十億分の一の魔女 ~ナノウィッチ~ 農家の息子が魔女になる

田所舎人

入学式と干し肉

 冬の寒空の下、一台の箱馬車が落ち葉で茶色一色に染まった山峡を進んでいた。乗客は少年と若い女性の二人組。
 少年の名前はナノ。容姿は耳が隠れる程に伸ばした瑠璃色の髪、澄んだ茶色の瞳、快活そうであどけなさが残る幼い相貌、細く引き締まった体躯。ナノは座席で胡座をかきながら干し肉を齧っていた。
 若い女性の名前はダイン・クローネ。容姿は腰まで届く程に長く波打った栗色の髪、柔和な茶色の瞳、美人というよりも可愛いという形容が似合う相貌、やや曲線に富む体躯。座席に女性らしく上品に座り、ナノのことを笑顔で見守っていた。
ナノはその視線を受けて、クローネが干し肉を欲しがっているのかと思い、鞄から干し肉を取り出し、クローネに差し出す。
「喰うか?」
 それはナノが仕留めた猪の肉を干した物だ。クローネはその干し肉をナノから受け取る。
「ありがとう」
 柔和な笑みを浮かべ干し肉に口をつける。乾燥しているため固いが、仄かに肉本来の旨みと保存するための香辛料の味が合わさって食べにくい干し肉も美味しく食べられる。車窓から見える流れる景色を眺めながら食べる干し肉はまた格別だ。
 木造の車輪は鉄輪を嵌めており、地面を蹴ってはカタカタと音を鳴らしながらある場所を目指していた。その場所とは魔女学校。ナノはその学校への入学を控えた新入生、そしてクローネはその学校の教員である。
 ナノがどうして男の子でありながら魔女学校に入学することになったのかという経緯は一年前に遡る。


 周囲を山に囲われた窪地には広大な農地と澄んだ川と築十五年にはなろうとしている木造の家屋が在り、牛や鶏の鳴き声が木霊していた。
 家屋からはグツグツという何かが煮えカチカチと金属音が聞こえる。中では篝火の灯りで照らされたナノとナノの母親のアマラが牡丹鍋をつついていた。そして、アマラは鍋へと伸ばした箸を止め思い出したようにナノに言った。
「そうそう。ナノ、来年から学校に行きなさい」
 それは脈絡もない唐突な話だった。
「……俺が学校に?」
 思わず摘んでいた白菜が箸からすり抜け、お椀に落ち汁を跳ねさせる。
 読み書き計算こそアマラに習ったものの学校という場所とは程遠い環境でナノは育った。土を耕し、種を撒き、水を管理するといった農家の息子。それがナノの肩書きだ。農作物を行商人に売っては金銭を得て必要な者を行商人から買い取る。それが日常であり、これからもずっとそうだと思っていた。
「そう。それも魔女学校。お母さん、学校の校長とお友達なんけど、ナノを入学させてみないかって話が来ていたの」
 アマラに友人がいるとは聞いていた。時折、手紙を行商人に持たせ手間賃を渡しているところも見ていた。
「その人、なんで俺を入学させたいんだ?」
 魔女学校といえば辺境の土地に暮らしているナノであろうとも行商人との話で聞いたことがあった。魔女とは不思議な力を使う職業の人達のことだとナノは認識している。触れてもいない物体を動かし、火もない所で湯を沸かし、楽器もないのに大きな音を立て、ロウソクに火を灯さなくとも明りを生み出し、雷雲が無いのに雷を起こす。そんな不思議な人達だ。
 ナノは魔女がどういったものかを思い出しているとアマラは話を始めた。
「十四年前の話なんだけど――」
それはナノがまだアマラのお腹の中にいる時の話だ。
アマラはお腹の中にいる胎児が男の子か女の子かを調べるために医者を呼んだ。そして、一般的に魔力の有無によって性別が調べることが通例となっており、医者もまた通例に従って胎児が男の子か女の子かを特殊な鉱石を用いて検査した。その結果、胎児は魔力を持っているため女の子だと判明した。そして、アマラは女の子らしく可愛らしい『ナノ』という名前を考えた。
「ちょっと待って」
 昔話を続けるアマラにナノは聞き捨てならない話を聞いて思わず口を開いた。
「どうかしたの?」
 見た目が若い三十路過ぎの母親が首を傾げる。
