神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と二人乗り

 街へ再び入る圭介達。日も暮れているが、現在は人が溢れるほど集まった祭のような喧騒のため、尋常ではない活気を持っている。あちこちでは宿を取れなかった人間が酒を飲みながら軒下で壁に背を預け、仲間同士で呂律の回らない舌で何かを話していた。
「ユニさん。この時期はいつもこんな様子なんですか?」
「ああ、毎年毎年人は増える一方だ。一応、政策として宿泊客が収容できるよう宿を誘致したり街が運営している大規模な宿泊施設もあるが、間に合わないのさ。人間は潜在的に知識を欲する存在だからな」
「しかし、私はこのような騒がしい場所はあまり好きではありません。できれば、静かな時と空間が望ましいです」
「そういえば、俺のいたところの祭といえば花火大会なんてものがありますよ」
「花火大会?」
 尋ねてくるのはユニだ。
「ええ、筒に火薬を詰めて花火玉を空に向かって打ち上げるんですよ。空一面に花が開くように何色といった綺麗な火が弾けるんですよ」
「へぇー。花火か。もしかしたらあそこだったら再現できるかもしれないな」
 そう呟くユニ。
「もしかしてあそこってブラッシュのことですか?」
 検討を付け、そう尋ねる凛。圭介にはなんのことだかよく分かってはいなかった。ただ、ブラッシュという名をどこかで聞いたことがある気がした。
「ああ、あそこならあるかもしれないな。ありとあらゆる美しい物はあそこに集まるものだからな」
「すみません。ブラッシュってどこですか?」
「ブラッシュというのは芸術都市のことです。ここから遠く離れた場所にあります。私も行ったことはないのですが、師匠に色々と話を聞きました。大変美しい街並みだそうです。私も一度は訪れたいものですね」
 圭介の問いに対して答えたのは凛だった。
「いつか行ってみたいな。そのブラッシュって街にも。そういえば、レスリックの近くには他に街はないんですか?」
「他の街だったらすぐ隣に武術都市ウィンロストって街があるぞ。私はここの祭が終わったらあっちに行くつもりだ。なにせ向こうでも祭があるんだからな」
 そう言うユニは口角を少しだけ上げ犬歯が微かに光る。
「もしかして、武術都市で祭って……」
「察しのとおり、武術大会だ。……そうだ。圭介、お前も出ろ」
「……え……」
 圭介は露骨に嫌そうな顔をする。
「なんだ? 嫌なのか? 優勝は無理だろうが、お前ならいいところまで進出できると思うぞ。凛もそうしなよ」
「そうですね。私も出場しましょうか」
 そう答える凛は自然と雪丸に手が伸びる。
「凛は出るのか……。そうだな、この騒動が落着したら考えてみます。その時が来れば、お手柔らかにお願いしますね」
「ああ、任せておけ」
 そんなやりとりをしていると、分かれ道に差し掛かる。
「圭介、折角ハイオク氏の邸宅にお邪魔してるんだ。差支えがない範囲で色々と話を聞くといい。きっとお前にとって益となるものが得られるはずだ」
 そう言って、ユニは宿へと足を向ける。最後に一言、「明日の朝、宿に来い」とだけ言い残して圭介達とユニは別れた。


