ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻

第19頁目 デミって何?

「私はスライムじゃ、なーッい!」


妖精族の見た目になったミィが憤る。マレフィムは地面に叩きつけられグロッキー状態だ。


「おいおい……急に出てくるなよ。あーぁ……。」


俺は倒れているマレフィムを傷つけないよう慎重に摘み上げて掌に乗せる。

「『スライム』とやらと一緒にしたら駄目なのか?」
「当たり前だよっ! 『スライム』だよ? あれは頭が悪いただの液体の塊! 愛好家もいるみたいだけど私とは全然違うよっ!!」
「液体の塊?」
「そう! 核が捕食の為に体液を変質させてねばねばしたり、ぷるぷるしたりして獲物を襲うの! 上手く育成すれば話す事も出来るみたいだけど私がそのスライムと間違われるなんて……!!」
「あぁ、なるほどな。」


『スライム』ってあのスライムか。RPGとかの敵で出てくる定番の奴な。この世界にもいるのか。なんだかんだ魔法レベルのファンタジー要素じゃないか。でも説明を聞く限り……。ぶっちゃけ殆ど変わらないんじゃないか? というのは決して口に出さない。


「うぅ……。何事ですか……?」


マレフィムが目を覚ます。しかし、ミィは隠れない。


「おぉ! 貴方は! エルダースライムさんですね!」
「違う!!!」


ぴしゃりと否定するミィ。


「私はスライムなんかじゃない! 水の精霊なの! あんなのと一緒にしないで!」
「なるほど!? 最早スライムという枠を超越しているという事ですね!?」
「違う! 本当に水の精霊なの!」
「精霊様……? しかし、文献に書かれていたような精霊様よりスライムの方がとても近いように見て取れますが……。」
「怒るよ!?」


ミィは既に怒っている。なんならこのままマレフィムに噛み付きそうな勢いだ。どうにか止めなくては収拾が付かない。


「ミィ、待て。落ち着け。」
「クロロ! こいつ凄い失礼!」
「マレフィム、ミィは誇り高き精霊様なんだ。スライムと一緒にされると怒るから精霊様として扱ってくれ。」
「クロロ!?」
「そこまでとは……スライムの精霊といった感じですかね……」


ここですかさずミィに耳打ちする。


「(ミィがスライムに似ているなら人前に出れる理由として好都合だ。不本意かもしれないが我慢してくれ。今後その路線で誤魔化せるかもしれない。)」
「(でも……ッ!)」
「(今後は精霊をスライムだと思ってる馬鹿な奴等を見てほくそ笑むんだ。いいな?)」
「(うぅ……。)」


無理やりだが、実際便利な勘違いだ。


「ついでにだが、マレフィムが文献で見た精霊様はどんな姿なんだ?」
「私が読んだのは、金属で出来た身体を自在に操り、人々を圧倒したとの記録でした。」


そりゃ多分なんかの金属の精霊だったんだろうな。この村じゃ水の精霊は文献に残ってなかった訳だ。


「これは是非、是非にも! 私をお供させていただきたい……!」
「俺は、まぁ……別にいいかなと。ただ、もう少しだけこの森に滞在するぞ?」
「私は反対! もうちょっと礼儀を知っている人がいいかな!」
「礼儀ならしっかりと持ち合わせております。王国についての文献も読んでおります故。」


そういった知識を持っているのと、情報を得ようとする姿勢はすごくありがたいんだけどなぁ。ミィからの印象が最悪である。ギスギスするような関係はごめんだ。


「ミィ、悲しい事にこの3人の中で堂々と町を歩けるのはマレフィムだけだ。協力者が必要なんだよ。」
「そうです。私は村の者と違ってベスではありません。頼まれれば買出しにだって出かけましょう。……重い物は魔法でも使わないと持ち運べませんが。」


確かにその身体じゃ重い物はあまり運べなさそうだ。食料を買出しにとかは行かせられないな。にしても気になる事も言っていた。


「村の者と違って?」
「そうですよ。この村でフマナ語を話せるのは私だけです。」
「だから?」
「えぇ? ですから、この村は私以外ベスなんですよ。」


そのフマナ語を話せないから野生動物並みの知能って言ってるのか。以外と毒を吐く奴なんだな。


「あぁ……クロロ。あのね。フマナ語話せないっていうのは人じゃないって事なの。だからフマナ語を話せない人はベスなんだよ。」
「フマナ語が話せないならベス? でも妖精族は何語かわからないけど話してたぞ? 幾らなんでも野生動物呼ばわりは言い過ぎだろ。」