「俺の名前って女の子につける名前だったのか?」
 自分が魔力を持っているという事実よりもナノという名前が女の子の名前だったという隠された真実に驚いていた。
「ええ、可愛らしい名前だから男の子につけてもいいかなって」
 悪びれた様子がないアマラはそう答えた。
母さんがそう言うのなら本当にそうなんだろう。ナノはアマラに絶対服従である。口答えは許されない。
「それでね――」
 アマラは話を続けた。
 生まれた赤ん坊は女の子ではなく男の子だった。このことに医者も驚き、この事実に口を閉ざすことはできなかった。噂は瞬く間に広がり、魔女学校の校長、ファラド・フランの耳にも届いた。フランはすぐにアマラの下にやってきた。フランはアマラを説得し続けた。ナノは二六○○年以上に及ぶ有史において初めて魔力を持つ男の子なのだ。この才能を活かすには魔女学校に入学するしかない。必要な物は全部こちらで用意する。だからナノを学校に入学させてくれ。そう熱心にフランに口説かれたアマラはナノが成人する十五歳になるまで待つことを条件にフランの願いを聞き入れた。
「――というわけなの」
 昔話を終え、アマラは遠い目で星々が煌く夜空の中に浮かぶ北の稜線を見つめる。あの稜線の向こう側にある魔女学校を思っているのだろう。
「俺が魔女学校……」
 農家の息子としてアマラの跡を継ぐつもりだったナノは新しく与えられた選択肢に戸惑っていた。毎年実る稲の収穫を楽しみにしていた自分がこの地を離れ、異国で魔術という不思議な物を学ぶ事に対して想像が及ばない。そんな戸惑いの色を浮かべるナノを正面から見据え、アマラ自身の考えを紡いだ。
「ナノが魔女学校に行きたくないなら断ってもいいの。ただ、ナノが山に囲まれた狭い土地で一生を終えるというのもお母さんとしては侘しいの。お母さんはこの土地に移る前までは世界中を回っていたから、ナノに私と同じ景色を見て欲しい」
 それはアマラの願望だったのかもしれない。アマラにとっての世界とナノにとっての世界は大きな隔たりがある。アマラにとっての世界はこの土地だけではなく、外国や海向こう国、或いはこの土地が十数年前までそうだったように未開の土地、そういった広い世界。それに対しナノにとっての世界とはこの土地とそれを囲む山々、そして行商人やアマラから聞く伝聞の世界が全てだった。
 アマラの言葉は万感の思いを紡ぐにしては細く、それでも強い意思を込めた強い言葉だった。ナノはアマラの願いに応えたいと思った。また、アマラが見てきたという世界に興味を抱いていた。あの山の向こう側には何があるんだろう、あの山の向こうには美味しい物があるんじゃないか。あの山の向こうには面白い奴がいるんじゃないか。あの山の向こうには自分が忘れた何かがあるんじゃないか。そしてナノが選んだ結果が――


 ナノは干し肉を齧っていた。
馬車は山峡を越え、レスリック王国へと辿り着き、そこから魔女学校に向かっている。
レスリック王国はソーン王家が治める封建制の国、ナノの実家にやってくる行商人が米を交易している国の一つであり、ナノも概要はある程度知っていた。今の王様はソーン・ガイという名前だとか、王様には子供が十人いるだとか、魔術だけではなく科学というものにも関心を持っているとか、少々変わり者の王様だそうだ。
 レスリック王国は街の中央から見て西に海、東に森が広がっており、魔女学校は森がある東側の開けた平地に建っている。そこを高い場所から俯瞰してみると東側を抉った三日月型の平地を森が囲んでおり、三日月型の平地の北側に魔女学校が建っている。
 レスリックから魔女学校へと続く道は多少なりとも舗装されており、緩やかな斜面が続いていた。車輪が小石を弾いて尻が痛くなるようなこともなく馬も軽快に地面を蹴って進んだ。
 次第に学校の輪郭が現れ、遠目に見ても立派な建物だと判断できた。
