ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第139頁目 ありふれた誓いだってよくない?

 テレーゼァの話と自分を重ねて堪えきれずに叫んでしまった。だが、テレーゼァは全く動じず歩みを進める。

「ご、ごめんなさい。」

 我に返り慌てて謝る。今のはテレーゼァじゃなく自分に怒ったんだ。しかも、テレーゼァは俺が怒った理由もわからないだろう。何をしてんだ俺は……。

「……いいのよ。私だって都合のいい考え方だと思ってるわ。いつだって影から”もっと良い未来があった”っていう可能性が顔を覗かせるの。」
「辛く、ないんですか。」
「さっき言ったでしょう。私とサフィーが親しかったというのが事実であったように私があの時、距離を置くという選択をしたのも事実なのよ。それに対して出来ることは何? 肯定する事、否定する事、忘れる事、これだけじゃない。そして、否定を選んだとして何をするの?」
「……後悔、とか。」
「後悔は”する事”なのかしら。違うわよね。後悔は”してしまう事”だわ。」
「してしまう?」
「えぇ。それらは完全な別物よ。だから”する事”は別に探さないと駄目。私は”する事”を何も考えなかったのが、今になって少し後悔してしまっているわね。」

 ウィールが死んでしまった事実。それに何もしてやれなかった事実。そして、その仇を殺す気になれなかった事実。俺はそれを過ちとしたい。否定するんだ。

 ならする事はなんだ?

 もうウィールはいない。でも、大事な人はいる。マレフィムがもしあの場にいたら? そう考えるだけで恐ろしくなる。なら俺がする事は強くなる事? 魔法であんなのをどうにか出来たのかよ?

「生きるという事は死ぬ事と同じだなんて言うけれど、それなら繋がるという事は別れるという事でもあるのよね。若い頃の私はそれを理解していなかったわ。だから私には今の生活が適しているのだとう思うの。少ない縁を保つために多くの縁を諦める。私はそう生きる事に決めたのよ。」
「それって別れても悲しくならないように好きにならないって事ですか?」
「好きになるというのも”してしまう事”だわ。私がやめた”する事”は人に近づくという事。……坊やはこんな偏屈な老人になっちゃ駄目よ。」
「……それでも、人に出会って……好きな人が出来たら……! 俺はどうすれば……!」
「その時は……やりたい事をやって、出来るだけの事をして、そして……終わったらどんな結果でも自分をいっぱい褒めてあげなさい。」
「どんな結果でも……?」

 なんで? それで誰かに迷惑をかけても? それで友達が死んでも? なんで?

「えぇ。」

 大量に浮かぶ俺の疑問とは裏腹に、テレーゼァはしっかりと明確に肯定した。

「失敗しても……自分を褒めろって言うんですか! なんで……!」

 そんなの無理だ! 俺の力が及ばずマレフィムの命が散ってしまった時に俺は自分を許せるか!? そんなの……無理だ! 褒めるどころじゃない! 絶対に自分を許せない! だからウィールを守れなかった俺は……!!

 感情が再び漏れ出たせいか、また喉が震える。目尻から伝わるひんやりとした感覚。


「――私がそう言ったからよ。」


 テレーゼァの答えは想像もしないものだった。彼女は根拠が自分だと言い放ったのだ。俺にはわからない。自分を許せる理由がない。だから誰がこの顛末てんまつを知っても責められるのは俺なんだ。だって白蛇族だって言ってた。俺のせいだって……俺が悪いんだって……!


「私が許すの。だから、いいのよ。」


 そう言葉は続いた。テレーゼァはこの前の一件を知らない。だからその『許す』が俺の”罪”に対して言った言葉ではない事くらいわかってる。わかってるのに……。なんでこんなに……。

「なんで……なんで……! ふ、うぅぅ……。」

 俺はそれ以上質問を続けられなかった。価値の見いだせない音が喉の奥から吐き出される。自分を許せない。でも、もっと泣いていいと許された気がした。

 それからもテレーゼァは、引き車から少しの距離を保ちつつ雪の中を進んでいく。泣き続ける俺に理由も聞かず。マレフィムも無言で背中に乗り、寄り添う。誰も俺が泣く理由に触れない。冷たいと感じるべきなのかもしれないが、俺はそれが何処か暖かく感じた。


