十億分の一の魔女 ~ナノウィッチ~ 農家の息子が魔女になる

田所舎人

男子寮と炒飯

 ナノはクローネに引き連れられ校舎を出て日が沈む西に向かった。その方向はテラ達三人組が向かった方向と同じだった。舗装された石畳の道を二人は歩く。道の脇には腰ほどの高さの植木が並んでおり、生垣になっている。それらは手入れをされており、道にはみ出す枝一本ないことから常日頃から手入れがされていることが伺える。
「俺が住む寮ってどんなところなんだ?」
 背を向けるクローネに声をかける。
「そうね、寮というより普通の家に近いかしら。ナノ君に不自由がないようにと校長が張り切ってたわ」
 クローネが思い出しながら苦笑いをして答える。
「もしかしてあれが寮か?」
 そう言ってナノが指差す先には真新しい建物があった。ナノの問いにクローネはそうよと答えてニコリと笑った。ふと寮の向かい側にも大きな建造物があることに気付く。
「あっちは何の建物なんだ?」
「あっちは女子寮。テラさん達が住んでるところよ」
 明らかに男子寮よりも女子寮の方が大きい。ベランダが等間隔に並んでいるため個室が等間隔にあることが直感的に分かる。そして、ベランダには下着が干されている。白や黒や紺や珍しい赤や青の下着もある。ナノが知っている下着と比べると意匠が凝らされていることが分かる。
「貴族でも洗濯するんだ」
 ベランダを流し見ながらナノが呟いた。
「ナノ君は目の付け所が違うわね、真っ先に女の子の下着に目が行くなんてやっぱり男の子ね。でも、貴族って言っても魔女だから常に身につけているものを他人に触れられるのは困るのよ。自分ことは自分でできるようになって、何でも他人に依存するとダメってこと。あと単純に毒針でも仕込まれたら簡単に殺されちゃうからね」
 物騒な話である。
「女子寮は三つあって、それぞれ学生寮、研究生寮、研究員寮って呼ばれてるの。テラさん達は手前の学生寮に住んでるわ」
 若い女性が好みそうな下着が干されているベランダのある寮を指差す。
「へぇー。魔女学校って何人ぐらいいるんだ?」
「だいたい学生が百人、研究生が百人、研究員が百人の計三百人よ。多少前後することはあるけど、概ねこの数字からは離れないわ」
 そう話していると男子寮に辿り着く。男子寮の鍵をクローネが開け、その鍵をナノに差し出す。
「この鍵はナノ君がこの学校を卒業するまで持ってて」
 ナノはクローネから鍵を受け取りポケットに仕舞った。実家では鍵を締めるという習慣がないナノにとって鍵の有意性を見出せない。この寮の扉はナノが卒業するまで鍵がかかることはないだろう。
 クローネが扉を開く。
すると連続的な水の跳ねる音が聞こえる。不審そうにナノとクローネは顔を見合わせるが、何の音か分からない。その音源はどうやら寮の中から聞こえるようだった。
 寮の内部は玄関から見て、廊下が奥へと真っ直ぐ伸び、手前では右に伸びているようだ。文字で言えば『ト』に近い形。音は右に曲がった先から聞こえる。廊下に備え付けられたランプに光りは灯っていない。見える限りにおいては薄暗い廊下だ。
 クローネは教師として教え子よりも一歩先にと足を踏み入れ、ナノもそれに続く。
 クローネは音の鳴る方へと足を運ぶ。曲がった廊下の先には灯りが漏れる一室がある。
建てられたばかりの寮の廊下は軋む程劣化していない。音を立てないように身体中の神経を尖らせる。
水の音が突如止まり、扉が開くような音が聞こえる。一瞬、クローネの肩が強ばる。
クローネは気配を探るように意識の矛先を部屋の中へと向けながら、ホルダーから杖を抜き、息を殺し、それに習ってナノも気配を殺した。
 ひたひたとした濡れた足音が聞こえる。
「――そんな殺気立つなよ」
低く落ち着き払った声がしたかと思うと、杖を掴んでいたクローネの手首が大きな手で鷲掴みにされ、手中から杖がこぼれて落ちてしまう。一瞬、何が起きたか分からなかった。ダンディズム溢れる髭を蓄え、白髪のオールバックな筋肉質のおっさんが全裸で現れ、クローネを俯せに組み伏し、掴んだ手首を後ろに回して拘束した。
