ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第66話

「そんじゃ肉の……モモの方を持ってきてくれよ。」
「えっと……モモですね。わかりました。」


炎を抱く竈の上に軽く洗った土砂入れを置く。俺だって肉を焼くくらいできるさ。油を引いて熱くなったら肉を入れるだけだろ? 簡単簡単。


「……火傷、しないでくださいね。」


気づけばマレフィムが様子を見に来ていた。少しは立ち直れたのだろうか。


「俺は竜人種だぞ? 火傷なんかしたくても出来ねえよ。なぁ?」


俺は肉を頼んだはずのルウィアを見た。肉を包んでいる大きい葉は開かれ俺の横にあるが、当のルウィアは不自然な程竈から距離をとっている。


「……ルウィア?」
「……はい?」
「何してんだ?」
「えっと、その……ただ、見てるだけです……よ?」
「ウソつけ。明らかに距離とってんじゃねえか。」
「あ、あの、僕……熱が苦手で……。」
「……はぁ?」
「で、ですから……熱いのが駄目なんです……!」


その異常な対処の仕方。どうやら、好みの問題って訳じゃなさそうだ。


「もしかして種族的な問題か?」
「そうです……ね……。」
「なーんでもっと早く言わねえんだよ……。」


ルウィアの自己主張の無さに思わず頭を抱えてしまう。でも……多分アツアツのが食べられないだけ……だと思う。


「料理も冷やせば普通に食べられるのか?」
「は、はい。そうですね。熱くなければ特には。それと服が乾燥してしまうのも避けたいので……。」
「……わかった。んじゃあ必要な時は手伝って貰うけど、無理そうならその都度言ってくれ。これから一緒に旅をするんだぞ? 一々気を使われてたら胃に穴が開いちまうだろ。」
「えっと……すいません……。」
「今度からはよろしく頼むぜ。」


そう言って俺はモモ肉の塊を手に持って脂身を爪で削いでいく。そして、それを熱された土砂入れに放り込んだ。十分熱された土砂入れはジュウッと勝鬨を挙げて脂身を一瞬で液体に変える。イロットかぁ……どんな鳥なんだろうなぁ……。あんなデカい鳥に前世で会ったら死を覚悟するけど……それが家畜みたいな扱いだなんて、魔法ってのはこええな。


「うん。いい匂いだな。」
「……意外です。料理なんて出来るんですね。」
「肉を焼くだけだぞ? こんなの料理なんて呼べるかよ。」


マレフィムには出来るだけいつもの調子で返答する。下手に気を使っても、それを察して逆に落ち込みそうだからだ。俺はデリカシーある紳士だからな。


「最初に入れた白い部分は脂身ですよね? 何故先に?」
「なんでって……肉がひっつかないようにするためだろ。」
「……なるほど。ってソーゴさんがなんでそんな事知ってるんですか?」
「…………アニーさんのメモを見た時に見えたんだよ。」


やべぇやべぇ。アニーさんのメモに書いてなかったらどうしようか……。俺はそんな心配をしつつ、ある程度の量の脂身を入れたら、一旦肉を葉の上に戻し土砂入れを掴んで揺すり面全体に油を馴染ませる。それが終わると、また肉を手に持って5cmくらいの大きさに千切りつつ土砂入れに放り込んでいく。


「そんな小さくしてしまうのですか? まさか私に気を使って……。」
「それもあるけど、こうした方が火が通るのが早いだろ。腹減ったんだよ。」


肉がある程度入れ終わったら、また土砂入れの取っ手を掴んで振り肉を転がす。


「ルウィア! この葉っぱ洗ってきてくれ! 皿にする!」
「わ、わかりました!」


一応鶏肉だしよく火を通そう。そこに塩を適量入れて味をつければ完成だ。THE 肉の塩炒め! 食えはするだろ! そんでもってルウィアが洗ってきた葉っぱに盛り付けて次は胸肉でも同じように料理する。それがいい感じに冷めるまで待ってから全員でいざ、実食だ。


「先に料理した方ならもう食べられるだろ。」
「す、すいません。そんなに気まで使わせてしまって……。」
「こんくらい当たり前だろ。アメリ、お前の分は俺がもっと細かくして渡すからよ。こんなサイズの肉に齧り付いたら服が汚れるだろ。」
「……ありがとうございます。」


