神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と交渉

 圭介がパーティー会場に戻る頃には会場には誰もいなかった。
圭介は無人の会場を歩きながら左脇腹の傷を気にかける。大きな傷になってはいないが、それでも目を凝らせば分かる程度の傷痕にはなっている。
「まさか、障壁を抜いてくるなんてなー」
 障壁を展開し、一時的に体表を覆う魔素が薄くなったため傷を受けたのだろう。魔術を行使すると一時的に魔術的にも物理的にも抵抗力が弱くなる。それは仕方がないことだ。体表や体内を巡る魔素を魔術の行使に使ったのだから。そして、サニアが魔術を行使しているところを不意打ちで水球により拘束することができたことも同様のことが言えるのだろう。
「スラグ氏はどこかな?」
 圭介が考えるスラグが向かう先といえば、金庫室のような私財を蓄えている場所。
「地下か……最上階か?」
 圭介は会場を出て、始めに最上階を目指す。
屋内は荒れ果て、木々は壁や床、天井を突き破り、廃屋のように無惨なものとなっており、美術品は割れたり破れたりと目も当てられない光景が続いていた。
「これはやりすぎたかなー」
 圭介は朽ちた美術品を手にとってみるが、鑑定眼のない圭介が見てもその美術的価値は分からない。だが、圭介の目を介して見れば、その絵画は魔素を纏っていることが分かる。魔具というわけではないが、特殊な塗料を使っているのかもしれない。
「何をしている!」
 ボロボロになっている絵画を扱う圭介に対し、光球を浮遊させながら屋内を警護していた傭兵が問い質した。傭兵は圭介を視認すると黒衣を纏った怪しい存在だと判断し、帯剣を抜き、圭介に襲いかかろうとする。
「貴様が侵入者か!」
傭兵の剣は刃渡り三尺程の両刃剣。特に怪しいところは無く魔素を纏っているわけでもない普通の剣だ。圭介は刃渡り二尺程度の忍者刀のような十夜を抜く。傭兵の実力は大したことはなく、やや大柄な身体を使い、力で押すタイプのように見えた。傭兵は助走つけ全体重を乗せた突きを繰り出し、圭介の胴を貫こうとする。大柄な身体のわりに速いが、それでも圭介が対処しきれないほどのスピードではない。突こうとした剣の腹を十夜で弾き、傭兵の剣は圭介の左側の虚空を突き、傭兵と圭介は密接する形となる。
「おやすみ」
 圭介は左腕で傭兵の両腕を拘束し、右手に握った十夜の柄で傭兵の脇腹を強く殴打する。大柄なため体表を覆う魔素の量も多いが、筋肉の薄い場所を柄を重くした十夜で殴打された傭兵は呼気を無理矢理吐き出され、その場で悶え苦しむ。
傭兵は魔素を厚く覆った状態で相手と相打ちを狙い、倒すタイプだ。自身の実力以下の相手ならばほぼ無傷で勝利を収めることができる。しかし、実力を見誤れば簡単に返り討ちにあう。
「相手が悪かったね」
 圭介は十夜を納め、傭兵の剣を取る。
「これは戦利品としていただくよ」
 そう言いながら圭介は剣を分解、吸収する。
「そうだ。わざわざ階段を探さなくてもいいじゃん」
 圭介は壁からはみ出した木に手を当てる。
「干渉(kaNɕoɯ)。成長(seiʨoɯ)。操作(soɯsa)」
 十夜を再び抜くことを面倒くさがり、詠唱して木々を操る。木々は成長し、天井や壁を更に破壊しながら太く長くなる。圭介は幹に掴まりながら上へ上へと昇っていく。
 最上階の部屋は一室しかなく、その一室には誰かがいることが物音から分かる。
「お邪魔します」
 圭介はドアノブを開こうとするが、鍵が掛かっており、開かない。圭介が少し力を込めると鍵が外れる前に扉が外れた。
「ひっ!」
 悲鳴が聞こえ、圭介が部屋を見渡すと机の下でスラグ氏が隠れていることがわかる。
「やぁやぁ、スラグさん」
 圭介は外れた扉を修繕しながら、スラグに話しかける。
「お話を伺いに来ました。お時間を頂いてもよろしいですか?」
 扉の金具をサニアから奪った魔具で手直しをする。
「お前は一体何者なんだ!? 金か!? 金が欲しいのか?
「僕は加藤龍児。スラグさんにお話を伺いに来ました」
 スラグは怯えるが、圭介が望むことは最初から話を伺うことであり、それを通報することは考えていない。しかし、正常な思考ができないスラグは話すことはそのまま自身の罪を認めることに繋がると考えている。
「しかし……お金ですか……まぁ頂けるものなら頂きたいですね」
 圭介は現金である。
「いくらだ!? いくら欲しい!?」
「いくら出せます? よく考えて答えたほうがいいですよ。その額がそのまま貴方の命の値段になるかもしれません」
 圭介は笑顔のままスラグに近寄る。
「金貨三枚でどうだ!?」
金貨三枚。それは奴隷一人が買える値段と変わらない。
「あはははは!」
 圭介はスラグがつけた自身の命の値段が奴隷の値段と変わらないことがとても可笑しかった。誰よりも奴隷を扱う人間が自身の命を奴隷と同額に扱う滑稽さに笑えて仕方がなかった。
 圭介は一頻り笑うと真面目な顔をする。
「面白い冗談を聞かせていただいたので……そうですね。金貨三枚相当の銀貨三百枚で手を打ちましょう」
「よ、四百…」
 圭介は頭の中で彼女達に銀貨を渡して祖国に帰ってもらおうと算段をしていた。
「即金で銀貨三百。それで私は口外しないと約束しましょう」
 しかしながら、滑稽である。暴力によって口を割らせ、それを黙ってやるから金を払えとは盗人猛々しいにも程がある。そして、この期に及んでまだスラグは渋るが、自身の過ちを口外にされないことと銀貨四百を天秤をかける。圭介を亡き者とすることが一番安上がりではあるが、それを実行することは現状、叶わないことはわかりきっていた。
「私は決して外部に情報を漏らさないと約束しましょう。話さなければ、この屋敷にある家財は全て私がいただき、貴方の口が二度と開かないよう対処します。話してくれさえすれば、銀貨四百で全てを無かったことにしましょう。ついでに屋敷も可能な限り修復しましょう。いかがですか?」
 圭介は優しい口調で尋ねるが、どうしても悪い笑顔になる。
「あ……ああ。絶対黙ってくれ! 全てを話すから決して外部に漏らさないでくれ!」
「お約束しましょう。密告制なんて時代錯誤もいいところ。まぁ内部告発の重要性ってのも言われてますがねー。まぁその話は置いておきましょう。それで、どのような人物に加担しました?」
 圭介はスラグに椅子に座るよう勧め、自身も木の根に腰を下ろす。
「……金貨三枚で奴隷として密入国させて欲しいと依頼された。店に辿りついた後はすぐに売られたことにして処理してある。その後の行方は知らない。ただ、変な臭いがする男だった」
「ビンゴ。これで言質は取れたな」
 圭介は思案する。テイラーは間違いなくレスリックにいる。そして奴隷の姿のまま密入国をし、金貨三枚を渡す程度には金に不自由をしていない。つまり、パトロンはいる。圭介はそれらを繋ぎ合わせ、直感が告げる。『パトロンはレスリックの教職者』であると。
「分かりました。貴重な情報をありがとうございます」
 圭介は十夜を抜き、椅子にしていた根に突き立てる。圭介の意志に連動して木々は十夜に吸い込まれるように消滅していく。穿たれた穴から屋敷が瓦解することも考えられたが、危ういバランスを保ったまま崩壊は免れた。
「では、屋敷の修繕をしながらお話を伺いましょうか」
 圭介はスラグに屋敷の中を案内してもらいながら、様々な情報を聞き出す。
 テイラーは圭介達がレスリックに入国する一週間前に入国したそうだ。奴隷店に奴隷を卸すと、テイラーは中流階級の衣服と自身の臭いを消す香水を持ち商店を去ったそうだ。テイラーの目的についてスラグは知らず、前金で金貨一枚を支払われ密入国に手を貸し、商店を去る時に残りの二枚を支払ったとのこと。更に滑稽なことにスラグが自身の命につけた値段と同額であることに圭介は更に笑った。
 圭介はスラグの屋敷を修繕し終わると、スラグから銀貨三百枚を受け取るとスラグの屋敷を離れた。もし、圭介自身のことを探ろうとするならば、約束を反故にし、憲兵でも公安でも密入国幇助の事実を口外にすると脅すことは忘れない。