あまりにも手際良い流れる動作にナノはただただ見ていることしかできなかった。
「魔女は狭所において能力が制限される。クローネ、教え子を守るんだったらもう少し立ち振る舞いを考えたほうがいいぞ」
 クローネに馬乗りになった全裸のおっさんが悟すように耳元で囁く。
「ゼプトさんだったんですか」
 クローネは相手が見知った相手だと分かり、体から力を抜き、ゼプトもクローネから敵意が無くなったことを受け、拘束を解き立ち上がった。
「あんたがゼプトか」
 ナノはゼプトの体をまじまじと見た。引き締まった肉体は老いを感じさせず、良い体格をしている。上から下まで太く、筋肉やら何やらが隆起していた。
ゼプトもナノをまじまじと見返す。
「そうだ。お前が今日からこの寮に住むナノだな。話は聞いている。俺もここに住むことになったからよろしく」
 ゼプトは自身の湿った手を差し出し、ナノはその手を握り返した。見た目通り力強く大きな手だ。ナノと似た部類の手だと分かる。
「ゼプトさん! 前を隠してください!」
 クローネは頬を赤らめながらゼプトに背を向けながらそういった。
「おっと、悪いな」
 ゼプトはタオルを腰に巻くも悪びれた様子も恥ずかしがる様子も無い。
「俺は着替えるから二人共居間で待ってろ」
 そう言ってゼプトはもう一度部屋の中に入る。どうやらこの部屋は脱衣所でゼプトは風呂に入っていたらしい。
 顔を赤らめたクローネに連れられナノは居間に向かった。


 数分後、ナノとクローネは居間にある六人掛けのテーブルに着いて待っていると、執事服を着て髪をオールバックにセットしたゼプトがやってきた。
「待たせたな」
 ゼプトもテーブルに着くとクローネが咳払いを一つして口を開いた。
「では、改めて紹介します。こちらの方がこの学校で用務員として働いているゼプトさんです。ナノ君が寮に住む間、ゼプトさんが家事の一切を引き受け、朝食と夕食を用意してくださいます。料理の腕は校長が認める程度には確かなものですよ。この寮は広いですから一室をゼプトさんの私室として使うことになっていますが、ナノ君はそれで構いませんか?」
「おう」
 ナノにゼプトを拒む理由は特にない。むしろ、こんな広い寮に一人でいるほうが嫌だ。
「ありがとうございます」
 クローネは簡潔に礼を述べる。
「そういえば、女子寮に住んでる奴は洗濯を自分でやってるみたいだけど俺はしなくていいのか?」
 ベランダに干された白い下着を思い出しながらナノは言う。
「そうですね……。こういう言い方は嫌なのですが、ナノ君は特別ですから……。魔術について学ぶ時間を少しでも増やすことが目的でもあるんですよ」
 少し歯切れが悪い物言いだ。
「そんなもんか」
 自分が特別だという意識はここにやってきてもあまり湧かない。ただ、周囲の環境が大きく変化し、同じぐらいの歳の女性と一緒に学ぶということに少なからず思うことはある。
 あの褐色肌の女の子、名前は確かソーン・テラと呼ばれていた。そういえば、クローネから聞いた話ではこの国の王様の名前がソーン・ガイ。つまりあの女の子は王様の血縁者なのではないかと思った。表情豊かで見ていて楽しい人だ。
 次に黒髪黒眼の女の子、名前は確かカンデラ・マイと呼ばれていた。干し肉を食べている時に一切表情を変えなかったことが印象的だった。美味いわけでも不味い訳でもなく、味付けが濃いという感想のみを残した少女。片目が隠れているため表情の半分が見えず不思議な雰囲気を纏っていた。
 最後に背が高い弱気な女の子、名前は確かクーロン・ミリと呼ばれていた。容姿で一番目を引くのはやはり胸の大きさだろう。ナノが見てきたどんな女性よりも大きかった。胸と反比例してか態度は小さい。三人の中で最初にナノが作った干し肉を食べたため好印象である。
 あの三人と共に魔術とやらを学ぶナノの胸中には描けない未来を楽しんでいた。環境が変われば未来も変わる。それがただただ楽しい。
「ゼプトさんは校長からナノ君について聞いていますよね?」
 クローネが今度はゼプトに訊く。
