繋がりのその先で

Bolthedgefox

2-7記憶の重さ

「ええっと、その。」

僕は今、ベットの上に座っている。そして少し離れたところに見慣れた少女が一人。少女は不思議そうにこちらを見ていた。

「これは一体、どういう事なのでしょうか。」

朝日というには少し弱い光が、窓の外から入り込んでくる午前9時。いつもより起きるのが遅かったなと僕は心の中で少し反省する。

今までにもこのようなことはあった。その時の記憶は今でも鮮明に思い出せる。脳に張り付くような悲しい記憶。僕はそれらを思い出しながら改めて現実を見る。僕が少女に名前を付けてから、もう数ヶ月が経ち、今ではこの光景にも慣れたものだ。

「おはよう...『ございます』の方が良いかな?」

僕はベットから降りながらそう言った。少女は僕が近づいてくることがわかったのか、少し後ずさる。

「...あなたが、『ユキト』さんですか?」

敬語が抜けていないってことは、やっぱり忘れてるんだな。でもいつも名前だけは覚えていてくれる。


「そうだよ。僕はユキト。記憶を失って森で倒れていたところを君に助けられたんだ。」

部屋の奥に置いてあったノートを手に取り、少女に渡した。少女は一度僕の顔をチラッと見た後、ノートを手に取った。少女は不思議そうな顔をしながらノートに書いてあることを黙読していく。すると、あるページで少女の手が止まった。

「っあ。」

彼女の口から、声にならない音が溢れる。
いつの間にか少女の目には涙が浮かんでいた。

「思い出した?今回も上手くいったみたいだね。おかえり。シーカ」

僕の言葉に彼女は溢れてくる涙を抑えることが出来ずに、その場に崩れ落ちた。

「ただいま。ユキト。」






シーカ。僕が彼女にそう名付けた日、彼女は記憶を失った。自己の能力を発動する代償として彼女は何か大切なものを失う、という所までは僕も聞いてはいたが、まさか記憶を失っていくとは思ってもいなかった僕は、それを悟ったとき、全身から力が抜けていった。

それが、僕と『シーカ』の初めての別れだった。

翌日、彼女が目覚めた時には僕の名前だけは覚えているが、それ以外の全ての記憶を失っていた。僕と出会ったこと、ルヌフガと一緒に下山し、ここまで来たこと、ティマ達と自己紹介したこと、さらには自分の両親が死んだことさえ忘れてしまっていた。僕はその時、わからなくなった。思い出せないことの方が辛いのか、思い出すことの方が辛いのか。シーカはこれから能力を使う度に記憶を失っていく。ということは、その都度、自分の悲しい記憶や残酷な現状に目を合わせなければならなくなる。それはいくらなんでも可哀想ではないか。そう僕は思い、シーカとの何度目かの再開のタイミングで、本人に聞いてみることにした。

「なぁ、シーカ。その、ちょっと聞きにくいんだが、毎回毎回過去を思い出すのって辛くないか?」

彼女は僕の質問に対し、少し考えるように下を向いた。

「…そうね、別に『辛く』はないのよ。だって『思い出す』んだから、元々心のどこかにはあるってことでしょ?感覚的に説明すれば、目覚めた時、私は不思議な違和感を持っている。その違和感が、記憶を取り戻すことによってなくなる、腑に落ちる、と言うのが1番近いかな。」

彼女はなるべく感情を表に出さないよう淡々と僕の質問に答える。

「だから『思い出す』ことは別に辛くない。それは単に元々辛いことを忘れているだけで、その辛さは私の中のどこかにいつも存在しているものだから。たとえ思い出すことが辛かったとしても、その辛さや痛みは私が背負っていかなくちゃならない…いいえ、私が背負っていきたいの。」

彼女の言葉はその見た目に似合わず、ずっしりと重かった。『記憶』を保持することが出来ないということは、つまり『今までの自らの人生を背負うことが出来ない』ということに等しいのだ。僕は改めて彼女の運命を哀れんだ。こんなにも重たいものを彼女1人に持たせるなんて。僕は神など信じるたちではなかったが、この時だけは心底神を憎んだ。

「本当は辛いのかもしれない。でも。」

そこで彼女は少し下を向く。その仕草を見て、僕はやはりこの質問をすべきではなかったと後悔した。
僕は何と声をかけようか迷っていた。何か償いをしたかったから。彼女に少しでも辛い思いをさせたくなかったから。だが、僕に出来ることなんて何があるんだ、と心の中で自分を刺す。心中で意味の無い殺傷を繰り返しながら、時間だけがただ過ぎていく。

すると彼女は少し躊躇ってから言葉を口にした。

「でも、私は1人じゃない。」

彼女は僕を真っ直ぐ見て言った。

「私には、ユキトがいる。」

少し頬を赤らめながら、彼女はまるで僕の返事を待っているかのようにずっと僕の目を見つめている。ここでやっと僕は彼女に必要とされていることに気がつく。今までは自分が彼女に何かをしてあげたいからという理由で行動していたため、逆にどこまで踏み込んでいいのかわからず、悩むことも多かった。だが、今の彼女の言葉は、今の彼女は僕を必要とし、僕がしていることの意味を証明してくれた。そのことに気づき、僕は心の中で喜んだ。今まで彼女の目を見て話すことが少しだけ憚られていたが、僕はその時、彼女と出会ってから初めて、彼女の目を見て言葉を届けようとすることができた。

