神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と奴隷

 圭介は街に入る。全身を黒に固めているが、そんなことに気を留める者もおらず、暗闇から出てくる色白の生首が浮遊しているように見えるぐらいだろう。
 圭介は、灯りは漏れてるが眠ったように静かな安っぽい酒場に入る。中では酔いつぶれて卓上で突っ伏している三十代~四十代ぐらいの男性が数人見受けられ、床には乾物や豆が散乱している。
 圭介はカウンターで身体が温まるような度数の高い酒を二本、店主に見繕ってもらい支払いをする。一本につき銅貨三十枚というのが高いのかどうなのかは分からなかった。
 お釣りを受け取り、店を速やかに出る。そして、路地裏を少し歩くと薪に火をつけ、暖をとっている浮浪者が何人かいた。
「こんばんは」
 圭介が声をかけると浮浪者は視線だけを圭介に向ける。
「……なんだ?」
 愛想の欠片も無い様子で応える浮浪者。その表情には疲労が浮かび、隈が目立つ。
「少し聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
 そう言って圭介は酒瓶を掲げる。
「……ああ、まぁ座れや」
 一番年長者と思われる男が若い男に席を詰めるように言う。圭介は空いた隙間に座り、年長の男に酒瓶を差し出す。
酒瓶の蓋を開け、ボコボコになった金属コップに酒を注ぎ飲み干す。
「……それで? 聞きたいことってなんだ?」
 男は飲み干したコップに酒を注ぎ、隣の男へと回す。
「この街で奴隷を扱っている店ってどこがありますか?」
「……若造が……。なんだ? 奴隷でも買おうっていうのか?」
 露骨に嫌そうな顔を浮かべ封を開いた酒瓶に視線を向ける。
「いえ、噂に聞いたんですが奴隷の数が合わない奴隷を扱う店があると聞いたので調査に」
「……お前、調査員か?」
 調査員。国や街といった公的機関に属し、不明確・不明瞭な案件を個人単位で調査する存在。簡単に言えば公的な探偵。しかし、圭介が知るよしはない。
「まぁ似たようなものです。それで、噂の奴隷商店を知っていますか?」
「……そっちもよこせ」
 若造に口で使われるのは嫌な様子の男は圭介が手に持ったもう一本の酒瓶にも目をつける。
「分かりました。それで、その店をご存知ですか?」
 圭介は酒瓶を手渡しながら聴く。
「……奴隷商店『レスリックの枷』。そこが噂の店だ」
「その店ってどんなところなんですか?」
「……店主について良い噂は聞かないな。金のためなら非合法なこともやっているらしい。そんな男が経営をしている店だ。やってくる客もろくなもんじゃない。……奴隷を買うためレスリックに貴族がわざわざ来るといった話も聞くな。……不可侵国家ヴィルドンで人間を買っては他国で売りさばくというのが奴らの常套手段らしい。……時折、非合法的に人間を攫っては無理矢理奴隷に仕立て上げるって噂も聞く」
 そこまで説明すると酒瓶とコップは男の手元に一周して戻ってくる。男は手元のコップに酒を注ぎ、飲む。
「酒が不味くなる。これ以上話がないなら行ってくれ」
「はい。お話ありがとうございました」
 圭介は腰を上げ、立ち去ろうとする。すると他の男が立ち去る圭介に声をかける。
「悪いね、お兄さん。あの人口が悪くて。奴隷と浮浪者は疎まれることが多くてね。俺たちも奴隷と聞くと悪い想像しかできなくてな。あんま気を悪くしないでくれや。酒、ありがとさん」
 それだけ言って男は再び仲間たちと酒を飲み交わす。
 圭介は複雑な感情を抱きつつも件の『レスリックの枷』と呼ばれる店を訪れることにした。
 圭介にとって奴隷というものがどういった存在なのかわからない。しかし、少なくとも座学においてどのような存在かは知っている。が、頭で感じることと肌で感じることにはどうしても乖離する。頭と肌の相互認識が違和感を抱かせ、複雑な感情といった形で圭介の胸中にもやもやと抱かせるのだった。