「ああ、フランの友達から預かった魔力を持つ坊主だってことは聞いたぞ」
 遠慮が無い物言い。クローネのナノに対する態度に比べればゼプトの態度は随分と砕けている。
「端的に言えばそうなんですが……。それじゃあ、改めてナノ君に自己紹介をしてもらいましょう。いいかしら、ナノ君?」
 クローネがナノに目配せをする。それを受けて、ナノは自己紹介を始める。
「俺はナノ、農家の息子で今日からこの学校で魔術を学ぶことになってる。よろしくな」
 ナノもまた遠慮の無い物言い。礼儀や作法といった社交的な立ち振る舞いは皆無に等しい。
「おう、よろしくな」
 ゼプトはどこか嬉しそうに笑った。ふと、ナノはゼプトに家族はいないのかと思った。壮年の見た目から考えれば家族がいそうであるが、魔女学校の用務員をやっているという現状を鑑みればいないということも考えられる。
「ゼプトは家族っているのか?」
 湧いた疑問を外に出さない理由をナノは持たない。愚直に訊く。
「いるぞ。息子が二人、娘が一人だ。どいつもこいつも生意気で可愛いやつらだ」
 ゼプトは子供のことを思い出してかにんまりと笑った。歳を重ねれば徐々に表情を表に出さなくなるものだが、ゼプトに限ってはそのようなことはないようで表情を隠さない。
「そうなんだ。じゃあ、クローネの家族は?」
 流れでクローネにも訊く。
「私は父がいます。昔は戦士として活躍していたんですが、引退してからは街でパン屋を経営しています。父の作るパンはとっても美味しいんですよ。私は父のパンで育ったと言っても過言ではありません」
 自慢の父親だとクローネは断言する。そんなクローネの話を聞いていて、ナノは自分の父親はどんな人なんだろうと思った。アマラから聞いた話では未開の土地を父親とアマラの二人で開墾し、土地を耕してなんとか人が住める土地になった頃にアマラが身篭り、その後父親が出て行ったと聞いている。
「いい父親がいるってのはいいことだな」
 ゼプトはそう言いながら立ち上がった。
「ゼプト、どこに行くんだ?」
「長い話になりそうだからな。お茶を用意する」
 ゼプトは居間の奥、おそらく台所に向かったのだろう。二、三分もすると三つの湯呑を乗せたお盆を持ってゼプトが戻ってくる。
「さて、話を続けるか。今後のナノについて聞いておきたいんだが、朝と晩は俺が飯を作って昼は食堂で飯を喰うってことでいいんだよな?」
「はい、ゼプトさんにはナノ君の朝食と夕食の二食の準備をお願いします。ナノ君が望めばお弁当という形で昼食を摂ることになるかもしれませんが」
「三食俺の飯ってのも味気無いだろ。花園の中でわざわざ俺みたいなおっさんの飯なんて食ってねぇで食堂か、なんならこの学校の嬢ちゃん達に作ってもらったらいい」
 からかうような物言いをするが、ナノはゼプトの言葉に含まれた物を感じ取れず、脈絡のない話だと思った。
「俺は食堂ってとこで飯を喰えばいいんだよな?」
 ゼプトの話の後半は理解できないので無視して食堂について確認した。
「はい。食堂で食事をしてもらう予定でした。それで食堂での食費についてですが、この中から自由に使ってください」
 そういってクローネはホルダーから小袋を取り出した。
「これは、ナノ君への国からの給付金です。中には千エルグ硬貨が九枚、百エルグ硬貨が十枚入っています。これは学校生活で不自由しないようにという目的のお金ですので、あまり無駄使いはしないでくださいね」
 エルグとはアズサで使われているお金の単位。ナノの感覚では米十キロで二百エルグが相場だ。ナノが今受け取ったお金を全てお米に変えれば五百キロの米と同価ということになる。硬貨自体には表に太陽に模した絵があり、裏には一、十、百、千、万のいずれかの単位が記されている。この硬貨は不思議なことに金属であるにも関わらず、錆びず折れ曲がらず劣化しない不思議な金属だ。少なくとも熊を一撃で殴り倒すナノがいくら力を加えても折れも曲がりもしない程度には硬い。
「ナノ、随分と大金を貰ったじゃねぇか。俺の月給と変わらねぇな」
「ゼプトって月給一万エルグなんだ」
