十億分の一の魔女 ~ナノウィッチ~ 農家の息子が魔女になる

田所舎人

魔術講義と煮魚定食

 真っ暗な室内で目が覚めた。朝を知らせる陽光も牛や鶏の鳴き声も川が流れる音もしない見知らぬ部屋。ベッドから抜け出し立ち上がる。夜目を凝らして辺りを見渡すと真新しい内装が目に付き、霞みがかった頭の中で思い出した。
 ――そういえば、学校の寮に住むことになって眠ったんだっけ。
 起き上がり窓も無い暗い自分の部屋を出る。廊下も暗く、玄関の外もまだ暗い。居間や台所、風呂場を覗いてみるが、ゼプトの姿は無い。きっと自室で寝ているのだろう。
ナノは何も言わずに男子寮を出た。
 日は昇っておらず、寒い風が吹き、今が何時なのか分からない。
女子寮の方を見てみるとほとんどの部屋が照明を落としている。随分と遅い時間に起きたのだろう。
 風に吹かれながら、気が向くままに月明かりに照らされた学校の敷地内を歩く。時折風に吹かれて波打つ芝生、枝葉をこすらせて音を鳴らす木々、寒空に似つかわしい侘しい庭だ。
 今日から授業が行われる校舎へと散歩をしていると遠くから何かが聞こえる。
 聞いたことが無い美しく響く音色。
ナノは誘われるように好奇心に従って音が聞こえる方へと向かう。
 生垣に囲われた庭園で月灯りに照らされた銀に輝く少女が人目の届かない場所で誰のためでもない音楽を奏でていた。それは虚空に溶けるような切ない音色。感情を揺るがすような苦しく儚い音色。ただひたすらに哀色。
 ナノは思わず見蕩れ、少女の想いの一片を不意に受け取った気がした。
「――誰?」
 少女の赤い瞳がナノに向けられる。誰に聞かせるつもりもなかった演奏を聞かれた。そんな羞恥混じりの表情をテラは浮かべ、ナノを睨み付ける。
「綺麗な音だな」
 素朴な感想を口にした。
テラは無言で美しい音色を奏でる楽器を片付け立ち去ろうとした。
それをナノは引き止めなかった。
 テラが何を考えているのかさっぱり分からない。
 ナノには涙を瞳に溜めながら苦しそうに演奏をするテラの姿が自戒を強いられる奴隷のように見えた。歪で脆いお姫様。そんな言葉がしっくりくる。
 ナノもその場を離れ、身体を動かすのに適した広場で大きく深呼吸した。
不思議と昂ぶる感情を発散させるように身体を動かした。どこから湧き出る感情なのか分からぬまま、それを振り払うように拳を突き出し、脚を繰り出した。それはアマラから教えてもらった武術。
 昔の話。実家の近くの山をねぐらにしている盗賊がいて、その盗賊に拾われた子供達とナノは喧嘩をすることがあった。そして、ナノは喧嘩に負けないようにとアマラから武術を教えてもらった。しかし、アマラが教えてくれた武術は実戦重視で相手を破壊するような技ばかり。とても喧嘩で使えるような代物ではなかったため常に手加減をすることを強いられていた。相手は二人、こちらは一人。一対二の喧嘩ばかりだったが、それでもナノは負けなかった。
 山を使って、木々を使って、頭を使った。喧嘩相手の一人目は大柄で力自慢の奴、いつも筋肉を自慢していた。二人目は無口で背が高く細い身なりの奴で目が良くて隠れたナノをよく見つけていた。
ナノとその二人は盗賊団『レイヴン』の『三叉烏』と自称して色々なことをして遊んだ。しかし、二人はナノが十歳の頃、ナノが丁度大怪我を負って寝込んでいる頃にササニシキと呼ばれるナノの実家を挟んだレスリックとは反対側の国で戦士学校に入学したと聞いた。
 懐かしい記憶を振り返りながらナノは身体を動かすと寒い風も徐々に涼しくなってくる。ひとしきり身体を動かせば時は経ち、陽光が稜線の向こう側から差し、ナノの一日が始まった。


 男子寮に戻るとゼプトが台所に立ち、朝食を作っていた。
「ゼプト、おはよう」
「おう、おはよう。朝からどこに行ってたんだ?」
「ちょっと身体を動かしてきた」
「そうか、じゃあ身体を動かしたついでに皿を持ってきてくれ」
