ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第93話

「んん!? 美味い!」
「これは……美味しいですね……!」
「確かに美味しいけど、私にはちょっとしょっぱいかも……。」

 ジャーキーを食べてそれぞれの感想を述べる俺とルウィアとアロゥロ。獣臭さがマイルドになり煙の香りと交わって上手く調和が保たれている……気がする?

 さて、このジャーキーだが、三分クッキングの様に料理始めと同時に完成品がどこからともなく現れたという訳ではない。完成までに掛かった時間は簡易燻製くんせい器の作る時間も含め体感二時間くらい? 短いって思うかもしれないが、魔法もミィもいてこれだけの時間が掛かってしまったのだ。ローテンションのマレフィムの指示に従ってアロゥロが土魔法で言われた通りに燻製器を造り上げる。そこにミィが塩分を含ませた肉を放り込み、結露で余分に集まる水分を管理。そして、煙の香りがしっかりと染み付くまで待てば肉はジャーキーへと変身を遂げる。燻す為に使った木のチップもミィにお願いして作って貰った物だ。果物も燻製にすると美味しいと教えたら喜んで手伝ってくれたよ。なんともチョロ……現金な奴だ。

「それは仕方ねえよ。これくらい塩気が無いと腐っちまうだろうし。」
「……燻《いぶ》してあるので……塩気はもう少し抑えて良いかもしれません。塩は水気を抜く為に多く使いますし……行く場所は暑い場所ではなく……寒い場所ですから……。」
「そうか。ならミィに調整して貰って次は塩気を少なくして貰おう。減る塩が少なくなるのは助かる。」
「そ、そうですね。」

 話が途切れたので、アロゥロの簡易燻製器を見つめ続けるミィの方を見る。現在果物を燻し中だ。完成が待ち遠しいのだろう、濛々と漏れる煙を前に全く動こうとしない。その姿を隣で見つめるファイもまたシュールだ。あの二人ってどんな関係になるんだろう。仲間意識とかはあるんだよな……。近い存在ってだけしか聞いてないし……。

「あの、アメリさん。実は燻製で非常食を確保し終えたらもう出発しようと思ってるんです。その、アストラルの調子がまだ本調子でないと思うので厳しいかもしれませんが……。」
「……大丈夫ですよ……ルウィアさん。少しの間……ミィさんとソーゴさんに世話をして頂きますから……と言っても明日明後日には快復してるはずです。ご安心下さい。」
「ありがとうございます……!」
「……それよりも……ルウィアさん、こそ……怪我がまだまだ治ってないはずでは。」
「え、えぇ。でも、ミィさんのおかげで激しい動きをしなければそこまで痛みを感じませんし、僕の種族は怪我が治るの早いんです。それに、これ以上遅れたら冬になってしまい、帰りが大変になってしまいますから……。」

 伏し目がちに語るルウィアを心配そうに黙って見つめるアロゥロ。あの背中の傷は痛々しかったもんな……服の替えを一着だけ持ってたから今は隠れてるけど、多分あの服の下には一生消えない大きな傷痕が残ってるんだ。

「……ですから……急いでここを発ちましょう。ソーゴさん……私が本調子でない間は……引き車の護衛、頼みますよ。」
「わ、私も手伝うから!」
「任せとけ。馬車揺れとかはミィにカバーして貰おう。な!」
「……。」
「おーい、ミィ!」
「んぇ? な、何?」

『チキッチキッ。』

 夢中になり過ぎだろ……。

*****

「はぁう~……木の焦げた煙の臭いもこの薄さなら良い香り付けになるんだねぇ~……。」
「ミィ様は本当にフルーツが好きなんですね。」
「甘い物が嫌いな人なんていないよっ! アロゥロも食べてみたら?」
「良いんですか! 頂きます!」

 完成した果物の燻製をつまみ、口に放り込むアロゥロ。それを不慣れにモゴモゴと咀嚼すると途端に顔を崩してしまう。

「な、何これぇ~……! こんなに甘いの初めて食べます!」
「アロゥロは加工食品をあんまり食べた事が無いのかな?」
「そうですね。これを食べたら娯食に手間を掛ける人の気持ちがわかります!」

 女の子同士が元気に話すのを聞いてるとやっぱり何処か男とは違う気がするよな。人間じゃなくても性別概念はそんなに変わらないのか。……ミィが女である根拠は薄い気もするけど。

「植人種だから火はあんまり扱わないもんね。」
「燃えちまうからか?」
「違うよ。水と光で生きられるんだから調理の必要が無いでしょ。それなのに火を扱う必要なんて無いと思わない?」
「確かに。」
「多分ルウィアの方がよっぽど火に弱いかな。」
「す、すみません……。」

 なんか先入観で植物は火に弱い印象があったけど、そんな訳でも無いのか。ガキの頃花火で遊んだ時、低木の青い葉っぱ千切って火に当てたりしたけど全く燃えなかったもんな。コゲ穴が開くだけだった気がする。

「あ、あの……此方はもう準備が出来ましたよ……?」

 報告という建前を使って出発を促すルウィア。俺のせいで予定より結構遅れたからな。焦りを感じているんだろう。しかし、ここからの出発は単純なこれまでの旅の続きじゃない。そう思ってアロゥロを見る。

「ん?」
「ここに思い入れとかは無いのか?」
「ここ? ここって?」
「この辺りだよ。」
「この辺り? あぁ、長旅をするからって事? 別に私、ここに住んでたとかじゃなくてゴーレムに追われて逃げてきただけの場所だしね……。」
「あ、そっか。でも、国から離れる事になるんだぞ?」
「寧《むし》ろそういうのを望んでたの! 色んな物を見て、世界は広いっていうのを実感したいかな。ね、ファイ!」

