ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第55話

「ねぇ、まだ拗ねてるの?」
「……もう少し、考えの整理をさせてください。」


朝の路地裏での一件から、マレフィムはすっかり大人しくなっていた。マレフィムの村はとても閉鎖的な村だと聞いていたし、妖精族が食べる物は殆どが植物だとも聞いた。『私は特に拘りが無く、美味しい物は美味しい物として楽しむのです。』と、そう語っていたのだが、その口にする食べ物がどういった物であるかは全く考えていなかったのだろう。それは、意思の疎通を図る事が不要な相手を食していたからこそ至らなかった思想だ。言ってしまえば一つのカルチャーショックなのだと思う。


それはともかく、俺達は仕入屋と話をつけてくると言って、何処かへ行ってしまったルウィアを未だに待ち続けていた。もう恐らく昼も過ぎている時間だ。空腹感もかなり強くなってきている。


「なぁ、もう食っていいよな?」
「! そうだね! 食べよう! やっと食べられるよ!」
「アニーさんの料理は美味しいんだぜぇ?」
「知ってるよ! 二人ばっかり楽しんでさ! しょうがないんだけど……。」


食っていい? とは今朝アニーさんに持たせて貰ったバスケットの中の料理である。あのアニーさんが作った料理が不味い訳ないよな。という確信を持ってバスケットを開けずに鼻を近づけて香りを嗅いでみる。……予想通りに漂ってきたのは仄かな香草の香り。オクルスはどんな料理も香草が多く使われている。しかし、一口に香草と言っても同じ物ではなく、色々な種類の香草を少量ずつ配合して使っているらしく、どんな料理も違った味わいを楽しめるのだ。なんて言っても、やはり香りよりは味が大事だ。俺は、期待感に急かされながらバスケットの口を閉じてある革紐を解く。そして、待ちに待ったバスケットの開放である。


「……なんだろう。パンに野菜と果物が挟んである?」


ミィの言葉を俺はパンと訳したが、厳密には違う。薄っぺらいシート……そう! ケバブに使われているアレに似ているのだ! いや、アレって言ってもわからないよな。 なんか……半月状の……水泳棒みたいな奴だ。そこに、葉野菜とサイコロ状に切ったカラフルな果物が入っている。でもこれ、味気なくないか? ……いやいやいや、アニーさんを信じるんだ! おっ? バスケットの隅っこに木の皮が一枚添えてある。そこには焦げ目で文字が書いてあった。


『食べる直前に揚げ物を挟んで、ソースを掛けて食べてください。』


確かに、自己主張の強いサンドにばかり目が言っていたが、バスケットの端にはこれまたコロコロとした小さめの揚げ物がある。なるほど、これを挟んで、んでソース……この入れ物か。それは、楊枝入れの様な形をした淡い桃色の磁器であった。側面には何かの果物と動物の絵が描いてある。女の子が好きそうなデザインだな。それで……これは? 蓋を回すのか。


キュッ。


擦れた磁器は高い音を立てて芳醇な香りを放ち始める。そう言えばバスケットの中で香草の姿が見当たらなかった。てっきり昨日の昼食みたいに、揚げ物の衣の内側に潜んでいるのかと思ったのだがどうやら違うようだ。香草の香りはこの瓶に閉じ込められていたのだ。強かな酸味と嫋やかな甘みが絡み合い後から続く香辛料の香りを導くかの様な香り。語彙力を無くそうか。


ウスターソースっぽいなこれ。


一瞬冷静になったものの、食欲は加速するばかりである。


「早く早く!」


急かすミィの為に、バスケットの蓋の内側にあった食器を取り出してサンドに揚げ物を乗せていく。そして、ソースを惜しみつつ適量分まぶし、それをミィに手渡した。ミィは小さな口を広げて思いっきり頬張る。前にも話した通りそこまで良い光景とは言えないが、それを突くような無粋なことを俺はしたりしない。この際、少し観察してみようか。歯はちゃんとあるんだよな。だから咀嚼はする。そんな事をする意味はあるのか?