 ナノはゼプトの指示に従って棚から皿を数枚取り出してゼプトのところに持っていく。朝食はご飯と海魚の煮付け、もやしとピーマンの胡麻油和え、味噌汁。運動をしたナノはすっかり腹を空かせ、早く食べたくて仕方がなかった。
 六人掛けのテーブルに二人で向かい合って座り朝食を摂り始める。
 ナノは真っ先に海魚に手を出した。実家では油が乗った海魚を食べる機会が少なく、魚といえば川魚か干し魚ばかりだ。
身離れのよい魚肉を摘む。醤油、みりん、酒、砂糖で甘辛く味付けされた身は口中で蕩けてしまう。越冬のために蓄えられた脂は旨みの塊だ。無性にご飯を食べたくなる衝動に従い米を掻き込む。魚肉から溢れ出る煮汁とご飯が絡まり嚥下する喉が鳴る。そしてワカメ、豆腐、玉葱が入った味噌汁を飲み干す。玉葱の甘味が味噌汁の染み出ており、塩辛くも甘い味付けとなっており、ワカメの食感や豆腐の香りが添えられた一品となっている。もやしとピーマンもまた食感を失わない程度に傷められ、シャキシャキとした食感と胡麻油の風味が相乗効果で美味しくなる。
 テーブルマナーのテの字も知らないナノだが満面の笑みを浮かべて一品一品を食べ尽くすことこそ最大の賛辞となり得るだろう。
「美味かった!」
 米粒一つ、魚の骨一つ残さず食べたナノは腹をさすって食後のお茶を楽しむ。
「それは良かった」
 ゼプトも満更でもなさそうに笑みを浮かべてお茶を飲んでいた。このお茶に使われている葉っぱはゼプトが育てた物。
「今日も一日頑張れそうだ」
「そういえば、今日から授業が始まるらしいな」
 初授業。今日から魔女として初めて魔術と呼ばれる技法を学ぶということ。今更ながら男で魔女というのもおかしな話である。男なのだから魔男という方が正しいのだろうが、音だけ聞けば間男と大差ない。
「ゼプト、魔術を使う女が魔女は分かるんだけど、魔術を使う男は何ってなんて言うんだ?」
「そうだな。死語だが魔術師と呼ばれてたらしいぞ。まぁ現代じゃあ魔術を使う奴は総じて魔女って呼ばれるな。魔術師なんて言っても誰もピンとこないだろうさ」
 どう転んでも、ナノは魔女という肩書きを背負うことになるのだろう。
「そういえば、この学校には学生とか研究生とか研究員とかいるらしいけど、俺と何が違うんだ?」
 ふと、クローネが言っていたことを思い出した。肩書きからの連想だ。
「学生ってのは十五歳から十九歳の魔術を学ぶ魔女の総称だ。魔術を使う事自体を目的としていることが特徴だな」
 ここにはナノやテラ、マイやミリが含まれる。
「研究生は研究員の部下か弟子って位置づけだな。とにかく研究員が新しい魔術を生み出したり発見したり、新しい使い方や組み合わせをすることの手伝いをするやつだ。年齢で言えば二十から三十九歳までの奴がそう呼ばれる。ちなみにクローネもここだ」
 クローネの年齢が二十歳のためゼプトの言う通りであれば確かに研究生だ。
「そして研究員だが、さっきも言ったとおり魔術の研究をしている奴だ。年齢は四十から上のやつがそこに含まれてフランの奴もここに含まれる。ただ、フランの場合は校長と研究員の兼業だな」
 見た目からして言えば四十を下回るようには見えないためゼプトの言うことは正しい。
「なんか複雑だな」
「もっと簡単に言えば、お前の上にクローネがいてクローネの上にフランがいるんだよ」
「なるほど」
「詳しいことはクローネにでも聞いてくれ。あいつは人に何かを教えるのが好きみたいだからな」
「そうだな。そうするよ」
 ナノはお茶を一気に飲み下して席を立つ。
「行ってくる」
「おう、いってらっしゃい」
 ナノはゼプトに見送られながら男子寮を出て校舎へと向かった。
 実家を離れて一人暮らしであることに表面にこそ出さないものの一抹の不安の抱えていたナノだったが、こうやって見送ってくれる人がいるということは嬉しかった。まるでゼプトと家族になったような気分だ。


 五階建ての校舎の三階の一室へとナノはやってきた。
「初授業を始めます。ナノ君も空いた席に座ってください」
