繋がりのその先で
2-11子孫の誕生
指があらぬ方向に曲がっているが、その痛みを感じないほど僕の頭は真っ白になっていた。
「私は『1番様子のおかしい人物は?』って聞いたのよ?『人物』なんてここにはあなたしかいないじゃない。」
そうか、なるほど。
確かに『人物』は僕だけだ。
その言葉を、僕は頭の中で反響させていた。
僕の様子がおかしい。僕の様子がおかしい。と、いうことは?
普段の思考力がだんだんと戻ってくる。それと同時に僕の指の痛覚も戻ってきた。
「っぁぁぁぁあああああ!!!!」
僕は激しい痛みに突然その場にうずくまる。バルシナは「やっと戻ったか」と僕の指を掴んでいる手を離した。僕は廊下で自分の手を掴みながらあまりの痛みにバタバタしていた。
「ほら、治療してやるからじっとしてて。」
「お前がやったんだろ!!」
「そりゃユキトが血迷ってたからだろ?」
「それにしてもやりすぎだ!!!」
彼女は少し申し訳なさそうな素振りを見せるのかと思ったが、反対に「あ?」と睨みつけてきた。…なるほど、僕が浅はかだった。
「そうだよ、あんたは浅はかだったんだよ。」
彼女は少し勝ち誇ったように、そしてこの状況の答えを告げるように、僕にそう言った。
「大丈夫?なんか叫び声が聞こえた気がしたんだけど…」
僕が絶叫した直後、バルシナは素早く僕の手を能力によって治した。それと同時に103号室の扉が開き、シーカが駆け寄ってきた。ほとんど同タイミングだったため、僕の指があらぬ方向に曲がったグロテスクな光景を見ずに済んだのかどうかは僕にはわからないが、この反応からして見ていないのだろうと思う。というか、そうであって欲しいと願った。
「そうか?私は聞こえなかったけど。」
サラッとバルシナは嘘をついた。平気な顔をして、更には心までも空っぽにして。
「別に何ともないよ。…それより」
僕は心の中で「今度はこっちの番だよ」と言った。
「ごめんね、僕の様子おかしかったから心配してくれてたんだよね。変な心配かけてごめん。」
僕はシーカの目を真っ直ぐに見つめ、そう言った。すると彼女は少し微笑み、1度目を閉じた。今思えば彼女の目は少し銀色に光ってたのかもしれない。だが彼女が再び目を開くとその目はもう銀色には光っていなかった。
「良かった。私ね、ユキトが1人で考え込んじゃってるんじゃないかって心配してたの。でも、今のユキトはもう大丈夫みたいだね。」
彼女は無意識に、僕の心を見ながらそう言った。
つまり、彼女は僕の心を読んでいたんだと思う。
誰にも読めなかった僕の心を、彼女は読み、そしてそれを解決して欲しかった。
そんな願いから、無意識に能力を発動していたんだと思う。
そう、彼女は無意識のままに能力を発動していた。
僕の悩んでいるであろうことを周りの皆に話してもらうため。シーカは僕の心を周りの皆に『共有』させていたんだと思う。
先程、バルシナが僕の心の中を言い当てることが出来たのはシーカの能力によって僕の心がわかったから。そう考えると、タリュウスの行動、バルシナの言動、そして気を使ってくれたのだろうか、ティマの様子も今思えば少しおかしかったと思う。
僕は心の中で「そうだろ?」と呟きながらバルシナの方を向く。しかしバルシナは僕の視線には気付いておらず、ずっとシーカを見ていた。ほら、やっぱり君には僕の心がわからないじゃないか、と心の中でからかいつつ、シーカが能力を解いたことに少し安堵した。
「別に思い悩んでいた訳じゃないんだ。少し考え事をしてただけで…。」
そんなことを言うと、シーカは少し寂しそうな顔をした。
ここでバルシナが「あんたまた同じ鉄踏むのかい?」などと言ってくるかと思っていたけど、流石にそこまで僕のことをバカにはしていないらしい。 案外僕はバルシナの中でわかる存在だと認識されているのかもしれない。そんなことを思いつつ、今度はバルシナにも伝わるように視線を送り、少し微笑んだ。バルシナは少し困ったような顔をしたが、ニコッと笑い返してくれた。
「でも、これからはちゃんとシーカに相談することにするよ。」
僕はそう言いながら、彼女の頭にそっと手を置いた。彼女は僕を見上げると、今度はニコッと笑った。
僕とバルシナとシーカは部屋へと戻っていく。
ユキトとシーカの微笑ましい光景を見ながら、バルシナは心の中で呟く。
「ユキト。あんたはもっと自分に正直になった方がいい。周りに気を使い、自分を覆い隠すことばかりをしてきたから、周りに頼ることが苦手なんだ。そしてもうあんたは、あんたの中にはもう確固たる意志と大切な気持ちがあるんじゃないのか?あんたはもっと自分自身を知るべきだ。」
だが、この言葉は彼には届かない。