「な、何? 汚いでしょ……そんなに見ないでよ……。」
「いやぁ……それ、体内にぽーんと放り込んで味わえないのか?」
「あ、確かに。デミ化しちゃうとつい癖で……ごめん。汚い物見せて……。」
「いやいや、純粋に疑問だっただけだ。美味しいか?」
「うん! これすっごい美味しいね! 特にフルーツ! クロロも早く食べなよ!」
「あぁ、でもその前に……。」

俺は小人用と思われる素材を使って小さいサンドを作る。……小人用の揚げ物は最早パン粉の滓にしか見えないなコレ。中身はしっかり入ってんのかな……。


「マレフィム。お前の分だ。考えるのも腹が減ってたら出来ないぞ。」
「……ぁ……はい。」


トボトボと歩いてくるマレフィムに俺は作り終えたサンドを手渡す。マレフィムはそれをそっと受け取り、少し見つめると口に含んだ。


「……なぁ。色々あったけど、俺に何かあるたび心配してくれたマレフィムには感謝してるんだよ。森の皆は俺に優しくしてくれたけど、一緒に母親を探しに旅をしてくれるって言ってくれたのはミィとお前だけなんだ。」
「……。」
「確かに俺等は……お前にとっての人殺しかもしれないけど……許せるものじゃないのかもしれないけど、できれば俺はこのままマレフィムと旅をしたい。」
「……この……料理でさえも、ベスである可能性があるんですよね。」


マレフィムは一口を飲み込んでそれを口にした。


「……美味しい。」
「アニーさんの料理だからな。」
「……考えても見ませんでした。自分で狩ったり獲ったりしてない食材が使われている料理に人が使われているという可能性を。」
「……そうか。」
「クロロさんの言う『食うか食わないか』という問題。なんとなくですが、わかりましたよ……。今日、ミィさんが助けなければルウィアさんは亡くなっていたと思います。それは何処かその問題と繋がっていますよね……正解に値する物はまだわからないですが……それでも、こうして命を頂いている以上、殺す事をあっているだとか間違っているだとか…………すみません。何を言っているかわからないですよね……頭の中でようやく形が少し掴めそうなのですが、言葉にするのは少し……。」


また肩を落として俯いてしまうマレフィム。思えばここまで気を落としたマレフィムを見たのは初めてかもしれない。マレフィムは……もう……。


「す、すみません! 違うんです! 勘違いをしないで下さい! 最初は驚きましたが、ミィさんや、クロロさんの言い分も理解出来るんです。私を普段支えていた常識が如何に浅慮であったかも……! ただ、まだ心の底から受け入れる事ができそうにないと言いますか……。」
「マレフィムは、もう俺と旅をしたくないって事――。」
「ち、違います! なんと言いますか、できるなら、いつもの私に戻るまでもう少し時間をという……。」
「そうか。それなら、良かった。安心したよ。」
「……はぅ。」


普段より女性らしい格好をしているせいか、いつもよりしおらしく見えてしまっているのかもしれない。そのせいでマレフィムの心情を推し量り辛いのだ。考え事をしながら小さい口でサンドを頬張るその姿は何処か小動物的魅力も感じてしまう。


「……私も、料理が出来るようになりたいです。」
「え?」
「私も、自分で料理をすればその、食べるか食べないかという考えを纏められるのではないかと……そう、思いまして……。」
「そりゃあ、いいかもな。」


料理は、これから旅をする上で特に考えていなかった問題の1つだ。その理由としては俺がなんでも美味しく食べられるという事と、ミィが食事をしなくても問題無いという事があげられるが、マレフィムやルウィアと共に旅をするなら料理は必要不可欠となる要素である。人は身体が丈夫ならそれでいいという訳でもない。それに、この世界にはアストラル、つまり精神の問題も重要なのである。それなら快適という要素は無視をしていいものではないのだ。


「なんならアニーさんに簡単なレシピを聞いてみたらいいんじゃないか?」
「……そうですね。そうします。今迄料理は存在に至った過程や環境に興味があったのですが、クロロさん達と共に旅をして魅力はそれだけでは無い事に気付かされましたよ。まさか携帯食までこのように工夫出来るとは……むぐっ。」


再度サンドに噛み付くマレフィム。どうやら少しずつではあるものの、元気を取り戻しつつあるようである。やっぱり空腹は敵だな。俺も早くたーべよ。


という事で少し急く心を抑えながら、黙々と自分の分を拵える。気分はさながら蟹の脚穿りだ。それくらいの集中と期待が混ざり合っている。隙間から漏れた光がアニーさん特性のソースと水分を多分に含んだフルーツを綺羅びやかに照らしている。思えばよくこれだけ美味しそうな料理を前にミィやマレフィムへ先を譲ったものだ。うん。俺偉い。建前はこれくらいでいいだろう。実を言うと俺は完成した直後、無意識にそれに自身の牙をあてがっていた。