*****


 元気が無くても時は経つと俺は知っている。そして、時は少しずつ俺に散らかった考えと感情を大雑把ながらに整えるのだ。悪夢は未だ見る。そして、焚き火の炎を見ただけで動機が激しくなり呼吸が難しくなったりする時もあったが、狩りをする時くらいは忘れられるようにもなった。

 そんな俺は間違いなく少し前の俺とは違った振る舞いをしているだろう。自覚だってある。それでも掛けられる言葉は心配ばかり。

 そして……。

「ルウィア、ここからはわかるわよね。」
「は、はい!」
「すっごい助かりました!」

 引き車をなだらかな坂に停車し、ルウィアとアロゥロはテレーゼァに精一杯の感謝を伝える。

 そう。俺たちはテラ・トゥエルナに戻って来たのだ。朧の幼冀ようきの麓はうに過ぎ、先の方には大木の影からはみ出すあの特徴的なカリフラワーチックな結晶体が見える。しかし、季節のせいか辺り一面は薄い雪に覆われていて以前ここを通った時と比べたら風景が大分様変わりしていた。

「その、短い間でしたが……為になる事ばかりでなく両親の事まで……ぼ、僕は本当にフマナ様に愛されていると感じました。」
「私もローイスの訃報ふほうを聞いた時は残念だと思ったけれど、早く知れたのがせめてもの救いだわ。私が今後貴方の力になれる事なんて然程さほど無いかもしれない。でも、応援だけはさせて貰うわね。それこそ、力になれる事があるなら私に言いなさい。甘やかさない程度には力になってあげるわ。」
「あ、ありがとうございます……!」
「テレーゼァさん、本当にここまでしか付いてきてくれないんですか……?」
「えぇ。ここからは貴方がルウィアを支えてあげるのよ。」
「私じゃテレーゼァさんの代わりになんて……いえ、それじゃ駄目なんですよね。」
「そうよ、アロゥロ。貴方は私の代わりでなく、貴方としてルウィアを支えるの。」
「私と、して? 私でいいんですか?」
「えぇ、貴方でなきゃ駄目よ。貴方としてルウィアを支えて、いつか色々上手く出来た時に”何かのお祝い”でもしに私の所へ遊びに来なさい。」
「……! はい! 任せて下さい!」

 そう胸を張って笑顔を弾けさせるアロゥロ。直前の不安そうな顔は何処へやら。でも、あの"明るさ”がこれからルウィアを支えていくんだろう。

「ふふっ。頼んだわよ。ゴーレム族の貴方も覚悟しなくてはね?」

『チキッ。』

 肯定とも否定とも言えるような無機質な返事で応えるファイ。

「ルウィアとアロゥロではどうしても足りない部分があったとしてもゴーレム族の貴方がいるのだもの。フマナ様の御手が護って下さる様なものだわ。」

『……チキッ。』

「えぇ、お願いね。……年寄りから言える事はこれくらいかしら。あまり古ぼけた言葉ばかり耳にしない方がいいわ。」
「そ、そんな年寄りだなんて。ま、まだお若いです!」
「ルウィアの割には頑張った方かしらね。でも、年寄りよ。ほら、私がいる内にここらで引き車の点検をなさい。テラ・トゥエルナも広いのだから。」
「は、はい。」

 その提案に従ってルウィアはアロゥロと引き車の点検を始める。その様子を眺めるでもなく、テレーゼァは俺の方を見た。

「お別れなのよ? 連れないじゃない。」
「順番を待ってたんですよ。」
「そんな謙虚さが坊やにあるとは思えないわ。」
「俺だって日々成長してるって事です。」
「だといいのだけれど。」
「もっとそれらしい事を話しましょうよ。」
「……そうね。」

 なんだかテレーゼァはいつもより明るい話し口なのだが、少し違和感がある。

「ほんの一ヶ月と少しの関係だったけれど、楽しかったわ。」
「それ、今朝も言ってましたよね?」
「あれはルウィアとアロゥロに言ったのよ。坊やは少し捻くれてるから直接言わないとね。」
「な、なんですかそれ。」
「いえ、やり方としてはとても適切なやり方かと思います。」

