ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第133頁目 この感情は本物だよな?

 触手状に伸ばしたアニマの先端に闇夜へ混ざる程黒い包丁が顕現された。その数は大体八本程。

 咄嗟に思い浮かべた突き刺す物という発想はかつて前世で見た包丁を生んだのだ。は不要だとか、そもそも片側にしか刃が付いてないみたいな論理的デメリットは何一つ考えもしなかった。そして、その顕現された黒い包丁は顕現と同時に同じく生み出された力を抱き標的に飛んでいく。

 赤銅色のドラゴン、ザズィーの頭に。

 とは言え、顕現したのは少し大きい程度の包丁である。自分の数倍はある身体のザズィーからしたら小石が飛んできた程度にしか思わなかったはずだ。だからこそ対処法を間違えたのだろう。翼や尻尾で叩き落とす、いや、そもそもステップで避ければ何も上手くいく事なんてなかったはずだ。俺だって思いつきで集中しただけで、本当に何かが顕現されるだなんて思っていなかったのだから。

「なっ!?」

 そう一言挙げて彼はただ身体をほんの少しすくませた。そして、包丁はザズィーの顔に刃を突き立てる。

「クッ!?」

 全てが予想外だった。黒い包丁が顕現された事も、ザズィーの目に当てられた事も、包丁が墨汁の様な液体だった事も。

「えっ!?」
「(どういうこと!?)」

 俺とミィが驚きの声をあげる。そりゃそうだ。苦肉の策が上手くいき、上手くいかなかったんだからな。

 包丁の当たった部位が真っ黒になったザズィーの顔。本人も何が起こったのかわからず長い首を曲げて自分の顔を触る。当然掌に着く黒い液体。

「んだぁ……?」
「それは毒だ!」
「(えっ?)」

 即座に口をいて出る言葉。

「毒?」

 怪訝そうに声のする此方の方を向くザズィー。何故か先程の様な爆発的高圧さを感じなくなっている。

「……下らねえ嘘吐いてんじゃねえぞゴミィ!」
「うっお!」

 地面をさらうが如く障害物ごと薙ぎ払う長い尻尾をなんとか跳ねて回避する。

 嘘も通じねえし、テレーゼァから教わった魔力の制御もなんも出来てねえ……! こんなんじゃ勝てねえ、クソォ!

「じゃあな!」

 頭の中で失敗の事ばかり考えていた俺は忘れていた。ザズィーは空振った時、もう一回転して尻尾を振り回すという事を。迫る長く太くしなる柱。どうにかしなくちゃなんて考えるすらなかったと思う。

「(クロロ!!)」

 圧砕あっさい断裂だんれつ破裂はれつ、その他諸々をそれはもたらした。痛みは俺の意識のくびねる。ミィの叫びは不思議なくらい明瞭めいりょうに聞こえた。

 辿り着いたのは暗闇だ。

 ワープとしか言いようがなかった。周りには何もなく。遠くにさっきまでの景色がある。まるで、自分の身体の操縦席に座っているかの感覚だ。身体へのダメージは何処か他人事で、痛みすらも遠い所で起きたそれはそれは哀しい事……みたいな。苦しくて辛いのに他人事というのもおかしな話だが、間違いなくそういう状態だったんだ。


 ――殺そう。


 !? 俺じゃ、ない。


 ――ウィールを殺したアイツを殺そう。


 俺だって殺してえよ。


 ――嘘だ。


 は? そもそもお前は誰なんだよ。


 ――許さない。


 答えろ!


 ――コタエル。


 全く意思の疎通が出来ていないやり取り。しかし、何かを間違えた。そんな感じがした。

『コロス。』

 何処かから聞こえる声がもっと明確になっ……。

『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……。』

 頭の中で一度響いただけの言葉が共振する様に輻射ふくしゃ、反響していく。それは”俺”を塗り潰すように……。

 ……。

 …………。

 ………………。

「ハッ!?」
「(クロロ! 大丈夫!? 一瞬だけど気絶してたよ! 今、土砂の中に埋まってる状態。もうこっからは私がやっていい? これ以上は流石に……。)」
「(やれる。)」