そして、この気持ちも。彼には届かない。
それでも、バルシナは笑った。
「こんな私の気持ちがさっきみたいにユキトの心の中に映し出されればいいのに、なんてそんな甘えたことは言えねぇよな。第一、私自身もこの気持ちを伝えちゃダメな事くらいわかってんだよ。大丈夫だ。なんせ、私は私。治癒魔法を使うバルシナ様なんだぜ?こんな心の傷ぐらい、いつでもちゃちゃっと治せるんだよ。」
自分にそう言い聞かせると、バルシナは部屋へと足を踏み入れようとした。すると、メイレルが自分に近づいてきた。
「メイレル、少し待たせたな。戻ったよ。」
私は笑顔を顔に貼り付け、メイレルに明るく挨拶をする。メイレルはその言葉を聞いたのか聞いていないのかわからなかったが(反応がほとんど無かったからだ)、メイレルは私に近づくスピードを少し早めると、そのまま私に抱きついてきた。
「…どうしたんだ?私が居なくて寂しかったのか?」
私は優しく声をかける。するとメイレルは抱きついたまま顔をあげ、首を横に振る。そして私に指をさしてこう言った。
「バルシナが、寂しそうだったから。あなたこそ、自分に正直になった方がいい。傷は、いつでも治せるかもしれない。でも、その痛みは今しか味わえない。そんな感傷に、浸っていたいのなら、私はあなたを抱きしめる。」
メイレルがこんなにも話したことに驚くと共に、メイレルもまた、私に気を使ってくれていたことを思い知る。そしてバルシナは気づいた。
「あぁ、そうか。なるほど。私がユキトに、そう思ったり、そういうことが言いたかったのは、自分に似てると思ったからなんだ。」
バルシナはメイレルだけに聞こえるようにそう呟いてから笑った。この気持ちも、私とユキトが似てると思ったからなのかもしれない。
皮肉だな。私自身が、『感傷に浸っていたい』っていう自分の気持ちに素直じゃなかったなんて。私も私で浅はかじゃねーかよ。
バルシナは少し泣きそうな気持ちを堪え、メイレルを抱きしめてから、「後で胸貸してくれ。」と言って、いつものバルシナに戻った。メイレルは少しも笑わなかったが、心が笑っているのがその時だけわかったような気がした。
バルシナとの一件があった後、僕らは103号室に戻り、予定通り子供を誕生させた。もっとも、僕が想像していた事とはかけ離れた方法でその新しい生命は生み出された。
「私たちはこの儀式を、『生命誕生の儀』と呼んでいる。この儀式では、私たちの個々の一つ一つの能力のスペックの高さによって、どんな生命が生まれるかが変わってくる、と予想されている。」
話し始めたバルシナの言葉を僕はしっかりと聞いていたが、案外早くツッコミどころが出てきたので、すかさず突っ込むことにした。
「『予想されている』ってのはどういうことだ?」
僕のこの問いに対しての答えは案外簡単なものだった。
「だから、この儀式自体が、今回が初めてなのよ。」
そう彼女は言った。
「…え?」
そもそもこの儀式自体はエル達の能力を掛け合わせることにより、新しい生命を誕生させる、というものらしい。確かに、彼女達の能力を同時に発動するとなれば、治癒や薬毒、水や光、そしてシーカの全能の能力があれば、新しい生命を生み出すことが出来るかもしれない。
少し不安がない訳では無い。だが、この儀式が成功する唯一の希望は、この計画がルヌフガによってよく思考、検証されてから確立されたものだと言うことだ。
大丈夫なのかよ、と思う反面、あの人なら信じられる、と僕は心のどこかでそう思っていた。何故ならあの人は、紛れもなく僕と同じ研究者なのだから。
「それじゃ、儀式を始めるわ。」
ティマのその声で、部屋の中の空気が一気に変わった。場に緊張感が漂う中、タリュウスは「大丈夫大丈夫、成功するよ。」とその場の皆を落ち着かせるように言った。
まずタリュウスとメイレルが光と闇を生み出し、それをティマが水のようなもので包む。そこにキュモロとバルシナが生と死のエネルギーを送る。そして最後にシーカが未知の能力を発揮する。
そして、そこで僕は目を疑うことになった。
皆が能力を集めている、その場所が数値化した。
僕が声を出す暇もなく、その数値化は一気に広がっていった。
僕はこの現象をよく知っていた。タイムマシン研究において、時間移動にいつも伴う現象。タイムパラドックスだ。
僕はすぐに自分が数値化していないことを確認する。この世界で起きる事象にタイムパラドックスが生じたとしても、それは「その世界におけるルールの改変」であるため、部外者である僕自身に数値化、即ち修正が入ることはない、と瞬時に判断した。
僕はすぐに次の思考に移る。
でもなぜ今、タイムパラドックスが?
