繋がりのその先で

Bolthedgefox

1-11何かのずれ

陽射しが少し強くなってきた7月。俺達はタイムマシンの制作において、少しの壁にぶち当たった。俺と時雨と昴、三人で必死に考えて至った仮説が、あまり思ったように上手くはいかず、タイムマシンの構造自体を少し見直さなければならなくなったのだ。そこで俺達はタイムマシン制作を一時的に中断し、気分転換に海に行くことにした。...本当は先月の件で時雨がまだ怒っていたので、 その機嫌を直してもらおうという試みもあった。時雨はあの一件があってから、俺の顔を見ると赤くなり、少しツンケンした態度をとってくる。まぁ無理もないんだろうけど、あれはもう不可抗力だから仕方のないことだと俺は思うようにしている。

「...不可抗力じゃない!!私が目覚めるまでに忘れずに服を着せてくれていたら、こんなにも恥ずかしい思いをしなくて済んだのに!!」

と、時々時雨は俺の思考を読んではそういってきた。

...確かに、それを言われるとこっちは何とも言えなくなるんだよな。俺は心の中で呟く。

「まぁ、でも時雨がそういう反応をするから、俺は変に意識してしまうってのもあるんだぞ⁇」

こんなことを言ってみたりすると、時雨はさらに顔を赤くして押し黙った。

「ぼ、僕は何も見てないからね??すぐに僕は何も見ずに部屋から離れたから!!」

昴が必死に言い訳をする。...こいつはこいつでこういうキャラを作ってるんだろうな。

この数週間の間、こんな会話を何回か繰り返しながら、俺達は日々を過ごしていた。時雨が恥ずかしがっている姿を見ても、俺自身は何とも思っていなかったが、俺の心は俺の意識下で少しずつ、ゆっくりと動いていたのかもしれない。

そして今。俺達は浜辺に三人で座っていた。俺は静かに目を閉じる。波の音で包まれる、この感覚。俺はそのまま目の前に広がっているであろう光景を思い浮かべる。キラキラと光る海。どこまでも続いている地平線。ジワジワと体を焼く日光。俺はいつもとは違う非日常的な状況や光景に浸る。全身で海を感じるこの感覚が、俺にやっぱり海は良いなと思わせる。

「...何してるの??」

ふと前の方から声をかけられ、俺は目を開ける。そこには水着姿の時雨が俺の顔を覗き込むように見ていた。俺はとっさに目を背ける。...その体勢をされたら、男子はみんな目のやり場に困るんだよ。俺は内心を読まれないように呟いてから、時雨に返事を返す。

「あー。海を感じてた。」

それを聞いた時雨は少し顔を引きつらせ、『え??』という顔をしてくる。うん。これは明らかに『え??』という表現が当てはまる顔だ。

「...何か春樹っぽくないね。もっとこう、美人の水着姿を想像してたとか、そんなんじゃないの??」

今度はこっちが『え??』という顔をする番だった。

「は??え??そんな、まるで昴みたいなこと考えてるわけないだろ。まさかまさか、昴じゃあるまいし。」

俺は適当に返答を返したつもりだったが、横の昴が『え??』という顔をしていた。...なるほど。今度は昴が『え??』という顔をする番か。

「何を呑気に『なるほど。今度は昴が『え??』という顔をする番か。』だよ。春樹がそんな感じで適当に答えるからでしょ??しかも僕はそんなハレンチなことは考えてないよ!!」

すると、急に時雨がニヤっと笑った。

「...二人とも、否定すればするほど肯定になるって知ってる??」

「「あれ!?この人、こういうキャラだっけ!?」」

久しぶりに昴とシンクロした。時雨はそれを見てぷっと吹き出すと、盛大に笑い始めた。笑っている時雨を見て俺と昴も一緒になってそれに続くように笑った。

「まぁわかった。今回は信じてあげる。」

そういうと、時雨はもう一度ニッコリと笑った。

本当にこういう所でこういう会話をするのが久しぶりだった。俺は心の底から幸せを噛み締めると共に、良い息抜きになりそうだ、と俺は心からそう思った。

「そういえば、私のこれ、どう??」

時雨が唐突に時雨の水着について聞いてくる。俺はいきなりの時雨の問いにかなり動揺するとともに、前回のショッピングモールでの出来事を思い出してしまった。...ここは慎重に答えなければ。とはいえ、女子と海に行って水着について聞かれるなんてことはあるはずもなく、そもそも俺はあまり女子と話す機会がない。だから当然のように、返答はぎこちない物になる。

「どう⁇って聞かれても、まぁ可愛いと思うよ。」

「何で明後日の方向に向いて言ってるの⁇私はこっちにいるよ⁇」

時雨は少し苦笑いする表情で俺に言葉を放った。その言葉が勢いのまま俺に突き刺さる。

「いや、だからその体勢は、こっちからすると目のやり場に...」

俺はそんなことを口に出しながら時雨の方に顔を向けた。すると目に入ってきたのは、やはりあれだ。時雨の胸は正直そこまでは大きくないが、前傾姿勢な上、両腕を膝の上に乗せているので、胸を強調しているような形になり、少し大きく見えた。俺はそれらから目をそらし、時雨の顔を見る。当の本人は俺の心の中で起きている葛藤など知らず、ただポカンと俺を見つめていただけだった。