 ちなみにナノの実家の米による年間収入は三十万エルグ程度。小金持ちである。無法地帯のため納税義務もない。
「うるせぇ、周りが若い女の子ばっかりで住み込みで働けて毎月一万エルグも貰えるんだ」
 ゼプトが少し口汚くなる。
「ナノ君、これから二人でこの寮で暮らすんだからあまり喧嘩しちゃダメですよー」
 クローネが間延びした声で嗜める。しかし、ナノとゼプトのやり取りを楽しそうに見ていた。
「さてと、早速仕事に取り掛かるか。クローネも夕飯食べていくだろ?」
 ゼプトは立ち上がった。
「夕飯ですか?」
 いつの間にか夕方になっていたらしい。学校に到着したのが昼過ぎ、入学式が少し長引いたせいなのだろうか。
「ああ、二人が乗ってきた馬車に米がたくさん載っていたから晩飯は炒飯にするつもりなんだが、あの量はとても二人じゃ使い切れないからな。良かったら食って行ってくれ」
 アマラがナノに持たせた米六十キロ。食べ物が多くて困ることはないが、一年間は食べられる量の米を持参して入学する学生もナノぐらいのものだろう。
「ナノ君はいいのかな? 私がナノ君の持ってきたお米を食べても」
「いいんじゃないか? 無くなったらまた母さんに送ってもらうよ」
「決まりだな。じゃあ、少し待っててくれ」
 ゼプトはやる気に満ちた顔で台所に立つ。


 出来たての料理は大皿にこんもり盛られた炒飯だ。炒められたハムやタマネギがキラキラと光り、溶き卵を纏い炒められた米が黄色に染まり、塩と胡椒と醤油で味付けされた炒飯は暴力的とも言える刺激的な香りを放っていた。
「美味そうだな」
 ナノは思わず湧き出る唾を飲み込んだ。
「すごい量ですね」
 クローネはその量に対して少しだけ身構えた。
「残さず食えよ」
 ゼプトも席に着き手を合わせた。
「いただきます」
 三人の食事が始まった。
 炒飯は見た目、香りを裏切ることなく美味だった。塩胡椒が良いアクセントとなり、醤油の芳香を纏う米がとにかく美味い。時折シャキシャキとした食感の玉葱が仄かな甘味を感じさせ、炒められたハムがさっぱりした舌触りで肉の味を感じさせる。
「ゼプト、料理上手いんだな」
 この味にはナノも満足していた。クローネも味にはとても満足しているようだ。表情で分かる。
「まぁな、長年生きてれば料理ぐらいできるようになって当然さ」
「ゼプトって何歳ぐらいなんだ?」
「あー、数えるのが面倒だから覚えてないけど、五十は超えてるんじゃないか」
 ナノから見ればゼプトは四十代に見える。実年齢よりも外見が若く見えるのはやはり体格の良さと感情を隠さない笑顔のためだろう。
「じゃあ、クローネは?」
「私は今年で二十歳になりました」
 見た目相応である。
「先生ってそんな若くてもなれるのか」
「なれる人はなれると思いますよ」
 どことなくぎこちない応答。表情を意図的に隠そうとして、かえって無表情となり違和感を覚えさせる。
「そんなもんか」
 疑問と一緒に炒飯を飲み込む。美味い。
 ナノとゼプトは皿を空にし、少々無理をして食べているクローネを見かねたナノが残りを食べると言ってクローネの食べかけの半皿を更に食べた。
「ふぅー、美味かった」
 ナノは膨れた腹をさすりながら食後のお茶で一服していた。この茶に使われた茶葉はゼプトが作ったものらしい。
「私はそろそろ研究室に戻りますが、ナノ君は夜間の外出は控えてください。それと、学生生活において男子トイレやお風呂は寮で済ませてください。校舎のトイレやお風呂は全て女性用なので今後はお願いしますね」
「分かった。また一緒に飯食おうぜ」
「はい」
 クローネはそう言って男子寮を出て行った。ゼプトは食器を洗っていてナノは手持ち無沙汰となる。
「ゼプト、手伝おうか?」
「大丈夫だ。それより、馬車から運び入れた荷物があるから、それを自分の部屋にでも置いておけ。この部屋を出て左側に部屋が八つあるが、一番手前の右の部屋が俺の部屋だからそれ以外を使ってくれ」
「分かった」
