神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)の偽善

  報酬、銀貨8枚を貰って開墾地を後にする。カウザンともこれでお別れだ。縁があれば再びどこかで会えるだろう。


  ギルドに戻ってくるとライルさんとケアが仕事終わりの一杯をしていた。
「おお、圭介君じゃないか。スミスから話は聞いてるよ。そんなとこに立ってないでこっちに来て一杯やろうじゃないか」
  再会した開口一番がこれである。まぁ悪い気はしないんだがな。酒の肴に俺の冒険譚を話した。
「それじゃあ、あれかい?今は女の子3人が君と一緒にいるってことかい?羨ましい話だねぇ。私があと10若ければ君達についていくんだけどな」
  そういいながらまた一杯と酒を煽る。俺は甘い果物を絞ったフルーツジュースを飲む。まだ19だからね。
  ライルさんは豪快に飲み顔を赤らめてはいるが意識ははっきりとしている。アルコールにはきっと強いんだろう。対するケアはライルさんほどは飲んでいないが、一切顔色は変わらない。コイツ、もしかして水でも飲んでんじゃないか?


  夕日も沈み、辺りは暗くなっている。俺は宿で3人が帰りを待っていると告げてケアを連れ帰ろうとする。ライルさんもそれだったら仕方ないなと笑って送ってくれた。


「どうしたんですか、野村さん?わざわざ僕を探したりして、一緒に食事を摂るって雰囲気でもなさそうですが」
  ケアが俺の後をついてくるようにして声をかける。
「ああ、ちょっとお前に頼みたいことがあってな」
「野村さんがわたしに?分かりました。それで、どこに行けばいいんですか?」
「まぁついてきてくれれば分かるよ」
  向かう先は片翼の蝶ってところかな。






「このお店ですか?えーっと、『ミクの祝福』。この臭いは調合屋ですね」
「お前、よく分かるな?ココが調合屋って」
「武具屋なら武器が、鍛冶屋なら熱気が、料理屋なら香ばしい薫りがあるように調合屋はその調合屋に沿った臭いがあるものですよ」
「へぇー、そんなもんかい」
  俺はケアに感心しつつ店に入る。中にいるのはジルのお父さんだった。
「やぁ圭介君、こんな時間にどうかしたかい?ん?お友達を連れてきたのか」
(なんで、近所の優しい叔父さん風なんだ?俺が童顔だからか?)
「いやぁ、ちょっとジルちゃんに用事かあるんすけどいいですか?」
「ああ、ジルに用事かい?ちょっと待ってなさい」
  おじさんはジルを呼ぶために奥へと引っ込む。
「あなたの頼みとはそのジルという名の人物に会うことなのですか?」
  訝しげに聞くケア。
「いいや、…見て分かるといいんだがな…」
  どうしても歯切れが悪くなる。これからやろうとしている事はあくまでも俺の独善的なものだから…
  そうこうしてると杖をついて歩くジルちゃんがやってきた。
「こんばんわ、野村さん」
「やぁ、こんばんわ。悪いね、こんな時間に訪ねて」
「…いいえ、別に気にしてませんから…」
「そりゃ良かった。でさ、ケア、分かるかな?俺の言いたいこと」
「そういうことですか…。ちょっと失礼します」
  ケアは屈み、ジルちゃんの足元を覗く。
「な、なんなんですか?」
  慌ててケアを引き離そうとするジルちゃんをおじさんが宥める。
「ジル、お父さんはこの人達はお前の足を治す手助けをしてくれるそうだ」
「お父さん…」
  ジルちゃんは落ち着いたかと思うと、俺に怖い視線を送る。
「あなたは何が目的なんですか」
  …怖いくらい冷えた声だった。一部の暖かさもない敵に送るような声だった。それに俺は答える。
「目的?強いて言うなら偽善行為かな。慈善じゃなくて偽善な。これ重要」
「わ、私はあなたにそんなこと頼んでない!」
  何故か怒るジル。それが俺には分からない。
「じゃあ、俺から頼もうか?治させてください」
  頭を下げる。
「私を馬鹿にしてるんですか!?」
  ケアを突き飛ばして逃げるように去っていく。
  

「野村さん、よくあれが分かりましたね」
  ケアは埃を払いながら立ち上がる。
「んー、まぁね。たぶん、あれは俺に治せそうにないからケアを呼んだんだけど、どうだろ?」
「どうなるか分かりませんが、やってみましょう。少なくとも悪い方向にいくことはないでしょう」
「ジルは治るんですか?」
「見込みありです」






  ここでネタばらしをしよう。俺とケアが言っているのはもちろんジルちゃんの足の事だ。最初に疑問を抱いたのはジルかおじさんに夕食に呼ばれた時のこと。そのときねジルの足が異常なまでに光っていたことが発端だった。その後におじさんから色々と問いただした。ジルの足は最初はなんともなかったこと。10年前頃から足に違和感を抱え出したこと。治療を促すために薬を与えたこと。薬を与えたことにより、一層悪くなったこと。薬効は"魔素を活性化させ"病巣を打ち負かすこと。
  これらの材料から導きだした俺の答えは、
「とりあえず過剰な魔素を取り除こう」
といったものだった。


  そこで思い付いたのがケアの魔素を吸収してしまう能力だ。俺ができるのは魔素で編まれた物質を強制的に紐解いて魔素にする。しかし魔素のままだと俺が干渉することはできない。とまぁそんな感じだ。


  何故足が動かなかったのかはいくつか仮説が立てられる。大きく肥大した魔素溜まりのせいでジル自身の意思に反して動かなかった。肥大した魔素溜まりを本能的に察知して足を無意識に動かさないようにした。あるいは…。本人が歩くことを●●●●●●●●。


「今日はここらで帰ります。ジルちゃんを怒らせちゃったみたいなんで」
「分かった。ジルは私が説得しておこう」
「いや、おじさん"から"は何もしないであげてください」
「何もしてはいけないのかい」
「はい、ジルちゃんが何か言いたそうにした時は促してみてください。あくまで、ジルちゃんから何かあるまではそっとしておいてください」
「分かった。圭介君がそういうなら従おう」


  ―3rd eyes―


  少女は憤っていた。ある青年にからかわれたからだ。動かない足を抱えて目を閉じていた。
(一度は諦めて受け入れたのに!)
  溢れそうな何かを必死に抑える。それが溢れたとき、青年の言ったことを受け入れそうになるから。一度は放した何かを目の前にぶら下げられている感覚。本当はそこに無いかもしれないのに…触れることもできなくて、手にした自分を想像することしかできなくて…。現実を否定する。何かを持っていない自分を否定する。


  少女は葛藤する。手に出来る希望と失う絶望。今までは温い泥沼に身を置くだけで安心できた。
(きっとまた歩ける)
  そんな希望を、夢を抱えていた。その夢が自分の手から溶けて消えることを恐れた。だから自分から手放した。


  青年ならきっとこういうだろう
「そんときゃ、そんときだ」「失い物があるわけでもないだろ?」
  なんて無責任な言葉。青年には少女の気持ちが分からない。しかし、そんな彼の言葉に迷う少女がいる。


―closed eyes―

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