僕の行動は無意味なものじゃなかった。ちゃんとシーカのためになっていたんだ。

「そうだな。シーカには僕がいる。僕がついてる。」

半ば自分に言い聞かせるように、そして彼女に想いが届くように、ゆっくりと微笑みながら言った。この時僕は、僕の中にある気持ちにやっと気が付き始めていた。






静かな部屋、澄み切った空気。ほのかだが光りを届けてくれる太陽。窓の外には大きな庭。都市がなく、車の騒音なども全くしない世界。そこで俺はエルフィー達と暮らしていた。もうここに来てから約2ヶ月が過ぎたが、未だに元の世界に帰れる手段は見つかっていない。一応、ルヌフガとも色々話をしたが、大きく二つの問題と一つの意見で元の世界に帰還することはできない、またはしないと判断した。

まず一つ目、今はいつで、ここはどこであるかがわからない、という点だ。
僕が使ったタイムマシンは時間と位置、つまり時間軸と三次元上での座標を指定して飛ぶシステムなのだが、おそらく、実験の最終段階で「時間軸」か「座標」を決めるシステムのどちらかに何らかの問題が発生し、誤作動を起こしたと考えられる。なぜ「どちらか」なのかというと、そもそも両方のシステムが故障していた場合、タイムマシンはほとんどの工程を正常に行えないため、全てに異常が生じ、高確率で実験体である僕はその負担に耐えきれずに死ぬだろう。ここが死後の世界であるなら話は別だが、僕はこうして今も生きているので、タイムスリップは一応成功できるだけの「ミス」で済んだというわけだ。さらに、この惑星には地球と同じ文明、酸素や二酸化炭素からなる空気、広大な自然と海があること、それから僕が知っている日本をルヌフガも知っているということから、故障したシステムは「三次元上の座標」の方ではなく、「時間軸」の方であると推測が立った。そこで僕はルヌフガにある提案をした。
「あの空に光っているものを仮に『太陽』と定義し、光の強さでこの惑星が太陽とどれほど離れているかを調べてみよう。」と。
すると予想通り、僕らがいた時代の太陽と地球の位置とは若干異なるが、この惑星が地球で光っているのが太陽だと決定づけられるほどのデータを得ることができた。そこからは今、僕らのいた時の太陽と地球の距離と、今の地球と太陽の距離の差を調べ、今がいつなのかを推測する、という方針が立った。
そして帰還できない理由の二つ目は、この時代の文化の発展状況だ。
僕たちの時代では、エルフィーの持つ能力のような、いわゆる「魔法」のようなものはなかったため、僕たちは機械を作り出し、それを発展させていき、最終的にタイムマシンを作ってここに来たわけだ。しかし、ここはどうだろう。タイムマシンを作れるほどの機械化の発展が起きていたのか。答えは、NOだ。機械化はもちろんのこと、そもそも人間がこの世界にいなかったので、発展するも何も、「社会」というものがなかった。そこで、ルヌフガとともにここにやって来た何人かの研究員が、この数十年間で街を作り、機械化の環境を整備し、見事に機械化の社会を作ることに成功したらしい。だがそれでも、まだ発展が足りない。我々は多くの知識を持っているため、次にどう行動すれば先に進むかで迷うことはないが、それでも実際それをやるとなると話は別だ。かなりの時間を必要とする。要するに、現段階で「タイムマシン」を作るだけの資源と材料がないのだ。
さらにルヌフガ達は、タイムマシンの研究に失敗している(ルヌフガ達は、実験中、『事故』でここに来たと言っていたため、研究を最後まで進めることはできなかったと推測される)ため、今の所、タイムマシンを正確に作り出し、安全に元の世界に帰るためのタイムマシンの設計図や理論を知るものは僕だけしかいない(まぁその僕も、なんらかの理由で失敗したわけだが)。なので、街を発展させるにあたり、タイムマシンを作るのに必要な部品を作っているとは到底思えない。タイムマシンを作るにしても、部品から作る必要があるのだ。

そして、帰らない理由。これは僕とルヌフガ、共に話す前から思っていたことだが、この世界に勝手に割り込み、エルフィー達の運命をねじ曲げるだけねじ曲げ、放っておいて元の世界に帰るというのはいくら何でも自分たちを許せないのだ。せめて、今を生きているエルフィー達に、罪滅ぼしにもならないが、助けになりたい、そう思ったのだ。

自分のベットに寝転びながら、これからの方針をもう一度頭の中で整理していた僕は、ふと体を起こす。

「それに、シーカがいるからな。」


いつもシーカが寝ているベットの方向に目を向け、そんな言葉を発した後、口には出せない言葉を心の中で付け加えた。















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