ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第181頁目 お酒は幾つになってから?

「どうしたんだい? いつもの不遜さが欠けている様に見えるけど。」
「俺ぁ別に不遜じゃねえよ。敬意を払う相手を選んでるだけだ。」
「ソーゴさん。それではまるで私に敬意を払う理由が無いみたいに聞こえますが。」
「お前には俺なりの敬意を払ってる。それより、どういうつもりなんだよ。ノックス。」

 俺達は何故かノックスと木箱テーブルを囲んでいた。しかし、ここは屋内ではない。松明で照らされた広場に点在する木箱を囲む人達。箱の上には食べ物や飲み物が次々と運ばれてくる。青空バー、と言ったところか。もう暮れてるから夜空バーか?

「どういうつもりも何も街中で知り合いを見つけたら一言くらい掛けるのが礼儀じゃないかい? そして、興味があったら話し込む。自然な流れだろう。」
「まぁ、そうですね。」
「そうですね、じゃねえよ。俺はまだお前を疑ってんだ。なのに――。」
「疑ってるなら尚更信じて貰う為に努力したいと思うよ、ボクは。」
「ですね。」
「おい、アメリ! お前、どっちの味方なんだ!」
「寧ろ敵と想定するべきか考える段階でしょう?」
「知ってるだろ? こいつはミィを奪おうとしたんだ。」
「それは先日話して頂いたの存じてます。それは許せる行為ではありません。」
「なら――。」
「それでも、私は最短距離でミィさんを助けたい。」
「……さ、最短距離がソイツとは限らないだろ。」
「最短距離である可能性もございます。」
「ちょっと、本人を眼の前で距離の概念呼ばわりって中々面白いね。」

 皮肉なのか本心なのか俺等のやり取りを聞いてケラケラと笑うノックス。

「でも、少しは警戒が薄まったって事かな。それじゃあ……飲もうか。」

 俺達の真ん中にある木箱にはデカいジョッキと小さいジョッキと壺が一つずつ。その中にはなみなみと酒が注がれていた。

「俺、酒は……。」
「遠慮するなよ。ボクの奢りだよ?」
「いや、そういう問題じゃなくて……。」
「お金が心配なのかい? 偶然今日は手持ちがあるんだ。」
「偶然ってなんですか。私もお酒は遠慮します。」
「遠慮は出来ないよ。もうここにあるんだから。まさか飲む気も無いのにノコノコ付いてきたって言うならいい度胸してるなとは思うんだけどさ。」
「それは……。」

 マレフィム自身もそれはおかしいと思ってしまったのか口籠る。

「ほらほら。一口だけ。ね?」
「一口でいいのか?」
「あぁ、いいとも。」
「はぁ……アメリ、話が進まねえ。こんな話がしたい訳じゃないだろ?」
「そうですが……。」
「ほらほらぁ! 乾杯!」

 ジョッキを持って上に掲げるノックス。マレフィムも同じ動きをしている。ぶつけたりはしないのか。地球とはちょっと違うんだな。

「んぐっ、んぐっ、んぐっ……。」

 あどけない顔の口に酒が流し込まれていく。何歳なんだろうなコイツ……。

「ぷふぅー! ははっ! 一口で飲みきってやったよ。あれ? 君等も飲んでね? 毒なんて入ってないんだからさ。」

 煽られてちびっと口を付けるマレフィム。しかし、そのジョッキに指を添えて固定してしまうノックス。

「んー!」
「おいノックス。」
「ふふっ、ちょっとした悪戯だよ。」

 だが、マレフィムだってやられっぱなしじゃない。凄い剣幕で小さなジョッキの中の酒を飲み干してしまった。

「ふぅっ! よくもやってくれましたね!」
「いい飲みっぷりじゃないか! 無礼講、無礼講! 次は、ソーゴ君の番。」
「……。」

 泡で口を塞がれた壺を覗き込む。

 酒ってあんま美味しくないイメージがあんだよなぁ。ガキの頃、親父がトイレ行ってる間にこっそりビールを盗み飲んだ事があったけど、苦えわ甘くないわ臭いわで飲めたもんじゃなかった。悶絶する俺に帰ってきた親父がコーヒーや紅茶みたいに何かと一緒に飲めば味の良さがわかるって言ってたなぁ。