ミィが諭すように語る言葉に当然の疑問をぶつける。それを見たマレフィムは納得した様な様子で答えた。


「なるほど。そういった知識も持ち合わせていないのですね。創造神たるフマナ様の作られたフマナ語を話せない種族は、神から遠き存在として一緒くたにベスと呼ばれるのですよ。」
「そんな無茶苦茶な。」


それが正しいならこの世界は世界共通語が一つあり、それを話せなきゃ人扱いもして貰えないという事だ。創造神フマナだかなんだか知らないが、嫌な宗教だな。


「ですから、この村はお貴族様のペット用や、珍味食材としてハンターに荒らされやすいんですよ。」
「ペットや……食材!?」
「えぇ……ですので、多少賢しき種族は最優先でフマナ語を学びますが……白銀竜の森に長く住むこの部族はフマナ語を覚える事もやめてしまった。私が教えると進言しても平和ボケしてしまい、学ぼうともしない。」


なんて世界だ。フマナ語を話せないだけで奴隷を飛び越えてペットや食材になんて、俺なら到底受け付けられない現実だ。


「片言でも話せれば奴隷程度にはなるんですがね。」
「片言でも奴隷!? それは流暢に話せるようになれば奴隷じゃなくなるのか?」
「それは国によりますとしか。」


唖然とする。俺はこの世界でマトモに生きていけるのだろうか。常識が違いすぎる。まさか、そこまで命の重さが違うだなんて……。俺はいつの間にか人権を手に入れていたからいいものの、あの村の人たちはいつ襲われてもおかしくないのだ。


「そうそう。もう準備は出来ているので、クロロさんのお家にはいつでも行けますよ?」
「私はまだ許してないんだけど?」
「まぁまぁ、ミィ、マレフィムだって悪気があった訳じゃないんだ。」
「そうですよ精霊様! これからは私が精霊様の事を記録して文献に残しましょう。偉大なる精霊様と災竜との冒険を記録するのです。間違いなく貴重な資料になりますよ!?」


突拍子も無い煽て方だが、マレフィムは一時の凌ぎでなく、本気で語っているようだ。そして、ミィも偉大だの貴重だの言われて満更でもなさ気である。


「昔は崇拝されるのが面倒だったけど、スライム扱いは流石に癪。せめて私の偉大さを知っている人がいないとね! しかもクロロとの冒険譚だなんてちょっとロマンあるかも……。」
「でしょう? そうでしょう? ですからどうでしょう? 私をお供させていただけませんか?」
「まぁ……試用くらいならいいかも……でも! もしまたスライム扱いしたら即クビだからね!?」
「ぁありがとうございます! 精霊様!!」


こうして俺等のパーティーに妖精族が加わる事になった。竜と水と妖精。字面だけで何かの作品のタイトルになりそうな勢いだ。早く人間に会いたい。


*****


マレフィムは直ぐに村へ戻り、荷物を持ってきた。革っぽいトランクケース一つだけだが、それで足りるとの事。挨拶も書置きをしたから問題ないらしい。そして、今、新しいメンバーを加えて3人で焚き火を囲んでいた。焚き火の周りには自作の串に刺さった魚がズラッと並んでいる。


「ミィさんは火の魔法を扱えるのですね。水の温度も操れるとか……という事は凍らせたり蒸気にしたりも?」
「できるよ。」


まるで取材の様だ。ミィに質問をして、マレフィムが手記に何かを書き込んでいる。


「そういえば、俺、読み書きできないんだった。」
「それなら私がお教え致しましょう。」
「助かる。でも、それって何で出来てるんだ?」


妖精族サイズの手記。多分、紙ではない何かでページが作られている。この世界には紙が無いのか?


「これですか? クロロさんは見たことないですよね。木を薄く削って糊で固めた物の一部を束ねた物です。この液体はそれに文字を書くために使うんですよ。」


本に近い何かではあるようだ。木を鰹節みたいに削って糊で固めるとは考えたもんだ。でも製紙とどっちが優れているかはわからないな。そこまでの知識は無い。

「クロロさんに文字を教える為にこれを使用するのは貴重すぎて使えませんがね……。」
「まぁそうだろうな。文字が書ければいいなら枝と地面でどうにでもなるだろ。」
「その前に『デミ』になれないと不便でしょう。」
「……デミ?」


俺の疑問を聞いてマレフィムがミィを見る。


「まさか……。」
「生きる為に色々やる事が多かったの。今やっと餓えを凌げるようになった所なんだからそういった社会の常識なんて後でいいでしょ。」
「そうはまぁそうですが……デミ化は今後必須になりますよ?」