僕は脳を酷使する。
そして、ルヌフガの話を思い出し、整理する。 
エルの誕生には、そのエルの個体が固有の能力を有すはずなので、タイムパラドックスが必要不可欠。そしてタイムパラドックスを起こす方法として…彼らの能力を集めた?
いや、しかしタイムパラドックスという現象自体を能力で起こすことは出来ないはずだ。そもそも能力は僕の世界にもあった「火」や「水」などの「この世界というルールの中にある1つの物質」を主な基礎としているわけであって、「世界そのもののルールを変える要因」にはなり得ない。
と、そこで僕の意識は、僕の目に移った光景に無理やり引き戻される。
皆が、数値化されている。 
そんな地獄のような光景が広がっている中、小さな少女は、数字を纏うこともなく、立っていた。彼女は僕の方を向き、そのつぶらな銀色に光った瞳で僕を見つめる。
僕はやっとの思いで口を開く。
「…君が、この現象を引き起こしたのか?」
「うん。そうだよ。」
そう、シーカは答えた。続けて何かを言おうと口を動かそうとしたところで、彼女は気を失った。
そして、世界を包んでいた数字達は何処かへ消えていく。
僕はシーカに駆け寄る。同時に皆の意識が、その体に戻ってくる。
「ど、どうなったんだ!?」
真っ先に声を出したのはバルシナだった。皆の意識の中では、このタイムパラドックスの現象自体が、感じ取ることの出来ないぐらい短い時間で行われていることになっているのだろう。
「お、おい、大丈夫か?2人とも。」
「僕らは大丈夫だ。それよりも…」
僕は先程まで何も無かったはずの場所を指さした。皆が僕の指さした方向に顔を向ける。
「…ふ、双子?」
ティマの声に、僕は改めて認識する。
そこには双子のエルの赤ちゃんが仲良く寝ていた。
「私は『1番様子のおかしい人物は?』って聞いたのよ?『人物』なんてここにはあなたしかいないじゃない。」
そうか、なるほど。
確かに『人物』は僕だけだ。
その言葉を、僕は頭の中で反響させていた。
僕の様子がおかしい。僕の様子がおかしい。と、いうことは?
普段の思考力がだんだんと戻ってくる。それと同時に僕の指の痛覚も戻ってきた。
「っぁぁぁぁあああああ!!!!」
僕は激しい痛みに突然その場にうずくまる。バルシナは「やっと戻ったか」と僕の指を掴んでいる手を離した。僕は廊下で自分の手を掴みながらあまりの痛みにバタバタしていた。
「ほら、治療してやるからじっとしてて。」
「お前がやったんだろ!!」
「そりゃユキトが血迷ってたからだろ?」
「それにしてもやりすぎだ!!!」
彼女は少し申し訳なさそうな素振りを見せるのかと思ったが、反対に「あ?」と睨みつけてきた。…なるほど、僕が浅はかだった。
「そうだよ、あんたは浅はかだったんだよ。」
彼女は少し勝ち誇ったように、そしてこの状況の答えを告げるように、僕にそう言った。
「大丈夫?なんか叫び声が聞こえた気がしたんだけど…」
僕が絶叫した直後、バルシナは素早く僕の手を能力によって治した。それと同時に103号室の扉が開き、シーカが駆け寄ってきた。ほとんど同タイミングだったため、僕の指があらぬ方向に曲がったグロテスクな光景を見ずに済んだのかどうかは僕にはわからないが、この反応からして見ていないのだろうと思う。というか、そうであって欲しいと願った。
「そうか?私は聞こえなかったけど。」
サラッとバルシナは嘘をついた。平気な顔をして、更には心までも空っぽにして。
「別に何ともないよ。…それより」
僕は心の中で「今度はこっちの番だよ」と言った。
「ごめんね、僕の様子おかしかったから心配してくれてたんだよね。変な心配かけてごめん。」
僕はシーカの目を真っ直ぐに見つめ、そう言った。すると彼女は少し微笑み、1度目を閉じた。今思えば彼女の目は少し銀色に光ってたのかもしれない。だが彼女が再び目を開くとその目はもう銀色には光っていなかった。
「良かった。私ね、ユキトが1人で考え込んじゃってるんじゃないかって心配してたの。でも、今のユキトはもう大丈夫みたいだね。」
彼女は無意識に、僕の心を見ながらそう言った。
つまり、彼女は僕の心を読んでいたんだと思う。
誰にも読めなかった僕の心を、彼女は読み、そしてそれを解決して欲しかった。
