討しておきます。」

 なんとも社交辞令らしい返答で返すマレフィム。

「いやぁ、まさかだったね。こりゃあ今日の発表を楽しみにせずいられないじゃないか。こんな物を貰ったんじゃ”コレ”も少しは安くしてやろうかねぇ。」

 上機嫌に大きなつつみを幾つかテーブルに並べるミザリー。そう言えば物が出来たって言ってたな……。

「これ! 私の服ですか!?」
「あぁ、アンタのはこっち。未来のダンディはこっちだよ。広げてみな。」

 包を開くと中には綺麗な黄色の布が一枚ずつ入っていた。色は似ているがアロゥロとルウィアでは布の種類が違う。ルウィアのはそもそも布地が複数くっついた物だ。サラサラとした生地とフワフワした生地の二種類だな。着方は今迄と変わらないんだろうか。アロゥロのはベースが一種類の生地だな。ルウィアのフワフワ生地と比べて少しモコモコしている。

「凄い! 今迄触ったどんなベスよりモコモコフワフワ!」
「凄い……こんな立派な……父さんや母さんが着てたのより……。」

 二人共自分らしく”凄さ”を語る。俺とじゃ服の有り難みが違うよな。俺も寒さを防ぐには結構重宝したんだけど……ルウィア達にとってはそういうのとは違うと思うし……。

「ほぉ……これはどの様な素材を使っているのです?」
「嬢ちゃんに言ってわかるのかい? マットってベスの毛と雅毛がもう族の毛、後は虫人種の糸とかさね。」
「ほほぉ……!」
「が、雅毛がもう族!? それってとんでもなく高いんじゃあ……!」
「別に、ウチの余りモンだよ。」
雅毛がもう族の毛は本人の生活や環境等で大きく変わると聞きます。なので値段もピンキリらしいですよ。」
「よく知ってるじゃないか。その通りだよ。一張羅いっちょうらは気に入ったかい?」
「は、はい!」
「一生大事にします!」
「ヒヒッ、それはやめておくれ。商売アガったりだよ。」
「……あ、そっか! じゃあ偶に破ってきます。」
「うーん。まぁ、大事にしてるんならいいさね。でも、毎回金は貰うよ。」
「はい!」
「あ、アロゥロ……。」

 少しズレたやり取りだが、どちらにも損は無い。多分無い。

「じゃあ、残るは旦那さね。ほぅれ。今度はかなり丈夫にしたよ。これさ。」
「これ……?」

 ミザリーが示したのは既に卓上に置いてあった布の塊だった。前のと色合いが違う。預けた服は血の様に濃く少し暗い赤色だったはずだ。だが、これは少し赤味が明るくなり、おまけに光を反射している。

 ……緑に。

 まるで化学繊維みたいだ。あったよなぁ、この、角度を変えると光を反射する部分だけ色が違うみたいな生地。こんなのがこの世界にもあるのかよ……。

「ふ、不思議な色合いですね。」
「旦那のその身体に散りばめられた花緑青はなろくしょう色に近いだろう? 着てもそこまで違和感は無いはずだよ。」
「……見た目に関しちゃそうだけどよ。これ、生地丸ごと変えてねえか?」
「当たり前だろぅ! あんなにボコボコ開いた穴を誤魔化せるとでも思ってたのかい!」
「い、いや、思っちゃいなかったけど、これ、とんでもなく値段張んじゃねえか?」
「そのはずだったんだけどね。流石のわたしもあのボロボロ具合にゃ腹がたったのさ。」

 ミザリーはわらう。圧をかもしながら。

 その笑みに混ざる感情は朧気である。

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