俺を放って置いて話を進める二人。この世界にはさっき聞いたような非常識な常識がまだ他にもあるのだろう。だがそれを知らないと生きていく事はできない。


「もしかして……ミィさん、デミ化が下手なのでは?」
「違うよ! デミは脆過ぎて嫌なの! 痛いし……不便だし……。」
「確かにミィさんにとっては弱くなるだけでメリットは無いかもしれないですね。」
「それで……デミ化ってなんなんだ?」


ここで蚊帳の外が耐え切れなくなり、素直に疑問をぶつけた。

「簡単に言えばクロロさんの様な『可変種』がフマナ様の姿に近づく魔法です。」
「魔法……。」


可変種? それに、創造神の姿に近づくってどういう事だ? しかも、それが必須になる?


「こういう風にね。」


そんな台詞と共にミィの身体に色が、温度がついていく。簡潔に言うと、ミィが見慣れた少女の姿で人間となっていた。


「は、はしたないですよ!」


そんなマレフィムの声で全身がパシャンと水に戻る。ミィはいつもの姿だったが、服までは作れないのだろう。全裸の少女として形成されたのだ。


「事情は少し、理解しました。ミィさんには毛も羽も鱗も無いので服を作れないのですね……。」
「忘れてた……なんで……。」


うっかりなミスで恥ずかしさの余り水溜りのまま形作ろうとしないミィ。お手本を見せる前に、裸になる事を失念していたようだ。


「ここには男の子もいるんですからそういう部分はお気をつけください。」
「成人男性にはいいのかよ。」
「いい訳ないでしょう。ですが、ここにはいませんので。」
「「え?」」
「え?」


3人共はてな顔だ。


「もしかして……私を男だと思ってるのですか?」
「違うのか?」
「違いますよ! 勘違いするのもわかりますが、歴とした女性です!」
「「えええええええええ!?」」


こいつが女? 失礼ながらマレフィムには女性らしさと言えるのは……整った顔の造形くらいだ。胸も無いし、なんなら骨格も男性寄りの様に見える。


「なんですか? 証拠をみせましょうか?」


そう言い放ってジャケットの様な上着を脱ぐと、ムクムクと胸が膨らみ始めた。内側のシャツがパツンパツンになった所で、すぐに元の体系に戻る。


「魔法で隠してたの!?」


なんて驚いているミィは身体を自由に作り変えられるのだ。その程度、魔法を使えば造作ない事なんだろう。


「妖精族の女性は食材やペットとしてとても人気なんですよ……。」
「あぁ……。」


その非情な現実に対し、せめて男ならまだ襲われにくいという事なんだろう。前世でも女がサラシを巻いて男に紛れるなんて話聞いた事がある。サラシとかいう次元でもない変装なので、比べるのもどうかと思うが。


「胸なんてあくまで脂肪ですから魔法で操るなんて簡単です。」
「内臓とかだと面倒だしね。」


ミィもそこには同意する。それにしても身体を自由に変質させられる世界だとしたら、元の身体という概念はあるんだろうか。


「この世界って男とか女とか関係ないんだな……。」
「どうして?」
「だって好きな性別になれるって事だろ?」
「それは無いですよ。」


マレフィムに即座に否定された。そういえばマレフィムは男の体型で女を自称している。いっそ生殖器も取り替えればもう性別は取り替えられるんじゃないだろうか?


「言ったでしょ。魔法はマナで顕現した物に過ぎないから本物じゃないの。使ってる間は魔力を使い続けるし、魔力を溜めて使った所で効力はいつか切れる。魔力のポーションを飲み続けても消化が間に合わないだろうから使い続けるのは難しいと思うよ。」
「そうですよ。肉体はアストラルから顕現されたマテリアル。デミ化した自分の姿が真の自分だと認識できたなら、今の姿同様にデミ化しても殆ど魔力を消費せずいられますけどね。」
「そんな事出来るのは価値観が整ってない幼い頃からデミ化し続ける子くらいかなぁ……。」


魔法を使わなかった状態での身体が真の姿か……。だとしても、この世界では魔法を使って自分がそうだと思っている姿になれる訳だ。俺が何の疑いも無く、自分を人間だと思って魔法を使えば人間になれるという事。


人間。


理由はわからないが、俺はその種族を求めていた。自分が人間だったから。というのは動機に欠ける。なぜなら、元々人間だったなら人間になりたいものなのか? と聞かれたら返答に窮するからだ。懐かしさとは違うと思う。人間である事に誇りを感じて生きていた訳ではないから。利便性とも違うと思う。機能だけならドラゴンのほうがよっぽど便利だ。それでも、俺は求めた。


「……俺にデミ化を教えてくれ。」

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