『チキッ? チキッ。』

「最初に行く国がマーテルムっていうのが不安だけど、王国程怖くないし丁度いいのかも。」

 オクルスではそこまで可変種を差別するような奴等は見なかったけどな? もっと王国の中心部とかまで行けばあからさまになってくるんだろうか。

「もう襲われる事は無いと思うから。頼んだよ、ローイス、ラビリエ、セクト。」
「「「キュゥイッ!」」」
「良い返事だな。ルウィアを振り落とさないようにお願いしたいもんだ。」
「(その前にクロロの方が落ちると思う。)」
「……。」

 気付けばいつものポジションにいたミィがチクリと言葉を刺してくる。

「二人共わかってると思うけど、ミィの事は秘密で頼むぞ。」
「わ、わかりました。」
「はーい。」
「でもファイは大丈夫なのか? コイツを狙う奴とか絶対いるだろ。」
「狙った所で捕まえられる訳ないし……。」

『チキッ……?』

 ……それもそうか。

「でも、ファイってどれくらいの重さなんだ? 結構重そうだよな。」
「ファイは荷台に乗せないよ。普通に付いてきて貰う。」
「……は?」


*****


「うわぁ! 凄い! 結構揺れるね!」
「ほ、舗装されてませんからね!」

 猛スピードで荒れた森を離れていく馬車。後ろを振り返っても俺等が居た場所はもう見えない。無地の草原を三匹のエカゴットが蹂躙《じゅうりん》し、轍《わだち》を刻み付けて走る。荷台の上には前と変わらず俺とマレフィムとミィだけ。新しく旅の仲間に加わったアロゥロはルウィアの横に座って前を走るエカゴットの隙間から遙か先を眺めているんだろう。何処を見ても木と草しかねえけどな。そして……。

『ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!』

 この重い物を勢いよく地面に叩きつける音は……ファイである。ファイはまるでノミの様に力強い跳躍を繰り返して高速で走る引き車に付いてきているのだ。……今迄面倒を見てきた娘はぽっと出の男に夢中で自分はその扱い……無言の背中が目に染みるぜ……。

「おい! あんまりスピード上げすぎんなよ! 横転したら全てがパーになる! それに沼地もあるからな!」
「その辺りはミィさんがフォローしてくれているので! なんとか!」
「ふふんッ!」

 誇らしげな声が俺の耳に入る。どうにもミィは罪滅ぼしにでもしたいのか。正体が知れて開き直ったのか。とても開けっぴろげに協力してくれるようになった。この方が俺の心労も軽くなるからありがたい。

「アメリ、大丈夫か?」
「……えぇ……別に身体の調子が悪いとかではないですからね。」

 俺も経験はした事あるからな。マレフィムみたいに長い期間ではなかったはずだけど、意識に霞がかかって少し遠いとこから自分の身体を操ってる感じ。あの感覚的な距離感がどんどん離れていくと所謂”死”って状態になるのかね。

「……風が……気持ちいい、です。」
「そうだな。」

 普通の大きさの木ばかりなら引き車の上なんて枝葉が当たって危ないのだろうけど、この世界はどれもこれも大きいからそんな心配も無いな。この森は言う程森でも無いし。

「う、うわっ、ちょっ、アロゥロ、ち、近いですよ……!」
「えぇ? 引き車が揺れるんだから仕方ないでしょ? それに隣に座ってるんだから近いのは当たり前。」
「そ、そうですけど……!」
「(……うるせえな。)」
「(やっかまないの。)」
「おい! これからはまた長い道程になるんだよな!」
「え、えぇ! そうです! アロゥロにエカゴットの御し方を教えて、主には就寝する時だけ休憩を取ろうかと……!」
「そんなに急いで大丈夫なのか!?」
「な、舐めないで下さい……!」
「……ほう。」

 言うようになったな。それとも女を侍《はべ》らせて少し良い気になってんのか……? だとしたらワテクシ許しませんが? 許しませんが??

 ……それは冗談として。思わぬアクシデントを乗り越えて少しくらいはルウィアと距離が縮まった気がする。……でも俺は、何が原因で暴走するかわかんねえんだ。程々にしないと痛い目に合うのは………………今、どっちを思い浮かべた? ルウィアか? 俺だよな? 駄目だ駄目だ。俺は自分の為に生きて、自分の為に母さんに会い、自分の為に……自分の証明をするんだ……。俺はここにいると、それの証明こそが幸福であり目的なんだ……!

「クロロ……?」
「ん?」
「ううん。なんでもない。」
「なんだよ。ってかクロロって……聞こえないか。」

 道が舗装されてなくても構わず地面を踏みつけ進むエカゴットと引き車。となると、走っている間は只管に雑音が響き続ける。その音に隠れてミィはクロロと俺を呼ぶ。

「……俺は、クロロか?」
「うん。」

 変な質問にもミィは何も聞かず応える。

「君はクロロ。今迄も、これからも。」
「……ふっ。」
「あっ、笑った。酷い!」
「別にミィを馬鹿にした訳じゃねえよ。ただ、今は色々考えるタイミングじゃねえのかもなって思っただけだ。」
「本当に?」
「本当だよ。」
「……クロロって時々よくわかんない。」
「全部わかられてたまるか。」

 引き車は騒がしくも長閑に緑溢れる景色へ溶け込んでいく。今日も空が綺麗だ。そんな感想が自然に浮かぶ日常が一番の理想だろ? これから先の不安とか、仲間の身体の心配なんてなく、理想と現実の差に怯えるって事も無い。俺は小さい幸せの上でもっと小さい不満とか喜びを感じていたいんだ。

 そんな日を目指して。

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