ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第53話

薄暗く太陽に照らされる部屋。再び賑わい始める広場。そこから漏れでる活気は、俺達を安らぎのまどろみから徐々に引き摺り出そうとする。


「……おはようございます。」
「……おはよう。」
「おはよ。」


マレフィムは何故かこの広いベッドの上、俺の身体がもう一つ入りそうなくらい間を空けた距離で寝ていた。


「……昨日は特に気にしてなかったけど……なんでそんな遠くで寝てるんだ。」
「小人族は一般的不変種の寝返りですら下敷きになれば死んでしまうんです。くれぐれも私の近くでは寝ないように。」
「お、おう。」


角狼族の村でも律儀に小人用のベッドを用意していたのはそういう事だったのか。未だに異人種との生活は知らない事が多いなぁ。


「朝食もやっぱり……!」
「アニーさんのだよな!」
「(私も食べたいんだけど……。)」


ミィにもちょっと食べさせてあげたいよな……なんとか出来ないだろうか。とにかく、1階に下りよう。


入り口のカウンターではひさ……独特な髪型のファイマンが帳簿みたいな物を書いている。だが、俺の足音に気付くと直ぐに手を止め笑顔を向けてくる。


「おはよう! よく眠れたかい?」
「はい。昨日は美味しい夕食が食べられたので。それで……早速今日も美味しい朝ご飯を食べたいんですけど、なにかこう、持ち出せるような料理ってあります?」
「持ち出せる? うーん……アニーに聞いてみよう。アニー!!」


ファイマンはフロア奥のバーカウンターを布巾で拭いているアニーさんを呼んだ。それを聞いて小走りでこっちに向かってくるアニーさん。


「は、はぃ。」
「ソーゴさん達が何か外に持ち出せる料理があると嬉しいって。」
「わかり、ました。」


そのまま、トテテテッと急いで厨房に戻っていくアニーさん。


「何か作ってくれるみたい。完成したらお値段聞いてみるよ。そんなに高いのは作らないと思うから。」
「アニーさんの料理ならなんだって期待しちゃいますよ!」
「おぉ~? 嬉しい事言ってくれるねぇ! でも、私の自慢の妻だからね! 残念でしたッ!?」


お、おぉ……やっぱり飛んでくるんだな。包丁。


「いやぁ……はは。とにかく座って待っててよ!」
「は、はい。」


よく死なないなぁ、ファイマン。そして、やっぱり取り出してきたのは蛇腹の無いアコーディオン。しかし、穏やかな曲調で歌いもしない。朝はインストゥメンタルなのか。いや、鼻歌だな。それでも演奏が上手いからついついしっかり聞き入ってしまう。


「今日は朝から街の西へ行くという事でいいのですよね?」
「あぁ、そうだな。」
「アニーさんの料理を食べるならもっと雰囲気の良い所が良かったのですが。」
「まぁなぁ……でも仕方ないだろ。」


早く母さんの情報を得て、オクルスを出なきゃいけないんだもんな。でも、出たらアニーさんの手料理が食べられなくなる……アニーさん連れていけないかな……。


「あっ、あのっ。」


振り向くと、そこには蓋がしっかりしまるタイプの四角いバスケットを持ったアニーさんがいた。


「これ……外でも食べ易ぃと思ぃます……使ぃ終わったら……返してくれると嬉しぃですっ。」
「ありがとうございます。」


ホビットには少し大きめのバスケット。それを両手で差し出すアニーさんに少しほっこりしてしまう。


「今からもう楽しみですね!」
「だな!」
「ぉ代は600ダリルです。」
「おや? そんなに安くて良いのですか?」
「はぃ……それ程手間はかかってぃなぃので……。」
「それなら有難く。」
「気を……付けてくださぃね……。」


エプロンを両手でギュっと握ってプルプル震える少女……じゃないんだっけ。見慣れてきたのか筋肉が幾らムキムキだろうと、可愛らしさは顔と挙動でカバーできるんだなと思いました。あと、声。


