ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第78話

「ど、どうしましょう……まさか、『魔物』だなんて……引き返すしかないですよね……。」
「…………。」


体を張ってまで俺達に先へ行かないよう忠告してくれた男は去った。だが、問題はこれからどうするべきなのかだ。そして、俺に限っては問題の把握から始めなくてはならない。


「(……なぁ、ミィ、『魔物』が何か教えてくれ。)」
「(……『魔物』は自我を失くした獣、とでも言えばいいのかな。自分の周りにあるアストラルを只々壊そうとする”何か”だよ。)」
「(”何か”?)」
「(うん。『魔物』は生きているって言うには正しくないというか……生き物にあるべきアストラルが無いの。)」
「(アストラルが無いって、それって死んでるって事じゃないのか?)」


つまり魂の無い身体が動いてるって事だ。


「(本来生き物はアストラルにマテリアルがあって、更にエーテルが存在するっていう感じで構成されてるんだけど、『魔物』はエーテルにマテリアルが乗っかってるっていう構造形式なの。だから、自我なんて存在しない……。)」
「(エーテルとマテリアルだけの存在なのか。)」
「(そう。だからアストラルを求めるって言われてる。そして、稀にアストラルを取り込めてしまった『魔物』。それは『魔人』になるって言われてるね。過去に何度か表れては国を滅ぼしたりした事があるんだ……。)」


自我がなく、命を襲い続ける存在……? 俺はそれをなんて言うか知ってるぞ…………ゾンビだ。


「(魔物を動かす核となるエーテルが特殊で、魔物にアストラルを壊された生き物も『堕腐化』って言って魔物になっちゃうの……だから、一匹でも魔物が見つかったら国は総力を挙げて始末するはずなんだよ……。)」
「(増える!? そんなのヤバ過ぎるじゃねえか!?)」


そんで、やっぱりゾンビじゃん! なんて巫山戯た事は言ってられない。今が如何に危険な状況なのかというのはわかった。この道の先は平和そうに見えて、実はゾンビで溢れかえってる可能性がある訳だ。


「やはり……私はおかしいと思います。」
「で、でも……! 死んじゃったらどうしようもないんですよ……!?」


何か言い合っているマレフィムとルウィア。


「そ、ソーゴさんもなんとかアメリさんを説得してください……!」
「なんだ?」
「その……アメリさんがこのまま進みましょうって言うんですよ……!」
「正気か!?」
「正気です。起きてます。酔ってません。」


魔物だぞ? 増えるんだぞ? 多分走るんだぞ?


「魔物が怖くないのかよ!」
「ソーゴさんこそ……あぁ……今少し教わったのですね? それなら詳しく説明致ししますが、魔物は大変な脅威なんですよ。そして、拡がる早さも尋常ではございません。数日間『グレイス・グラティア』の周辺で出没していたのが本当であるなら、必ず各地にその報が伝わっているはずです。オクルスにいてもその騒ぎは耳にしたはずでしょうね。」
「だからおかしいっていうのか?」
「えぇ。幾ら”静寂の国”と言われる『テラ・トゥエルナ』と言えど、首都である『グレイス・グラティア』で起きた事件を有翼種が伝えないはずがありません。」


ゾンビが出たからって周りの人間が一瞬でゾンビになる訳ではないって事だよな……。届く範囲がわからないけどこの世界には星欠石とかもあるし、情報の伝達は速いのか。一般人でも飛べるんだもんな……。


「い、いや、でも魔物が未知の神法で周りの人を一瞬で全員殺してる可能性だって……!」
「魔物はアストラルが無いので魔法は使えませんよ。もし、魔法が使えたらそれは魔人です。それこそ大騒ぎになっているはずでしょうね……。」
「(……うん。私も今回はマレフィムと同意見かな。やっぱり魔物だなんておかしいよ。確かに前触れもなく出てきたりもするんだけど、数日間も経ってるのに人が少し逃げ始める程度で済んでるなんて……ありえないと思う……。)」
「(そうなのか?)」
「あ、アメリさんの言う事は確かにそうなんですけど……やっぱり危険が……。」


