ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第142頁目 自分を認められると安心するよね?

 昼。荷台の上で心地よい微風そよかぜを味わうように欠伸あくびをする俺は風に混ざる干し肉の香りで目を覚ます。どうやら引き車の脇でエルーシュとマインが昼食をとっているらしい。……ふぅ。完全にこの時間に一度起きるっていう癖がついちゃってるな。揺れてる間は起きないのに停車してから目を覚ますなんて変な話だ。そう、また俺は昼夜逆転の生活に戻ったのだ。

「ふっ……んンーー……。」

 立ち上がり猫の様に伸びをして身体を解す。翼を大きく拡げるのも忘れない。

「おっ、ソーゴの旦那、起きたのか。おはようさん。」

 エルーシュは足元で動く影に気付いたのか、挨拶をしてくる。それを無視する理由はないな。

「あぁ。下からそんな良い匂いがしてきたんじゃな。」
「美味しいですよねっ! これ! 燻製がもう少し簡単に出来たら良い商売になりそうです! エルーシュさんとか真似出来ないんですか?」
「ああ? んー……俺に娯食の趣味はねえからなあ。まず味覚を育てるとこからやらねえと。」
「味見は俺がするんで!」

 マインは行動派の獣人種だなぁ。でも、そうか。娯食を普段からしてないと味の正解不正解がわからない訳か。でも、ペッペゥが美味とされているこの世界の味覚ってどうなんだ。アレが美味なら俺は一生美食家にはなれそうにない。

「それって匂いが強いだろ? 客を選ぶんじゃないか?」
「一部の獣人種には売れなさそうですね。でも、酒のアテとしては中々……!」
「なるほど。まぁ売れはするか。だが、肉の仕入れをどうするかだな。」

 商人だけあって二人の会話の内容もそれらしい。荷物の輸送というのもただの移動じゃない訳だ。道中で更なる案を考えて使えそうならそれで稼ぐ。でも、この世界って肉を食いたきゃ野生生物が要るんだよな。それにエルーシュみたいに水だけで生きていける種族だっている。前の世界と同じやり方では全く稼げそうにない。

「旦那は燻製した物を商売にしようとは思わなかったんです?」

 マインが疑問に思ったようだ。俺は荷台から飛び降りて答える。

「燻製した物ねえ。もう既に誰かが売ってるだろ。」
「売ってるのはただの干し肉ばかりですよ。」
「香辛料で香り付けした物は見た事があるが、干し肉にそこまでの味を求めないからあまり売れてないはずだ。」

 エルーシュが意見を挟んでくる。でもその言ってる事が本当なら……。

「ならそれが答えじゃねえか。燻製した奴も干し肉にそこまでの味を求められてない奴には買われない。」
「それはそうですけど、同じ値段なら良い物が欲しいでしょ?」
「同じ値段……? あぁ、確かに干し肉の時点で結構な手間が掛かってるのか。」
「いや、マイン。それはリスクが大きすぎる。初手は物珍しさで戦えるが、干し肉に比べて工程は増えるんだ。結局本職の肉屋には対抗出来ない。」
「そうだなぁ。エルーシュの言う通りそれを本職にするならともかく、ちょっと手を出す程度なら小銭稼ぎくらいにしかならないんじゃないか?」
「うむむ……そうですかぁ……。」

 燻製だって多分それ程珍しいモンじゃないしな。多分他の奴等だってやってるんじゃねえかな。

「ははは。稼ぐっていうのはそんな簡単な事じゃない。だからこそ妙案っていうのは価値があるんだ。」
「えーと、そっちはどうやって稼いでるかっていうのは聞いちゃ駄目なんだっけ。」
「そうですよ。その情報も売り物の一つですからね。」

 商人っていうのは俺が考えていた奴等の数倍は面倒で……面倒だ。でも、彼等が商人としてある程度の成功を収めているのは、そうした細かい事まで徹底しているからだろう。

「ふーん……でも、なんでこんな所で飯食ってるんだ?」

 賑やかな話し声がする方を見ると他の皆は集まって談笑しながら昼食を摂っている。エルーシュとマインは雑談が苦手なんだろうか。

「なんでって。竜人種と話せる機会なんて滅多にないですからね! 話してみたかったんですよ!」
「おいおいマイン。そんな言い方は失礼だろう。悪いね旦那。」
「別に平気だよ。実際珍しいんだろ?」
「あ、あぁ。凄いな。本当に竜人種とは思えない。ぁ、いや、悪い意味じゃないんだ。」
「わかってるって。ルウィアに初めて会った時も驚かれたしな。」
「そうですね。竜人種ってもっと気障きざで高慢ちきなイメージでした。」
「馬鹿! 言葉を選べ言葉を!」
「い、いや、確かに言葉は悪かったかもしれませんけど、多分皆そう思ってますよ!」

