ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第170頁目 お金があれば野蛮になれる?

 大歓声が揺さぶる大地を、豪脚が蹴りつけ駆ける。老若男女、いや、まるで森羅万象が客席でひしめき合っているようだ。これだけ騒げば外に声が漏れるだろうし、一部の人に好かれないっていうのもわかる。しかし、大人気だな。よっぽどの陰気野郎か偏屈野郎でなければこれを娯楽として楽しんでいるらしい。ちっちぇー種族は最前列にでっけぇ種族は後列に。なるほど、多少の秩序はあるんだな……って何様なんだか。

 レース場はUが二つ。つまり、m字の形をしていて、片側のUでウナ、もう片側のUでエカゴットのレースが行われているみたいだ。そしてコースはUの字の輪郭をなぞって一周する。ただの丸型じゃないというのは驚きだ。ヘアピンカーブが二回もあるじゃねえか。にしても広いな。一周何メートルあるんだか。それを間近で見られるU字の真ん中に突き出した細い観客席は立ち見席らしい。席があったら両側見られないもんな。因みに俺達の手前ではエカゴットの試合が行われている。関係者入り口でもある裏口から入って見ているため距離も近い。観客席は有料らしいからこっちから入ったけど、誰にも止められやしない。

 アロゥロは歓声に煽られ興奮しているが、ルウィアはすっかり萎縮気味だ。引き車は駐車場に停めてきた。そして、ファイにはマレフィムと駐車場の番を任せてしまっている。ゴーレムと弱った小さい身体にこの場は少し危険だという判断からだ。それに、やはりこの世界じゃ駐車場というのも信用しきれない物らしい。他の引き車にも見張りみたいなのが近くに立っていた。駐車場専用の番人もいるのだが、それでも足りないのだろう。商人の引き車にはそれだけの価値がある。

 レースは十二人の騎手がエカゴットに乗って一着を目指すというシンプルな物だ。しかし、どのエカゴットも特徴的な装備をしている。前足や後ろ足についた仰々しい鉤爪や鎧みたいな防具は走るのに邪魔じゃないのか? なんて疑問はすぐに解消される。なんとエカゴットを走らせながらライバル達を蹴るわ殴るわ物を投げるわなんてラフプレーを見せつけてくるのである。それに対し、相手も武器で応戦して凌ぐ。

「擦り潰せェー!」
「生きて返すなァー!」
「負けたら俺が殺してやるぞォ!」

 これが歓声の内訳だ。ハッキリ言って俺が想像してた雰囲気とは全く毛色が異なる。そりゃ競馬には汚いイメージがあったけどここまで酷くなかっただろう。現在行われているレースでは既に一匹のエカゴットが殺され騎手が運ばれて行っている。騎手だけ殺されたエカゴットが捕縛を試みるスタッフに抵抗をして暴れていたりもする。残りは死合中。他人事ってフィルターを使ってでも顔が引き攣る。

 だからこそ俺達は少しレース場を覗いた後、足早にスタッフルームに向かうのだった。だが、スタッフルームと言い表しても結局そこは作業場だ。興奮するエカゴットやウナが檻に囚われた中でスタッフが怒号を上げながら仕事をしている。マレフィムを連れてこなかったのは正解だったな。その中でも偉そうに振る舞うネズミ風の獣人種の男に声を掛けた。記憶違いでなければ恐らくディニーと同じ種族だ。

「なぁ、ちょっといいか。」
「あぁ? ……竜人種?」
「ディニー・グレイルはいるか? 会う約束をしてるんだが。」
「親父に? いつの間に竜人種なんかと……親父なら今、こっちとは反対側にある管理室にいるはずだぜ。」
「ありがとう。ディニーは父親なのか?」
「あぁ、そうだよ。あっしはディッキー・グレイルってんだ。グレイル家の二番手さ。」
「そうか。その割には泥臭い仕事してんだな。」
「これでもマシになった方なんだぜ。」