 そんな一言を静かに落とし、俺は暗闇を睨みつける。熱された土に埋まってるせいか身体中が温かい。あぁ……身体をなぞる様なこの感覚。奴はもう仕掛けてきている。

「(クロロ……!)」

 ミィも気づいているようだ。

「(約束だ、ミィ。絶対に手を出すなよ。)」

 この声を出す事すら辛い。俺の身体は痛みに支配されている。指一本ですら動かすのがやっとなのにこの頭のえ具合はなんだ? 何故か死ぬどころか負ける気すらしない。そして消えないこの操縦感。

 まぁ、いい。

 俺はウィールを殺したアイツを、殺す。

 という言葉がBGMの様に流れた直後だった。俺の周囲全方位の闇が弾け飛ぶ。これだけの規模の爆発を食らって無事なはずがない。

「……チッ。苛つくぜ………………あぁ゛ッ!?」

 はずがないんだ。

 流石に驚くザズィー。当たり前だ。急に土埃が吹き飛んだかと思えば、ボロボロなはずの俺が”無傷”で立ってるんだからな。ザズィーはほんの一瞬怯んだものの、即座に追撃を行った。未だ俺の周りには奴のアニマが沢山伸ばしてあったのだろう。何処からともなく爆ぜる火、火、火、火……。

 だが、それら全ては気体の球の中に封じ込められてしまう。球の中で流動的に明るさを変化させ球体を象る炎は大きいビー玉の様にも見えた。そんな離れ業をやってのけたのはザズィーでもミィでもない。俺だ。

 ……と思う。

 変だ。俺は今立っているのか? 痛みは何処に行ったコロス

 ……あんな魔法コロスなんて俺は知らない。使おうともしていない。

 そもそもなんでこんな他人事コロスみたいな…………誰だよ!!

 さっきからうるせえぞ!

 ……!?

 俺は今怒ってる……んだよな? そうだよな? これが”怒り”だ。でも、俺の身体を支配している”怒り”は何処か毛色が違う。

 理解出来ない違和感に戸惑っている間にも俺の身体は動いていた。翼を拡げ、局所的な強風を顕現し空を飛ぶ。

「俺のアニマを無理矢理退けたっつうのか!? まさか今迄手を抜いてたってのか?? ア゛ァ゛!? 答えろクソチビィ!」

 激昂げきこうするザズィーが吼えるとその周りに灰色の石柱の様な物が幾つも顕現され平らな先端をこっちへ向けられる。そして、起こる爆発。場所は石柱の内部。ザズィーは中を空洞にした石柱を顕現して内部で爆発を起こし、予め薄く創っておいた先端から爆発の衝撃を一方向に圧縮して放射したのだ。即ち大砲である。

 同時に大砲の中に顕現されてあった石弾は群れをなして俺の元へ飛んでくる……が。


 ――一閃。


 俺とザズィーの間を”白”が分断した。光とも気体とも見えるソレを突き抜けて石弾が飛んでくる事はない。ぶつかった音もしない。

「その魔法は……!」

 白い膜のせいでザズィーの顔色はこちらから見えないが、その声色は今日最も驚きを帯びた声だったと思う。石弾は消滅したんだろうか。そんな疑問と共に白い膜を消滅させザズィーの前まで飛ぶが、何故か動こうとしない。

 俺の三倍はある体躯を見下ろして俺は大きく口を開けた。

「我が仇敵きゅうてき! ザシュルズィード・アズライグ・ティガルボルッフよ!」
「(クロロ……?)」

 は?? 待て。俺はそんな事コロスを言う気はなかったぞ。それにザズィーコロスの本名なんて覚えてねえよ。

「貴様はこのソーゴ・クラキが打ち取る!」
「(クラッキって……? どうしちゃったの?)」

 おい! どうなコロスってんだ! ミィがいんのに前世の名前なんて! 俺は何を言ってコロスる!?

