ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第34話

「そもそも族長会議が億劫だったんだよ。誰かへの要望や文句の為に呼び出したり呼び出される身にもなってよ!」
「仕方ないだろ。この森じゃお互い不干渉を貫いてやっていけてたんだからよ。」


俺達はパパドさんに案内され、高鷲族とダークエルフの村を見学していた。と言っても、ダークエルフはとても少なく20人もいないそうだ。なので、人口は樹上に密集している。あの天然アスレチックパークみたいな巣の集合体は遠くから見ると少し不気味である。しかし、中に入ると意外にも広く、まるでテーマパークのようだ。因みにここへ来るにはダークエルフ用の非常階段を使った。当のダークエルフは風魔法を使って飛べるので、殆ど使用されないらしい。そのせいかとても古びていて、俺の重さで軋んでいたのがとても恐かった。

「でもさぁ、だからって外に興味無さ過ぎじゃない?」
「外は帝国と王国だぞ。外に出るのリスクがたけぇ。」
「それは根拠の無い断言だと思うけどね、ウチは。まぁ、とにかく森の中だけでも交流を持ってこうよ。あっ、これいいでしょ。」


静かな村の中、簡素な佇まいの物販スペースで、赤い実のぶら下がったアクセサリーを手に持つパパド。植物で身を飾るのか。角狼族は刺繍みたいなのがメインだったけど、ここはここで違うんだな。


「これ娘ちゃんに買ってあげる。はい。」
「えっ!? あ、ありがとうございます!」


パパドが皮袋を出して小さいタイルみたいな物を取り出し、品物が陳列している横の木箱に入れた。


「ちゃんとお礼が言えて偉いねぇ。お母さん似?」
「一々喧嘩売らねえと気がすまねえのか、てめぇは。」
「クロロちゃんにも何か買ってあげたいけどぉ~……これなんてどう?」


それはただの赤い布である。風呂敷の様だが、用途がわからない。


「なんです? これ。」
「あら知らない? これは服だよ。」
「服? これが?」
「普段可変種の方で服を着ている方には会った事がないですからね。」
「でも、これただの布だよな?」
「可変種は変身の魔法を使うので、不変種と同じような服は着ないのですよ。この様な布と、この――。」


そう言って、並んでいる布の脇の籠に積まれている紐と輪っかを指すマレフィム。


「スリングで着飾るのです。」


紐は皮製と何かの糸の物があり、柄も結構凝っている。輪っかは金属と木製の物の2種類だ。彩色されてはいないものの、こちらも様々な柄が彫刻されている。


「あぁやって使うんだよ。」


そう言ってパパドが指した先には、デミ化した雌の高鷲族が談笑していた。そう言えば余り気に留めていなかったけど、パパドと違ってカラフルな布を上手く折り込んでドレスの様に纏っている。


「ウチじゃお洒落が趣味の村人が多いの。それに比べて……。」


パパドは目を細めてスメラを見る。シャルビアもそうだったが、ダークエルフはとても質素な服を着ている。


「私達に装飾は必要ない。」
「それは所謂種族性という物です。」
「ウチだってマレフィムちゃんのいう事はわかるけど、せめて族長くらいは一目でわかるような服を着て欲しいんだよ。」
「お前だって今日は服を着てねえじゃねえか。」


ダロウが最もな指摘をする。確かにパパドは変身魔法を工夫しているだけで、服らしい服を着ていない。服飾は、耳につけている丸籠の様なデザインの金属で出来た耳飾くらいだ。


「服なんか着てたらモフモフが感じられないでしょ! ねー?」
「わ、ふわっ!?」


急にテンションをあげてメビヨンに抱きつき、自分の頬を押し付けてスリスリし始めるパパド。一々うろたえるメビヨンはパパドに遊ばれ通しだ。角狼族はグイグイ来るけど、それ以上にグイグイ来る人は苦手なのかもな。


「あぁ~ダロウちゃんとは違う少し繊細なモフモフ感~次は~クロロちゃん!!」


メビヨンから勢いよく離れると、今度は俺に抱き付いてくるパパド。
俺には毛が無いから、スリスリしたところで痛いだけだと思うんだけどな。

「なにこれ~ゴツゴツツルツルしてるけどほんのりあったか~ぃ。」
「……今朝、今日は思う存分モフモフすると言っていたがこれがしたかったのか。」
「そうだよぉ~スメラもするぅ? 気ん持ちいぃ~んだよぉ~。」
「きゃぁっ!」
「「……はぁ。」」