「ソーゴさん達は今日も観光かい? くれぐれも西の方には行かないようにね! あっちは治安が良くないから!」
「……気をつけます!」


俺は元気良く返事をしたが、今からそこに向かうんだよなぁ。にしても、何処からも気をつけろって言われるってやべぇだろ。誰も警戒して寄り付かないって事じゃねえか。しかし、そんな心配をしたって結局そこに行く以外の選択肢は無い。嫌だなぁ……。


*****


そこは、俺達がオクルスに入った扉から大市場を挟んで反対側の場所。埃っぽさもそうだが、カビ臭さも酷い。そして、すれ違う人からは酸っぱい匂いとアルコールの匂い。そして、時々香るキツい花の香り。道の端々にはゴミが散乱していて、それを虫や小動物が漁っている。吐瀉物や糞尿はまるで縄張りを主張するかの如く、嫌になる程見る事が出来た。


薄汚れてみすぼらしい格好をしている男か女かもわからない人、警戒色で着飾った強い香りを放つ厚化粧の女性、意味があるのかもわからない鎖を体に巻きつけている男性。そう言えば、表通りより可変種が多い気がするなぁ。でも、俺みたいに背中にバスケットを乗せて暢気に歩いている奴はいないな。当たり前か。ちなみにバスケットの固定はミィが周り人にバレないようこっそりとやってくれている。


「ここにくるには少し場違いの格好だったかもしれません……。」


マレフィムは口を尖らせて不満を愚痴る。なんだかんだ新しく買った服が気に入っているので汚れてしまいそうなここに着て来たくはなかったのだろう。でも、変装用だから我慢してくれ。


「それにしても、絵に描いたような裏通りというか……。」
「(変なお姉さんに付いていかないようにね?)」
「お兄さんならいいのか?」
「(クロロ!?)」
「冗談だよ。」
「ここなら独り言でも珍しくは無さそうですね。」
「……。」


裏通りで生きる人は、裏に行く理由があった人だ。薬物中毒、精神疾患、人格破綻に焼肉定食。皆どっかイカれてるんだよな。そんな奴等が助けを求める場所は教会なんかじゃなく、娼館や酒場って訳だ。それに加えて更にどうしようもない奴が博打に行くんだろう。俺はもう博打はこりごりだ。毎日毎日生きるか死ぬかの博打をやり続けてきたからな。そんな気分が悪くなりそうな物を見ると、胸の奥に鉛の様な重みを感じてしまう。でも、胸焼けみたいなその感覚は何の変哲も無いただの嫌悪感なんだと思う。そうなるとつい眉間に皺が寄ってしまったりして………………ん? 人集り?


「あ゛ぐっ! や、やめてください……。」


何やら囃し立てる人混みを掻き分けて、俺もその輪の中心へ頭を捻じ込んで行く。殆どの人は俺が竜人種だとわかると少し距離を取る。俺の見た目も見た目だし、恐いのかな。


ガッ!


それはまるで肉を殴るかの様な音。これは只事じゃないぞ。俺は更に首を強く捩じ込んで行く。その先には複数の獣人種に囲まれた…蛙?


「てめぇみてぇな勘違い野郎が取引を出来るとでも思ったのか? ッラァ!」
「あ゛っ!」


容赦なく中途半端にデミ化した蛙の腹に蹴りが叩き込まれる。しかし、蛙は他の獣人種に両腕を上げ掴まれて身動きが取れない状態だ。この世界は魔法が使えたら身体強化、物質顕現なんでもござれだが、あの蛙がもし怪我等でマトモに魔法を使えていない状態なら内臓が破裂していてもおかしくない威力である。そして、その心配を裏付けるようにぐったりしている蛙。


