神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と二つの光

 広間からはやや喧しい音が聞こえてくる。それはニーナの声だった。
「カンナ様のお世話は私の仕事です!」
 圭介はなんとなく察しがついた。メイドにカンナの世話を取られるのが嫌だったのだろう。
「ニーナ、落ち着けよ」
 圭介は耳をピンと尖らせたニーナの肩を掴みなだめる。なんだか忠犬という言葉を思い出して吹き出しそうになったがぐっと我慢した。
「圭介さん!聞いてください!私とカンナ様に用意されたお部屋が別々なんですよ!」
 まるで子離れできない母親のようだ。
「まぁまぁ、たまには良いじゃないか」
 そういいつつ、あの日のことを思い出した。ひょっとしたらニーナにとってカンナのお世話こそが自身の存在理由だとしているのかもしれない。
「だって・・・・・・」
 目に涙を溜めて上目遣いをされた。そして、先ほどまでピンと立っていた耳はシナシナと力無く折り畳まれていた。
「ニーナさん。あまり野村さんを困らせてはダメですよ」
 茶化すような軽い声でニーナを窘めるケア。どこか楽しんでいるようで少しだけ頭を叩きたい衝動に駆られる。
 落ち着いたのか大人しくカンナの隣に座るニーナ。どこかダメな人だと思わせる。
 サクヤが椅子を引いていたので、圭介はそこに座る。改めて見渡すとメイドさんは誰もが美人揃いだった。もしかしたら、ハイオク氏の趣味なのかと疑う。
 圭介・凛・ケア・ニーナ・カンナ・ユズルがテーブルに着いており、それぞれが思い思いに談笑をしているとハイオク氏がやってきた。
「お待たせしてすまない。さあ、会食を始めよう」
 その合図を皮切りにメイド達が料理を運び、肉や魚、野菜やスープが卓上に並ぶ。その料理はどれも素晴らしく美味しそうに見える。
「これは全部、メイドさんが作ったものなんですか?」
「ああ、そうだよ。今日のために特別に用意させたんだ。冷めないうちにいただこう」
 テーブルマナーなど知らない圭介は豪快に料理と格闘する。どの料理も非常に美味しい。特に美味しかったのは刺身。醤油と山葵もあった。最早感動だ。新鮮な生魚はこの世界に来て初めてだった。嬉しいことにご飯もある。感動だ。ユズルが気を利かせて圭介の好む食材をメイド達にかいださせたことに起因するが、本人は知らずのうちに高速で手が動いていた。もしかしたら、剣を振るうよりも箸を動かす方が早いかもしれない。そんな圭介を見て、ハイオク氏やメイド達はとても嬉しそうにしていた。しかし、ケアはそんなハイオク氏の表情からは全く別の感情を読みとっていた。


「とても美味しかったです。この調味料はどうやって手に入れたんですか?」
 醤油の入った受け皿を手に取る。
「それは友人から頂いたものだよ。気に入って貰ったのなら差し上げましょう」
 ハイオク氏は機嫌がよいのか、メイドに醤油を取らせにいった。
 食事も終わり、食器も片づけられ、皆はすっかりくつろぎ気分だった。
「野村さんと氷川さん、少しいいかな」
 そう呼ばれ、二人はハイオク氏に着いていく。ある一室に案内されると、室内にはいつの間にかいなくなっていたユズルが椅子に腰掛け双剣の手入れをしていた。
「この三人ということはテイラーの件ですね」
「ああ」
 そういってハイオク氏は椅子に腰を下し、
「君らに話しておかなければならないことがある」
 そう続けた。


 ハイオク氏の奥さん、メチル氏は圭介が思ったとおり、テイラーに誘拐されていたという話だ。遺体は見つかっておらず、生きているか死んでいるかは分からずじまい。ただ、テイラーの工房を発見し調査した際、レポートが発見された。その中に偶然、メチル氏の名前があったそうだ。そのことを説明するハイオク氏の顔は陰痛な面持ちだった。
「私は・・・私は、メチルの行方を知りたいのだ・・・。奴が・・・メチルをさらったのだ。奴を・・・奴を・・・」
 徐々に感情が溢れだし、顔は歪め、涙を流し、それ以上は言葉を続けられなくなった。
「ハイオクさん。一度落ち着いてください。この先は俺が続けますから」
 そういってユズルはハイオク氏の肩を担ぎ、室外に控えていたメイドに自室へ連れていくよう指示し、扉を閉じる。
「分かってもらえたかな?ハイオクさんはもう奥さんが生きているとは思ってないんだ。今回のテイラーの討伐は半ば敵討ちに近いものなんだ。それでも俺は今回の事件は俺の手で解決したいと思っている。それでも改めて聞く。俺達を手伝ってくれるか?」
 そうユズルは圭介と凛に尋ねる。その瞳には強い覚悟が見て取れる。その問いに対して圭介はこう答えた。
「当たり前じゃん。友達だろ?」