「ソーゴ・クラッキだぁ!? 聞いたことねえなぁ! てめぇがなんでその魔法を使えるか知らねえが……! これから死ぬ奴の名前なんて覚える訳ねえだろうがッ!!」

 さっきまでとは温度差が異なる殺気を放ち始めるザズィー。怒りと侮りが混ざったようなドロッとした物じゃない。何か大事な物を護る為みたいな固く鋭い殺意。一体何が彼の雰囲気を変えたのか。そして、彼と対峙するこの小さい竜は誰なのか。

「まだ、青いな。」

 自分だとは思えない気障きざったらしい台詞をポツリと呟きミィを避けながら無数のアニマを展開する俺。それは一瞬でザズィーを覆い尽くしてしまう。アニマから感じる仄かな抵抗感は恐らくザズィーのアニマだ。

「チィッ! なんつうアニマだよッ!!」

 恐らく自身の周りが俺のアニマで囲まれつつあると判断したのだろう。翼を軽く拡げて後方に大きく跳躍するザズィー。

 だが……。

「何処へ行く。」

 音もなくアニマから放たれた光柱がザズィーの両翼膜を貫通する。

「グアァァッ!!」

 光で焼き切ったのか? でもそんな事、俺には出来ない。穴に焦げ跡も無い? 何をした?

 翼を貫かれた痛みで着地を失敗し盛大に転倒するザズィー。翼膜に大穴が開いたその姿は酷く痛々しく感じる。言うならば掌にナイフを貫通させた様なものだ。自分と近い姿をしているだけにその痛みは容易に想像出来てしまう。翼膜の穴は日が経てば塞がると聞いたが、だからと言って……。

 気付けば俺は倒れたザズィーの頭の横に立っていた。

「……貴様は我が友を手に掛けたのだ。戦いの中、その程度の痛みで怯むとは未熟なり。」
「うるッ……!」

 暴れようとしたザズィーが何かに押さえつけられ制止させられる。

「黙れ。貴様に残されたのは僅かな時間のみだ。」
「クッ……!」

 そう。既にザズィーの身体は俺のアニマで包まれていた。

「悔いはあるか?」

 冷静だった。とても重く強い怒りはしっかりとある。だがそれは俺と分離していて、俺の感情なのにそうじゃないような感じがする。

「あるぜ。」

 ザズィーをやっと殺せる。

「――てめぇが死ぬ所を見られない事だ。」

 ザズィーがそんな捨て台詞を吐いた瞬間。凄まじい量のマナの胎動を感じた。マズい。何か途轍とてつもない事をしようとしている! ……と”俺”は焦っていたんだ。だが、俺の身体は呼吸をする様に身体強化を纏った身体を回転させ、ザズィーの横っ面に思いっきり尻尾を――――叩き込んだ。

 硬い物を砕く感触はしたが、ザズィーだって身体強化魔法を使っていたのだろう。強く弾かれた頭部は重い胴体を軸にして円を描きその進路上にあった壁に打ち込まれる。またも埋もれるザズィーの頭部。

「ふん。アズライグの次男は優秀だと聞いていたのだが……。」

 知らない事を呟く俺。そして、膨らむ憤怒の感情。そして、殺意。

 ……余裕でザズィーコロスに勝っちまった。どうなってんだ? 

「友よ……。」

 誰なんだよ。こんなコロスの俺じゃねえ。すっきりしねえよ。おい、まさか魔法を使おうとしてんのか? やめろ……やめろ!! これで終わっちまうのはなんかちげぇんだよ!!

「死ぬがよい。」

 マナに大きな魔力で干渉している感覚が伝わってくる。恐らくこの”俺”はザズィーにトドメをさす気だ! こんなの妄想で憂さ晴らししてんのと変わんねえ! チクショォ! なんなんだよぉ!!

 頼む……!

「こらっ!!」
「っだ!?」

 頭に走った痛みでモニターを通して見ていた様な感覚が少し薄れる。ミィが俺の頭を叩いたらしい。操縦じゃない。”俺”が動いている……?

「さっきから呼び掛けてるのになんで無視するの! ”あの魔法”を使ってから調子乗って気持ち悪い喋り方になるし!」
「さっきから……? っていつから?」
「ザズィーが埋もれてるクロロに凄い爆破魔法を使った後からずっとだよ!」
「え?」

 間違いなく俺には聞こえていなかった。見えていたのはザズィーだけ……。

 なんでミィの声が……。

 それだけじゃない。俺は今まで……。
 


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