神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と魔術指南

 夕食を終えた圭介は割り当てられた部屋で新しい魔具の考案していた。魔素を込めると回転するものや振動するもの、ピストン運動を繰り返すものや振り子運動を繰り返すだけの魔具を作ってはそれをどう使うか考えていた。
コンコン。
 扉を叩く音が聞こえた。
「野村様。旦那様がお呼びです」
 サクヤが扉越しに圭介に声をかける。
「分かった。今出るよ」
 作った魔具を鞄に仕舞い部屋を出る。未だにこの屋敷の全てを見たわけではないため、どこが何のための部屋なのか知らないのでメイドに先導されなければ目的の場所までたどり着けない。
「サクヤさんは魔具を使えますか?」
「魔具ですか? 一応は使えますが」
「だったらこれに魔素を込めてもらえますか?」
 そういって取り出したのはただ回転するだけの魔具だ。
「分かりました」
 サクヤは圭介から魔具を受け取り、魔素を流す。すると流された魔素に比例した速度で回転する。
「なるほど、大体毎秒十回ぐらいの回転ですね。全力で魔素を流してもらっても構いませんか?」
「……はい」
 少し怪訝な表情のサクヤは言われたとおりに魔素を流す。
「全力で約七十から八十ぐらいかな?」
「野村様。これは一体何でしょうか?」
 魔素を流したため少し疲れた様子のサクヤは魔具を圭介に返しながら、今行った行動にどういう意味があるのか質問する。
「簡単に言うとその人が単位時間あたりに出力できる魔素の計測器みたいなものです。サクヤさんならこの魔具で約70rpsの出力ということになりますね」
「なるほど、計測器ですか。ちなみにですが、野村様自身はどれほどなのでしょうか?」
「俺ならこれぐらいだね」
 そういって魔具に魔素を流す。するとみるみる回転速度は上がって行き、ある一定の所で等速回転運動をする。
「この魔具、300rpsが限界でこれ以上の出力って分からないんですよ。だからサクヤさんに試してもらったんだけど、サクヤさんも結構な素養を持ってますね」
 圭介は魔具をコートの内ポケットに仕舞う。
「なるほど。そうやって能力を測ることもできるのですね」
 サクヤは関心をしつつも圭介をハイオクの元へと案内する。
 コンコン。
「旦那様、野村様をお連れいたしました。」
「ああ、入ってもらって構わない」
「失礼します」
 サクヤは一際豪華な扉を恭しく開く。
「どうぞ、野村様。お入りください」
 圭介はハイオクの書斎へと踏み入る。部屋の本来の大きさ自体は圭介達が使っている部屋と大きくは変わらないが、壁際に本が並べられており、少しだけ狭く感じる。
「圭介君、そのソファーに座るといい。サクヤ。飲み物を二つ」
「畏まりました。旦那様」
 サクヤは音を立てないように扉を閉め、飲み物を取りに行った。
「圭介君は魔術についてもっと詳しく知りたいそうだね」
「はい」
 夕食の時、圭介はハイオクに魔術についてもっと詳しく知りたいと頼んだ。ハイオクは後からメイドを寄越すから後ほど尋ねるといいと答えたのだった。
「魔術と魔素について知りたいです。魔素とはそもそも何ですか?」
「魔素か。魔素について調べている魔術師は数多くいるが真理に辿りついた者は誰一人としていない。魔素は昔から存在し、今日まで存在し続けている。例えば私や君のこの眼。これは魔素を知覚できる魔眼だ。このように魔を知覚できる器官を魔覚と仮称している。現代、私達が知っている魔覚は視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感に共感覚としえ発露することだ。視覚は私達のように魔素を光として知覚できる。聴覚は魔素の流れを音として認識し、魔術を一つの曲として表現することもできるそうだ。触覚は共感覚の中で一番感じ取れる者が多い。普通は圧迫感として知覚するが熱として知覚するものもいるようだ。味覚は魔術で作られた物質がどのような魔素で編みこまれたかを感じ取れることができるらしい。嗅覚は漂う魔素を臭いとして感じ取ることができ、臭いの強弱まで捉えることもできるらしい」
