ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第71話

「おい。ルウィア、起きろ。」
「キュゥゥゥゥ……。」
「いやお前じゃねえ。」
「うぐぅ……。」


気づけば人集りは完全に消え失せていた。残るはデカいエカゴットと俺達とルウィア、そんで、遠巻きにチラチラとこっちを覗く奴等だけ。怯えるエカゴットは俺が起きろと言ったのをなんとなく理解したのか、しゃがんでいる状態からサッと起き上がり、被さっていたグロッキー状態のルウィアが地面に投げ出される。とりあえず水掛けとこ。


「ぶふっ!? ふぁッ!?」
「おはよう。」
「そ、ソーゴさん!? ひぃっ!?」


さっきまで引っ付いていたエカゴットを視界に入れた途端に俺の後ろへ隠れるルウィア。


「……あれ? こ、怖がってる……?」
「わかるのか?」
「え、えぇ。何、したんです? さっきまで凄い暴れていたのに……。」
「みたいだな。でも、今の状態なら言うことをきかせられるんじゃないか?」
「……かもしれません。」
「アメリはもう行っちまったから、コイツを連れて帰ろう。ほら、乗れよ。」
「えぇっ!?」


俺の指示に今迄ではあまり見ない度合いの拒否反応の示すルウィア。んー……でも、目を回すくらい振り回されてたんだもんな……。


「さっきまで乗ってたんだろ?」
「乗っていたというか……乗っかっていたというか……。」
「無理強いをする気はねえよ。乗ったら楽かもって思っただけだ。ほら、連れてこうぜ。」
「……は、はい。」


胸を撫で下ろすような仕草をするルウィア。良い騎手になるって言ってたけど、もうトラウマになってんじゃねえかな……?


「怖くないよ。大丈夫。こっち、そう……おいで。戻ろう。」


ルウィアは柔らかい声でエカゴットの腰。尻尾の付け根辺りを優しくポンポンと叩く。すると、控えめにクルルッと喉を鳴らして前に歩き始めた。


「大丈夫そうです。行きましょう。付いてきてください。」


ルウィアと横並びに歩きながらも、俺の方を何度もチラ見してくるエカゴット。まだ怯えているのか? ……まぁ? 俺は? 同世代では並ぶ者無しとされる? 大魔法使いですからな!! ……そんなの関係無いってわかってるけど。


「ありがとうございます!」


これはマレフィムの声?


「ここです。」
「確かにここで買った気がする。」


あの早く帰れって言ってきた馬っぽいババアな。なんでよりによって肉屋じゃなくてこっちに来たんだ? 見える地雷じゃねえか。……とりあえず入るか。


「お邪魔しまーす。」
「いらっ……なんだあんちゃんかい。」
「ソーゴさん! どうですか! 2万ラブラですよ! 2万ラブラ!」
「2万!?」
「あぁ、大助かりだよ。ってこらこら! ソイツを連れてくるんじゃないよぉ!」
「えっ?」


ババアは手を押し出すようなジェスチャーをして何かを拒む。俺の後ろにいるのはルウィアとエカゴットだけだ。このババアが言っているのは恐らくエカゴットの方だろう。


「んん? 馬鹿に大人しいね……まさか、病気にでもなっちまったってのかい? 他のエカゴットに感染されたら困るんだけどねぇ。」
「こいついらないんですか?」
「いる訳無いよ、そんな穀潰し! 餌をやらないと暴れるし、小屋に鍵を掛けても蹴破ってくる。どうしようもないったらないよ。」
「そんな暴れん坊なのか……。」


すげぇ奴だな……そりゃ『バーザム家の暴君』だなんて呼ばれる訳だわ……。


「あ、あの……。」


エカゴットが店の中に入らないようガードしながら挙手をしたのはルウィアである。


「もし不要なら……この子、引き取ってもいいですか……?」
「な、なんだって!? 正気かい!?」
「えっと……はい……。」
「おい、いいのか? 散々振り回されたんだろ?」
「え、えぇ……でも、引き車を引くのがエカゴット2匹では少し不安があったので……。」


あれだけ商品がぎっちりと積まれた荷台を引いてるんだもんな。一体ずつの負担を考えたら、増やした方が心配も少ないか……。


「ウチとしちゃそれはもう大助かりさ! これでエカゴットに支配されてる店だなんて馬鹿にされず済みそうだよ!」
「ただ……あの、お願いがありまして……。」
「……なんだい? お金かい?」


少し訝しげな目になるバーザム。ここで更にふっ掛ける気か?