俺のこの大きい口なら一口で食べられる大きさのサンドだが、俺はそんな無粋な事なぞしない。ちゃんと味わって食べないのは失礼だとか、そういった訳のわからない理由からくる行動ではなく、単に早く食べ終わってしまうのが惜しいだけだ。まだ一口も付ける前からそう思わせてくれるアニーさんブランドは恐ろしいな。そして、俺の期待を容易く踏み躙り、その上を行く美味という畏敬で俺の長い舌は蹂躙される。牙を受け入れたはずのサンドの生地は、俺の想定していたナンに近い食感とは違い、モッチリとしていて、尚も襲い来る俺の顎の力に抵抗を試みている。更に、援軍である葉野菜は果物の弾力を緩衝材として懸命に身を守るが、無残にパリッと砕け散っていく。プチュっと弾けて染み出す果汁は、同じく砕かれた揚げ物の油と混ざって悔しそうに俺の舌に滴り落ち、香りの強いソースをまろやかにする。そしてスウッと抜ける香草の香りが俺の鼻の穴を押しのけて大きく開けさせる。今俺は息を吸っているのか? それとも吐いているのか? どうでもいいか。俺はこの美味い料理を限界まで楽しみたいのだ。そんな雑念は深い溜息で何処かに飛んでいってしまえ。俺は、俺はただ……。


……長ったらしいかな? でもそれくらい美味しいんだよ。もしマレフィムがこれくらい料理出来るようになったら、それで商売とかやってもいいかもしれない。俺も毎日美味しい料理が食べられるようになるし……アリだな……。


「すっごい美味しかった!」
「食べ終わったのか?」
「うん!」


ミィに本来食べ終わるという概念は無い。何故なら体内に含んでいれば常にその味を感じ取れるからだ。つまり、食材の劣化が所謂食べ終わるという状態に近いものなのかもしれない。そして、見た目を気にする少女のミィは満足したら水分を抜いてその料理を体外に吐き出す。


「ミィ、食べた滓くれよ。」


その言葉を聞いて固まるミィ。


「ぇっ……えっ? それを、どうする……気?」


どうする? 水分が抜けたからって味は消えるもんじゃない。アニーさんの料理から水分を抜いて捨てるという選択肢を選ぶ訳がない。


「どうするって食べる以外どうするんだよ。」
「はぁー!? ちょ、ちょっとそれは流石にクロロでも駄目! っていうか正気なの!?」
「何をそんなに騒いでるんだよ。何処に置いたんだ?」
「い、いや! 駄目!」


ミィは近くに置いてあったであろう干からびたアニーさんのサンドをすぐに拾い、俺を迂回してマレフィムの方に移動する。


「ま、マレフィム! 聞いてた!? クロロが……。」


さっきのギクシャクしてた2人は何処へやら。マレフィムはいつもの調子で大きい溜息を吐いている。


「いただけませんよ……これは全く。常識が欠如しているというのにも限度がございます。」
「常識ぃ?」
「あのですね。ミィさんが食べ終わった食べ物はつまり……その……排泄物と似たような物なのですよ。つまり、貴方は幼気な少女から出た、は、排泄物を食べるために強請っているという訳です!!!」
「なっ!? そ、そりゃないだろ! だってただの水分を抜いたアニーさんの料理だぜ!?」


とんだ言いがかりだ。……俺はこんな圧力を昔経験した事があるぞ……! あれは、確か高校最初の文化祭の準備をしていた時だ。クラスでメイドカフェをやる事になり、当日働くのは女子だからと、買い出しから内装の飾り付けまで全て男子に押し付けようとしたあの時の団結力!! 結局当日裏方で料理を作ったのは殆ど男達だった……! メイドカフェに一番乗り気だったのは男女両方半々だったのに……! ……クッ! ここで屈してやるものか!


「馬鹿な事を言ってるんじゃねえ! いいからアニーさんのサンドを寄越せ!」
「なっ!? ここまで丁寧に説明したと言うのに、それでもミィさんの、は、排泄物を求めるというのですか!!」
「さ、最低だよ、クロロ!!」
「馬鹿野郎! 排泄物だって勝手に思ってるだけじゃねえか! それは! ただの! 美味しい料理だ! 良いから寄越せっての!!」


俺はもう女子の感情論には負けない! 俺にはこの立派な身体があるのだ! こうなったら力づくでも……! 俺は! 負けない!!!


俺は身体強化を後ろ足に集中させる。そして、前後ろ足両方に力を込めてすぐに飛びかかった。先手必勝だ!


「い、嫌!!」
「ミィさん……許しませんよ!!」


あぁ、わかってるよ。
男の名誉とか、そんなんじゃなくて、ただの食い意地だったって事はな。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品