 ハイオクは言葉を一度区切る。そのタイミングでサクヤが入室し、二人に紅茶を出す。
「ちなみにだが、この屋敷で雇っている者も嗅覚と魔覚の共感覚者だ」
「カルマン様のことですね」
「ああ、だからあんなことを言っていたのか」
「思い当たる節があるようだね。私達や彼のような存在は他にもいる。これらから推測するに過去に人類は魔覚といった五感とは異なる第六感を持っていたことが推測できる。どういった経緯でこの感覚が退化してしまったのかは分からないが、現代でも私達のように本来、魔覚を担う器官が無くとも共感覚として魔素を知覚できるようになる」
 ハイオクは静かにカップを手に取り、優雅に口を付ける。それに釣られて圭介もカップを手に取るが、まだ熱いカップに口をつけようとすると癖で啜ってしまい、音を出してしまう。
「魔素というのはあらゆる物事の源だ。物質、運動、熱。あらゆるものは魔素によって構成される。そして、魔術は魔素を編み込み物質や現象を具現する。物体を生み出し、物体に運動を与え、物体に熱を与える。逆に奪うこともできる」
 そういうとハイオクは圭介のカップに触れる。熱い紅茶は数瞬の間に人肌程度の暖かさに変わる。
「しかし、魔術にもできないことは多くある。例えば生体干渉。ある一定以上の知性を持つ存在を思い通りに動かすことはできない。これは魔術が使えない存在もそうだ。生まれながらにして抵抗力は持っている。よって、生体に対して魔術を用いて操作することはできない」
 ハイオクはソファー立ち上がり、机の上に置いていた一本のナイフを手に取る。
「生体は自然と体内から体外へ衣を纏うように常に魔素が流れている。その纏っている魔素をコントロールして外部からの干渉を妨げることができる」
 ハイオクは手に持ったナイフを上に放り投げる。ナイフは重力に従い、刃を下に向け落下する。ハイオクは腕を差し出しナイフがハイオクの腕を切り裂くと思われたが腕の表面に沿うようにナイフが腕を避ける。
「このように魔術に対する抵抗だけでなく物理的干渉に対しても抵抗する」
 圭介はユニと凛が試合をしたときのことを思い出した。凛の振るった雪丸のきっさきがユニの髪を切ることができなかったことだ。
 ハイオクは再びソファーに腰掛け、紅茶で喉を潤す。
「圭介君も訓練をすればいずれできるだろう。おそらく、無意識の下にこのようなことが起こっているかもしれない。訓練はその無意識に操る魔素を意識的に操作できるようになる」
「そういえば、昔。魔術によって怪我を治癒することがあったんですが、あれはどうなんでしょうか? 魔術の干渉を妨げるなら治癒の魔術も妨げるのでは?」
 圭介は過去にカンナによって治癒されたことがある。
「治癒の魔術か。あれは厳密には治癒の魔術ではない。何故、魔術的干渉を無意識に阻害するのかというと私達が持っている魔素は人それぞれ固有のものだ。確か圭介君には魔素は色付きの光で見えるのだったな。例えば、私の魔素が緑だとしよう。そして君が青の魔素を持っている。この二つは明らかに異なる魔素だ。異なる魔素によって干渉するには魔素を無色透明なものにしなければ異物として扱われ、抵抗される。ゆえに治癒とは相手に無色透明な魔素を流すことにより自然治癒力を高める。結果的に怪我は治る。つまり、現状存在する治癒とは魔素の輸送だ」
 そこでお互いのカップに注がれた紅茶は無くなった。
「さてと、お茶も無くなった。今日はこれぐらいにしておこう。私も研究発表会には出席せねばならないのでな。サクヤ、圭介君を送り届けなさい」
「畏まりました。旦那様」
 サクヤは扉を開き、圭介の退室を促す。圭介はハイオクに礼を告げ、部屋に戻る。サクヤは通りすがりの別のメイドにハイオクの書斎にあるティーセットを回収するよう指示する。

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