 学校は二階建ての煉瓦造り、陽の光を取り入れるためのガラスが多く嵌め込まれており、ナノの実家の建築様式とは大きく異なっており、敷地内は綺麗に手入れされた芝生や花壇、剪定された庭木が良い感性によって整えられていた。
 馬車は学校の敷地に入り、校舎の玄関口の前で停車した。ナノは整えられた庭木から玄関口の方に視線を移すと玄関口の前には白髪の壮年の男が立っていた。
「ナノ君、まずは校長のところに挨拶をしに行きましょうか」
 そう言ってクローネは馬車を降り、それに続いてナノも降りる。クローネは白髪の男に何かを告げて、入れ替わりに壮年の男性が乗車する。
「彼がナノ君の荷物を寮まで運んでくれるから安心して」
 クローネがそう言うものの、ナノは何かに違和感を覚えていた。そして、ナノのそんな訝しげな表情を読み取ったクローネが説明しだす。
「魔女学校に男性がいるなんて不思議よね。あの人は校長の友人らしくて、この学校の雑務を担ってくれているのよ。力仕事のほとんどをあの人一人でこなしてくれているから助かっているって校長は言っていたわ」
 ナノは自分が何に疑問を持っていたのかをクローネが答えてくれ、そしてその疑問も解決してくれた。そして、ナノは自分がそういう違和感を覚えていたのだと理解した。
「男って他にもこの学校にいるのか?」
「男性はあの人、ゼプトって名前なのだけどゼプトさんとナノ君の二人だけよ」
「ってことは俺とあのおっさん以外は全員女なのか」
「そういうことになるわね。だからといって変な事考えちゃダメよ」
 何を言っているのか分からない。
 ナノにとっての女性と言えば、アマラを除けば行商人に雇われた魔女や奴隷商が連れた奴隷といった一般的な女性とはかけ離れた特殊な身分の女性ばかりだ。そういった意味で言えば貴族出身の魔女も特殊であると捉えることができる。
 今後の学校生活に一抹の不安を覚えつつも見知らぬ環境に好奇心がくすぐられる。
「クローネ、靴ってどこに置けばいい?」
「靴? 靴は穿いたままでいいわ」
「そっか」
 クローネとナノは清掃の行き届いた廊下を歩き、クローネはある扉の前で足を止め、数回ノックすると中からややしゃがれた声がした。
「誰だ?」
「クローネです」
「おお、やっと来たか。入りなさい」
 歓迎をする声を聞き、クローネは失礼しますと断り扉を開く。扉を開いた隙間からは白い煙が溢れ出し、室内は煙で充満しており、それは肉を燻製するような煙の匂いではなかった。待ち構えていた校長、ファラド・フランは煙管を口から放し灰皿に一度打ち付け立ち上がる。
「あらあら、ナノちゃん。大きくなったわね」
 宝石や貴金属を身につけた老女がナノへ親しげに近寄る。あまり良い臭いはしない。
「あんたが母さんの友達のフランって人?」
「そうよ。アマラはお元気かしら?」
 柔和な笑みを浮かべ、フランの皺くちゃな顔が更に深い皺くちゃになる。
「母さんなら元気だぜ。頑張ってこいって背中を痺れるくらいに叩いてきたし」
「そう、それは良かったわ。ナノちゃんをアマラから引き離すのは少し引け目を感じていたのだけど、喜んで送り出してくれたようね」
 フランはほっとした様子になり、少し待っていてと言って机の中から一着のローブを取り出した。
「ナノちゃん、これを着てくれるかしら」
 それは広げてみると紺色に染められた全身を覆う程に長いローブだ。
「これを着ればいいのか?」
「そうよ。魔女としての正装はローブと決まっているもの。アマラから寸法を聞いているからその通りに仕立ててあるからちょうどいいはずよ」
 ナノはアマラに言われた通りにローブの袖に腕を通す。文字通り身の丈に合ったローブだった。
「さぁ、これから入学式を始めるわ。クローネ、他の三人を呼んでちょうだい」
「分かりました」
 そう言ってクローネは校長室を後にし、ナノとフランだけが残った。
「入学式って?」
「魔女学校に新しく入学する人を認める儀式のことよ」
「そっか」


 しばらくするとフランは三人の少女を連れてきた。
 一人目は褐色肌で、腰まで届く程に長い銀髪、やや吊り上がった大きな赤眼のやや強気な女の子。