ルウィアはまだ怖気づいている。引き返すのは簡単だ。もし、このまま先に進んで殺されたら元も子もない。でも、ここで引き返したら魔物の件はすぐに解決するのか? タムタムに戻って嵐が去るのを待ったまま冬になってしまえば商談を逃す事になる。つまりは失敗だ。そしたら、俺等はともかく商人であるルウィアは古くなり続ける在庫に只管悩まされるだろう。……かと言ってもさっきの男は仲間を殺されたと言っていたし、嘘という感じでもなかった。


ルウィアの命をどっちに掛けるべきか? そういう問題だ。


「よし、行こう。」
「……で、ですよね。ここも安全とは言えませんし……。」
「いや、このまま進む。」
「……え? ……えぇ!? そ、ソーゴさんまで! どうしちゃったんですか!?」
「今日の俺は欲張りな気分なんだ。どうせなら全部成功させたいだろ?」
「な、何を言っているんです!?」
「もし何かあったら俺が足止めするから! 行くぞ! 早く乗り込め!」
「そ、そんなぁ……!」


及び腰ながらも鞭を振るうルウィア。こいつを見捨てる気はない。ただ、俺はマレフィムとミィの言葉を信じただけだ。それに魔物は魔法を使えないっていうのも安心できる要素だ。本当にただのゾンビじゃねえか。特殊な技も使えないズリズリ歩く死体なんていい的だぜ。あいつらなんて走んない走んない。


「信じてくれてありがとうございます。」
「別に。ただ俺も同じ事を思っただけだよ。」
「……可愛げがないですね。」


可愛げなんてあってたまるか。


「にしても魔物かぁ……そんなのいるんだなぁ……。」
「フマナ様の怒りとも言われているんですよ。世に悪人が蔓延ると表れて人々の団結を促すと……。」
「まーたそれかよ。言うほど今って荒れてるか?」
「荒れていませんね。至って平和です。」


ノアの方舟なんて話もあるけど、神様ってのは本当に自分勝手だよな。どっかの宗教だと悪魔より神様の方が人間を殺してるって聞いたぜ? ネットで見ただけだけど……。


段々と加速し、元の揺れを取り戻す引き車。風に揺れる大樹の枝葉に謎の鉱石。空を見ればゆったりと流れる雲が今日も平和だと大声で叫んでいる。偶に空を飛んでいるベスか人かもわからない動物も決して急いでるようには見えないんだが……あの男は一体何に出会ったというのだろう……。


*****


夜。引き車を道の脇に停め、焚き火をする俺達。俺はアニーさんのメモと自分の知識を使って狩ってきたベスをマレフィムと共に調理をした。その後、簡単に食事を終えて揺ら揺らと燃える火を囲む。


「……なるほど。油や肉を風魔法で切り分けるのはかなり緻密な制御が必要となりますね……。」
「加減間違えると飛び散るしな。」
「身体が大きい方は楽でいいですね。」
「魔法で身体を大きく出来ないのか?」
「小さい身体という感覚があまりにも染み付いていて、上手く出来ないのですよ……何年も修行すれば出来るのでしょうけど。」
「そんなもんかぁ……。」


他愛も無い雑談。過ぎ行く時間。差し込まれる沈黙。


「……あの。」


食事中も殆ど喋らなかったルウィアが口を開く。その先を聞かずとも俺は何を言われるのか大体わかっていた。


「ソーゴさんとアメリさんって……何者なんですか?」


……前言を撤回する。


俺はてっきりもう帰りたいとかなんで進まなきゃいけないんだとか、そう言った些事だと思っていたのだが、意表を突かれてしまう。


「何者って?」
「アメリさんはともかく……ソーゴさんはその……異質過ぎます。竜人種でありながら、僕達亜竜人種を気にもしない。そして、フマナ教や魔物への理解の拙さ……その、やっぱり、おかしいですよ……。」
「…………。」
「ソーゴさんはですね。」
「――待て。俺が話すよ。」