「邪魔だおらぁっ!」


その声は蛙ではなく俺に向けられた声だ。俺は臀部を足で押し出されて前に出てしまう。知っての通り俺は未だデミ化ができない。なので、普段は邪魔にならないよう翼は畳んでいるのだが、バランスが崩れそうになると無意識で翼を羽ばたかせてしまうのだ。それを人混みでやったらどうなると思う? 石みたいなパーツを付けた塊が丁度人の頭辺りの高さを薙ぐんだよ。不幸な事故は避けられないよね。


「ダッ!?」
「グァッ!?」
「ブッ!?」
「うわぁ……! ごめんなさい! 態とじゃないんです!」


そうだよ。本当に態とじゃないんだから慌てるくらいしか出来ないだろ。俺は。


「何ふざけた事を――。」


その男は前世でよく聞いた事のある台詞を言おうとしてたんだ。そして、そこから俺が大暴れして全員ぶっ倒してハッピーエンド……みたいなさ。


「み……ミィ?」


こちらに敵意を向けていた周りの男は全員。俺の身体から伸び出た透明の針で身体を貫かれていたのだ。俺はそのまま後ろを恐る恐る見ると、俺を足で押し出したであろう男もしっかりと透明な針の中に赤い煙を散らしていた。ワンテンポ遅れて爆ぜる悲鳴。その場に集っていた野次馬達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「何……してんだよ……。」
「(え?)」
「ミィさん……? 貴方が今行った事は殺人ですよ……?」
「(だから?)」


こいつは何を言っているんだ? 人を殺したんだぞ? 今喋って動いてた奴を……まるでベスみたいに……。


「(あのね。こいつらは人じゃない。ベスだよ。)」



――ベス?



「何を馬鹿な事を言ってるんです!? 今、この人達はフマナ語を話していました! 紛れもない人ですよ!?」
「(マレフィムこそ何言ってるの? フマナ語を喋ってる喋ってないなんて関係無いよ。ベスであるか人であるかは殺した人が決めるものなの。)」



――殺した……人?



淡々といつもの調子で俺から触手を伸ばし、死体から水分を抜いていくミィ。カラカラのミイラになったものは丁寧に粉々にして塵としていく。


「しょ……正気じゃない……ミィさん……貴方は人殺しだ……。」
「(あのさぁ。本気でフマナ語が喋れるかどうかを人の基準にしてるわけ? それなら手長猿族を何人も殺したクロロも人殺しになるんだよ?)」
「くっ、クロロさんは魔石の力で……!」
「(関係無いよ。確かに人を殺す事に至った要因であるアストラルは別人かもしれないけど、クロロのマテリアルが命を奪った事は揺るがない事実だよ。)」
「……。」



――俺は人殺しなのか?



俺は多くの手長猿族を殺した。その記憶は無いが、結果が残っている。正直、俺はそれについて何か引っかかっているという事もない。寧ろほんの少しの違和感も感じてないって事に違和感を覚えている程である。


今、目の前に在った命はもうここにない。俺を害そうとした刹那にミィによって刈り取られたのである。どうやらその一連の事実がマレフィムにとっては受け入れ難い事”らしい”。


「み、ミィさ――。」
「(マレフィム、何を勘違いしてるのか知らないけど。私は災竜を守る旅に出てるの。優先するのはベスと変わらないゴミよりクロロなんだから、ただの楽しい旅行だと思ってるならもう森に返った方がいいよ。)」
「そんな……。」
「(はぁ。どうせそんな事だろうと思ってたよ。別についてくるなとは言わないからどうするかは自分で決めなね。とりあえずあの子を起こそう、クロロ。)」
「あ、あぁ。」


気付けばミィはチンピラの死体を全て塵に変え、余分な水分を適当な所に捨て終えていた。こいつらに家族がいようが、フマナ語を話せようが関係無い。俺はこいつ等と会話なんてしていない。



――そう。つまり、こいつらは餌(ベス)と同じだ。





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