そんな願いから、無意識に能力を発動していたんだと思う。
そう、彼女は無意識のままに能力を発動していた。
僕の悩んでいるであろうことを周りの皆に話してもらうため。シーカは僕の心を周りの皆に『共有』させていたんだと思う。
先程、バルシナが僕の心の中を言い当てることが出来たのはシーカの能力によって僕の心がわかったから。そう考えると、タリュウスの行動、バルシナの言動、そして気を使ってくれたのだろうか、ティマの様子も今思えば少しおかしかったと思う。
僕は心の中で「そうだろ?」と呟きながらバルシナの方を向く。しかしバルシナは僕の視線には気付いておらず、ずっとシーカを見ていた。ほら、やっぱり君には僕の心がわからないじゃないか、と心の中でからかいつつ、シーカが能力を解いたことに少し安堵した。
「別に思い悩んでいた訳じゃないんだ。少し考え事をしてただけで…。」
そんなことを言うと、シーカは少し寂しそうな顔をした。
ここでバルシナが「あんたまた同じ鉄踏むのかい?」などと言ってくるかと思っていたけど、流石にそこまで僕のことをバカにはしていないらしい。 案外僕はバルシナの中でわかる存在だと認識されているのかもしれない。そんなことを思いつつ、今度はバルシナにも伝わるように視線を送り、少し微笑んだ。バルシナは少し困ったような顔をしたが、ニコッと笑い返してくれた。
「でも、これからはちゃんとシーカに相談することにするよ。」
僕はそう言いながら、彼女の頭にそっと手を置いた。彼女は僕を見上げると、今度はニコッと笑った。
僕とバルシナとシーカは部屋へと戻っていく。
ユキトとシーカの微笑ましい光景を見ながら、バルシナは心の中で呟く。
「ユキト。あんたはもっと自分に正直になった方がいい。周りに気を使い、自分を覆い隠すことばかりをしてきたから、周りに頼ることが苦手なんだ。そしてもうあんたは、あんたの中にはもう確固たる意志と大切な気持ちがあるんじゃないのか?あんたはもっと自分自身を知るべきだ。」
だが、この言葉は彼には届かない。
そして、この気持ちも。彼には届かない。
それでも、バルシナは笑った。
「こんな私の気持ちがさっきみたいにユキトの心の中に映し出されればいいのに、なんてそんな甘えたことは言えねぇよな。第一、私自身もこの気持ちを伝えちゃダメな事くらいわかってんだよ。大丈夫だ。なんせ、私は私。治癒魔法を使うバルシナ様なんだぜ?こんな心の傷ぐらい、いつでもちゃちゃっと治せるんだよ。」
自分にそう言い聞かせると、バルシナは部屋へと足を踏み入れようとした。すると、メイレルが自分に近づいてきた。
「メイレル、少し待たせたな。戻ったよ。」
私は笑顔を顔に貼り付け、メイレルに明るく挨拶をする。メイレルはその言葉を聞いたのか聞いていないのかわからなかったが(反応がほとんど無かったからだ)、メイレルは私に近づくスピードを少し早めると、そのまま私に抱きついてきた。
「…どうしたんだ?私が居なくて寂しかったのか?」
私は優しく声をかける。するとメイレルは抱きついたまま顔をあげ、首を横に振る。そして私に指をさしてこう言った。
「バルシナが、寂しそうだったから。あなたこそ、自分に正直になった方がいい。傷は、いつでも治せるかもしれない。でも、その痛みは今しか味わえない。そんな感傷に、浸っていたいのなら、私はあなたを抱きしめる。」
メイレルがこんなにも話したことに驚くと共に、メイレルもまた、私に気を使ってくれていたことを思い知る。そしてバルシナは気づいた。
「あぁ、そうか。なるほど。私がユキトに、そう思ったり、そういうことが言いたかったのは、自分に似てると思ったからなんだ。」
バルシナはメイレルだけに聞こえるようにそう呟いてから笑った。この気持ちも、私とユキトが似てると思ったからなのかもしれない。
皮肉だな。私自身が、『感傷に浸っていたい』っていう自分の気持ちに素直じゃなかったなんて。私も私で浅はかじゃねーかよ。
バルシナは少し泣きそうな気持ちを堪え、メイレルを抱きしめてから、「後で胸貸してくれ。」と言って、いつものバルシナに戻った。メイレルは少しも笑わなかったが、心が笑っているのがその時だけわかったような気がした。
バルシナとの一件があった後、僕らは103号室に戻り、予定通り子供を誕生させた。もっとも、僕が想像していた事とはかけ離れた方法でその新しい生命は生み出された。
