神が遊んだ不完全な世界

田所舎人

主人公(仮)と門衛

 目が覚めた圭介は暗い石造りの一室のベッドで一人であることに気づいた。暗い中、よく目を凝らすと石造りの壁のいたるところに線上の光が走っていた。圭介は目の疲れのせいか分からず、その光にそっと触れた。その瞬間、壁の一部の石が一つ消えてしまった。
(あれ?)
 確かに触れた壁の一部が消えた瞬間。不思議な感覚を味わった。視界が歪み、自分という人格が乖離してしまうような錯覚。背筋が寒くなるような奇妙な錯覚。嫌な感覚から逃げるようにベッドから起き上がるが、立ち眩みを起こし、思わず壁に手をついてします。
「…ふぅ…」
 大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐く。少しだけ気分はマシになる。
 もう一度石造りの壁を見るが、先程まで存在した光は最初からなかったかのように冷たい鉛色をしていた。
 留置場から出て、灯りがある方へと進む。
「お、起きたのか」
 赤髪の美女が椅子に座っていた。
「えーっと……」
 視線が迷い、美女の向かいに座っているのがウリクだと気づいた。
「ああ、こちらはユニさん。野村さんが最初に声をかけた門衛ですよ」
(ああ、あの人か)
「あれ? 俺の名前……」
「ああ、すみません。規則として街に入る人は全員荷物の検査をする決まりなんです。そのときに名前を」
「そうだったんですか、それはいいんですけど……」
 赤髪の美女、もといユニが獲物を品定めするように圭介を見る。
「とりあえず荷物検査をしたが、私たちにはよくわからないものが入っていてな、いくつか質問したいことがある」
 ユニは椅子を手に取り、圭介の前に置き「まぁ座れ」そう一言。
 圭介は促されるまま椅子に座る。
「まず、その鞄の中身だが、見たこともない本が入っていてな、非常に興味がある」
  机の上には圭介の鞄の中身が並べられていた。中身といっても大学で使う教科書やレポート作成のためのノートパソコン、折りたたみ傘やソーラーパネル式充電器兼ライト(¥2100)、あとは筆記具やノート、手錠やファイルだ。
「まずはこれだ。素晴らしい製紙技術だな。私はここまで優れた製紙技術を見たことがない」
  圭介はウリクが持ってきた地図を思い出した。。紙はとてもごわごわとしており、色あせた古い紙だった。それに色あせた紙ということはそれだけ更新されることなく長い間使っていたということだ。その紙に書かれている内容も地図に書いていた内容は、距離と方角と川や山脈が書かれていただけであり、その距離も徒歩と馬との実際にかかる日数が書かれているだけだった。
「これはお前の国の技術で作られたものだな?」
「はい、そうですけど」
  圭介はユニの視線にたじろいでしまう。よく解らない恐怖を感じるのだ。
「実はな、私はこう見えても本を読むのが好きなんだ。たまにこうやって門衛の真似ごとをやっては小金を稼いで商人達から本を買い取ったりしてるんだ。つまり、この本に書かれている内容は私には解らないが、この本を作る技術がすごいということは分かる。そこで、ものは相談なんだが、この製本技術を私に教えてもらいたいんだが、どうだろう?」
 そこまで言い切ると、タイミングよくウリクは熱いお茶を淹れて二つ差し出した。ユニはそれを一気に飲み干し、「どうだ?」と圭介に問うた。
「…すみませんが、それは無理だと思います。俺はただの迷い人で、俺自身が製本技術を持っているわけではないんで」
  圭介は断わることしかできなかった。それでも大きく肩を落とさない人だった。
「そうか、そうだよな国民全員が同じ知識を持ってるわけないよな」
 そう納得すると、少し思案してから「お前、うちにこないか?」と真顔で言い切った。
「「え?」」
 ウリクと圭介は同時に裏返った声を上げていた。
「ユニさん。それって野村さんを家に招くってことですか?」
「ああ、そうしようと思ってる。ウリクも構わないだろ?」
「ユニさんがいいなら、確かにボクは構わないんですけど」
 圭介は現状とこれからのことを考えると厄介になったほうがいいのだろうかと迷っていると
「どうせ無一文なんだろ?だったら宿にも泊まれないだろ。だから世話をしてやろうって訳だ」
 その一言に甘えるしかなかった。しかし、
「その話に乗る場合、俺は何かユニさんにお返しをしなきゃいけないですよね。……家事ができるわけでも料理ができるわけでも、宿代を払えるわけでもないんですが」
「ああ、確かに条件はある。が、大したことじゃないんだ。ただこの本を貸してもらいたいんだ」
 ―――?
「………いい…ですよ?」
「そうか!それは良かった!」
  そういうとユニは満面の笑みで椅子から立ち上がる。
「そうか!それはありがたい。この本の製法を調べることもできる!」
「ああ、まぁ…」
(できるのか?)
「だったら、もう少ししたら、交代の時間になる。それまでココでくつろいでくれ」
  そう言い終わると、ユニは部屋を飛び出していき、部屋に残ったのは圭介とウリクだけだった。
「野村さん、ホントにユニさんの家に泊まるんですか?」
「そうだね。ここがどこだか分からない以上、身動きが取れないからね。泊めてくれると言ってるんだから甘えようかなと」
「分かりました。では、帰ったらボクが夕食を作りますよ」
 そう言ってウリクは兜を被り、門衛の仕事に戻る。


 ―――余談だが、猫耳を触れるのは人間でいうところの唇に触れることと同義らしい。



コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品