 マシになった? こんな汚い所で働くのが? なんて言葉は流石に飲み込んでおく。

「いでええええッ!」
「おい! ディナルドの奴が頬を噛み千切られやがったぞ!」
「な? 俺はここで声を張ってりゃ済むくらいには偉くなったのさ。馬鹿野郎! 空かした頬はさっさと縫い付けて作業に戻れ! そいつぁ次のレースに出る奴だろ! だが調子は良さそうじゃねえか! ちゃんと保たせとけよ! ……どうした? ここにいても多分親父は来ねえぞ。」
「あ、あぁ。そうだな。邪魔する前に去る事にしよう。」

 怖がるアロゥロとルウィアを連れて作業場を出る。ここは高く階段状に積まれた観客席の真下だ。地鳴りや歓声により天井がミシミシと悲鳴を挙げている。チケット売り場がある表と比べたら中々に薄汚い。埃とカビと獣臭さで満ちてるしな。

「エカゴットってあんなに凶暴なの? ローイス達は大人しいのに。」
「あ、あれはレースに勝てるよう興奮させてるんだよ……。」
「ウナもエカゴットも肉食だもんな……。アムって草食なのか?」
「えっと、アムは雑食ですね……。」
「まず、アムはレース向きじゃないか。ん? ここか?」

 通路の先には頑丈そうなドアが待ち構えていた。ドアノブはないが縦に一線が引かれた出っ張り。ここに指を引っ掛けて開ければいいのか。取り敢えず中に入ろう。

「ち、ちょっ! まずは呼びかけましょうよ!」
「ん?」
「あ、あの! ディニーさん! 突然すみません! 以前お会いした事のあるルウィア・インベルという者です!」

 ドアを開けず向こう側に挨拶をするルウィア。だが、こんな雑音の止まない場所で聞こえるのだろうか。だが、返事は思いの外早く返ってくる。シャッと勢いよくドアの真ん中の小窓が開き、その奥からこちらを覗き見る目。覗き返そうと首を下に伸ばそうとするとすぐにまたシャッと勢いよく閉じられる。そして……ガチャガチャと扉の向こうで何か音がしたかと思えばドアはすぐに開けられた。

「やぁやぁやぁ! いつだったかの! お待ちしておりましたでさぁ!」

 中から表れたのは明るい狐色の毛で覆われた獣人種がデミ化したと思われる男だった。身体には革製のウエストバッグを巻き付けており、如何にも働く男って感じの服装だ。とにかく歓迎されているみたいなので、ほいほいと部屋の中に入れてもらう。にしても、なんで俺はこうネズミ系の獣人種と縁があるんだ……。

「す、すみません。急にお邪魔して。」
「いやいやいやいや! これはフマナ様からのお恵みと言ってもいいくらいでさぁ! 正に! 正に今旦那等の様なお人を探してたんでさぁ! さぁさぁ、デミ化なさっている方は此方へお座り下さい。」

 案内されるがまま部屋の中にある謎の段差に促され座る。ソファ……なんだろうか。いや、それよりも……。

「俺等を?」
「正確には旦那のご友人である、この方です!」

 ディニーが手で示したのはまだ萎縮気味の美少年、ルウィアである。

「ぼ、僕?」
「ルウィアを待ってたの?」
「おや? あの時にはお目に掛かれなかった方もいらっしゃいやすね! では改めてご挨拶を。 私は! ”この”『栄光のラッキーグレイル!』を経営しているディニーグレイルと申します! 」

 ”この”と言った時に部屋に飾られた『栄光のラッキーグレイル』と書かれた看板を身体全体で示すディニー。凄まじい誇りを感じる。

「俺はソーゴだ。」
「ぼ、僕はルウィアです。」
「私はアロゥロです!」
「宜しく宜しく! それでは早速で悪いんですがね! お願いがあるんでさぁ!」
「……まぁ、聞こうか。」
「ありがとうございやす。率直に言いますと、ルウィアの旦那には騎手になって貰いたいんでさぁ。」

 騎手に? ルウィアが? まさか一度セクトに乗って走ったからってだけでそんな事言ってんのか??