 圭介は割り当てられた客室へと戻ってくる。ベッドに腰を下ろし、ガラスを通して見た外はすっかり暗くなっていた。外を目を凝らしてじっと見てみるとキラキラと光る何かがあった。好奇心に負けて窓を開き庭に出る。外に出るとそのキラキラはなくなってしまった。圭介は不思議に思い、キラキラがあった場所へと歩みを向ける。
「これは・・・犬の足跡か?」
 暗い中でもライトの明かりを頼りにキラキラを探していると偶然にも犬の足跡を見つけた。それは先ほどまでココにいたのか、足跡は真新しかった。きっと先ほどまでキラキラ光っていた物の正体は犬の瞳が月か星の輝きを反射して偶然にも圭介の視界に映った物だったのだろう。
 あたりにライトを照らすと例のキラキラがあった。ライトを向けられた犬らしき何かはとっさに茂みに隠れる。
「待て!」
 隠れた何かを追うも見失ってしまう。ハイオク邸は大きく拓けた庭を持つが、適度に森の一部を庭の中に取り込んでいるため、これ以上追うのは難しそうだ。辺りに何かないものかと探してみるが、これといった収穫もなかった。辺りはすっかり静まり返り、獣の気配もないので、圭介は仕方が無く部屋へと戻るのだった。


 ベッドに寝転がり、先ほどの獣のことを考える。
(あの獣の目的はなんだろう? 腹を空かせてここに来たのか? ここは拓けた場所だから、野ウサギなんていやしないし・・・。もしかしてメイドの誰かが餌でもやってるのか? ・・・あるいは、テイラーの使役する動物か・・・)
 あれやこれやと考えていると喉が乾いてきた。水差しも帰ってきたときに全部飲んでしまったため空になっていた。すっかり夜も更けたためサクヤを呼ぶのも申し訳なく思い水差しとライトを片手に部屋を出る。屋敷内は静寂を極め、自身の足音だけが反響しては暗闇に吸い込まれるだけであった。時折、視界に映る絵画の貴婦人が不気味に笑っていような錯覚を覚える。
 広間を抜け、調理室にたどり着き飲用水を発見して少しばかり頂戴する。再び広間を抜けようと
「お待ちください!!」
「はいっ!?」
 心臓が跳ね、胃が跳ね、体が跳ねた。
「おや、野村様でしたか」
 とっさに振り向くとそこにはサクヤがいた。
「あ・・・ああ。サクヤさんか。少し水を頂に来ました」
 そういって圭介は驚いたことを繕いながら水差しを持ち上げる。
「あら、そうでしたか。そのようなことは私にご用命くださればご用意致しましたが・・・」
 なんとか驚いたことに関しては深く突っ込まれなかったようだ。
「そうだ。この屋敷って犬とか飼ってる? 庭先で動物を見たんだけど」
「飼ってはいませんが、おそらく野村様がおっしゃっているのはカルマン様のことだと思います」
「カルマン・・・様?」
「ええ、旦那様との契約でこの地を守るお方です」
 サクヤの話を聞くと、どうやらカルマンという名の者は人語を操る犬のようだ。鋭い牙と鋭い爪、鋭い嗅覚と賢明な知性を持つ犬らしい。
「カルマン様はこの屋敷に滞在なさって、私たちを守ってくださっています」
 文字通り番犬のようだ。
「そのカルマンさんはどこにいるんですか?」
 そう聞くとサクヤは知りませんと答えた。
「カルマン様はどこか一カ所に留まることはなさいません。気まぐれにお休みを取られては見回りをし、決まった時間になるとお食事をとりにいらっしゃいます」
「ようは、そのカルマンさんってハイオクさんに雇われてる用心棒ってことかな」
「簡単に言うとそうなりますね」
「なるほどね・・・」
 納得してサクヤに別れを告げ、自室に戻る。その最中、好奇心がウズウズとし始める。携帯を見ると時刻は午後10時。眠ってしまっても良いが、今日はまだ体を動かしておらず、体力は存分に余ってる。水差しから水を注ぎ一気に飲み、コートを翻して窓から外へと躍り出る。

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