 二人目は背が低く、腰まで届く程に長い黒髪、片目は隠れ、もう片方の目は丸く黒い瞳を持つ凛とした女の子。
 三人目は背が高く、肩にかかる程に長い栗毛、ヴァイオレットの垂れ目な気弱そうな胸の大きな女の子。
「彼女達がナノちゃんと一緒に入学する女の子達よ。銀髪の子がソーン・テラ。黒髪の子がカンデラ・マイ。栗毛の子がクーロン・ミリよ。三人にもナノちゃんを紹介しないといけないわね。この子はナノ。私の友達から預かっている子で噂で聞いたことがあるかもしれないけど、魔力を持つ男の子よ」
 その言葉に三人は異なる表情を浮かべた。テラは非常に訝しげな表情、マイは無表情の中に妖しい光を瞳に宿し、ミリは好奇心の色を浮かべた。
「俺はナノ、実家は農家で毎年実る稲穂が自慢だ」
 ナノが実家は農家と言った瞬間、テラの表情に小馬鹿にしたものが僅かに混じった。
「さぁ、入学式を始めましょう」
 フランがそう言ってクローネに目配せをする。
「横一列に並んで校長から名前を呼ばれたら一歩前に出て入学の証を受け取ってね」
 クローネがナノの手を取り、ミリの横に並ばせる。
「ソーン・テラ」
「はい」
 自信に溢れたハッキリとした返事。所作の一つ一つに神経を通わせている。そういえば、貴族出身の魔女が多いという話をナノは思い出していた。
「カンデラ・マイ」
「……はい」
 小さな声で答えるマイ。それは気が小さいとか人目を気にしているため声が小さくなったというよりも面倒臭いという感じがした。
「クーロン・ミリ」
「は、はい」
 やや緊張気味の上擦った声、もう少しで声が裏返りそうで聞く者に不安を覚えさせる。所作の一つ一つもぎこちなく、周りに緊張を伝播させるようだった。
「ナノ」
「ほーい」
 誰よりも間延びした日常の延長といった緊張も気負いもない返事。ナノがフランから受け取ったものは木で作られた三十センチ程の杖と刃渡り二十センチもある短剣、そしてその二つを収めるためのベルトホルダーが手渡された。
「君達に渡した杖と短剣はこの学校に入学したことを認める品です。肌身離さず身につけていてくださいね。これで入学式を終わります。あとのことはクローネ先生に聞いてください。彼女が君達の担任の先生になります」
 そう言ってフランは椅子に腰掛け、クローネは一礼して四人を退出するように促した。
 四人はクローネに従い退出し、ナノはその際、振り返って手を振るとフランも笑って扉が閉まるまで手を振り返した。
「あなた、本当に魔女になるの?」
 唐突に赤い眼がナノを睨む。それは疑ってかかる値踏みするような眼だ。
「えーっと、誰だっけ」
わたくしの名前を知らないなんて、どこの地方の生まれかしら」
「テラさん、ナノ君はどこの国にも属していない開拓地の出身なの。だから、知らないのも無理ないの」
「開拓地……農家の生まれって本当のようね。私が教養もない農民と一緒に学ぶなんて悲劇だわ」
 額に手を当ててやや過剰演技で嘆くような仕草をするが、ナノはテラが何を言っているのか分からない。
「悲しいなら肉でも食うか?」
 そう言って鞄から干し肉を取り出し差し出す。
「……これは何かしら?」
「俺が狩った猪の肉。美味いぞ」
 ナノは無理矢理テラに持たせ、鞄から更にもう二つ取り出してマイとミリに手渡す。
「こんな石みたいに固い物食べられるわけないじゃない」
 そう言ってテラは渡された肉をクローネに押し付け、マイもまたクローネに無言で干し肉を押し付けた。
「干し肉なら固くて当たり前なんだけどな」
 そう言ってクローネが持つ干し肉を返して貰い一つを齧ってみる。
「お前も食べてみろよ、美味いぞ」
 ナノが干し肉をガシガシと齧りながらミリに食べるように促すが、ミリはナノが肉だという焦げ茶色の何かを口に運ぶという事に恐れていた。
「う、うち……」
 ナノよりも少し背が高いミリが手元の干し肉と他の二人を見比べる。
「固いんだったら俺が噛み解してやろうか?」
「そ、それは!」