俺は待ちきれずに既に幾つか摘み食いをしていた。だが、マレフィムの分を用意するのも忘れない。早く機嫌を直してもらいたいしな。マレフィムって鶏肉食えるんだよな? 妖精族の村で鳥のベスを狩った時は俺にくれたけどドミヨンさんのイロット料理は普通に食べてたし……………………。


「それだ!」
「な、なんですか!?」
「急に大きな声を出していかがしました?」


ルウィアとマレフィムが驚いてこちらをみる。だが、俺は今思い付いた名案を語らずにはいられない。


「前にさ、マレ……えーと……アメリの村でベスの退治依頼を受けただろ?」
「そんな事もありましたね。」
「それだよ。それで金を稼ぐんだよ。」
「ベスの駆除を引き受けて、という事ですか……?」
「それだけじゃ間口が狭すぎるだろ。必ずベスに困っている人がいるとも限らない。」
「虫や小型の被害でしたらいてもおかしくないと思いますが……。」
「うんうん。それでもいい。つまりはだな。何でも屋をやるんだよ。」


そう。何でも屋。稼ぐ方法がわからないなら何でもやればいいんだ。漫画の主人公とかだったら定番の仕事じゃねえか! それなら転生までしてしまった俺こそがすべき仕事だろう!


「えっと……便利屋って事ですよね?」
「なんだよ。何か不安要素でもあるか?」
「その……僕達に出来る程度の事なんて必要とされますかね?」
「それを探しに行くんだよ! 金を奪われるなら他から仕入れるしかねえんだ!」
「そ、それはそうですけど……! 人に手を貸せる程の神法の腕なんて……。」


うー……それは誤算だな。確かにこの世界には便利な魔法っていうのがあるから、人手がめちゃくちゃ足りないって事がなさそうだ。……でも、本当にそうか? 魔法は確かに便利だ。でも、この世界の魔法ってのは、どれも常識外れと言いたくなるモノは殆ど無くて……言ってしまえば前世でいう機械の様な感じだ。でも、便利だった前世は仕事を全て機械に奪われていたか? そんな事はないよな。機械でも魔法でも意思は生み出せないんだ。それなら仕事はあるはずだろ。


「ルウィア。お前はまだ物を売る商人に留まっているみたいだな……。」
「……へ?」
「商人ってのはな。物を売ってるんじゃない。アイディアを売ってるんだ!!!」
「あ……アイディア?」
「そうだ。お前の親父さん達はそこまで教えてくれなかったようだな。例えばあの引き車に載っている香辛料だが、あの商品を選んだのはなんとなくか?」
「えっ? え? い、いえ、あれが商材として高く売れるから……ですけど……。」


戸惑いつつも受け答えをしてくれるルウィア。俺は今、まるでマレフィムが乗り移ったが如く舌がよく回るみたいだ。


「その通り! そうなんだよ! お前はただあの香辛料を売ってるんじゃない! あの買ってくれるであろう香辛料を売ってるんだ! つまりアイディアを!!! 売ってるんだよ!!!」
「……え? そうなんですか?」
「そうなんだよ!!!!!!」


どうもノリのわかってくれないルウィアに勢いで理解してもらおうと体を張るが、どうもマレフィムの様にはいかないみたいだ。マレフィムがモモ肉より冷めた目でこっち見てるしな……。


「……ルウィアさん。彼は少々疲れているんでしょう。……ですが、なんでも屋というのははっきり言って悪くない意見かと思います。他の売り物を沢山持ち歩くというのはあの引き車だと無理そうですから、この身一つで商売が出来る事に越したことはございません。」
「そ、そうですね……僕が仕入れを張り切り過ぎなければこんな事には……。」
「そう自分を責めるべきではありません。……ルウィアさんに夢はないのですか?」


そんなマレフィムの唐突な質問に妙に納得してしまったのは俺だった。そういえばルウィアからはこの商談を成功させたいという目的以外が見えてこない。会ったばかりの俺を誘って長旅の商売に出る気概はあるのに、それから、というかこの旅を通して何が出来るようになりたいみたいな。そんな考えが感じとれないのだ。