「ふぅ……」
 圭介は誰も見ていないことを確認すると覆面を解き、一息つく。今回の騒動による戦利品は銀貨三百枚。魔具多数。テイラー密入国の言質。多くのものを手に入れた圭介は満足してハイオクの屋敷に帰ろうとする。
「あ、そうだ。あれの練習をしながら帰ろうか」
 圭介は誰も見ていないことを確認すると詠唱を開始する。
「空間指定(kɯɯkaNɕitei)。垂直力場発生(sɯiʨokɯɾʲikʲibahassei)」
 圭介は指定した空間に大きく跳躍する。圭介の全身に下から上へと持ち上げるような力が発生する。それは足の裏や肘、太腿、そして股間というありとあらゆる場所に上向きの自身の体重と釣り合う力が働く。
「!?」
 圭介は脳天を突き抜けるような凄まじい痛みが走る。圭介は股間を覆いながら頭から地面に落ちる。
 この世界で魔術師が自身の体を空宙で浮遊させる魔術をあまり使いたがらない理由はこれにある。自身に力を発生させれば一歩間違えれば簡単に自滅する。ちょっとした感情の揺らぎや魔素の流量を誤るだけで事故が起きるのだ。物体にいくら魔力を働かせても痛むことはないが、人間は簡単に痛む。コントロールが難しく、遮蔽物がない空宙に居ることは戦闘時、格好の的となる。そして、空中浮遊の魔術を行使しながら、別の魔術を行使することは更に難しい。
「……無理。痛い……」
 誰に言い訳をするわけでもなく、一人で泣き言を言う圭介。
 圭介は立ち上がり、髪や服についた土を落とし、しばらく浮遊魔術を机上で考えることにし、戦利品の魔具を少し取り扱うことにした。
まず、圭介が手にとったのはサニアが指弾を行使するときに使用していた指輪。圭介はそれを指に嵌め、行使する。すると、圭介の指先から金属の粒が次々に創造され、地面に落ちる。それは鉄屑のようにボロボロで不完全なものだった。数十秒もすれば編まれた魔素は霧散し、何も残らなくなる。次は意識をして指先に小さな鉄球を作るイメージを保つ。指先に創造された鉄球は親指程の大きさに成長し、浮遊する。
「加速(kasokɯ)」
 圭介が詠唱し鉄球に働きかけると鉄球は高速で射出される。それは拳銃の弾と変わらない威力を秘めたものだった。
「なるほどね。これは便利だな」
 圭介は手に入れた魔具から新しい魔術を創造する。それぞれの魔具ができること、できないこと。向いている魔術、向いてない魔術。それらを組み合わせることで幾つか新しい魔術を生み出す。
 初めに創造した魔術はサニアが使っていた指弾から着想を得たもの。尖頭弾を創造し、進行方向の軸に対し軸周りに高速周回転の運動を与え射出する。



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