 等間隔に配置された机や椅子がたくさんある部屋、講義室でナノを含めた五人が集まった。一番前の席にはミリとマイが隣合って座り、席一つ空けてテラが座っている。そしてクローネは白い手袋を嵌めて教壇に立っている。
 ナノは一番近いミリの隣の席に座った。
「よろしく」
「よ、よろしくです……」
 声が尻窄みに小さくなるミリ。隣に座っているにもかかわらずナノはミリとの距離を感じていた。ミリはミリでマイに接触するほど座り方が偏っている。全員が席についたことをクローネがして授業が始まった。
「さて、初授業ということなんですが、いきなり魔術の講義というのも味気もないので、自己紹介を皆にしてもらいましょう。まずはテラさんからいいかしら」
 クローネは友好的な雰囲気を作ろうとあえて砕けた口調で話し始め、テラに自己紹介をしてもらう。
「はい」
 クローネの思惑とは裏腹なのがテラである。
わたくしの名前はソーン・テラ。どっかの田舎者でもない限り、知らない者はいないと思うけど教えてあげるわ。第六十五代レスリック王、ソーン・ガイの娘が私。あなたが私を呼ぶときはテラ様。いいわね?」
 テラはナノに向かって強い口調でいいわねと自己紹介というよりも命令に近い形で言うが当のナノは意に介さない。
「おう、よろしくな。テラ」
「だから! 呼び捨てにしないで!」
 テラは呼び捨てにされるのが嫌なのか怒気混じりにナノを責める。
「次はマイさん。お願いします」
「……はい」
 今度はマイが立ち上がる。しかし、椅子から立ち上がったマイは椅子に座ったミリと同じ程度の背丈なのだから驚きだ。ナノはミリ越しではマイの姿が見えないため姿勢を変え前傾姿勢でマイの顔を見る。緊張の欠片もない仮面でも貼り付けたような無表情。
「……カンデラ家の一人娘、カンデラ・マイ」
 それだけを口にして席に座る。必要最小限どころか未満である。
「え、えーっと、マイさんは寡黙な子だから気分を悪くしないでね。カンデラ家は神木を守護する貴族でマイさんはカンデラ家の舞姫という立場の人なの」
 聞き慣れぬ単語。
「神木とか舞姫って?」
「神木はその枝から魔術を使うために必要な杖を作ることができるの。杖はどんな木でもいいわけじゃなくて、カンデラ家が保有する神木じゃないとダメなの。そして、舞姫はその神木の成長を祈り奉る役割の人。優れた舞姫が舞うことで神木は枝木を伸ばしてたくさんの杖を生み出すことができるの」
「へぇー、マイってそんな凄い人なんだな」
 見た目には分からないものである。マイの矮躯には似つかわしくない大役だ。
「次はミリさん。お願いします」
「は、はい」
 ミリのやや上擦った返答は周囲を不思議と不安にさせる。立ち上がれば背丈が大きいことが強調され、ナノは見上げる形となり、胸が大きいという印象を受ける。
「う、うちの名前はクーロン・ミリです。えっと、クーロン家の末女です」
 ミリもマイに習ってか出自と名前だけを言って座った。しかし、雰囲気は全くの別物である。肌が白いため耳が赤くなると凄く目立つ。
「確か、ミリさんのお姉さん、クーロン・リンが解決者ソルバーとして有名ですよね」
「は、はい」
 またしても聞き慣れぬ単語。
「クローネ、解決者って何だ?」
「解決者というのは商人が商人ギルドに工人が工人ギルドに所属するように解決者は武人ギルドに所属していて依頼人が抱えた問題を武力によって解決する人のこと。ミリさんのお姉さんはこの学校を卒業してからは研究生ではなく解決者としての道を選んだ人で私の三つ上の先輩でした。ちなみに武人ギルドには開拓者や探索者、冒険者と呼ばれるような色んな人がいます」
「ミリの姉さんって立派な人なんだな」
 ミリに向かってナノは伝聞の印象だが率直な感想を口にした。
「はい、自慢のお姉様です」
 お姉様と言ったミリの言葉には尊敬の念が多分に含まれていた。
「最後にナノ君、お願いします」
「おう!」
 立ち上がり自己紹介を始める。
