繋がりのその先で

Bolthedgefox

2-9不可解な儀式

ある日、僕はバルシナに呼ばれて隣の部屋の103号室に来ていた。僕がその部屋に着いた頃には、ティマ、メイレル、バルシナ、キュモロの四人が何やらヒソヒソと会話をしていた。僕が来たことを確認するなり、その四人は僕に、「念のため、シーカとタリュウスも呼んで来て」といい、メイレルが僕の目の前に不思議な光を作った。僕はとっさに手で目を覆っていたが、「大丈夫」というメイレルの言葉を聞き、恐る恐る覆っている手を外した。すると、目の前で光は空中に止まりながら微弱な光を出し続けていた。なぜか眩しくはなかった。なんとも不思議な現象に、僕は心を奪われる。

「それは『導きの光』と言って、探している物や人、対象物に導いてくれるの。何かまた探し物や探している人がいたら、メイレルに声をかけるのよ。」

と自慢げにバルシナが説明する。

「…なんでお前が説明するんだよ。この光を出したのはメイレルだろ?」

何故かメイレルの放った光の詳細を、バルシナが説明したことに、少しの疑問を感じた俺は、とっさに聞き返してしまう。(バルシナへの反発心が少しもなかったかと聞かれるとあったかもしれないが。)

「…あんたねぇ、観察眼は凄いってのに、乙女心は本当に何一つ分かってないんだから。」

バルシナが呆れたように僕を細目で睨んでくる。僕はここに来てからのこの短い間に、どれだけ彼女の蔑むような表情を見たんだろうか。心の中で「こんなにも人をバカにすることが似合う人(否、エル)はいないな」と少し関心すると共に、表に感情が出ないように皮肉として尊敬の念を送る。

「…どうせあんたの事だから、今私の事心の中で罵倒してるでしょ。」

「いやいや、僕は君のことを罵倒なんてしないよ。そんなの、するわけないじゃないか。」

あからさまな程に感情のこもっていない棒読みを披露した僕に、彼女は強烈な殺気を放った。それに怯むことなく、僕はさらに煽る。

「おいおい、もしかしてそっちが心の中で僕のことを罵倒してるんじゃないのか?」

「罵倒はしてないわよ、『罵倒』はね。」

お互いの皮肉か飛び交う中、ティマとキュモロが止めに入ろうとしたことを僕達はすぐに感知し、お互い口をつぐんだ。一通り言い終わった彼女は、「ふんっ」と言ってそっぽを向いてしまった。僕はそんなバルシナを放っておいて、メイレルに「じゃ、探してくる」と一言かけた後、僕は部屋を後にした。部屋の中でティマが、「本当、素直じゃないんだから。」と言ったことには気が付かずに。






「シーカぁ、タリュウスぅ?」

僕は大きな声で呼びかけながら、メイレルの作ってくれた光を追う。バルシナの説明が本当なら、導きの光についていくだけでシーカとタリュウスに会えるので、こうやって大きな声を出しながら歩く必要もないのだが、自分の世界で当たり前にしてきたことをそう簡単に変えられるはずもなく、結局、僕は喉を酷使しながら廊下を歩いていた。104号室にシーカがいると思っていたのだが、光が止まらなかったので、僕は少し心配になって一応中を確認してみたが、本当にいなかった。何処かに手伝いに行ってるのだろうか。

にしてもなんで103号室にあんなに人が集まってたんだ?確かに「ザクレイル」があるのはあの部屋だが、今まで集まったことはなかった。最近わかったことだが、ザクレイルというのは、エルの健康状態を管理するものらしく、1ヶ月に数回、約30分ほど、交代で入るらしい。ザクレイルの中に入っている液体は、エルの体内に入り込んでしまった害になるものを、消し去ってくれる効果があるらしい。まぁいわゆる、見た目はお風呂、中身は薬みたいなものだ。それに全身を浸けることにより、エル達は健康を保っているのだ。そのザクレイルを使って何かをするのだろうか。…全く検討がつかない。

まぁ、タリュウスに聞いてみればわかるだろうと考えながら、そこで一旦思考を切り、導きの光について行くことに専念する。

この施設は思っていたほど大きくはない建物だった。最初にここに来た時はどこの総合病院だと思ったが、住んでみれば案外、心持ちは使い勝手のいいアパートのようなものと化していた。エルたちとの生活の中でよく使う部屋の場所や庭に続く通路、沢山の倉庫の場所などを覚え、そこから彼らが居そうな場所を頭の中で1人ずつリストアップするという凄く面倒なことを今までやっていたのだが、導きの光があれば、メイレルが何処に居るのかさえわかれば、探し人や探し物はすぐに終わるのだ。さっきそれをバルシナの口から聞いた時、正直もっと早く言って欲しかったと思ったが、記憶が消えないとはいえ能力に頼るのは良くない、と自分の制御する部分が自らに語りかける。