再度メビヨンを抱き寄せて、俺とメビヨンで顔を挟むパパドに、二人してため息を吐くダロウとスメラ。
その気持ちはなんとなくわかる。これじゃあ少し先行きが不安だよなぁ。


「あぁ~きもちぃ~……けど。これ以上やったらいっぱいクレームがきそうだなぁ。」


急にそんな事を言い出して、手をパンパンと打ち鳴らすパパド。


「ほぉら、皆! あまり騒ぎ過ぎないようにとは言ったけど静か過ぎるよ! もうちょっといつも通りにしてていいから!」


そんな事を宙へ投げかける。しかし、返ってくるは静寂を覆う環境音のみ。気付けば先程談笑していた高鷲族も何処かに消えていた。


「パパド、いいのか?」


何かを問うスメラだが、それを不思議そうな顔で返すパパド。


「何が?」


その言葉を皮切りに何処からとも無く大きく翼を羽ばたかせる音が聞こえるようになる。それは、前、横、後ろ、上、下と全方位からだ。


なんなんだ? どういう事だ? 何が始まろうとしてるんだ?


「族長から許可がおりたわ!」
「うおおお! 本当に竜人種だ!」
「モフモフ!! モフモフ!!!!!」
「見慣れない獣人種もいるぞ!!」
「妖精族もいない!?」
「ウナが2匹ー!!」
「こらこら、あの人達は角狼族じゃよ。」
「白銀竜様の子じゃないのかしら?」
「翼の生えた獣人種よ!? しかも私達と同じく白い!?」


この小枝で作られた巣はハムスターのアスレチックみたいな構造になっているが、天井の密度が高い所と低い所がある。高い所は壁も厚く、入り口に簾の様な物が掛かっていたので恐らく、寝床として使われている場所だと思う。そして、低い所は木漏れ日が差し込んでいて、寝床を繋ぐ通路となっており、こういう小店や外から出入りする為の穴がある。先程まではここに木漏れ日が適度に差し込まれていたのだが、それが今、殆ど遮られている。老若男女の高鷲族にだ。まるで蜂の巣に集る蜂のようで、正直かなり恐ろしい。高鷲族の喧騒にダロウ達も警戒を強めている。


「うわぁ……やっちゃった?」
「何故同族の好奇心の高さをそこまで甘く見積もれるのだ……早くどうにかしろ。」
「こいつら、近寄ってきたら殺してもいいんだよな?」
「せ、せめて痛い目にあわせるくらいにして! って違う違う! 皆! 集まりすぎ! 恐がってるから! さっきの言葉てっかーーーい!!!!」


パパドがそう叫ぶと、思い思いのコメントを呟いていた高鷲族が全員沈黙する。


「恐がってる……?」


1人が呟いたその言葉から再度喧騒が波及していく。


「それはまずいな。」
「確かに集まりすぎたわね。」
「ほれ、行くぞい。」
「ごめんねー!」
「遠くから見てよう。」
「家事に戻りますか。」
「あっ! ずるい! 私も!」
「友達になれるかな?」
「またねー!」


羽ばたく音と言葉が混ざりあって萎んでいく。それは先程の環境音が聞き取れる程の静けさに達するまで続いた。一瞬の出来事だったが強烈な思い出になった事は間違いない。


「(び、びっくりしたよ……先手を打つところだった……。)」
「わ、私も好奇心には自負があったのですが、これほどとは……。」


ミィもマレフィムも、流石に驚いたようだ。そして、ミィは何をどうするつもりだったのか。


「ぁはは~……ごめんね……?」
「パパド、今のは迂闊過ぎたぞ。良好な関係でありたいならば、行動は思慮深く行え。」
「悪かったって! まさか皆があんなに興味持ってるとは思わなかったんだってばぁ~。」
「もしもの場合はてめぇを人質にどうにかするまでだ。」
「まぁまぁ! ほら! お詫びじゃないんだけど、今日は君達を歓迎してご飯も用意してあるんだ! 付いて来なよ! あっ、クロロちゃんへのお土産は後で買ってあげるね。」
「調子の良い野郎だな。」


ダロウは悪態を吐いてばかりだが、決して憎みきっている感じではないんだよな。腐れ縁みたいな仲なのかもな。


「にしてもこの村じゃしっかりとホワルドフ通貨で商売してるんだな。」
「まーねー、ウチ等は空を飛べるからフットワークの軽さには自信があるよ。あれは便利だから取り入れた方がいいんじゃない?」
「俺んとこぁ未だ物々交換だからな。というか俺が廃止した。」