俺はフォローしようとしてくれたであろうマレフィムを制止する。まだ、話せない事は多いけど、俺本人から聞いた方が少しは安心してくれるだろう。


「俺は……親に捨てられたんだよ。」
「……ソーゴさんがですか? 竜人種なのに……?」
「うん。まぁ、多分、正確には捨てられたって訳じゃないんだけど……結果的にそれに近い事になったというか……。」
「で、でも、竜人種は自分の命と同じくらい親族を大事にするんですよ?」
「それ以上に大事な事もあるんだろ……例えばこれな。」


俺はゆっくりと黒々とした翼膜の張られた翼を広げる。


「もしかして、その、色でですか? 災竜みたいだからという……。」
「……あぁ。」


みたいじゃなくてそうなんだけどな。今はわかりやすく黒いパーツがこれくらいしかない。


「そんな……翼が少し黒いだけで……。」
「だから生まれた時から何の教育を受けてこなかったんだ。でも、生命力だけは無駄にしぶとくてただ生き続けられた。そしたら、アメリと出会ったんだよ。んで今はこいつと一緒に勉強をしながら親を探す旅をしてんの。」
「それは……その……復讐の為、ですか……?」
「ちげーよ。立派になって俺はお前の子供なんだって見返してやるんだよ。……あー……これも復讐って言うのか? もしそうなら復讐なのかもな。」


ははっと軽く笑う俺の顔も見ずに俯くルウィア。まずい事は言っていないはずだ。


「……僕は親にとても恵まれているんです。貧民街に住んでいましたが、両親は周りから馬鹿にされる程人が良く、同じ歳の子が盗みや殺しを平然と行う中でどうにかマトモに育ってほしいと必死に働いている姿を見せてくれていました。」
「ちゃんと成果は出てるじゃねえか。」
「……そうですかね。確かにフマナ様に顔向けできない事はしてません。でも誇れる事も出来ていません……。つい最近まで家族が居たんですよ……。家には父と母と……妹が……グスッ……。」


妹もいたのか……それも俺と一緒だったんだな。


「オクルスで妹を見なかったけど……。」
「……ウッ……両親と共に亡くなりましたよ。去年の冬、野盗に襲われて全員殺されました……僕は……運良く、見つからずに助かったんです。」
「去年!? 最近じゃねえか!?」
「だから……グスッ……商談をどうしようか悩んでいたんですよ……。」


ルウィアは、想像以上の窮地であったのだ。そういう状況なら不慣れな営業も、必死さも、自信の無さも全て合点がいく。この世界に生命保険なんてシステムは無いはずだ。運良く見付からなかったという事はすぐ側で親を殺されたという事なのか? そんなの俺だったら耐えられない。即座に生きる事へ焦点を当て、商売を続けようだなんて思えない。ルウィアは頑張ってないんじゃないんだ……! 頑張ってやっとこれなんだ……!


――なんて決定的な思い違いをしていたのか。


「……ソーゴさん? 貴方まで泣いているのですか?」
「……グッ……えっ?」


頬を濡らしたルウィアは俺の顔を見る。確かに、俺の目からも涙は溢れていた。


「……だってよ。家族に会えないんだぜ? 俺はまだ会えるけど……なんでだろうなぁ……わかるんだよ。その辛さが。」


嘘だ。俺は知っている。だって、俺は死んでいるんだから。


世界に取り残される。


世界から弾かれる。


どっちの方が悲しい?


どっちでもいい。


悲しいのは死ではなく別れなんだ。


「ぼ、僕……本当は今、ウッ、凄く怖いんです……いつ、魔物に襲われて……母さんや父さんみたいに死んじゃうのかって……でも、ソーゴさん達と、離れたくないんです……グスッ……また……一人に……フグッ……戻りたくない…………!」
「大丈夫だ。……死なない。俺は母さんに認めてもらうまで死なない。……ズズッ。もし、魔物に襲われたら一緒に死のうぜ……!」
「……そ、それは嫌です……ぅぅぅうああああああ……あああ、ああぁぁぁ……。」


嫌なのかよ。


「あぁ……もう、ルウィアさんを泣かして……。」
「(魔物なんていないと思うんだけどね。)」
「俺は悪くねえだろ。……今日はもう寝るか。」


…………でも、ルウィア。しっかり守んなきゃな。恨まれたくは無いし。

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