 ナノは居間を出て廊下に出る。確かにゼプトが言う通り扉が八つあり、手前の右の部屋の表札にご丁寧に『ゼプト』と書かれていた。ナノはその部屋以外の部屋を覗く。どれも内装は一律で扉から見て奥行きは八メートル、横幅は四・五メートル、高さは二・五メートルと直方体の空間にベッドとクローゼットと机と椅子があり、その更に奥には奥行き一メートルの押入れがあった。まるで八人暮らしを前提とした共同生活空間だ。覗いてはいないが、ゼプトの部屋も同様の内装であることが推測できる。ナノはゼプトの向かい側の部屋を自分の部屋にすることを決めて荷物を運び入れる。
 ナノが実家から持ってきた物品は身につけた物を除けば、着替えや蝋燭、鎮痛の薬効がある薬草といった品々。そして子供の頃に誰かから貰った刀の鞘と柄。漆黒の鞘と柄は黒光りし、ナノの顔を映し出した。その鞘と柄を覗く自分の目を見つめながら五年前の出来事を思い出した。


ナノが十歳の頃、熊から襲われる子供をナノが庇い左腕に大怪我を負った。そして、ナノは大怪我が治癒する二ヶ月の間、眠り続けていた。ナノが目覚めた時、アマラが泣きながら抱きしめてきたことをナノは強く覚えている。そして、アマラは泣き腫らした顔のまま刀身のない柄と鞘をナノに見せた。それは子供の父親が礼の品として差し出した物だと聞かされた。その人にとって、その鞘と柄は自分の子供の命の次に大事な物だったらしい。そして、その鞘と柄をナノは捨てるでも大事にするでもなく自分の身近な場所に置いていた。学校に持っていく物を選ぶ時、初めに選んだ物もこれだった。
実の所、ナノは誰を庇ってどうして怪我をしたのか記憶に無い。自分が何をしたのかという話をアマラから聞かされても何かの物語を聞いているようで実感は無かった。子連れの剣客が旅の途中、ナノ達が暮らす山を越えようとした時、子供が父親から離れ、偶然熊に襲われ、それをナノが助けた。集約すればそういうことだ。その礼の品としてナノは鞘と柄を貰い、それを現在でも所持し続けている。


刀身が傷つくこともないそれを無造作に扱って部屋に戻った。クローゼットに着替え、机の上に薬草や蝋燭を置き、刀身の無い鞘と柄を押入れに入れる。
することがなくなったナノは自室から出てまだ調べていない部屋を調べることにした。といっても残りの部屋は二つ。風呂場の隣とその向かい側の部屋だ。まずは風呂場の隣の部屋を調べてみた。
奥行き二メートル、幅二メートル、高さ二・五メートルの空間には白い陶器の置物が置かれていた。置物にはレバーのようなものが付いており、それを引いてみると陶器の中で水が流れ出した。
どうやらこれはトイレのようだ。この部屋の扉の表札に『トイレ』と書かれているため、ナノはそう判断した。
次にトイレの向かい側の表札に何も書かれていない部屋の扉を開けてみる。
何もない殺風景な部屋だった。奥行き七メートル、幅九メートル、高さ二・五メートルの何もない部屋。あるのは床と壁と天井と今開いた扉のみ。窓すらない箱という形容が似合う一室だ。
つまり、この寮はこういう構造になる。
<a href="//5012.mitemin.net/i102054/" target="_blank"><img src="//5012.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i102054/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
空室が六つ、ナノとゼプトが使う部屋が一つずつ、食事をするための居間とその奥に台所、廊下を挟んだ反対側にトイレと風呂が隣合い、その向かいに使用目的不明の部屋がある。
この広い寮で二人で暮らすことに不自然さを感じながらも外の世界はこういうもんなのだろうと飲み込み、ベッドに俯せになる。ふかふかのぽかぽか。実家の敷布団とは全く異なり、包み込むような暖かさがあった。
目を瞑ったナノは沈殿する泥のように意識が揺蕩いながら埋没する。



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