先程パパドがメビヨンに買い与えたときに木箱へ入れた物。あれは通貨、つまりお金らしい。角狼族の村では使われていないので、殆ど見る機会が無い。そうしたのはダロウらしいが、前世でお金の良さも悪さも知っている俺からすれば、悪手だと断言は出来なかった。


「えぇっ!? なんで!? お金って便利じゃん! 腐らないし、置く場所にも困らない。」
「きっちり商売とかすんならそうだろうがよ。俺等は外族だ。国に下る気もねぇ。 なら現物主義で充分なんだよ。金に執着し始めたら荷造りを始める手前ってこったな。」
「まさか追い出してるわけ!?」
「な訳あるかよ。単純に村より外へ興味を持っていずれ出て行くだけだ。確かに金は管理しやすい。だからこそ粗がよく見えるんだ。善意も悪意も数字で量られちまう。気持ちってのは大体でいいんだよ。大体で。」
「それでも角狼族は勢力を維持できているのだ。つまり、間違っている方法では無いのだろう。」
「まぁ……大きくもなってないんだけどね。」


お金ってのは物事の数値化に近いもんな。果物一つにお金を出しても、これだけ? って思う人もいれば、こんなに? って思う人もいる訳だ。規模が小さい村なら、それは本人同士で話し合って納得するように決めてくれってスタンスなんだろう。


「俺等のとこじゃ金なんて長老達の遊びくらいでしか使われてねぇぜ。つってもただの俺の考えだ。次期族長がやっぱり通貨を取り入れるって言うんならそれを完全に否定したりはしねぇ。」
「ダロウちゃんはそういうとこ大人だよねー。ウチなら駄目なもん駄目ー! って言っちゃう。」
「老いた者はただ老いた訳ではないのだ。次代に族長を譲ったからとて、それに全て従う必要はないだろう。」
「別に完全に否定しないってだけで意見はするさ。ただ臨機応変にやってかねぇと滅びちまうぜ? 渇望の丘陵にいた巨人族みたいにな。」
「……巨人族?」


俺は思わず疑問を口にしていた。渇望の丘陵、そして巨人族。あそこはただの不思議な危険スポットじゃないのか?


「クロロちゃんは知らないよねー。渇望の丘陵の巨人族っていうのはね、昔、渇望の丘陵って言う……えーと、場所で言ったらダロウちゃん達の村の南だね。そこに巨人族の村があったの。そして、巨人族ってのはとんでもなく大きい不変種なんだけど。その大きさを武器に帝国相手に凄い戦果を挙げてたんだ。」
「激しい戦争であった最中、巨人族は不変種の中でもエルフ族と並ぶ程の戦力として数えられていた。そして、巨人族には英雄と呼ばれる桁違いの武勇を誇る者が居たという。」
「滅茶苦茶強かったらしいんだけど、結局戦争が収まってくれば邪魔なんだよね。突出した脅威ってのはさ。だけど戦争狂いだったその英雄さんは王国からの使者を蹴散らしちゃった訳。そこから王国対英雄の戦いが始まるんだけど。何故か一度も攻めてきたりはしなかったの。それに、王国も被害を出したくはないから警戒だけして放置してたんだ。それで、終わり。」
「終わり?」
「それから何年も経って、大丈夫だろうと高を括った商人達が丘陵の霧に入って行方不明になり始めるの。でも、理由はわからず、陸からも空からも丘陵がどうなってるかもわからず。巨人族の村もどうなってるかは依然わからないまま。ただ人が消える地。それが渇望の丘陵だよ。」
「……。」


そんな話を聞いたせいかメビヨンの顔が更に強張っている。メビヨンは幼き頃、渇望の丘陵で1人拾われた身である。今更どうしようもない自分の成り立ちでも聞いているような気分なのかもしれない。


「あ~ん! そんな顔しないでぇー? ただの昔話だよ。それなのに君のパパはウチ等がその巨人族みたいに滅んじまうぜ? なーんて脅して来るんだよ! 可愛い可愛いメビヨンちゃんはやっぱりお母さん似だね! ヨシヨシヨシー!」


当然メビヨンの気持ち等わからないパパドは変わらない調子でメビヨンに抱きつこうとして、ダロウから結構強めに頭を叩かれる。


「いったーい!!!!!!」
「自業自得だ……。」


スメラ、俺もそう思うよ。

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