「...はぁ。」

俺は集中するために目を閉じた。心の中でしたつもりだった溜め息が、口から溢れる。そもそも、俺は何で時雨の方を向いて言わないんだ??俺は何かを恥ずかしがっているのか??言ってしまえば女性型のロボットの胸なんて、今まで点検に来た多くのロボット達で慣れているはずだ。そこに卑猥な感情は全くと言っていいほど持っていなかったじゃないか。

横で昴が声をひそめて、お腹を抱えながら下を向いて笑っている。時雨は暫く俺を眺めていたが、すっとまた海のほうへと歩いていく。俺は完全に自分の思考にとらわれており、今の自分の状況を昴に笑われていることにも気がつかなかった。

そうだ。俺は別に何も恥ずかしがる理由なんてない。そう自分に言い聞かせ、俺は自分の中で自らの思考をまとめる。思考ではわかっていても、理性の方が俺の思考を邪魔する。俺は何故か心の中で時雨の方を向いて感想をいうシュミレートを行った。「よし。これならいける。」そう心の中で呟き、自分を鼓舞したあと、俺は時雨がさっきいた方向に顔を向けつつ言った。

「今日の水着、似合ってると思うよ。」

俺は言い終わると同時に、そこに誰もいないことに気が付く。俺の周りを歩いてた人たちは俺の奇行に一瞬立ち止まりこちらを見たが、すぐさま足早に立ち去っていった。

「ど、どうしたの春樹?誰もいないところにそんなに真面目な顔して何を言ってるのかな?笑」

あぁ。やってしまった。俺は昴の言葉を無視し、下を向く。落ち込んでる俺を見て、もっと冷やかしてくるかと思ったが、今日の昴はそうはしなかった。

「春樹って本当に女の子と話すのが苦手だよね。時雨ちゃんで慣れる練習でもしたら?」

本気で俺を心配しているようだった。

「...いや、普段は普通に話せるんだから良いだろ?別に重要なことでもない。」

俺がそんなことを言うと、今度は何も言って来なかった。何だよ、今日の昴はまるでいつもの昴じゃないみたいだ。

俺は少し昴の方を見た。少し気になったからだ。だが、昴は静かに海を見ていた。
それに習って、俺も海を見ることにした。何か癒されるかもしれない。
そう思った矢先、俺は思った。俺は何か癒しを求めているのか?
もしかしたら、俺は心の中に何かがあるんじゃないか?その何かは俺には全く見当もつかない。ではその『何か』とは一体なんだろう。
そんな疑問を頭の中に浮かべながら、俺は静かな海を眺める。

ふと、視界の隅に時雨が写る。
俺は海を見ていたはずなのに、ある時から俺は自然に時雨を目で追っていた。
俺は何故時雨を目で追っているんだろう。本当に時雨に対しては特別な感情を抱いたりはしていない。あくまでも時雨は俺から見た昴と同じ、親友という位置にいる存在だった。
これは感情的なものではないのか。言うなれば、反射のような。本能の指示するままに動いているような。運命が俺をそうさせているような。そんな感覚に陥っていた。
そんな時、俺の目にあるものが飛び込んで来た。

「春樹!!時雨ちゃんが男二人に絡まれてるよ!?」

俺は自分の思考に浸っていたため、現状を把握することに遅れをとった。不完全な状態で、返答を昴に返してしまった。

「まぁ時雨のことだから、適当に断って帰ってくるんじゃないか?」

だが、昴は落ち着くどころか、さらに警戒心を強めていた。
すると突然。

目に写っていた時雨の体が、膝から崩れ落ちるように地面に倒れた。

「なっ、スタンガン!?」

昴は慌てながらも、状況を素早く分析しているようだった。
男二人は手際よく時雨を担ぐと、その場から素早く立ち去ろうとする。

あぁしまった、とこの時俺は初めて思った。事態の深刻さ、それに気づいた時にはもう手後れだった。

俺は体が反応しすぐさま駆け出そうと立ち上がるが、昴に手を捕まれ、俺はその場に引き戻された。

「スタンガン持ってる相手にこんな裸にも等しい格好で挑んでいこうとするなんて、バカなんじゃない!?最近の春樹はどうかしてるよ!!」

昴は俺の肩を掴み、顔を覗き込んで、怒鳴った。俺はそれに対して言葉が出なかった。呆れたように昴は手を離し、時雨をさらっていく男二人を睨みつけていた。
手の平に爪が食い込む程手を握りしめ、唇を噛み、視界の片隅に消えていく時雨を見つめながら、俺はあぁそうか、と今更ながらに思った。

おかしかったのは周りじゃなくて、俺自身だったんだ。







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