 横、というか頭の上から割り込んでくるマレフィム。

「あら、お嬢さんにも言ったのよ?」
「……光栄です。」
「どうやって生きてきたら二人共そんなに捻くれ者になるのかしら。」
「「捻くれてなんて……。」」

 マレフィムとハモッて否定してしまい、バツの悪い顔で視線を合わせる俺達。

「愉快ね。」
「愉快じゃ、ないです。」

 今度は俺だけが否定する。ハモらない様に警戒して少しだけ言葉をつっかえてしまったのが輪をかけて情けないのだが……。

「……結局坊やを元気づけられなかったのだけが心残りだわ。」
「!」

 突然の懺悔ざんげ。しかし、悪いのは俺だ。ウィールの死はどうしても俺の頭から離れない。恐怖に怯える事というのは決して責められる事ではない。だが、それは時に加害者意識を生んでしまう。だって、怯える姿を周りに触れ回る必要はないだろ?

 いっそ、心と身体を切り離せたらいいのに。

「……ごめんなさい。」
「謝る理由なんてないわ。私の心残りはお嬢さんが持っていってくれるのだから。」
「えぇ。私だって旅をするならもっと明るくて……少しだけ、頼りになる方の方がいいですからね。」

 照れ臭そうに俺を元気付ける宣言をするマレフィム。

「サフィーに会うなら尚更しっかりしないと駄目ね。アレで彼女、人の好き嫌いが激しいのよ。」
「もし会えたら何か伝えたい事等ございますか? 私達で良ければお伝え致しますよ。」

 そんな提案をするマレフィム。確かに、仲が良かったのなら何か言いたい事の一つや二つあるかもしれない。

「……そうね。ごめんなさい、と。……いえ、違うわね。また会いましょうと伝えてくれるかしら。」
「それだけで良いのですか?」
「えぇ。」

 目を細めて肯定するテレーゼァ。その『また会いましょう』という短い言葉にどれだけの意味が込められているのかなんて俺には当然わからないのだが、途轍とてつもなく”重い”言葉に感じ取れた。

餞別せんべつって程でもないけど、坊やにはゲラルが言っていたあの言葉を送りましょうか。」
「ゲラル? あの言葉……?」
「イムラーティ村の村長様です。『山があるのだから谷もある』でしたね。」

 額面通りに受け取れば前世にもありそうな言葉だ。どういう意味なんだろう?

「私が村長様から頂いたありがたぁい御言葉です。何かがあればその逆もあるという意味らしいですよ。」
「……お、おう。」

 当たり前過ぎて逆に飲み込むのに時間が掛かってしまった。それがどうしたというのか。

「意味合いとしては油断するな、と悲観するなの両方が込められているのでしょうか。」
「それもあるわね。まぁ、この言葉をどう使うかは自由よ。」
「そんな投げ遣りな餞別せんべつありますか?」
「使い道が多く、便利って事。雑な訳ではないわ。……ふぅ……私ってやっぱり寂しがり屋なのね。こんな長話をしてまで貴方達を引き留めるなんて。」
「それくらい、心配してくれてるんですよね。」
「そうよ。だからいつか”また”元気になって顔を見せに来てちょうだい。」
「はい。」
「……坊やの母親が見つかるよう、フマナ様に願うわ。」
「ありがとうございます。」
「これで終わりね。続きは今度よ。貴方達もルウィアを手伝いなさい。」
「はいっ。」

 それからして旅の支度に一区切りを打つと、本当の別れはやってくる。どれだけ言葉を重ねてもそれは変わらない。俺たちとテレーゼァの距離が開くだけ。ただそれだけの話なのだ。そこに劇的な演出も浪漫に溢れた展開もない。

 大声で示す。感謝を。惜しみを。喉が張り裂けそうになるくらい強く。彼女にとっては瞬きと大差ない刹那的出会いであったろう。しかし、それでも、少なくとも俺には濃く温かい時間であった事に間違いなかった。

 俺はまた、一人の大人の手から離れるのだ。


 ――『また』という誓いを今度こそ守りたい。

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