ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第162頁目 シロアリは喜びそうだな?

『チキッ……。』

 ともるファイの身体。そして、呆然と立ち尽くす俺の傍に来て蠢く木の壁を照らす。気の所為せいかもしれないが、その動きにはいつもの機敏さが感じ取れない。マレフィムもその様子を見て何か思う所があったみたいだ。

「ファイさん……。」
「……ルウィアは?」

 俺の質問にファイは足で方角を示して答える。その先には腹を押さえて苦しむルウィアがいた。

「ルウィアッ!?」
「ルウィアさん!」

 魔法で誤魔化してはいたが、ルウィアの腹は大きく裂かれているのだ。それに先程の騒動でかなり無理をしている。もう魔法に集中出来る程の余力が無いのかもしれない。

「うぐぐ……。」
「おい! 死ぬなルウィア!」
「し、死にませんよ……。でも、ちょっと無理をし過ぎましたね……。」

 淡くファイに照らされる中、蛙姿のルウィアの腹を見ると薄皮が裂け赤く艶ややかな筋膜の様な物が見える。

「い、痛くて皮膚を上手く顕現出来ないんです……!」
「この際綺麗に顕現させる必要はありません! とにかく傷口を埋めるのです!」
「は、はい! ……くっ!」

 ルウィアがいきむと皮膚がゆっくりとくっつき膨らんでいく。

「どうなるかはわかりませんが、今はとにかく傷口を開かないようにして下さい! タムタムに着くまでの辛抱です……!」
「が、頑張ります……!」

 ヴィチチを取り逃がしてしまった上に問題は山積みだ。ルウィアの怪我、動かなくなったミィ、捕らえられた俺達、それと……ファイとアロゥロ。

『チキッ。』

 ボディに蔦状のアロゥロを絡ませたファイは何を思っているのか。

「ファイ、お前は敵じゃないんだよな。」

 改めてその意思を確認する。

「お前は俺達を襲わなかった。それどころかミィを助けようとした。……そうだろ?」

 どれも肯定か否定で答えられる内容のはずだ。しかし、ファイは動かない。だが、アロゥロは違った。ファイの上に再度上半身を形作る。

「アロゥ――。」
「話すのは初めてかと思います。私は貴方方あなたがたから『ファイ』と呼称される者です。」
「なっ、ファイ? お前が?」
「話す事が出来たのですか!?」
「はい。現状、最も効率の良い方法と判断し、こちらで意思の疎通を開始致しました。」
「…………。」

 呆気にとられる。ファイは俺が思っていたよりもよっぽど賢いみたいだ。いや、機械に賢いも何もないだろう。

「お前は味方なんだよな? アロゥロを操っているってのは本当か?」
「私は味方であるかという質問への返答は視点によって異なると言えます。そして、このアロゥロと呼称される『亜人』を操作しているのは事実です。」

 味方でない可能性もあるって事だ。それに『亜人』ってなんだ? でも、それより聞きたい事がある。

「なんでそんな事をしたんだ。」
「可動のサポートをさせる為です。」
「サポート…………なんで、シィズ達を襲った?」
「私には『Seedarth inc.』製品の保護をしたいという感情があります。」
「しーだー……な、なんだって?」
「仲間を守りたいという感情と言えばおわかりでしょうか。」
「あ、あぁ。」

 なんだ……? ファイの使う言葉はどうにも難しい。口調も堅苦しいしな……。

「……アロゥロは怪我してないのか?」

 見た感じ無事そうだが……。

「只今療養中です。損傷している部位は多いと言えます。」
「そうか……。」
「失礼。念の為お尋ねしますが、アロゥロさんや私達を傷付けようという思惑はないのですよね?」
「はい。」
「なら、どうにかここから抜ける方法を先に考えましょう。」

 確かにそうだ。ミシミシと密度を上げていく籠の中。木の根と木の根が絡みつき、空間はどんどん塗り潰されていっている。木のドームと中心にそびえる塔。目的はなんだ?

「うっすらと聞こえたが、これは”本棚”の仕業らしい。」
「その様ですね。」
「”本棚”と呼称しているのは、周囲にいる『亜人』の中で最も巨大な個体の事でしょうか。」
「『亜人』ってのは生き物って意味か? もしそうならそれだ。」
「わかりました。であれば、その個体は『δデルタ』に操作されている事が伺えます。」
「『δデルタ』……ってなんだ?」
「私と同じ『Seedarth inc.』製の工業用重機です。』
「なんとなくだけど、ゴーレムってのはわかった。それで、”本棚”が操作されてるとしてどうしたらいいんだよ。俺達は今何をされてるんだ?」
「押し潰されようとしています。」
「だよなぁ!?」

 わかっていた事だが、確信を持ちたくはなかった。ただ、問題を明確に把握してしまったのなら対策を練らないといけない。と言っても塞いでいるのは所詮木の根だ。そこまで焦る事なんて無いと思うんだが……さっさとこんな所からは出たい。

「とにかくここから出ましょう。続きはそれからです!」
「あぁ。」
「では、クロ……じゃなくて、ソーゴさんとファイさんは壁に穴を開けて下さい。」
「わかっ――。」
「私にはもう余力がありません。」
「は?」
「先程の『プラズマ』砲により、多くの動力を消耗しています。非常時を想定した場合、武装用途で動力を消費する事は推奨できません。」
「そういう事なら仕方ねえ。俺一人でやる!」
「お願いします。」

 俺は何時も通りの感覚でアニマを伸ばし眼の前の壁に近付けると、躊躇なく水を顕現した。だが……。

「嘘だろ!?」
「か、硬い!」

 水が散った後には少しだけ削れただけの窪みが一つ。それもほんの数秒も待たず膨らんで元に戻ってしまった。異常だ。

「どうやら、身体強化で強度を大きく増しているようです。」
「な、なるほど。一気にこちらを潰さないというのは……。」
「それだけ全体を確実に強化しながら密度を高めていっているからです。」
「……。」

 黙り込むマレフィム。丁寧に確実に俺達は始末されようとしているって事か。有難ありがた迷惑この上ないぜチクショー。

「……まだいける。」

 俺はあくまでいつもの調子で魔法を放っただけだ。丸鋸まるのこや、更に当てる部分を絞った魔法なら……!

