ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第103頁目 エリマキトカゲの走り方がダサいって言った奴誰?

「ウ゛ッ!?」

 テレーゼァの翼の上でいきなり身体全体を潰す様な圧力が襲い、瞬時に開放される。伸びる何本もの光……違う、アレは三つの月と星々だ。鼓膜を殴る暴風。俺はテレーゼァの翼によって勢いよく跳ね上げられたのである。

「クロロ!」

 俺を呼びかけるミィだが、それに応じる間もなく身体は鹿団子に……ッ!

「クッッッッッッッソァ゛!!!!」

 瞬時に脳が熱くなり回転を始める。鹿の群れに飛び込む寸前、魔法で肉体を求めるまま爆発的に且つ無造作に研ぎ澄ました。時間にしたらきっと数秒の事だったはずだ。俺には牙が、爪が、翼が、尾がある。これ等で命の宿る位置を精密に削り取るんだ……ッ! 頭! 首! 胸! 何処だっていい! 急所に思えるとこなら何処だって!

 俺の身体は慣性の法則により常に移動し続けていた。それでも感覚を研ぎ澄ましたせいか相対的に時間が遅く感じていたんだと思う。何にせよ、空中で体勢を変えるのには限度がある。故に身体の何処かがベスに触れた瞬間の衝撃を無駄にしてはいけない。まず眼前の首に喰らいつき、翼に風を受けないよう出来るだけ平行に広げて翼爪を立てる。両手もそうだ。手の届く範囲で大きいダメージを与えられそうな箇所に爪を抉り込ませていく。空振りなんてしない。今の俺の身体に込められた全ての力を殺意に込めるんだ。

 鈍い音と共に血飛沫が舞った瞬間、ベス共は大パニックとなり散り散りになっていく。凍てつく空気の中、白い気体として俺の周りを取り囲んでいた熱が霧散し始めた。仲間を踏みつけてでも走ろうとする者、前も見ず走り俺の方へ向かってきてしまう者、血を流しながら覚束ない足取りでグルグルと回っている者。だが、どいつもこいつも……俺の餌だ。

『ゴリッ……』

 口に咥えた首の骨を噛み砕いて千切る。その間、逃げる餌共を傍観してた訳じゃない。

「カッッッッッ!」

 咳袋に溜めていた水を力一杯吐き出して横に薙《な》ぐ。最近避けられる事が多かったこの技だが、ただのシカモドキには脅威に違いない。梳き木を易々と貫通する威力の水ブレスを防げるはずもなく、当たった側から身体の数を増やして転んでいった。気持ちいい。本気を出せばこんなもんさ……!

 ……見てるかな?

 ゆっくりと崩れ倒れる梳き木の向こうにテレーゼァを探す。

「(……いきなり投げるなんて幾ら何でも酷くない?)」
「(それな。流石に焦ったぜ。まぁ、弱いベス相手だったからよかったけどさ。)」
「(抗議したいんだけどどうにかできない?)」
「(無理。隠れてろ。)」
「(うぅ……。)」
「(文句は俺が言うよ。)」

 倒れきった梳き木の向こう側から、のそのそとテレーゼァが歩いてくる。気付けば雪崩虫は鳴き止んでいた。これだけの悲鳴を聞かせれば雄を呼ぶ余裕も無くなるだろうしな。

 なんとなく一息吐いて白い吐息が消えていく様を眺める。動機が少しずつ穏やかになってく感じがした。

「やれるじゃない。昨日よりはマシだったわ。」
「大丈夫ですか!?」

 テレーゼァと共にマレフィムも飛んできたようだ。

「あぁ、怪我はないよ。でも、流石に酷いですよ! 俺が丈夫じゃなければ死んでたかもしれないじゃないですか!」
「丈夫だから投げたのよ。」

 あぁ言えばこう言う……!

「今日は動きの殆どに無駄が無いように見えたわね。昨日はやる気が空回りしてただけかしら?」
「昨日は、初めての相手だったし……。」
「戦いっていうのはそういうものよ。……坊や、私が合図をするから狩ったベスをここ一箇所に集めてくれないかしら。出来るだけ早くよ。それと、まだ生きてるベスはなるべく殺さないようにね。」
「えっ。」
「い、いきなりですね。」
「さぁ、用意はいい? 3。」
「えっ。」

 何? 急になんだよ? 

「2。」
「ッ……!」

 カウントはずるい! そんなの……!

「1……。」

 身体強化! 脚力増強! やるからには全力でいくぞッ! 熱は消えきってないから感じ取れる! 死体は、あそこと、あそこと、あそこだから……!

「はじめ!」
「ッしゃあ!」

 一番近い死体へ向けて飛び込む為、踏み固めた雪面を抉る程の威力で蹴る! そして、予定通り牙の届く位置まで来ると歯が食い込むだけの程度の力で噛み、テレーゼァの前へ跳ぶ。コイツは死んでるな。多少乱暴に扱っても大丈夫だ。もっと感覚を鋭敏に……! 複数持ててもドラゴンの二足歩行じゃ遅すぎる。

 …………遅いのか?

 動きを止めずに思い出す。水面を走るエリマキトカゲを。俺の身体もトカゲみたいなもんだ。なら、股関節の可動域的には出来てもおかしくないのでは……? このゲームにペナルティがあるなんて話は聞いてない。なら……!

 俺はシカモドキが多く転がっている場所に目掛けて跳ぶ。全員死んでるな。その内の一匹をむんずと掴み胸の前で抱え込んだ。その隣に落ちていたベスも同じ様に抱える。

 行くぞ! 脚を上げろ! 外側から大きく回転させるように! 滞らないようにッ! 回せ! 回せ!!