「これが『レスリックの枷』かなー」
 ボソボソと独り言を言う。誰に聞かせるわけでもない、自分の口で発し、耳で聞き、再認識する過程のようなものだ。
 周りに人気は無く、できるだけ音を殺し奴隷商店を見回す。かなり大きな店構えだ。敷地も広く奴隷を取り扱うだけに居住スペースがきちんと確保されているのかもしれない。表の扉は施錠されており、人気がないとはいえ、開けるにはリスクが高すぎる。商店の敷地に足を踏み入れ回り込むように移動しながら窓から中の様子を伺う。ほとんどの窓からは光がなかったが、高窓から淡く光が漏れていた。土を盛り、こっそりと中を覗くとどうやら奴隷が囚えられた牢のようだった。首輪を身につけた奴隷達はすやすやと眠っており、鉄格子を挟んだ向こう側は火を灯した蝋燭が机の上に置かれ、その机の周りに二人の看守が座り、二人はトランプのようなカードを手にしている。机の上をよく見ると銅貨が何枚か積まれていた。
 圭介はこっそりと商店の裏手に回る。ドアは木製の閂式の扉のようだった。十夜を器用に使い閂を持ち上げる。中に侵入する。魔眼を使い夜目を聞かせながら歩を進め、先ほど見た奴隷牢を目指す。
 扉の隙間から光条が漏れ出した部屋を見つける。どうやら先ほどの部屋のようだ。
(さてと……ここまで来たのはいいけど……どうしようかなー)
 圭介はとりあえず店主に会って色々と話を聞き出せればいいかなと思って寄っただけだったのだが、奴隷という存在に興味を惹かれ、ついついこの部屋にまで寄ってしまった。そして、看守の二人は単にお仕事としてここに勤めているだけであり、殺すのは躊躇われる。かといって顔を見られるのも困る。
 圭介は少し商店の中を物色する。すると質の良さそうな帽子を発見する。恐らく、奴隷を売る時に着させる衣装の一つだろう。帽子を目深に被り、口元は適当な布で隠す。どう見ても強盗です。
 圭介はドアに近づき水のブレスレットを構える。
「……」
 息を殺し、両手に一つずつ水球を構える。
 バタン!
 圭介はドアを蹴り開け、看守が二人いるのを確認。
 ウトウトしていた看守たちは突然の物音にびくりと身体を跳ね上げ、机を膝で蹴り上げる。
 水球を二人の看守の顔に目掛けて飛ばす。二人の看守は突然水が襲い、呼吸ができなくなったことに慌てふためく。慌てる様子の看守の胸に対し掌打を放つ。肺を圧迫する衝撃により空気を吐く。悶える二人の看守に対し足払いをし、昏倒させた後に看守の頭に布を被せ、看守のベルトを抜き、腕を縛る。
 そんな荒事が起きればすやすや寝ていた奴隷達は何事かと目を覚ます。
「あ、起してしまってすみません」
 突然の珍客の最初の言葉がこれである。
 奴隷達は怯え、殺されるかもしれないという恐怖で一固まりになる。
「えーっと……怯えなくていいよー」
 優しく声をかけるが、帽子を目深に被り口元は布で覆い、表情が伺えない男がどんな優しい言葉をかけても受け入れられない。むしろ一層不気味さを醸し出す。
 なんとなくそんな気配を察した圭介は帽子と布を取る。
「ちょっとお話があるんですが、誰か話せる人いますか?」
 そう声をかけると奴隷達は互いに目線を交わす。
「私が伺いましょう」
 口調が凛とした丁寧な謙譲語を使うあたり、圭介は奴隷にしては育ちがいいのかなと思った。
「んー、じゃあ君でいいかな」
 その奴隷は黒鳶色の髪の女だった。圭介の黒染めをしたような髪とは違い、青の色素が薄いのか光加減次第では茶色にでも黒にでも見える髪だった。肌の色は白い。瞳はやや青い気がするが暗がりなので詳しくはわからない。
「そうえいば、ここには男はいないのかい?」
「……ええ、いませんが……もしかして男娼を希望しているのですか?」
「談笑? まぁ談笑でもいいんだけど」
「……そうですか……男娼を希望ならば私達は期待に応えられませんね」
「いや、別に談笑なら君達でもいいんだけど……」
「……私は女です」
(……ああ、そっちの男娼か……)
 圭介にとって男娼という言葉は馴染みがないため勘違いをしていたことに気づく。
「まぁいいや、とりあえず質問。ここで取り扱ってるのは女性だけなの?」
「ええそうです」
「んー、理由とかある?」
「男性と女性を同じ部屋にすると……その……身籠ることがあるので……男性と女性はわけられています。男性を希望でしたらあちらの棟ですよ」
「そっか、性別で分けてるのか」
 女が言い淀んだ事は深くは追求しない。
「あの……あなたはどうしてココへいらしたんですか?」
 女はそう圭介に問うた。
 圭介は女をまじましと見た。厚手の服で全身を覆っているため身体が冷えることはなさそうであり、血色は悪くはなさそうだ。奴隷だからといって病気になっては売り物にならないからかもしれない。
「んー、奴隷ってのに興味があるからかな」
 嘘は付いていない。
「……奴隷の購入を希望なんですか?」
「いや、そういうわけじゃない……。そういえば奴隷の相場ってどれぐらい?」
「……大体金貨二枚程です」
(円換算で二百万ぐらい?)
 圭介にとって二百万といえば途方もない金額だが金貨換算で言えばいまいちピンと来ない価値だ。金銭感覚が麻痺しているのか馴染んでいないのかは紙一重だ。そして、それが人一人の価値なのかも分からないが、感覚的には安い。
「君の名前は?」
「……私の名前……ダリア。ダリアよ」
「そっかダリアちゃんか。ダリアちゃんはこの奴隷商店の店主の居場所って分かるかな?」
「店主……スラグさんのことですね」
「そう。そのスラグって人。どこにいる?」
「スラグさんは屋敷で貴族の方々とパーティーをしている頃でしょう。……私達はその貴族に買われてしまうかもしれません……」
「そっか。それはご愁傷様かな?」
 圭介はこのまま去るのも後ろ髪を引かれる気持ちがした。かといって奴隷解放運動なんてするつもりもない。
「……あの……私達をここから出してくれませんか?」
 ダリアは鉄格子を掴み、圭介の顔色を伺うように言う。
「……えー……」
 圭介は条件反射で拒否する。そして露骨に表情を歪める。しかし内心と表情が一致していない。
「私達の中には無理矢理連れてこられた人もいるんです……。だから……」
「と、言われてもなー……俺の実利があるわけでもないしなー……」
 圭介の内心は非合法に囚われている奴隷なら解放しても良いと思っている。自身で身売りをした人間ならともかく、攫われたとあっては不条理だからだ。
「……お願いします」
 ダリアは苦しそうに懇願する。
 圭介は迷ったように室内を見渡し、先程の騒動で倒れた机と椅子を立て、火の消えた蝋燭に火をつける。
「とりあえず、君も座りなよ」
 圭介は十夜を牢に向け、枝を伸ばし、牢屋の中に木製の椅子を作る。



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