「私たちはこの儀式を、『生命誕生の儀』と呼んでいる。この儀式では、私たちの個々の一つ一つの能力のスペックの高さによって、どんな生命が生まれるかが変わってくる、と予想されている。」
話し始めたバルシナの言葉を僕はしっかりと聞いていたが、案外早くツッコミどころが出てきたので、すかさず突っ込むことにした。
「『予想されている』ってのはどういうことだ?」
僕のこの問いに対しての答えは案外簡単なものだった。
「だから、この儀式自体が、今回が初めてなのよ。」
そう彼女は言った。
「…え?」
そもそもこの儀式自体はエル達の能力を掛け合わせることにより、新しい生命を誕生させる、というものらしい。確かに、彼女達の能力を同時に発動するとなれば、治癒や薬毒、水や光、そしてシーカの全能の能力があれば、新しい生命を生み出すことが出来るかもしれない。
少し不安がない訳では無い。だが、この儀式が成功する唯一の希望は、この計画がルヌフガによってよく思考、検証されてから確立されたものだと言うことだ。
大丈夫なのかよ、と思う反面、あの人なら信じられる、と僕は心のどこかでそう思っていた。何故ならあの人は、紛れもなく僕と同じ研究者なのだから。
「それじゃ、儀式を始めるわ。」
ティマのその声で、部屋の中の空気が一気に変わった。場に緊張感が漂う中、タリュウスは「大丈夫大丈夫、成功するよ。」とその場の皆を落ち着かせるように言った。
まずタリュウスとメイレルが光と闇を生み出し、それをティマが水のようなもので包む。そこにキュモロとバルシナが生と死のエネルギーを送る。そして最後にシーカが未知の能力を発揮する。
そして、そこで僕は目を疑うことになった。
皆が能力を集めている、その場所が数値化した。
僕が声を出す暇もなく、その数値化は一気に広がっていった。
僕はこの現象をよく知っていた。タイムマシン研究において、時間移動にいつも伴う現象。タイムパラドックスだ。
僕はすぐに自分が数値化していないことを確認する。この世界で起きる事象にタイムパラドックスが生じたとしても、それは「その世界におけるルールの改変」であるため、部外者である僕自身に数値化、即ち修正が入ることはない、と瞬時に判断した。
僕はすぐに次の思考に移る。
でもなぜ今、タイムパラドックスが?
僕は脳を酷使する。
そして、ルヌフガの話を思い出し、整理する。 
エルの誕生には、そのエルの個体が固有の能力を有すはずなので、タイムパラドックスが必要不可欠。そしてタイムパラドックスを起こす方法として…彼らの能力を集めた?
いや、しかしタイムパラドックスという現象自体を能力で起こすことは出来ないはずだ。そもそも能力は僕の世界にもあった「火」や「水」などの「この世界というルールの中にある1つの物質」を主な基礎としているわけであって、「世界そのもののルールを変える要因」にはなり得ない。
と、そこで僕の意識は、僕の目に移った光景に無理やり引き戻される。
皆が、数値化されている。 
そんな地獄のような光景が広がっている中、小さな少女は、数字を纏うこともなく、立っていた。彼女は僕の方を向き、そのつぶらな銀色に光った瞳で僕を見つめる。
僕はやっとの思いで口を開く。
「…君が、この現象を引き起こしたのか?」
「うん。そうだよ。」
そう、シーカは答えた。続けて何かを言おうと口を動かそうとしたところで、彼女は気を失った。
そして、世界を包んでいた数字達は何処かへ消えていく。
僕はシーカに駆け寄る。同時に皆の意識が、その体に戻ってくる。
「ど、どうなったんだ!?」
真っ先に声を出したのはバルシナだった。皆の意識の中では、このタイムパラドックスの現象自体が、感じ取ることの出来ないぐらい短い時間で行われていることになっているのだろう。
「お、おい、大丈夫か?2人とも。」
「僕らは大丈夫だ。それよりも…」
僕は先程まで何も無かったはずの場所を指さした。皆が僕の指さした方向に顔を向ける。
「…ふ、双子?」
ティマの声に、僕は改めて認識する。
そこには双子のエルの赤ちゃんが仲良く寝ていた。
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