 蹌踉《よろ》けつつも、ちょっとずつ身体の移動速度は勢いを増していく。少し危なっかしいけど……できてるぞ! 翼は身体の後ろへ蝶の様に畳んで風を受けないようにする。重い物を前に持っているのでつんのめりそうになるが、尻尾を後ろにピンと張ってバランスをとる。加速すれば更に安定してきた!

「ハハッ!」

 走りざまにもう一匹掴んで抱え込む。その際、抱えていた死体が一瞬崩れ落ちそうになったが、危なっかしくもなんとか上手く抱え込み直せた。これが限界だな。このシカモドキは一度に三匹を抱え込むのが限界だ。しかし、このエリマキトカゲ走り効率がいいぞ!

 回転回転ゥー! ん? あの死体……熱がそこまで下がってない。まだ生きてるのか……。まぁ、関係ない。あいつも持ってこう。二足歩行はまだ慣れてないから停止した後にすぐ安定して走り出したりはできない。それよりも魔法で強化した脚で止まらず同じ動きを繰り返した方が安心する。なので、四足歩行には戻らずエリマキ走行のまま感じ取れた全ての死体を集めきった。

「お疲れ様。」
「どうですか!」
「……及第点ね。でも問題はわかったわ。」
「問題ですか?」
「坊やはね。力の使い方がわかってないようね。」
「力の使い方って……?」
「坊やは最大まで力を込めてそれを全て使い切るというやり方で身体を動かしているように見えるわ。それは私達竜人種には向かない方法よ。」

 向かない……? まずそんなに力込めてるか?

「えっと……。」
「余り心当たりが無いようね。……竜人種の武器は強大な筋力や魔力ではないのよ。体力。それこそが最も優れてるの。」
「……体、力。」
「ほうほう。竜人種は体力が……。」
「……記録等には高い魔力や生命力だなんて雑に書かれていたかもしれないけれど、細かく言うならばそうね。勿論種族によってバラつきはあるけども、大体は体力がずば抜けているわ。何日も休まず、食べずに戦い続けられる……これがどれだけ驚異かわかるかしら?」
「食べずに、ですか……。」

 マレフィムが意味ありげに言葉を漏らすと、俺と目が合った。俺とマレフィムは恐らく同じ事を考えているのだと思う。俺の竜人種的な強みは既に一つ潰されているんだという事を。

「どうしたのかしら坊や?」
「いえ、えっと、その、体力が武器だから……なんなんです?」
「そうね……例えば坊やは、少し離れたベスを取ろうとした時に力一杯地面を蹴って跳ぶでしょう。それは良くないやり方ね。私達は常に無理なく身体を動かし続けるの。坊やが先程やっていた動きに似てるわね。まさか、二足で走り回るなんて珍妙な事をし始めるとは思わなかったけど、その間止まろうとはしなかったでしょう。あれが正解に近いわ。」

 珍妙って……んー……確かに客観的に見たらちょっとダサい走り方だけどさ……。

「じゃあ力を込め過ぎちゃいけないって事ですか?」
「込めすぎてはならないのではなく、力を均一な度合いで込め続けられなくてはないという事よ。竜人種は身体の制御が上手い程、実力を発揮できるという事。体力は即ち体の制御力なのよ。そして、制御力は自分が望んだ通りに身体を動かせるという事。それを大袈裟に言えばどう表せると思うかしら。」
「大袈裟に……体力は制御力で……望んだ通りに……? ……実現力?」
「……まぁ、正解かしらね。少し無理やりかもしれないけども、体力というのは実現力、つまり願いを叶える力という事よ。」
「……。」
「面白い解釈ですね。まるで魔法のようです。」

 体力が願いを叶える力……か。前世で言ったら笑われそうな言葉だ。

「動き続けられるというのは筋力があるという事よね。長い間楽な状態でいられるの。でも、間違いなく段々と苦痛が襲ってくるわ。長く、しぶとくね。それを耐えきらせるのは精神の強さ。アストラルの歪み無さ……つまり、体力はマテリアルとアストラル両方の強度に依存するの。それが大戦時、他の種族が最も恐れた竜人種の力よ。」
「うーん。わかるようなわからないような……。」
「身体の動かし方を変えればわかるわ。話すより試すほうがわかりやすでしょう。」
「まぁ……でも、これからは投げないで下さいね。言えば行きますから。」
「……そう。」

 少し残念そうなのはなんでだ? 人を投げるのが趣味なのか?

『ヒッ……カヒュッ……。』

 集めたベスは十匹弱程度。生き残っていたのは三匹。そのうち一匹は荒々しく喘ぎ今、足元で息絶えようとしていた。

「可愛そうね。早く〆てあげましょう。……坊や、『撃牙《げきが》』を教えるわ。この子の首を優しく咥えなさい。」
「…………?」

 『撃牙《げきが》』という聞き覚えのないの単語に疑問を浮かべつつ言われた通り咥える……つもりだったが、懸命に生に獅噛《しが》み付くベスにどうも気が引けて歯を殆ど食い込ませず添えるだけ、という状態になっていた。

「……そうね。できたなら、顎を張るのよ。」
「……?」
「『撃牙《げきが》』……顎を張る? どういった力の込め方なのでしょう。」

 マレフィムもよく理解出来なかったようだ。何故自分でも試してみているのか頻《しき》りに顎をシャクっている。多分違うと思うぞ。

「(顎を張るってどういう事? 骨があればわかる感覚?)」

 ミィの疑問に答えず、俺も歯を離さない様に顎に力を込める。

 噛む、シャクる、広げる……固定する。

 矢庭に。

『キャヒィイッ!!!!!!』

 絶叫を雪が吸う。

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