 マインは言いたい事全部漏れちゃう系男子なんだろうか。他の竜人種が此処にいたら確実に殺されていたに違いないと冗談抜きで思える。

「みたいだな。でもまぁ、”誇り”は竜人種にとっては大事な物らしいぞ。」
「らしいって……旦那も竜人種じゃないですか。」
「身体はな。心はただの人だよ。」

 俺の電波な返答に首を傾げるマイン。だが、エルーシュは何か納得したらしい。

「旦那は間違いなく人だな。竜人種とは言い難い。」
「それ、他の竜人種には言わない方がいいぞ。」
「旦那だから言ってんですよ。」
「だよな。」

 竜人種かどうかなんてどうだっていい。俺は人と奴隷の違いもよくわかっちゃいないんだ。この世界じゃカピバみたいな顔をしたマインも、肌が樹皮のままのエルーシュも、俺も、全部”人”なんだろ?

「旦那。俺は水で充分だが、旦那は食うだろ?」

 エルーシュが手に持った干し肉を差し出す。

「俺の分まで持ってきてたのか?」
「これから少しの間世話になるからな。こういった気遣いは苦手だったか?」
「いや、貰うよ。ありがとう。」

 俺は二本足で立ち上がると差し出された干し肉を片手で受け取る。しかし、どうやらその光景が不思議だったらしい。

「ソーゴの旦那、デミ化はしてないんだよな?」
「ん? してるように見えるか?」
「してるように見えないから驚いてるんだよ。」
「すげぇ! 器用ですね!」
「は? 何?」
「竜人種ってのはそれが普通なのか。」
「へぇー、その太い尻尾で支えてるんですね。」
「俺が立ってるのが不思議なのか?」
「そりゃそうですよ。デミ化するに当たって二足歩行は一つの大きな課題じゃないですか。」

 え? そうなの?

「俺なんてデミ化したての頃は大変だったよ。歩行した事なんてなかったからな。」
「俺も苦労したなぁ。オリゴだと数秒間立つのがやっとだし……。」

 はぁー……なるほど。ドラゴンになってから二足歩行し難かったのは道理だった訳だ。犬猫でも難しいのに蜥蜴が簡単に出来るはずない。俺は前世の記憶から二足歩行出来るのが普通だと思ってたけど、オリゴでしかいないなら二足歩行をする理由がないんだ。

「やっぱり貴重な体験だ。是非これからも宜しく頼みますぜ、旦那。」
「ですね! もっと旦那の話聞かせて下さいよ!」
「え、えぇ? 別にいいけどさ……。」

 この後、メチャクチャ質問された。少し煩わしくもあったが、その喧騒はきっと今の俺には必要な物で、恐らく拒絶しちゃいけない事だったんだと思う。だから答えた。奇妙に思われ、変に思われ、その上で肯定される。その小さな言葉は疑問でグジュグジュに緩んでいた俺の価値観を少しずつ踏み固めていく。

 俺の考えは正解なのか誤っているのか。そういう考え方じゃない。それがソーゴの旦那なんですね。それでその話は終わる。終わってくんだよ、ウィール。


*****


 夜、今日も狩りへ出向く。肉はシィズ達にも提供するので多目に狩るようになった。それに毎日都合良く獲物に出会える訳でもない。穫れる時に獲り、保存食用に蓄えるのだ。

『ガサッ……。』

 ん? 何かいる気がするが熱源は見当たらない。

「(ミィ。)」
「(えっと……あれ? アルレって子じゃないかな。亜竜人種の。付いてきてるみたい。)」
「(はぁ? なんで?)」
「(知らないよ。)」

 サブギルド長を務めるアルレは蜥蜴とかげの亜竜人種。彼とエルーシュは同じく体温が低い。常温と言ってもいいくらいだ。そして、それを機に俺は今更気付いた。植人種と亜竜人種は体温が低いのだ。アロゥロもルウィアも体温が低い。だが、テレーゼァは高かった。それに関して俺は何も疑問を抱いていなかったが、シィズやサイン、マインの体温が高い事もあり違和感が顕著に感じられたのだ。

 以前ルウィアが真の竜人種は体内で熱を作れるから身体が冷えても大丈夫だと言っていたが、俺の身体は冷たい。これに何の意味があるかはわからないが、どうせ障害関係の症状だと思っている。