「俺の名前はナノ。農家の息子でフランから招かれてここに来た。魔術ってやつはよく知らないけど、これから学ぶつもりだからよろしくな」
「はい、よろしくおねがいします」
 返したのはクローネだけ。テラはナノと目線も合わせようとせずそっぽを向き、マイは一切首を動かさず、ミリは苦笑いするだけだった。なんとも調和のないクラスメイトである。
「最後は私ね。私の名前はダイン・クローネ、フラン先生の弟子でもあり皆さんの先生でもあります。去年は学生として学ぶ立場から今年は教える立場になりました。分からないことがあれば何でも聞いてください。それに答えることこそが私の役割ですから」
 見た目はまだまだ若く見え、学生といえば通りそうな風貌だが意気込みだけは立派だ。それに教えることに喜びを感じるあたり、やはり教職は天職なのだろう。
「では授業を始めていきましょう」
 クローネもあまり空気が改善されていないことを気にして授業を始めた。
「今日は魔術の基本的なことを学びます。皆さんは既に学んでいる所があるかもしれませんが、復習も兼ねてお話します。まず、魔術とは魔素エステルギーと呼ばれる力の源を操ることで現象を起こします。魔道ではそれを『魔素エステルギー活素エネルギーに変換する』と言います」
 クローネは言葉を区切り、黒板に『力』『音』『電』『光』『熱』と時計回りに書き、その中央に『物』と書いた。
「魔術は基本五系統の『ちから』『おと』『いなずま』『ひかり』『ねつ』と特殊系統の『もの』の計六系統に大別されます。例えば、石を動かす、水を熱する、音を出す、光りを生み出す、電気を発する。そして物を創る。物質が基本系統に含まれていないのは使える者が非常に少なく先天的才能に左右されることが理由です」
 クローネはナノ達が装着しているようなホルダーから軽石に似た多孔質の黒い石を取り出す。
「この石は識別石と呼ばれる石でその人がどの系統に適性があるかを調べることができます。原理としては身体から自然に流れ出る魔素に対応した現象が石に起こることで判別します。例えば私なら」
 そういってクローネは手袋を外して石を素手で掴み、皆に見えるように掌を上に向ける。すると識別石は掌の一センチ程上で滞空する。
「このように宙に浮くという現象から力が働いている。つまり私は『力』の適性を持っているということになります。では、今度はテラさんの適性を調べてみましょうか」
 クローネは手袋を嵌めた手で識別石をテラに手渡し、それをテラが受け取るとナノは耳の奥で重たい感覚がした。
「とても低い音が識別石から出ていますね。これはテラさんが『音』に対する適性を持っていて、その魔素によって識別石の孔から音が出ているということになります。今度はマイさんの適性を調べてみましょう」
 テラは一つ空席を隔てたマイに識別石を手渡す。するとマイの手中の識別席は黒い霞でも纏ったように黒くなる。
「石の周囲が暗くなるということはマイさんが『光』の適性を持っているということになりますね。これは識別石が周囲の光りを奪うことで、周囲が暗く見えてしまうということです。では、次はミリさん」
 ミリはマイから識別石を受け取る。しかし、テラやマイに比べて目に見える変化は無い。
「あの……これってどういうことでしょうか?」
 ミリはビクビクしながらクローネに訊く。音がしなければ光もしない。傍から見れば何も起きていないに等しい。
「ちょっと待ってね」
 クローネがホルダーから金属の棒を取り出した。それはどうやら鉄のようだ。それを識別石に接触させると識別石にぴたりと吸い付いた。
「識別石が鉄を引き寄せるということはミリさんが『電』の適性を持っているということになります」
 クローネの説明にミリは自分にもきちんと適性があったということに安堵しているようだ。
「では、最後にナノ君の適性を調べましょう」
 ミリはおずおずと識別石をナノに手渡す。それを受け取ったナノはじーっと手中の識別石を眺めるとピシリと音を立て割れた。
「割れちまった……」