「あら、ユキト。どうしたの?」

突然の声に、僕は一気に現実に引き戻される。そこにはシーカがいた。馬鹿なことに僕はまた思考に浸っていたのか。さっき光について行くことに専念しようって決めてたじゃないか。そんな事をしていたら、シーカに怒られてしまう。

「…また考え事?何を考えてるのか知らないけど、考えながら歩くと危険よ?」

案の定、言われてしまった。

「ごめんごめん。それより、今ちょっと大丈夫?ティマ達が来てほしいって言ってるんだけど。」

先にタリュウスに会って、何をやろうとしているのかの情報を得たかったと少し思いながら、シーカに要件を伝える。

「あぁ、それなら大丈夫よ。私の仕事も一段落ついたところだし。それに少し前からティマが集合かけるかもって言ってたしね。」

導きの光が動き出したので、僕とシーカはその光について行くために歩き出す。

「お、ってことは今から何するのか知ってるのか?僕は何も聞かされていないから知らないんだよな。」

ダメ元ではあるものの、少し期待を込めて聞いてみるが、シーカは表情を変えずに言った。

「それは私も知らないよ。特に何も言われなかったし、聞かなかったから。」

「そっか…。しっかし、あの狭い部屋に皆集まって、今から何をするんだろーな。」

半ば独り言として言ったのだが、それを聞いたシーカは真面目に考え始めた。こんな些細な疑問にも真剣に答えを返そうとしてくれる。僕はそんなシーカの横顔を見つめながら可愛いなと思った。しばらく考え込んでいたシーカだが、ふと僕の視線に気が付いたらしく、不思議そうな表情をした。

「…何?」

「あっ、いや、この前のこと、思い出してて。」

咄嗟に口にした言葉がそれだった。シーカの頬は段々と赤くなっていき、顔を背けた。

「あの、あの時はごめんね。その、流れっていうか、あんなことになっちゃって。」

「いやいや、私もその、急に気を失っちゃって。ごめん。」

2人は同じ道を歩きながら、それぞれ違う方向に顔を向ける。少しの沈黙が生まれる。
そもそもなんであんなことになったんだっけ、と少し考えてみるが、あの時の印象が強く、その直前の行動の記憶はキレイさっぱり無くなっていた。
単純だな、人間の作りって。
ロボットであれば、全てを記憶しているため、「印象の強弱」が記憶に影響を及ぼすことはない。(そもそも、ロボットに物事に対しての印象の強弱があるのかどうかの話だが。)

「…れたくない。」

少しの沈黙を破り、突然シーカが小さな声で何かを言った。だが、最初の方は聞き取れなかった。

「何て言ったの?」

すると彼女は少し上目遣い気味で僕を見て、

「ナイショ。」

と言い、ニッコリと笑った。僕は内心「可愛い」と呟きながら、「なんだよ。」と照れ隠し気味に言ってみる。彼女は僕が心の中で照れていることも知らずに、さらに追い打ちをかけてくる。

「さっきの話も…私とユキトだけの秘密ね。」

表情筋に力を入れ、全力で耐える。意識していないと顔が崩れ、にやけてしまう。彼女は無意識でやっているのだろうが、僕にとってはかなり可愛い仕草だった。

「うん、そうしよう。」

辛うじて何事も無かったかのようにいつも通りに言葉を返す。僕はいつの間に、この子にこんな心を動かされるようになったんだろうと考える。彼女が泣いていたときから?彼女の今の現状を知った時から?それとも最初から?そんなことを考えつつ、日々の幸せを噛み締める。

「あ、着いたみたいだよ。」

彼女は僕を置いて小走りに部屋のドアへと近づく。その時の彼女は、もういつも通りの彼女だった。

「タリュウスー、いる?居るなら出てきてー。」

何度目かのノックで、カチャッとドアの開く音が廊下に響いた。

「…ん、どうしたんですか?」

中から出てきたのは、髪がボサボサになった寝起きのタリュウス本人だった。僕達はタリュウスに事情を説明した。

「なるほど。そしてこの3人で皆のところに行くんだね。ははー。今日のはちょっと楽しみだなぁ。」

僕の話を聞いて、タリュウスは寝起きとは思えないほどにテンションが上がっていた。

「お、っていうことは今度こそ、タリュウスは今から何をするのか分かってるってことか?」

「うん。知ってるよ。」

その意外な返答に、僕達は驚きとともに目を輝かせ、タリュウスの口から発せられる言葉を待った。

「これから子孫を作るんだ。」

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