ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第81話

「ミィィィィーーーー!!!」


ファイの巨体が地面を穿つ音に負けないよう必死に大声を出してミィを呼ぶ。ミィがいなくなってから早くも一日が経った。まずは、ミィの声が聞こえなくなった辺りを捜索し、何も手掛かりを得られないまま夜が来てしまう。いつもと変わらないはずの夜も、ミィがいないというだけでどうにも寝心地の悪い夜に思えた。それから今日、昨日の戦闘があった場所の捜索をする事にしたのだ。


あれだけの戦闘が行われた場所だ。見慣れた景色が拡がっている訳がない。ひっくり返された草花に折れた樹木。俺達は、アロゥロに向けて放たれたあの光線により焦げた地面を辿って行く。


「も、もう火は消えてるみたいですね……。」
「ルウィア君、こわいの?」
「え、い、いや! そんな事はないです……よ?」
「ほんとにー?」


この景色を見ればルウィアが恐れる理由も充分わかる。大体距離にして300mくらいだろうか……。そこをとんでもない衝撃と熱を纏った何かが地面を抉った跡がわかりやすく視覚情報として確認出来るのだから。こんなものを撃ち込まれたら俺は一瞬でミンチを飛び越してハンバーグになってしまう。正に3秒クッキングだな。


「ゴーレムの力というのは恐ろしいですね……。」
「アメリ、そのゴーレムっていうのは何なんだ? 結局良くわかってねえんだよ。」
「ゴーレムは、フマナ様の使いと言われる種族です。数が少なく謎の多い神秘的で争いを好まない種族と言われていますが、絶大な力を持ち一度怒らせれば誰も手を付けられなくなる程辺りを破壊し尽くす者もいるとか……その話もこの有様を見せつけられれば納得がいきますね。」


やっぱり種族……って扱いなのか……でもやっぱりロボットだよな……種族とかそんなんじゃない。それに、フマナ様の使いねぇ……どちらかと言えば人間の使いなんだけどなぁ……。


「でもファイって話せないだろ? ベスと勘違いされたりは……。」
「ありえないでしょうね。特徴的な姿をしている方が殆どですし、フマナ様の使いと言われるゴーレム族をベスと同一視なんてしてしまえば熱心な信者に殺されてしまうかもしれません。そもそも古代フマナ語を扱ったりしますので、間違えようが無いのですけどね。」
「古代、フマナ語……。」
「私も専門的な事までは良く知らないのですけどね。ファイさんの顔に表示されるあの文字は恐らく古代フマナ語かと思われます。生きてく上でそれをどう使っているのかもさっぱりですけど……。」


俺はふと、付いて歩くファイを見上げる。古代フマナ語って言われてる数字を使って生きているねぇ……。ファイに感情はあっても、生きていない。でも、他の奴等は生きてるって思ってるんだよな。生きてるってなんなんだろう……。アストラルはあるのかな……。っつか数字が古代フマナ語……?


「あ、あれ、なんか変じゃないですか?」


ルウィアが焦げ跡の中で何かを見つけたようだ。俺はルウィアが示した方向を見る。すると、そこには不自然に地面が掘り返された様な跡があった。焦げた土を後から更に掘ったような形跡だ……。


「べ、ベスが掘り返したんでしょうか。」
「昨日の騒ぎでここらのベスは警戒していて近寄らないはずです。」
「うん……私もそう思うけど……。」


正に掘り返されたばかりといった感じに土が盛り上がっているが、中心には深い凹みがある。というか……これは穴……?