「その……お金じゃなくて、エカゴットの餌を少し頂ければと……。」


そんなルウィアの言葉で、すぐに笑顔を取り戻すバーザム。現金だなぁ。でも、ただでエカゴットが手に入ったんだから別にいいか。


「それくらいお安いご用だよぉっ! ソイツは沢山食うからね。少しだけ多めに持ってお行き!」
「あ、ありがとうございます……!」


この人ってアレだな。嫌な人、というか遠慮しないだけだ。この街にはもう少し奥ゆかしいおば様はいねえのかよ。


「さぁ、ついておいで。ほら、入り口に立たれたら邪魔だよ。あんちゃんも!」
「あっ、すいません。」


バーザムは快くエカゴットの餌を渡してくれるらしい。エカゴットすらも押しのけて店の外に出るその様はなんと勇ましい事か。一応俺等も付いて行き店の前に出る。


「お前、これから俺等の仲間になるんだとよ。」
「キュイイィィ……。」
「なんだよ。まだ怯えてんのか? 取って食ったりなんてしねえぞ?」
「(クロロの腹ペコな本質がわかるのかもね。)」


別に食わねえし。多分。


「それよりもソーゴさん! 貴方はちゃんと稼いで来たのですか?」
「稼いできたっつうか……働いてきた。」
「……どういう事です?」
「薪割りをやったんだよ。そんで今おっちゃんが割った本数を数えてくれてる。」
「あまり多くは稼げなさそうですね……。」
「まぁな。でも、あんな騒ぎを起こすよりはいいだろ。2万はすげぇけどさ。」
「あれは……! 成り行きなので……仕方のない事です。」


仕方のないって……随分と口八丁で盛り上げたって聞いたけどなぁ。


「なんでもいいけどさ。なんか飯買ってくれよ。お腹空いた。」
「そう言えばもう結構な時間ですね。私もお腹が空きました。ルウィアさんがエカゴットの餌を受け取ったら遅めの昼食にしましょうか。」
「おっしゃ! 久しぶりに魚が食いてえ!」
「タムタムにも港があるので魚は手に入り易いはずです。」


それはありがたい! オクルスで獲れる魚と変わんないんだろうけど、魚が食えればなんでもいい!


「す、すいません。っとと、お待たせ、しました……!」
「大丈夫かい?」


後ろから声を掛けてきたのは横に長い木箱を3つ縦に重ねて運んでくるルウィアだった。恐らくかなりの重量であるはずだが、軽々と運んでいるように見える。前が見えてなさそうなのは問題だけど。


「おいおい、随分貰ったな。アメリ、魔法で持ってやれよ。」
「わかりました。」
「俺の背中に乗っけられればいいんだけど、そういうのは背鰭のせいで安定しないんだよなぁ……。」
「助かったよぉ。それじゃあソイツの事は頼んだよ。今後も香草や調味料が欲しければウチにおいで!」
「おば様、ありがとうございました!」


良い貰いモンしたなぁ。一応力は他のエカゴットよりもあるみたいだし、こいつが言うことを聞けば実はかなり棚ぼたなんじゃないかな。


「さぁ、おいで。」


ルウィアがエカゴットを誘導する。俺達は一旦、そのまま引き車の元へ戻る事にした。しかし、ガレージに着いても俺に怯えているような態度を変えない新入り。


「すっかりソーゴさんに怯えていますね……ですが、これならすんなりと従ってくれるかもしれません。あの、ソーゴさん。名前を付けてあげたらどうです……?」
「俺がか?」
「エカゴットは賢いので名前を覚えてくれるんですよ。」
「それなら引き取ったルウィアが付ければいいだろ。」
「今、僕よりソーゴさんの方を”上”だと思っているようなので……。」


名前かよぉ……。名前なんて付けたら非常時に食い辛く……ってのは冗談として。名前、名前ねぇ……。赤茶色の暴れ馬か……。例のゲームしか出てこないわ。


「赤兎……かな。」
「セクトですか……?」


マレフィムが聞き返してくる。発音し辛いのかもな。セキトって。


「セキト。」
「セキト……言い難いですね。セクトにしましょう。」
「なんでだよ!」
「何か由来でも?」
「……別に……特に拘りとかも無いからいいけどさ。」
「あはは……。」
「ルウィアは笑ってるけど元々いる2匹の名前はなんて言うんだ?」
「……ローイスとラビリエですよ……父と母の名です。」


重い! 茶化すどころかコメントし辛い!


「ぁー…………! って事はそいつらも最近飼い始めたって事なのか?」
「そうですね……その……元々いたエカゴットは両親と共に失ってしまったので……。」
「よし、話題を変えよう。えっと……アレ! 町中でよく見るこのマーク、これ何なんだ?」


俺は地面に五芒星を描く。オクルスでもタムタムでも時々見かけたマークだ。道を歩いていると、度々あのマークだけが描かれている看板が目の端に映るので気になっていたのだ。


「……え?」


あからさまとは言え、せっかく話題を変えたのに引き攣った顔をするルウィア。もしかしてまたマズい事を聞いちまったのか?


