繋がりのその先で

Bolthedgefox

1-9傷に隠された秘密


「時雨、ちょっと良いか??」

俺は緊張を悟られないよう感情を押し殺しながら時雨に声をかける。ちょうど買い物の会計が済んだようで、時雨は振り向きながら「何??」と答えた。俺は自然な流れで時雨の手をとり、歩きだした。時雨の顔が急に引きつった(おそらく顔が赤くなるのを抑えたからだろう)のが見えたが、あえて見て見ぬふりをした。事態はそう軽いもんじゃない。

俺は人気のないところまで時雨を連れていき、手を離す。そして、俺はすぐに本題に入る。

「...その首の傷、どうしたんだ??」

突然の俺の言葉に、時雨は流石に動揺を見せる。

「き、傷??傷なんてある??」

「そこ、その首のところ、ちょっと黒くなってるだろ??」

時雨は鞄から鏡を取り出し、俺の指差しているところを見る。

「...あぁ、これね。確かに黒くなってる。でもこれ、どっかで擦りでもしたんじゃない??」

あくまでも隠し通そうとする時雨に、俺は出来るだけ優しさを込めて言う。

「いいや、その黒いのは傷だ。俺にはわかる。なんたって俺は父の研究をついでロボットを作ってるんだぜ??傷か傷じゃないかぐらいは判別できる。」

時雨は何も言わず、ただ下を見つめていた。
俺がこれから言うことはもう時雨には予想がついているのだろう。すでに嫌そうな顔をされているが、構わずに時雨に話し始める。

「...本来、傷っていうのは怪我をした場所にしかその怪我をしたという形跡が残らないと思ってるだろ??確かに人間はそうかもしれない。でも、ロボットは違う。それは時雨もわかってるんだろ??」

そういうと、時雨は俺の顔をチラッと見てからしぶしぶうなずいた。

ロボットと人間との怪我の違い。それは『痛覚』を持っていない、などの他に『体のどの部分かに傷を受け、そのような傷の数がある一定量をこえると、首、手首、足首に黒い模様が出る』という物がある。おそらく、しぐれの首に出ている黒い物もそれだろう。俺は覚悟を決めて時雨に聞いてみる。

「...とりあえず、怪我をしてるところを見せてくれ。首だけじゃないんだろ??」

俺が何気なくそういうと、時雨は目を見開いた。

「そんなの無理だよ。...こんなところで服なんて脱げないし。」

時雨の解釈に、今度はこっちが驚く番だった。
たっく、そういう意味でいったんじゃな...
そこで俺の思考は一度停止する。
...ん、ってことはまさか。

「ってことはまさか、全身に傷があるのか!?」

俺はここがショッピングモールの二階であることもすっかり忘れ、思わず叫んでしまった。「しーっ!!声が大きいよ!!」と時雨に注意され、俺は「ごめんごめん。」と返す。

「もしかして身体中に傷があるのか??」

時雨はしぶしぶ頷くと、静かに目を閉じる。
今まで俺が見た分には体には傷なんてなかった。だが、時雨は今、傷が身体中にあると言った。それがどういう意味なのか俺はよくわかっていなかった。だが、その答えはすぐにわかった。

「いくよ。」

目を閉じながら、時雨は言った。すると、頭の上から下に向かって、緑色の光がゆっくりと通っていった。その光はまるで、少し前のCTを思い出させるように、全身を駆け巡った。

そしてその数秒後、時雨の身体に数えきれないほどの無数の傷という傷が表れた。一部の皮膚は割けており、中の機械が剥き出しになっているところもある。またあるところは表面が焦げて黒くなっていたり、溶けて形状が変化していたり。俺が見ていた数秒前の時雨からは想像も出来ないような姿になっていた。俺は唖然とすると同時に、自然に口から言葉がこぼれていた。

「...こ、これは。」

「...そう。これは私が編み出した技術、スラ。これでこの数の傷をずっと隠していた。わからなかったでしょ??これは私にしか使えないの。どう??凄くない??」

時雨は開き直ったように話し始める。自分の傷に関しては無関心のようで、むしろ「スラ」という自分だけの技術を使っていたこと、それが今まで通用していたこと、その事の方が重要だったと思わせるような話し方をしていた。

「...それ、は、どうしたんだよ。」

俺の中から言葉が溢れ出す。

「え、だからこれは私が考えて編み出した物で...」

パシッ。

「えっ」

突然の俺の行動に、時雨は驚きの声を漏らした。気がつくと、俺は時雨の頬をぶっていた。正確にいうと時雨はロボットなので、俺がいくら強くぶったところで、機械の顔にかなうわけもなく、彼女の頬で受け止められる形になった。