 しかし、これまで積極的なコンタクトを取ろうとする素振りを見せなかったアルレがなんで付いてきたんだ? これ、気付いてるぞって言っても気まずいよな? 無口なアルレと合流しても気まずいし……見ないフリをするべきだろうか。でも、放置したら放置したらで気になって狩りができそうにない。

「……しょうがないか。」

 後ろを振り向いて目を凝らす。何かいるようには見えない。異音を聞き取れたのはドラゴンの耳のおかげだろうな。因みに耳が良いとか鼻が良いってのは別に小さい物を大きく感じるってのとは違うんだ。スープを飲んだ時により多くの味で分類出来る。そんな感覚に近い。味が濃く感じるかはまた別問題って話だ。耳が良いと音が混ざらず別々に判別出来る。鼻が良くても一緒。俺は耳と目と鼻と温感の全てが優れている。でも、何でも殆ど美味しく感じる馬鹿舌だし、触覚もあまり敏感とは言えない。今はこの甲殻もあって尚更触覚鈍いんだよな。

 ってそうじゃない、そうじゃない。

「なぁ、おい。いるんだろ?」

 なるべく嫌味に聞こえないよう言葉を選んで呼びかける。

「ずっと付けられてると狩りに集中できないんだよ。」

 その言葉でヌッと少し離れた茂みから立ち上がるアルレ。

「……気付いていたのか。」
「まぁ……そうだな。」

 アルレとまではわかんなかったんだけどな。

「なんで付いて来たんだ?」
「……手伝おうと思っていた。」
「狩りを?」
「……あぁ。」
「なんでまた。」
「……提供されるばかりでは貸しが増える一方だ。」
「そんな事、気にしねえよ。ルウィアもきっとそう思ってる。」
「……俺達がそう受け取る。」
「ふーん。」

 彼等がそう判断するというのはつまり、ルウィア達との関係をこの一回の旅で終わらせる気がないという意味だ。捨てる物の状態等気にしない。気にするのはいつだってこれから使う物の状態のはず。それなら無碍むげにはできない。本当は一人になりたいっていうのもあるから嫌なんだけど……。

「じゃあ、獲物を探すのを手伝ってくれ。」
「……わかった。だが……。」
「ん?」
「……気配を消さないのは敢えてなのか?」
「気配?」
「……あぁ、お前は全く気配を消さずに歩いているがそれは……。」
「待て待て待て待て。何? 気配?」

 気配ってなんだよ漫画か?

「……気配の消し方を知らないのか。」
「いや、ざっくり気配って言うけど。気配ってなんだよ。」
「……気配はそこに動く物がいるという感覚だ。」

 はぁ? 魔法がある世界でこんな事言いたくないけど、そんなもんファンタジーだろうがよ。……ん?

「あぁ、そういう魔法があるって事?」
「……何を言っているんだ。」

 お・ま・え・が・だ・よ!

 馬鹿にしてんのか? まさか気を操るなんて言い始めないよな? もうアストラルだのアニマだの小難しい設定はお腹いっぱいなんだよ。適応力が高いって言ってもそれを翻訳する俺の力には限界があるんだ。もうそういうのはいいよ。

「……目を閉じてくれ。」
「え? なんで。」
「……実演する。感じてくれ。」
「お、おう。」

 嘘だろ。本当にあんのかよ。気って魔法と違うのか? 俺も両手合わせて開いたら『ーッ!』って感じでビーム撃てちゃう? マジで? ははっ。

「……閉じたか。」
「……あぁ。」
「……俺は今眼の前にいる。それはわかるな。」
「……わかる。」
「……魔法を使わず視覚以外で俺の場所を捉えてみろ。」
「……わかった。」

 微かとは言え香りも音も熱もある。俺にとって場所を把握するだけなら目を閉じるなんて対したハンデにもならない。

『タッ、パキッ……。』

 俺の周りを歩くように移動している。可変種は靴を履かない。そして、アルレは蜥蜴。とすれば肉球のようなクッションも足裏に存在しない。擦れた土は悲鳴をあげるし、小枝だって踏み折る音がする。どうする気なんだ?

『ザアッ……。』

 少し強めの風が吹き草木が揺れる。直後、香りが一瞬強まったと思えばそのまま薄れていき……。

 消えた?

 そういえば熱源も感じ取れない。さっきまで周りを移動していたのに。後ろにいるのか? 熱源探知の器官は真後ろを感知出来ないのだ。だが、後ろを見ても何も感じない。

 あれ? えっ? 嘘だろ? 何処行った?

「お、おい?」

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