「え、えぇ!? む、無理ですよ!」
「あぁ、俺も無理だと思うぜ。」
「えぇ~? ルウィアなら出来るんじゃないかなぁ。」
「無理だってアロゥロ! さっき見たでしょ!? あのレースに僕が出るって事だよ? そうですよね!?」
「でさぁ。」
「えっ……あのレースに出るのは、ちょっと危険かも。」
「でしょ!? 無理無理無理! 無理です!」

 凄まじい拒否具合だ。いつものざっと四倍くらいの勢いで断ろうとしている。

「安心して下さい! あっしだって何もいきなりあのレースに出てしかも勝って欲しいだなんて無茶言いやせんよ。」
「どういう事だ?」
「丁度一週間後、この『栄光のラッキーグレイル!』は八十九周年なんでさぁ。そこでアニバーサリーレースをするんですけどね。騎手が足りないんでさぁ。」
「騎手が? さっきのレースでも死んでたぞ。」
「普段やるレートの低いレースなんて誰が出ようと構いやせん。勝手に出て勝手に死んで盛り上げて欲しい程度の存在でさぁ。ですが、アニバーサリーレースはしっかりと差を付けやせんと!」
「そんな大事なイベント尚更コイツなんて出しちゃ駄目だろ!」
「いやいや、それがあの日から私がしっかりと旦那の活躍を育てましてね。”颯爽と現れた若者が暴れるボスを操って我が物にしていった”ってこの町じゃ一時期かなり話題になったんですよ。それをあっしはいつかこの『栄光のラッキーグレイル!』に騎手として出てくれるという尾鰭《おひれ》も付けて流したんで場は整っていると言っても良いでしょう!」
「んな馬鹿な。戻ってくるって保証も無かったのに?」
「その時ぁ他の話題で忘れさせればいいだけでさぁ。」

 くあぁ……コイツからもマレフィムと似た匂いを感じる。いや、それよりももっと狡猾こうかつで無謀な……。

「だからって初心者っつう落差はどうすんだよ。期待はずれだって責められるだけだ。」
「この町の人達は”ボス”の破天荒さをよく知ってるんでさぁ。でも、外の人は知らない。つまり、話題性があるにはあっても看板を乗せてようやっと人が食いつく程度なんでさぁ。」
「んん? そこまで話題があるって訳じゃないって言いたいのか?」
「そうでさぁ。あっしが頼んでるのは騎手になって欲しいという事。決して勝って欲しい訳じゃぁありやせん。アニバーサリーレースに肩書きのある騎手が足りなかった。これだけをどうにか避けたいんでさぁ。」
「そういう事か。」
「で、でも、レース内容は”アレ”ですよね!?」
「それはまぁ、そうですな。」
「それなら無理ですってぇ!」
「装備は支給されるのか?」
「支給は可能でさぁ。自前をオススメしますがね。なぁに、ボスであれば装備なんて関係ないでしょう!」
「え? ボスって、エカゴットは自前なのか?」
「アニバーサリーレースでは殆ど自前ですな。賞金も高いんで選ばれた騎手達はどちらも万全の状態で挑んできやす。」
「賞金!? 幾らだ!?」
「百万ラブラでさぁ。」
「ひっ!?」

 怯えてるんじゃないぞ? 言葉の続きが出てこなかっただけだ。だが、百万ラブラって数字のインパクトがヤバいんだが……途轍もない金額だよな?

「どうです? 中々でしょう。」

 ニヤリと鼠顔を歪ませてこちらに悪そうな顔を向ける。だが、可愛い。こいつリスっぽいけど、野性味に欠けるんだよな……。

 何にせよ。賞金は魅力的だが、ルウィアに怪我はして欲しくない。依頼内容があんなに危険だってんなら今回は――。

「そ、その、レースって本当に勝てなくて良いんですか?」

 ……ルウィア?

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品