 そんなことをされるぐらいなら自分で食べるとミリは干し肉を繊維に沿って一口で食べられる程度に毟り取り、口に入れて噛み解す。最初の何口かは固く、これが本当に食べ物なのかと疑ったが徐々に柔らかくなり塩気と香辛料が効いた風味が鼻腔を通り抜ける度に食欲が湧き出る。
「どうだ? 旨いだろ」
 屈託なく笑いながらナノは恥ずかしそうに顔を俯けながらも美味しそうな表情を浮かべて干し肉を食べるミリを見て、こいつは良い奴だと感じた。
「……ミリ、大丈夫?」
 マイがミリに心配そうに声を掛ける。
「うん、大丈夫。それにこれ、お肉の味がする」
 そう言ってミリは干し肉を一口で食べられる大きさに毟り取り、かがんでマイに手渡す。マイはそれを受け取ると周りの目を気にするように口元を隠し食べた。
「……私には少し味が濃いわね」
 本来はナノが力仕事をした後に食べるため、味付けが濃くマイにはお気に召さなかったらしい。それでもマイは最後まで食べた。そうすると最初から食べる気が無かった者でも食べたくなるのが人情である。
「ミリさん、私にも一口頂けるかしら?」
「あれ、でもテラちゃん食べないんじゃ……」
「いいから、およこしなさい!」
 強い口調でミリに迫る。その迫力にミリは慌てながら干し肉をひと切れ差し出す。
「これが……」
 無作法だと知りつつも初対面の相手から渡された食べ物、少しだけ臭いを嗅いでみる。確かに肉の臭いがする、またスパイシーな香りがするため、食欲が湧く。一口食べてみると芳ばしい香りが口腔を満たし、思わず唾が湧き出る。咀嚼すれば肉は解れ、強い香りが発し、鼻の奥が肉の幸福とでも言うべき香りで刺激される。
「どうだ? 旨いだろ」
 テラのニヤニヤとした顔がテラは癪に障る。しかし、旨いことも事実だった。ゴクリと喉を鳴らした。
「別に美味しくなんかないわ。私は普段からもっと美味しいものを食べているもの」
 相手に口を挟む余地を与えない断定した物言いをするが、ナノはテラが食べている時の豊かな表情で全てを察して満足そうな顔をした。
「さて、皆。明日からの話をしていいかしら?」
 今まで四人のやり取りと黙って見守っていたクローネが口を開いた。
「明日から?」
 ナノが鸚鵡返しに訊く。
「そう、早速明日から授業を始める予定なのだけど魔術について皆は魔術をどれぐらい使えるかしら?」
「私は音魔術を使えますわ」
 音魔術?
「……音以外の四系統が使える」
 音以外?
「うちは力と熱と電気の三系統だけなの」
 力と熱と電気?
「系統とか熱とか力とかなんだ?」
 ナノには良く分からない単語が出てくる。
「ナノ君はアマラさんの意向で魔術に関する知識が全く無いのよね。力や熱といった系統については明日の授業で魔術について基本的なお話をするからそのときに詳しく説明するわ。それじゃあ、今日はこれで解散にしましょうか。授業は朝の九時なので忘れないようにしてください。場所は第一講義室です」
 そういうと女学生の三人は立ち去る。その後ろ姿を見ているとマイとミリは仲良しのようで、テラとその二人とはやや壁のような物があるように見える。
 そしてクローネは明日から何を教えようかと楽しそうに思考を巡らせていた。人に何かを教えることに喜びを感じるようで、そんなクローネには教職というものが転職なのかもしれない。
「そうそう、ナノ君は私についてきてくれるかな。あなたのために用意した寮があるの」
「寮?」
「さすがに男の子を女子寮に住まわせる訳にはいけないからって校長が新しく建てたの。それと同居人もいるのよ」
「同居人? ってことはそいつと一緒に暮らすのか?」
「そうよ。といっても相手は男性だから気兼ねをしなくていいわ」
 ナノは頭を傾げる。この学校に男の学生はナノだけである。しかし、男の同居人がいる。つまり――。
 脳裏に白髪のおっさんが過ぎった。



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