「……夢……ですか。」
「そうそう。聞かせてみ。ルウィアはこの商談を成功させたら次はどうするんだ?」
「……定期的に、安定してこの取引が出来たらいいなって……そう思います。」
「うーん……それでもいいんだけど違うんだよなぁ……。」
「夢は無い。という事ですか?」


もう一度同じ質問を投げるマレフィム。やはり俺が聞きたいのはルウィアの夢なのかもしれない。そんな期待に応えるよう、ルウィアがぽつりぽつりと心を零し始める。


「……夢……僕、昔、父さんと一緒にこの旅へ連れて行って貰った時に……ここまで自力で来れるくらい商売に魂を注げたら、お前も一人前だな。って言われたんです。」


つまり、この旅の成功そのものが目標って事か……。


「今はまだ、ソーゴさん達の力を借りてじゃないと旅に出発しようとも思えませんでした……。ですが、いつか……一人でも『マーテルム』の『イムラーティ村』に行けるくらい。……父さんに胸を張れるくらいの商人になれたら……。」
「なぁ、ルウィアの父さんは”一人”でって言ってたんじゃないだろ? ”自力”、じゃなかったか?」
「えっと……そう、ですけど。」
「”自力”と”一人”は別モンだぞ。俺達はルウィアがいるからルウィアと行きたいと思った。当たり前に聞こえるか? でも事実なんだぜ。ルウィアがいなかったら今ルウィアと一緒に旅をしていない。」


本当の事を言ってしまえば、俺達は母さんの手掛かりを手に入れた時にはもう、ルウィアの同行なんて関係無くそのなんとか村を目指す気だった。しかし、一日オクルスを駆け回って荷物を仕入れてきて、俺達と一緒に旅をするという現在までこじつけたのはルウィア自身だ。その意味を汲み取ったのかマレフィムが追従する。


「さっきの演説よりは幾分マシですね。そう、ソーゴさんの言う通りです。私達がルウィアさんの旅を手伝っているのはルウィアさんの自力によるものですよ。」
「僕の……自力……。」
「ルウィアの父さんはいつも一人で商売の旅をしてたのか?」
「い、いえ……いつも家族で旅をしていました……。」
「そうだろ。だからルウィア、お前はもう一人前に一歩踏み込んでんだよ。」
「……僕が……一人前に……?」
「あぁ。そして、一人前になったお前はどうする? 半人前に戻らないように努力するのか?」


俺はわかりきった誤回答を先に潰す。


「僕は……僕は、父さんと母さんが残してくれた財産でもっと自由に商売がしたいです……。」
「あるじゃねえかよ。」
「そして、父さんや母さんみたいに亜竜人種だからってだけでマトモに商売が出来ない世界をどうにかしたい……!」
「おー、膨らんだな。それでいいんだ。」


それは両親を失った事が切っ掛けで芽生えた大きい夢だ。多分だが、ルウィアは目的までの道中は頑張れる奴だと思う。少し思い切りが良すぎて考えが足りてない所もあるが、そんなの経験でどうにかなるだろう。


「虐げられる方が反抗したいならどうするべきか……答えは簡単だ! 徒党を組むんだ!」
「と、徒党ですか……?」
「あぁ、徒党を組んだらそう簡単に手を出せなくなる。1人に手を出せば全員が敵となるからな!」


そう! 女子のようにな!


「つまり……商会を作ればいいって事、ですか?」
「あぁ、よくわかんねぇけどそうだ。今後はそれをちゃんと目標に考えて動こうぜ。」
「僕が商会を……わ、わかりました……!」
「という事で明日からは何でも屋、開店だな。」
「え、えぇ?」
「物怖じしない心も大事だし、ルウィアは接客が下手そうだからな! これを機に頑張ろうぜ!」
「ルウィアさんをあまり虐めないようにお願いしますよ?」
「ぼ、僕、虐められるんですか!?」
「アメリがテキトーな事を言ってるだけだ! とりあえずコレを早く食っちまおう!」


ミィがいるから少しくらい危険な仕事も出来るだろう。モンスターみたいなベスを狩ったり、悪の組織を壊滅させたり……いやぁ、心が躍るなぁ!

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