「ふうっ!」

 水が壁に当たった時の広がり方や音の大きさでそれが如何に高い威力かはわかるんだ。それでも、少し削れてまた元に戻るだけ。さっきキュヴィティをふっ飛ばした時みたいな高出力が出せたらいいのだが、感覚的に魔力の余裕がそこまで無い。頭が霞んでる感じもする。久々に感じる精神損傷の兆候だ……。

「くっ……。」
「ソーゴさん! あまり無理をしないで下さい!」

 蹌踉よろけた俺を心配してくれるのはありがたいけどよ……。ここで全員死ぬ訳にはいかないだろ……。

「ソーゴさん、聞いて下さい。今のソーゴさんでは恐らくその方法でここから抜け出すのは不可能です。」
「じゃあどうするんだよ……。」
「それを今から考えるんです。」

 そりゃそうだろうが、もう残る方法はファイに試して貰うくらいしか浮かばない。せめて、ミィがいてくれたら……。

「ファイさん、ソーゴさんでは木の壁を破壊できそうにありません。どうか余力を使って頂けないでしょうか。」
「私の全力であれば、壁は破壊出来る可能性があります。しかし、現在の壁の修復力や強度を考慮しますと”抜け出す”という目的を達成出来るとは断言できません。」
「つまり、成功する可能性が低いと?」
「その通りです。なので、私はδデルタとの通信を試みましたが、現在通信を完全に遮断しゃだんしており支援も受けられません。」

 残る”手”はファイのみ。そして、それも絶対安全に脱出出来る訳ではないって訳か……。

「うわあ!?」
「ルウィア!?」
「そ、ソーゴさん! 助けて下さい! う、腕が……!」
「待ってろ!」

 ルウィアの腕は細い木の根が絡み合う地面に絡み取られ、少しずつ飲み込まれようとしていた。俺は急いでその木の根を引き千切りルウィアから離す。気付けば壁や柱が増えている。ちょっとずつ俺達は押し潰されようとしているんだ……。

「壁に充分な大きさの穴を開けられる『プラズマ』砲を撃つには、このボディの動力炉で残り五十六分程必要となります。」
「五十六分……。」
「そして、その充分な大きさの穴も成功率七〇%を想定した見積もりです。」
「成功率五〇……五割なら!?」
「……三十二分程です。」
「それなら待とう。」
「待つのですか!? 三十分も保つかわからないのですよ!?」

 流石に焦りを隠しきれないマレフィム。だが、気持ちはわかる。常に、着々と空間は削られていっているのだ。三〇分も保つと思える理由は何一つ無い。

「仮に三十分保ったとしても、成功率は五割です!」
「ファイ一人の力だけならな。」
「……!」
「それに成功率ってのは目安だろ? 何を持って算出したのか知らねえけど、”ファイが”計算したんだ。つまり、ファイの知らない力を出せればその確率はグンと上がるって訳だ。」
「ファイさんの知らない力……?」
「気合だよ。」
「……はい? 気合って、気力の事です?」
「あぁ。」
「そんなの! これっぽっっっっっっっちも当てになりません!」
「うるせえ! ゴチャゴチャ言うなら代案を出してみろよ!」
「それは……! ッ……。」

 無い。俺達に残された方法はそれだけだ。マレフィムは可使量が低い。ルウィアも手負い。打てる手なんてもんはその苦し紛れの賭けだけ。

「……そうです! ミィさん! ミィさんを出しましょう!」
「そんな方法は無いって言ってただろ。」
「試さずに何を言ってるんですか!」
「……ったく。」

 俺は鞄から魔巧具を出す。だが、中に入った透明の液体は重力に従って揺れるだけだ。それが動きそうな様子は微塵も無い。

「何か魔力を流し込んだり押したり出来る様な場所は無いのですか?」
「どうだろうな。そもそも下手に弄って壊したらミィは死んじまうんだぞ? ……ファイは何か知ってたりするか?」
「そちらの機器について知っている事はありません。」
「だよな……じゃあ、やっぱり無理だ。」
「そんな……。」
「な、なんか狭まるのが早くなってきてませんか……?」

 ルウィアが不穏な事を言い始める。だが、それは恐らく気の所為じゃない。

「なるべく近くにいろ! 足に絡みついてきたらすぐに振り払え!」
「は、はい。」
「壁から離れ、出来るだけ大きい空間に行きましょう! あっちにみちがあります!」

 マレフィムの言葉に従って比較的広い空間へ逃げ延びる俺達。”本棚”とやらは多分、俺達を正確に狙って殺そうとしている訳じゃない。だから、広い空間にいればほんの少しは時間稼ぎが出来るだろう。

「密度を高めながら膨らんでいるのが原因で、段々と空間が減る速度は緩やかになっています。」
「本当か? でも、確かに天井が下がるスピードは遅くなった気がするな。」
「このままなんとか待つしかないのでしょうか……。」
「まるで拷問だな……。」

 俺達の心をむしばむミシミシという不吉な音。

 もどかしい。何かしようにも術がないなんて。

 早く……早く動力を……!


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