「圭介、あのユニという人物。凄腕でしたね」
 凛はユニが去っていった道へと視線を向けながら圭介に言う。
「あの人はカナリ強いよ。とても一朝一夕で勝てるような人じゃない。凛の腕も確かに凄腕に範囲だけど、少し丁寧すぎるってユニさんも言ってたしね。あの人はたぶん、実戦で培った経験みたいなものがあるんじゃないかな。簡単に勝てる気がしないや」
 圭介は思い返しながら凛に答える。両者ともユニに対して計り知れない実力の差を感じていた。
「とりあえず、一度戻ろうか。夕食には間に合わせないとね」
 圭介は懐から4つの厚い円盤を取り出す。
「圭介、それはなんでしょう?」
「これ? これは暇な時間に作ってみた魔具だよ。魔素を流すと回転するって簡単な道具なんだけど、これをこうやって木の板に取り付けると」
 そう言いながら圭介は十夜から厚さ十センチメートル、縦一メートル、横五十センチメートル程の木の板を作り出す。それの四隅に先程取り出した木の円盤を取り付ける。板の前方部分には十夜が生えているような不思議な形。
「きっちり板に吸着しないと危ないけど、慣れる爽快な道具になると思うんだよね」
 そう言いながら板に乗り、十夜に手を乗せる圭介。
「回転する魔具を取り付けた板に乗る……。ああ、なるほどそういうことですね」
 凛は察しがついたのか圭介の後ろに立つ。
「たぶん、走るほうが早いんだろうけど、面白そうだからね」
 そういって圭介は十夜を通して各魔具に魔素を流す。最初はゆっくり流し、徐々に流す魔素の量を増やしていく。そうすると板は前方に進んでいく。流す魔素に比例して進むスピードは徐々に上がっていく。ある程度の速さになると一定の速度で進んでいく。
「不思議ですね。歩いていなくて、馬が引っ張っているわけでもないのに進むという感覚は」
 スピードの出しすぎなのか、凛は圭介の腰に手を回していた。
「そう? 魔術なんて便利なものがあるんだから、もっと普及しててもいいと思うんだけどな」
 圭介は十夜を少し右に傾け大きな弧を描いて右折する。圭介の腰に巻いた凛の腕により一層力が入る。
「……そうですね。こういうことは専門外なのですが、分かる範囲で説明しましょう」
 凛は圭介に身体を預けるように身体を密着させる。このとき、圭介は不覚にも良い薫りがするなと思った。
「まず、魔具が有れば魔術を行使することは基本的には誰にでも出来ます。もちろん、私やユニも可能でしょう。しかし、魔具無しで放出系の魔術を使える存在は多くはありません。更に魔具を作る魔具師はもっと少ないです。私や恐らくユニのように体内で魔素を使い能力を行使するのは訓練を詰めば多くの存在が可能です」
 圭介は十夜を手前に倒しながら少しスピードを落とし、「ということは、俺は少ない側の部類なのか」と言う。
「そういうことになりますね。詳しい割合は分かりませんが、魔具無しで魔術を使う存在は人間ならば、千人に一人でしょう。魔具師は更にその千人に一人でしょう。物に自分の創造した魔術の陣や公式、そういったものを定着するのは難しいそうです」
「そんなに少ないのか、ということは十万人に一人ぐらいの割合に俺も入ってるのか」
「そういうことになりますね。魔具師の素養がある人間は少し普通の人間とは考えや感覚が異なることが多いらしいですね。別の視点から見れば、人間ではない存在に魔具師、あるいは魔具を作ることが可能な存在というものが多く存在します。例えば、妖精や自然界の主。そういった存在が作ることもあれば、体内で自然に生成されることもあるそうです」
 圭介は凛が言う「魔具師は普通と少し違う」という話に自身とテイラーを重ねてしまった。
「ああ、そういえばこのブレスレットをくれた人も主から貰ったって言ってたっけ」
「なるほど。だとするとそれは一級品でしょう。そういった土地を持った存在は魔具にその土地の力を定着することができますから。水を操る魔具ということは海や泉、湖や沼といった場所の力が込められてるでしょう」
「確かに、湖の主との賭けに勝ったって言ってたっけ」
「……賭けですか」
 凛は少し言葉に詰まった。主と賭けをするという圭介の言葉に上手く想像ができなかったせいだ。
 圭介の操る板車は自転車よりも早いスピードで舗装されていない悪路を走破していく。足から伝わる振動が不愉快だが、一身に受ける風がどことなく心地よい。
「見えてきましたね」
 凛が指を指す先には辺りが薄暗くなった中、光が灯っている。ハイオク邸だ。
「みたいだな。やっぱり歩くよりもずっと早く到着したな」
 門の手前で魔具だけを取り外し、板は自然に還るように土の中で押しつぶし粉々にして埋めておいた。



「神が遊んだ不完全な世界」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く