「これ……よく見たら小さい穴がいっぱいある……。」
「ほ、本当だ……。」


その盛り上がった土には爪楊枝で刺したかの様な小さい穴が幾つも開けられている。これは流石に不自然過ぎるな。それとも、こういう穴を開けるこの世界特有の虫がいるとか……? でもアロゥロもルウィアも不思議がってるしなぁ……。


「この様な穴を開ける虫がいるのですか?」
「わかんない。私、嫌虫派でもないけど、親虫派でもないんだよね。」
「嫌虫派と親虫派ですか?」
「虫好きか虫嫌いかって派閥だよ。植人種は昔から何かとそれで争ってるの。私みたいにどっちでも良い人もいるけど気軽には話さない方がいいから気をつけてね。」
「ほ、ほう。気をつけましょう。聞いてましたか? ソーゴさん。」
「んぁ? 虫の話は植人種の前でするなって? わかったよ。」
「ソーゴさんが一番ポロッと話してしまいそうですからね。」
「……あはは。」


笑ってんじゃねーぞ、ルウィア。確かにうっかり話しちゃうかもしれないけど、うっかりは仕方ないだろ。


「おい、これ良く見たら穴がこっち側にも開いてる……ってかこれ道みたいになってんな……。」


無数に開いた小さい穴は帯状に焦げ跡の外側に続いていた。益々不自然である。こんな小さい穴なんて爆風や衝撃ですぐに見えなくなるはずなのに、どれも開けられたばかりのような綺麗な穴が並んでいるのだ。その上、よく観察すると規則性すら感じられる。


「これは……まるで足跡の様ですね……。」
「じ、じゃあ、やっぱり虫なんでしょうか……。」
「虫だったとしたら結構な大きさだね。でもこんな足跡を残す虫なんていたかなぁ……。」
「……辿ってみよう。」


熱で硬質化した地面にこんな穴を開けるという事はそれなりの重さがあるという事である。即ち、虫である場合本体はかなりデカい可能性があるわけだ。……あ、駄目だ。これより向こうは雑草が邪魔で辿れない。


「……なんなんだ?」
「やはり何らかの虫なのでしょう。私も正体は気になりますが、今はミィさんを探さないと……。」
「……そうだな。」


俺は振り返って太く長い焦げ跡を見回す。奥の方にはもう一つ等間隔で地面が抉れている部分がある。考えるまでもない。あれは昨日のあの謎のロボットが着地した跡だ。一応近くに寄って確認するが、やはりファイの足跡とそっくりである。焦げ跡より古いか新しいかであのロボットの軌跡がわかるな。あの特に強く地面が凹んでいる部分は、最後に高くジャンプした時に思いっきり地面を蹴った場所だろう。今考えれば、ファイと同等の金属の塊が跳ね上がる威力の脚力って凄まじいな……。


こんな物騒なタイミングで何処かに行きやがって……俺の親探しを手伝ってくれるんじゃなかったのかよ……。


「……ミィイイイイイイーーーーーッ!!!!!!!」
「わっ!? き、気持ちはわかりますけど急に叫ばないでください。」
「わ、悪い、アメリ……。」
「い、いったい……何処に行ってしまったんでしょう。その……探索魔法とかが使える人がいれば或いは……。」
「探索魔法なんて使っても動くかわからないし、熱だってあるかもわからないんだから駄目だと思うよ。」
「そ、それもそうですね……。」


精霊の探し方か……聞いておくんだったな……。


「ミィちゃんかぁ……その人は私にとってファイみたいな人って事だもんね……。」
「その、ファイさんと、血は繋がってないんですよね?」
「勿論だよ。ゴーレムはどうやって産まれるのか解明されてないし。」
「で、ですよね。だったら何処で知り合ったんですか……?」
「私はファイの足元で産まれたの。産まれた時から側にいたんだよ。」


産まれた時から側にいたっていうなら、本当に俺とミィの関係に似てるんだな。俺はミィに出会うまで側にいたなんて知らなかったけど……。


「物心付いたばかりの頃はただの変な形の石だと思ってた。大きいから陽の光も遮るし、こんな所に生えるなんて運が悪いなぁって……でも、ある日見た事も無い大きさの竜巻が出たの。私はその時まだちゃんとデミ化が出来なくて、近づいてくる竜巻から逃げる術が無かった。周りの友達が根っこから剥がれて吹き飛んだり、飛んできた飛礫がぶつかって千切れていく様を見るのはとても怖かったよ……。」


