神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と魔術師

 圭介は屋敷の外へ出ると直様木々を渡り、身を隠す。
「あのサニアって男、見えない相手に対してどう対処するのかね」
 サニアはパーティー会場のテラスから森を臨む。
「まずはかくれんぼですか。……いいでしょう」
 サニアの周囲に三寸程度から三尺程度の金属が出現する。それらは柄のない刀が浮遊しているようであり、鋭い刃は表面が高硬度な鋼材が用いられ、更に強靭性の性質付与を施してある。
 サニアは目前の大木に対し、高速の刃を飛ばす。刃は理想的な太刀筋で大木を芯まで断つ。大木は自重を支えることができず、断面を滑るようにして倒れる。
「へぇ……」
 圭介はサニアの魔術に対し関心していた。太刀筋が狂えば大木は断つことができず、刃はこぼれ、下手すれば折れ、刃の硬度が低ければ刃が立たず、強靭な薄刃でなければ一断ちであの大木の芯まで深くは切れないだろう。高品質な刃の創造と脆さを補う性質付与、そして理想的な太刀筋を再現する運動魔術を行える魔術師は少ないだおる。きっと長い経験と試行錯誤の繰り返しによる集大成だろう。
 サニアは次々に巨木を切り倒していく。折り重なる木々は轟音を響き渡らせながら倒れ、視界は少しずつ広がっていく。圭介は木々を飛び渡りながらサニアに見つからないように移動する。
「kaNɕoɯ(干渉)。saʥiN(砂塵)。sempɯɯ(旋風)」
 サニアを中心に旋風が起こり砂礫はサニアを包み込みむ。
「姑息な手を……」
 サニアは身体の巡る魔素を操り、体表面に薄い膜を形成し、眼球や耳穴や鼻腔を守る。
「思った以上に器用じゃん。なら、こいつはどうかな? fáiər bɔ':l (ファイアボール)」
 高濃度の魔素を燃料とし、燃焼を続ける炎弾を形成する。その炎弾は焚き火のように柔らかな火を保ちながらサニアに向かって追尾する。
「炎の魔術!?」
 サニアが炎の魔術に驚いたことには理由がある。論理型の魔術の場合、炎を維持するには連続的な燃焼と着弾時の燃焼速度の急上昇による爆発といった技術が必要となる。これらの要素をたった二語の詠唱のみで発動したことだ。
 サニアは炎弾に目掛けて右回し蹴りを繰り出すとその軌道から水流が現れ、炎弾を包み込むと炎弾は鎮火し、濃縮された魔素は居場所を失い霧散する。水と魔素を得た周囲の植物達は成長が促進され一層生い茂る。
「論理型ではなく空想型なのか?」
「別にどっちって訳でもないぜ。即興で魔術を行使するなら聞き見慣れたもんがいいっしょや」
 圭介が持つ魔術の知識はむしろ論理型より空想型のほうが圧倒的に多い。
「それよりもお前が履いてる靴も魔具なんだな」
 圭介は隠れることをやめ、姿を現す。
「これで君に見せた魔具は5つ。あと何個見ることができるかな?」
 サニアは右手の人差し指と中指を圭介に向ける。圭介の瞳を介すれば、サニアの魔素が人差し指に嵌められたレッドゴールドの指輪に収束している様子が分かる。収束された魔素は指輪から指先に移動し、物質に変換される。それは撒菱のように先細りな三角錐のような形をしていた。次に中指に嵌められた白銅の指輪に魔素が注がれ、その魔素は物質に作用し、徐々に回転速度を加速させる。そして、一際多くの魔素が注がれたかと思うと音も無く物質は圭介に対し高速に放たれる。
「っ!?」
 障壁を詠唱することすら忘れ、反射的に大きく横に跳躍していた。物体は寸前まで圭介が立っていた空間を穿ち、背後に立っていた木に深々と突き刺さる。
「よく避けましたね」
 サニアは次弾を創造し、高速回転させ圭介に狙いを定める。
「私はこの魔術をɕiʣaN(指弾)と呼んでいます」
 そう言って二発目を圭介に撃つが、圭介は先程と同様に大きく跳躍し避ける。
「初撃を避ける魔術師はあまりいません」
 サニアは右腕を左腕に添わせ、次弾を創造する。
「これはどうでしょう?」
 サニアは左腕のバングルに魔素を流し込み、物体になんらかの魔術を行使するが、見た目には特に変化はない。圭介の眼を通して見ても何らかの作用を及ぼしたことは分かるが、何が起こったのかは分からなかった。不可解な魔術を付与された物体は再び圭介を襲う。
「ɕoɯhekʲi(障壁)!」
 圭介は右腕を前方に伸ばし魔術障壁を展開し、物体の射線を遮る。放たれた物体は障壁に阻まれるが、物体は障壁を貫通し、圭介の右脇腹に突き刺さる。その衝撃は障壁に阻まれたにも関わらず、圭介の体を浮かせた。
(なんだ!?)