「あ、アテはねえのか?」
「お、一口だけで済まさない気だね? それならボクが買ってこよう。」

 ルンルンと足を弾ませてツマミを注文しに行ったと思われるノックス。

「ソーゴさん、お酒なんて飲んだ事無いですよね? 無理しないで下さいね? 最初は少しずつ……というか幾らなんでも多すぎませんか?」
「あ、あぁ。」

 でも、これを捨てる訳にはいかないし……。飲むしかねえか……。今後も飲む機会あるだろうし……。

 うだうだ悩んでいるとノックスが嬉しそうな顔で戻ってくる。デカい肉を持って。まるでマンガ肉だ。

「どう? これ! 美味そうだろう? 酒には絶対あうはずさ。さぁ、食べなよ!」

 ドンと木箱の上に大皿を置いてまた何処かに行ってしまうノックス。しかし、今度はすぐに戻ってきた。両手に大小のジョッキを持っている。まさか……。

「一応おかわりを持ってきたよ!」

 これは腹を括るしかないな……。


*****


「それでぇ! ミィが魔巧具に閉じ込められてだな?」
「嘆かわしい! 嘆かわしいです!」
「うんうん。」
「どうしていいかわかんねえんだよ!」
「嘆かわしい!」
「王国に住んでたイデ派かぁ。怪しいねえ。じゃあちょっとその神巧具見せてよ。」
「それは駄目だ! まぁーたパクる気なんだろ!」
「嘆かわしい!」
「そんな気はないって。本当に見たいだけだよ。」
「だーめーだッ! それよりも聞け! ミィはどうしたら助かるんだ!」
「嘆かわしい!」
「だからそれを調べる為にも神巧具を――。」
「それは駄目だッ!」
「嘆かわしい!」
「うーん……お酒を呑ませたのは失敗だったね……。ソーゴ君、とんでもない量食べるし……。」

 結局俺は全人生で初めて酒を飲み交わす事とした。身体が火照る。壺に入った液体に鼻ごと浸して口先から啜った。まるでキスをする様に。そこからじんわりと広がっていく熱い感覚。そして、舌に染みていく仄かな甘味と酒精。苦味と渋みがほんの少しだけ舌の根元を締め付ける。これがこの世界の酒か。やっぱりジュースとは違う。アルコール味って言うのかな。これが好きか嫌いかって感じだなぁ。だが、料理と一緒に食べる事で美味しいというのはよくわかる。ポテチとコーラが最高に合うのと同じ感じな。

 ……しかし、マレフィムが完全に酔っ払ってる。……俺はどうだろう。気分は少し高揚してる気がするんだが……これが酔うって事なのか? 景色が歪んだりとかはしてないからほろ酔いって事なんだろうか……。

「それより、聞いてくれよぉ!」
「どうしたんだい?」
「最近な! 友達が冷てえんだ!」
「友達が? どう冷たいんだい?」
「そいつ、危険な事に挑戦するって聞かねえんだよ! 俺はソイツが怪我ぁしねえか心配で仕方ねえのに!」
「それは伝えたの?」
「伝えたさ! でもやるって言うんだよ!」
「なら怪我をしてでも求めてる何かがあるって事だね。」
「あぁ……俺にはそれを無理矢理止める資格があるか? 友達ってのはそういうモンって言っていいのか?」
「資格なんてくだらない。やりたい事をやればいいんだよ。」
「でも、それで嫌われちまったら……!」
「意外とナイーヴなんだね。ソーゴ君。」
「俺は嫌われたくない!」
「なら先に怪我させちゃうとかは?」
「そんな事したらもっと嫌われるじゃねえか! だから肉おかわり!」
「……いや、何が”だから”なの?」
「悲しくなると腹が減るだろ!」
「悲しいの?」
「嫌われると想像したら悲しくなったんだよ……。奢りなんだろ! 肉!」
「いや……うーん……。」

 周りの喧騒に負けない様に俺も声を張る。誰かが歌い、笑い、泣くこの広場。マレフィムは木箱の上に座りユラユラと揺れながら嘆いている。何故か空のジョッキをヒシと抱きしめて。ただ、そんな今が何処か滑稽だった。先程まで疑っていたノックスに俺はベラベラとこっ恥ずかしい悩みを吐露している。これが大人達が言っていた酒を飲んで腹を割って話すという事なんだろうか。

