神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と依頼



  美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。お腹は空腹を訴え、意識を覚醒させる。


  ベッドから起き上がり、背を反らし、腕を伸ばし体を左右に傾ける。


「んっ…っく…」


  畳んだコートに手を伸ばし、ソレを羽織り、内ポケットに魔具があるのを確認する。


  部屋を出ると、ウリクさんが朝食の準備をしていた。


「ウリクさん、おはようございます」


  ウリクさんは振り返り、笑顔で挨拶を返してくれた。


  俺は朝食の準備を手伝う。といっても、既に調理は終わり、食器や飲み水を魔具で生成するだけだが。






  朝食を終え、軽く談話をする


「今日もウリクさんの料理は美味しかったですよ」


「ありがとう」


  にこやかに笑うウリクさん。やはり、笑顔を向けられるとこちらも嬉しくなる。


「そういえば、今日はギルドの試験だったかな」


「はい、東の森にピリスを狩りに」


  東の森は片道徒歩一時間。蓮を使えばもっとはやく着くだろう。


「がんばってきてね!」


ガッツポーズを取るウリクさん。


  可愛いじゃねぇか!


「一発で合格して見せますよ」


「あら、だったら今日は美味しいものを作るね。張り切って行ってらっしゃい」


  笑顔で応援してくれるウリクさん。俺はそんな彼女に笑顔で答える。


「はい!」






  ところかわってココはノギス郊外東側。


  草原と畦道だけが伸びている。遠景に微かに青々とした森が見える。


  ウリクさんの話だと、森のどこかに河が流れているらしく、動物達はそこに寄るらしい。もちろん、ピリスも。幸いにも、水のブレスレットのおかげで、水の所在はある程度離れていても分かる。まずは森に到着したら、川を探そう。


  指針も決まり、水のブレスレットに意識を向け、水脈を探る。少し道から外れた場所の直下にある水脈を探り当てる。少し道とは違うが、東北東方向のためこの水脈を辿って、森を目指す。


「『蓮』!」


  昨日のうちに何回も遊んでるうちに、明確なイメージを持たなくても言葉による記憶のボトムアップを使い、瞬間イメージができるようになった。おかげで『蓮』は俗に言う詠唱省略というやつだろう。


  水脈を辿り、徒歩とは比べ物にならないスピードで進む。早さは馬より速く、景色が溶けて見える。


(これをすると靴と裾が濡れるんだよなぁ…)


  『蓮』を使用中は常に水を踏む形なので、靴の中は悲惨なことになっている。ただ、これも水の魔術で強制的に水分を奪うことは可能だ。そのため、簡単に乾燥はできる。


  後ろを振り替えると、俺が通った道だけ、局地的豪雨に晒されたように、ジュクジュクになっている。自分の通った道が分かりやすくなっているため、帰りもこの水脈筋を使うことにしよう。






「おおお!スゲー!」
  目前に広がる森の入り口。元の世界にだって自然はあるが、人の手が入っていない、テレビでしか見たこと無いような緑の空間が広がっていた。


  一足踏み込めば、自然の荘厳さに心打たれる。こんな景色を見せられたら『自然を大事に』なんて安いスローガンは霞む。一目見る、ただそれだけで人間はここまでの感動を覚えるのだから。


  ひとしきり感動すると、どうでもいいことに、(屋久島とかこんな感じかな)とか思っちゃったりする。


  あたりは木々に覆われ、ひんやりとした空気が漂い、空気も湿りを帯びている。水の魔具は十二分に働いてくれそうだ。土も適度に湿っており、攻撃威力が増しそうだ。


  木々を探り分け、苔の生えた石に足元に注意を払い奥へと進む。


  迷わないように、木に申し訳ないが、ナイフで傷をつける。こんなときでも申し訳ないと思うのは小学生の頃からの道徳の授業のせいか。


  15分程度探索すると、小枝が折れ、青臭い臭いのする小さなフンを見つけた。おそらく、ピリスだろう。


  魔具に意識を向け、河の気配を探る。すると、もう少し進んだ先に水の気配がする。足はその気配を辿るように向かう。


  向かう途中には獣道も発見した。最悪、この道を見張るのもアリだな。






(ん?あれか?)