植物だからまだマイルドな映像が想像されるけど、人だったら大惨事だよな……。


「私はただただ恐ろしくて叫んだよ。こわい! 助けて! って……そしたら、急に隣の大きな石が私に覆い被さる様に守ってくれてね。なんとか生き残る事が出来たの。」
「ファイさんが身を挺してアロゥロさんを助けて下さったのですね。」
「うん! あの時、発声器官を魔法で作れてなかったら、ファイが側にいなかったら今頃死んでたかも。」


アロゥロは満面の笑みでファイの武勇伝をまるで自分の事の様に語る。俺だってミィを自慢出来るなら幾らでもするさ……側にいたらな……。


「それからはずっと一緒。恥ずかしい事に最初は変なベスだなんて思って少し戸惑ったりもしたんだけど、今じゃファイは大事な家族だよ。」
「えっと、それじゃあ、もう随分と長く一緒にいるんですね。」
「うん。離れた事なんて無いかも……だからソーゴさんが今どれだけ辛い気持ちかよくわかるよ。ファイが急にいなくなったらなんて考えられない。」


そんなアロゥロの言葉に、何故か俺はルウィアの顔を伺っていた。コイツも目の前で家族が死んだんだよな。抗う事が出来たかもしれないのに、それを適える力が無かったから……。


「ど、どうしました……?」
「なんでもねえよ。」


……どうしても今は考えたくない事。それはミィがこのまま見付からなかったらという事だ。俺はどうしたらいいんだ……頼むから……帰ってきてくれ……ミィ……。


「……妙ですね。」
「ん……何が。」
「あのゴーレムの足跡ですよ。」


マレフィムが指差した先にはゴーレムが跳ねた跡であろう深く凹んだ地面の窪みがある。それがどうかしたのだろうか。ゴーレムの事は心配と言っちゃ心配だが、今そこに避ける余力はない。


「あのゴーレムの足跡……等間隔に7つの穴が並んでいます。しかし、ファイさんの脚を見る限り、同じ『ロボット』という種族なら脚が8つあるはずですよね?」
「ほ、本当だ。脚が7つ……いや、不自然な場所に跡が無いですね。もしかして、ファイさんの攻撃で脚を失ったのでしょうか……?」
「でも、脚なんて何処にも落ちてないよ?」
「千切れたなら何処かにあるかもしれません。探してみましょう。」
「……別にいいだろ。探して何になるんだよ。」


今はそれよりミィだ。勝算だって薄い相手の事を調べる必要もない。しかし……ミィの手掛かりもない。


「あのロボットはミィさんを探す一つのヒントですよ。無関係という確証がありません。」
「でも、そいつと会話なんて出来ないだろ?」
「出来るかもしれないじゃないですか。」
「その前に殺されちまうよ。」
「それでも一番有力な情報が得られるかもしれないのですよ?」
「空振りだったら無駄死になるだけだぞ。」
「「…………。」」


黙り込む俺達。少し険悪になる空気。決して喧嘩をしている訳じゃない。だが、何処か折り合いがつかなくなっている。ミィを心配しているのは決して俺だけじゃないってわかっちゃいるんだ。マレフィムだって同じくミィの身を案じている。……だからどうした。焦りが、寂しさが止まないんだよ。


「一旦、休憩しようか! ミィちゃんが何処にいるのか全くわからないし、このまま探し続けるよりは改めてどうするか決めた方が良いと思う。」
「ぼ、僕もそう思います……。」
「……悪いな。」


俺は今、謝る事くらいしか出来なかった。人を不快にさせているのはわかっている。でもきっと間違った事はしていない。本当に……どうすればいいのかわからないんだ……。

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