 圭介は倒れないように着地し、自らの脇腹を直視する。右脇腹に深々と刺さった撒菱型の金属は見た目に反して重く、先端には返しがついていたのか、皮膚を破り、脂肪を溢れさせ、肉を抉り、地面に落ちる。出血量から動脈を傷つけてはいないだろうが、金属片の回転により筋細胞は局部をズタズタにされていた。
「おや、思った以上に頑丈ですね」
 サニアは次弾を創造、未知の魔術を付与し、回転させる。
「今の魔術、重力を強くする魔術か物体の質量を増やす魔術だな」
 圭介は魔素を負傷部に集中させ出血を止めるため裁断された血管の修復、筋細胞の超回復、皮膚の再生を並行して行う。完治まで数分と予測。
「今の一撃で分かりましたか。さすがです。私はこちらの魔術をʥɯɯɕiʣaN(重指弾)と呼んでいます」
 サニアは再び圭介に対し重指弾を撃とうとするが、自身の右手に冷たいものを感じた。
「撃てるかな?」
 圭介の水のブレスレットが行使された。サニアの右腕は水球に覆われ、金属片は水の抵抗により高速回転をすることができず、放たれた金属片は水の抗力により威力が殺され、サニアの足元に落ちるだけだった。
「俺だって魔具ぐらい持ってるぜ。無詠唱魔術って便利だよな。不意打ちをすることもできれば、相手にどんな魔術を使ったのか知られない」
 圭介はゆっくりと水圧を上げる。サニアは肘まで覆った水球を振り解こうとするが腕を起点として創造された水球は振りほどくことができない。水球に対して干渉するため右足のブーツに魔素を注ぎ、圭介以上の干渉を行おうとするが、圭介の圧倒的な干渉力に抗うことはできない。サニアの右腕は圧迫され血流は滞り、指や手首の関節は悲鳴を上げ、細胞組織は破壊され、その細腕はゆっくりと死を迎えようとしていた。
「やめろ!」
 サニアは右腕を地面に叩きつけようとするが、水球は鉄球のように形を堅持し、地面を陥没させるだけだった。
「とりあえず、傷の治療に忙しいから勝負はこれで終わり。楽しかったよ」
 圭介は水球に魔素を注ぎ込み、サニアの腕を圧死させる。サニアはその苦痛に表情を歪め、気絶する。圭介は心配になり、生死の確認をするがショック死はしていないようだった。苦痛による急激性なストレスにより異識を手放したようだ。
「あー、痛かった」
 圭介は右腕を脇腹に添える。魔術的な意味合いはなく、疼痛が気になり添えているだけだ。
「どうしようかなー」
 圭介は気絶したサニアを目前にし、悩む。殺意は無いため放置することも考えるが、目が覚め襲われても面倒である。圭介はサニアから一通り魔具を奪い取り半裸のまま土に埋めることにした。
 圭介がサニアから奪った魔具は様々だった。指輪、バングル、ヘアピン、ベルト、ブーツ、片眼鏡、ナイフ、コイン。どれがどんな魔術を持っているか分からなかったため、一通りをサニアから奪ったローブで包み持ち運んだ。
「俺ももっと魔具を作ってみようかな」
 改めて魔具を使う魔術師との戦闘のやり方を学ばされた圭介だった。



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