 しかし、ノックスの目的が全くわからない。魔巧具が見たいって要望も俺の拒否程度で防げているし、無理に酒を飲ませようという気配も無いんだよな。俺の愚痴を大人しく聞き続けてる理由もよくわからん。

「なぁ、ノックス。」
「なんだい?」
「夜鳴族ってのはどんな種族なんだよ?」
「皆が想像してるのと変わらないよ。」
「いや、俺はお前に会った日に初めて夜鳴族を知ったんだ。」
「へぇ、それは珍しい。」
「だから無知な俺に教えてくれ。どういう種族なんだ?」
「…………無知、ねぇ。いいよ。」
「まず気になってたんだが、その腰のは……。」
「これ? ボク等のもう一対の腕さ。自由に動かせる。長さには個人差があるんだけど基本は伸ばしきった時に地面につかないくらいの長さかな。魔法で伸ばしたりすると便利なのさ。」
「腕……? あっ、そういやノックスっていつもそのゴツい篭手をしてるよな? なんでだ?」
「これは篭手じゃないんだ。爪や鱗みたいなのが手を覆ってるんだよ。」

 俺の眼の前に鈍く青黒い色に染まった手を差し出し、握ったり開いたりするノックス。……掌の内側に線がはいっている。指や掌の骨が透けてみえる様に桃色の線が……。

「なんだこれ。」
「おっと。」

 俺が手を伸ばすと引っ込められる。 

「これはただの柔肌だよ。竜人種の爪で不用意に触ると痛いかもしれないから遠慮して欲しい。敏感なんだ。」
「そ、そうか。」

 肉球みたいなもんなのかな。まるで篭手に入った亀裂の様にも見えたけど……。駄目と言われたら触りたくなる。

「ちょっとだけ触っちゃ駄目か?」
「駄目だね。もし神巧具を見せてくれるっていうなら考えていいかもしれない。」
「そ、それは駄目だ。……他にはないのか?」
「後は耳とかかとの爪くらいかな。特徴は。耳は今明かしたら騒がれそうだから見せられないけどね。」
かかとの爪ってのは?」
「そのまんまだよ。ほら。」

 ノックスが足を軽くあげるとかかとに手と同じ色の青黒い鉤爪が見えた。なんでそんな所に……。

「これくらい。後は、魔力が高いって事くらいかな。」
「種族は少ないのか?」
「少ないね。その分寿命が長い。死に難いし寿命が長いから種族が続いてるっていう説もあるくらいさ。でも、君はなんて種族なんだい? 竜人種なのはわかるんだけど、君みたいな見た目の竜人種は見た事がない。」
「俺? あー……。」

 正直に言えるはずもなく答えあぐねた一瞬。その間を見計らったかの様に冷たい感覚が俺に降りかかる。

「だっはっはっ! これも避けられねえで何が騎士団長なんか一捻りだよ!」
「……てめぇ。死んだぞ?」
「あぁー? ベスの鳴き真似か? 頼むからよぉフマナ語喋ってくれや。じゃねえと今度来るっつう王国の騎士団様に駆除されちまうぞ。だっはっはっヴァッ!?」

 口元についた汚らしい泡を物ともせず拳が叩き込まれる。殴られた獣人種は手を広げ何かに捕まろうとしたみたいだ。酔っ払いの心は酒が決める。だが、体は周囲の怒りが決める。怒号が弾けてからは一瞬だった。木が飛び、酒が飛び、拳が飛ぶ。一言で言うならここは戦場と化した。俺は突然の騒ぎに戸惑うが、不自然な程冷静に何時いつの間にか熟睡していたマレフィムを回収する。

「ははっ。お開きはやっぱり盛大にやらないとね! ソーゴ君は参加するかい?」
「馬鹿! 逃げんだよ!」
「おや、冷静じゃないか。まっ、出禁にされても困るからね。仕方ないか。ここは一品ずつ払いきりで勘定は済んでる。後ろ髪を引かれる思いもあるが、今日は帰るとしようじゃないか。」

 酷く残念そうに乱闘を観戦するノックス。マジで残念そうだな……。


 ……ってかまさかコイツ付いて来る気か?

 

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