 ナノの手からぼろぼろと石の破片が机の上に落ちる。ミリは自分のせいで石が割れたのかと血の気が引いていた。
「二人共、落ち着いて。今のはナノ君の魔素が多すぎて石に力が加わりすぎて割れただけだから」
 落ち着かせ悟すように優しい言葉をかけ、クローネがミリの肩に手をかける。悪くなっていた顔色もそれ以上悪くなることはなくなった。
「『力』の適性を持つ者が触れて石が割るということは珍しくはありません。過去に検査段階で識別石が割れたということは何度も報告されています。だから予備の識別石もきちんとここにあります。心配しないでください」
 クローネはホルダーから予備だという識別石を見せてミリを安堵させる。
「これで全員の魔素の適性が分かりました」
 クローネはナノから識別石を受け取り、再び教壇に立ち、黒板に書き足す。
 力=ナノ
 音=ソーン・テラ
 電=クーロン・ミリ
 光=カンデラ・マイ
 熱=
 と各々が持つ適性を並べ書いた。このときナノはテラが音に適性があるということ今朝の出来事を思い出して納得した。
「ちなみに『熱』の適性を持つ人が識別石を持つと熱くなったり逆に冷たくなったり、『物』の適性を持つ人は孔が埋まって重くなるらしいです。『物』の適性を持つ人はとても少ないので私も聞いたことしかありませんが」
 クローネが言うにはこの学校には『物』の適性を持つ人がいないらしい。
クローネはホルダーから杖を抜いて説明を続ける。
「これで皆さんの適性が分かりましたが、皆さんも適性外の魔術だって使うことはできます。私も音や熱の魔術は使えますし、他の魔女も使えます。『物』は例外ですが、基本五系統は学べば必ず使えます。例えば、forceフォース
 クローネが聞きなれない発音をすると識別石が触れてもいないのに浮き上がる。
「&(アンド)lightライト
 浮き上がったまま石は発光体となり蝋燭の光りよりもランプの光よりも眩い光で周囲を明るく照らす。
「ナノ君は魔術を生で見るのは初めてですよね。魔術とは初めに魔素を杖に与え、次に何をしたいかを内界で想像し、最後に発音によって外界に働きかけ、現象を起こすといったこの三工程が必要です」
「それは俺にもできるのか?」
「もちろんできます。各系統には基本魔術と呼ばれる魔術がそれぞれあります。力ならフォース、音ならサウンド、電ならチャージ、光ならライト、熱ならヒート。ナノ君はフォースの魔術の習得から入ります」
「よっしゃ! やっと魔術が使えるようになるのか」
「はい。では皆さんも自分の適性にあった基本魔術を使いましょう。既に会得しているとしても、反復練習は大事です。基本は何度反復してもしすぎるということはありませんから」
 クローネの持論なのか反復という言葉が大好きなようだ。そしてナノはフォース、テラはサウンド、マイはライト、ミリはチャージの魔術の練習を始めることになった。
 しかし、これがまた難しい。
 テラやマイ、ミリは既に魔術の概要を知っているのかあっさりと基本魔術の行使に成功するがナノは全く成功しない。
「なんで上手くいかないんだ?」
 ナノは練習用の小石を与えられ、その石が動く姿を想像し、発音をするが石は微動だにしない。
「フォース! フォース! フォース!」
 抑揚を変え、声量を変え、試行錯誤に試してみる。
「ナノ君、発音がダメです。forceフォースが正しい発音ですよ」
「だからフォースだろ?」
forceフォースです」
 この違いがナノには分からない。耳が悪いのか頭が悪いのか経験が無いのか、狼と犬の区別を教えるぐらい難しい。クローネは何度も発音を聞かせるが、ナノは分からない。正しい発音をすることだけに時間をかけるが昼を迎えた頃にはクローネも少し疲れていた。
「お昼にしましょう」
 結局、午前中にナノが魔術を使うことはできなかった。



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