  川の傍に転がっている石に生えた苔を食べている毛むくじゃらの丸い物体。ピリスだ。


  ギルドから受け取った紙と見比べる。特徴的な丸いフォルム。茶色い毛に覆われた体。頭には黄色い角。間違いなくピリスだ。


(背丈は俺の膝ぐらいか)


  体長50センチほどの大きさ。そんな生き物が小さな口を使って、一生懸命に苔をむしゃむしゃ食べている。


  案外可愛いかも。




  とりあえず、ここだと策が使えない。アイツが移動するのを待とう。


  策といっても簡単な話、木々に覆われているこの地形で、土壁を作って、人工袋小路を作るわけだ。


  ここは川が流れていて、土が足りず開けているため条件としては良くない。水を使った魔術も考案するが、いいものが思い付かないため、却下。


  食事に満足したのか、上機嫌そうなピリス。そのまま跳ねて、森に入る。


  出来るだけ音を立てないようにして、ピリスを追う。


  木々の乱立した好条件の場所まで来た。


(よし!ここらだな)


  ペンダントに意識を向け、木と木を点に見立て線を引くように土壁を作る。


  慌てたピリスが逃げようとする。


(おっと)


  俺も慌てて、つい魔素を流しすぎた。厚さ1メートル高さ30メートルの壁が生まれた。


(うわー、やりすぎちった…。木の根が見えてるよ…)


  ピリスは逃げ道を探すように辺りを見渡す。そして、俺を発見する。


「ピャァー!」


  威嚇になってない威嚇をするピリス。人によってはお持ち帰りされても仕方がない。


(さてと、確保は完了。ここからが問題だよなー…)


  問題と言うのも、『殺す』か『殺さない』かだ。


(物語の主人公なら上手い手を考えるんだけどなー)


  考えながらピリスを一突きする。


  頭と思われる部分にショートソードが深々と刺さる。赤い滴が茶色い毛を濡らす。ピリスの目は虚ろで何を映すでもない。


(…!?)


  腹から立ち込める熱い何か。血の臭いが頭に刺さるように嗅覚に対する暴力。


  俺は自分に毎回言い聞かせるように、おもいつづけた。


「弱者は強者に蹂躙される」


  そう思って自分の罪悪感を消そうとした。幼少からの道徳観はこういうときは邪魔だ。ただこの世界に沿っただけで、こんなにも苦しいのだから。


  現実世界にだって、いるんだ。命を奪うことを仕事にしている人間が…。そう思って、感情の起伏を落ち着ける。


  深く息を吸う。血の臭いはもう気にならない。ただ、同じ哺乳類を殺すというのは思った以上にキツいものがある。


  しかし、今後は慣れないと冒険者として話にならない。旅の途中で食べなければならないときだってきっとあるはずなんだ。


  ピリスの角を根から切り取る。少し頭皮が付着し、血管が血を滴りさせている。


  手に付着した血や肉が不謹慎にも汚いと思ってしまう。


  毛皮も剥ぎ取る。初めての作業のため、不器用にも剥ぎ取れた。あとに残ったのは原型を留めていない、ピリスだった肉片だ。白い脂とピンクの肉と赤い血と白い骨とまだ蠢く内臓。


  俺は手で土に穴を掘る。柔らかい土にはかんたんに穴を開けることはできた。


  その中にそれらを入れる。そして、土を被せ木のみを供える。


  墓を建てる。見る人にとってはなんと思うだろうか。俺自身は罪悪感を紛らすための行為だ。






  土壁を元に戻す。川を渡り、傷つけた木を頼りに元の道に出る。川で手や剣を洗うことは忘れていない。そのとき水面に映った自分の顔は見れたものではなかった。


「『蓮』!」


  行きより重く感じる荷物を手に水に乗りノギスに帰る。

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