「あぁー! すいませんね! ソーゴさんは半分外族出身みたいな田舎者なんですよぉ! なので、その、記号化されている信仰の象徴には疎いと言いますか!」
「……そ、そうなんですね。」


必死に弁明するマレフィム。信仰って事はまたフマナ教関連か……面倒くせぇなぁ……。


「ソーゴさん。田舎者にもわかるよう説明しましょう。あれはフマナ教のシンボルマークです。イデ派は塗り潰し、シグ派は線のみなのです。社会で生きるには不可欠な知識なので覚えておきましょうね。」
「(……イデでもシグでもない場合は?)」
「(それはありえません。)」


ここにいるんだが。フマナ様とやらに近づくか離れるかだっけか? どうでもいいって奴はいねえのかよ。


「……ま、まぁ! 田舎者だしな! アメリも田舎者なのによく知ってるな!」
「失礼ですね!? 私は田舎者ではありませんよ! 例え村でも私の管理していた資料館の情報量は都会並でした!」


それは無理があるだろう。言ってる事無茶苦茶だぞ。


「とにかくだな。俺達田舎者の事情は置いておいて、早く飯を食いに行こうぜ。港があるんだって? そこに行きたいな。」
「俺”達”じゃありませんよね? 俺ですよね?」
「え、えっと……僕は構いせんけど……お金が……。」
「何言ってんだよ。ルウィアはさっき散々稼いだろ。」
「そうですよね。ルウィアさんのおかげで合計3万ラブラくらいは集まりました。」
「そんなにかよ!?」
「で、ですけど、僕はただ手伝ってただけで……最後はセクトに振り回されてただけですし……。」


こういうとこは苛つくなぁ……なんで自分の手柄を誇らないんだ?


「ルウィア。物事の本当の価値を決めるのは誰だ?」
「物事の本当の価値……ですか?」
「そうだ。俺が商品を100ラブラで買うとする。ならその商品は100ラブラだと思うか?」
「……え? ぇえっと……はい。」
「違う! その商品を100ラブラで買ってもこんなもん1ラブラ程度の価値しかないと思ったらそれは1ラブラなんだよ!」
「え、えぇ?」
「お前は2万ラブラだったよな? それで仕事をした。2万ラブラで売り付けたんじゃない。バーザムさんが2万ラブラだと思ってそれだけの金額を払ったんだ。」
「……??」


全く理解出来てない様子で首を傾げてしまうルウィア。


「ごめんなさい。ソーゴさんは田舎者過ぎてフマナ語が少し不自由な所があるんです。」
「ちげーわ! 商人ってのは本当の価値からどれだけ売値を下げて売って、どれだけ沢山の利益を稼ぐかなんだよ!」
「ど、どういう事ですか?」
「だからぁ、本当の価値より売値が安かったらお得な気分になるだろ?」
「……えっと……はい。」
「するとソイツからまた買いたくなる訳だよ。でも、仕入れ値より売値は高くないと儲けが出ないよな?」
「……はい。」
「そういう事だから本当の価値は高ければ高い程良い! その方が売値を釣り上げられるからな!」
「…………。」


ネットオークションとかだと、つい評価が良い奴から何度も買いたくなるアレだ! こいつの言う美品は本当に美品だから数百円高くてもしょうがないか……みたいなアレな!


「……ど、何処でそんな知識を?」
「はて、私が教えた覚えもありません。本当に不思議ですね。」
「(クロロが一人で考えたの?)」
「え?」


んー………………調子に乗った。文化祭のメイドカフェでとんでもない売上叩き出して女子共にギャフンと言わせようと蓄えた知識がこんなとこで尻尾を出してくるとは……無理やりな誤魔化し方しか浮かばないぞ。どうする? どうする……うん。


「それはどうでもいいだろ! 俺が言いたい事はなぁ! お前はしっかりと仕事をこなして! 本当の価値を釣り上げたんだから、うるせえっ! って言いたくなるくらい自信を持てって言ってんの! わかったか!!!!!」
「……は、はい。」


俺は鼻先をくっつける勢いでルウィアに詰め寄る。ルウィアがウジウジしてたのが原因で疑われるなんて堪ったもんじゃない。ここはゴリ押しだ!


「わかったら飯だ飯! 行くぞ!」
「わ、わかりました。」
「……時々聡明な考えを見せますよね……それが、所謂真の竜人種と呼ばれる所以なのでしょうか。」


マレフィムまでは誤魔化せないか……。


「アメリ! 早く来ないとウナを連れてくるぞ!」
「そ、それは冗談になってませんよ!?」


あ、これ使えるかも。

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