「俺が聞いてるのはそんなことじゃない。」

時雨はまた黙り込み、下を向く。

「俺はお前の怪我について聞いてるんだ。何でそんなボロボロになってるんだ??この国で普通に日常生活を送っていれば、そんな怪我なんてするはずがない。一体何があったんだよ。」

俺は少し怒りを言葉にこめてぶつける。

「...それについては今は何も言えない。私の口からは、言えない。」

彼女はそう言った。下を向きながら、でもハッキリと。出会ったときと同じような、凄く悲しそうな顔をしながら。

俺は何かを感じとり、それについて深入りすることをやめた。だが、まだ他の問題は残っている。

「...まぁその傷の原因には触れないでおこう。でも、それでもその傷があることを何故言わなかった??俺の見た限り、時雨はかなり重傷だ。『スラ』というのを使いながら日常生活を送るというのはかなり動力が必要で、かなり普段から身体に負荷を与えているはず。じっくり調べていないからまだ詳しいことはわからないけど、その身体、少なくともあと1年持てば良い方だぞ??そんな自分の状態がわかっているのか??」

それでも彼女は黙ったままだった。俺は一度深呼吸をする。

「言ってくれれば、少しでも早くその傷を直せたかもしれない。なのに、どうして言わなかったんだ!?」

なおも時雨は口を開こうとしなかった。俺は時雨の手をとり、すぐに歩きだした。

わかってる。時雨はわかっているんだろう。
わかっていて、あえて言わなかったのだろう。
どんな事情があるのかは知らない。その傷が何故生み出されたのかも知らない。
俺は結局、彼女のことを何も知らないわけだ。
その事実は、俺の心をわかりやすいほどに抉った。
知りたい。知っていたい。
だが、それはあくまでも自己満足であり、自分勝手な考え方だ。
それがわかっているから、俺は結局踏み込めずにいる。

ショッピングモールを出たあと、俺はそのまま家に向かった。家に着くまでの間、俺と時雨は一言も喋ることはなかった。








家に着いた俺は、時雨をそのまま作業室へと連れていく。急いで作業が出来る服装へと着替える俺だったが、ここで一つの疑問に辿り着いた。

「...言いたくなければ言わなくて良いんだが、時雨はどこで生まれたんだ??」

ロボットというのは機械なのだから、必ずそのロボットを作った制作者がいる。そして今現代の技術として、ロボットの構造は多種多様だ。俺はそれをほとんどを記憶しており、修理できる自信があった。

だがここで、時雨はどうなのかという疑問が浮かび上がってくる。時雨は他のロボットよりも頭が良く、さらに運動神経も良い。ロボットの場合、それは性能の良さや材料の質の良さ、さらには内部の構造の出来に直結してくる物だ。さらに、彼女の個人が『スラ』という技術を編み出したとはいえ、元々それが出来る身体の構造になっていないと、あんなことは出来ない。そして、俺はあんなことが出来るロボットに今まで出会ったことがない。

ということはつまり、『その構造を俺が理解できない』可能性があり、『修理が出来ない』可能性がある、ということだ。

俺は緊張しながら時雨の返答を待った。帰り道に一言も喋らなかったというのもあり、少し重たい空気が辺りを覆っていた。

「...それは、私にもわからないの。記憶が消えてて。でもこれだけは言える。春樹なら私を直せる。」

時雨から返ってきた返事は、凄く不思議なものだった。

「それは何の確証があってそう言ってるんだよ。俺はそんなに万能じゃない。そりゃ全力で直すけど、構造が理解できないのなら話は別だ。」

「大丈夫、私を修理してみればわかる。」

まるでそれが『当たり前』かのように、俺が時雨を修理することが決まっていた未来であり、それが今訪れただけの話であるかのように、時雨は言った。時雨は部屋の中心にある台に自分から寝転び、仰向けになった。

彼女は次々と自ら身体の機能を停止させていく。その間も、俺は自分が本当に時雨を直すことが出来るのか、心配していた。不安な顔をしながら見つめていた俺に、最後に彼女は目を閉じる前にこう言った。

「私を信じて。そしてあなたを信じて。」

彼女は目を閉じ、少しの眠りについた。

時雨は身勝手なことを言っている。自分は俺や昴に傷のことを言わなかったくせに、今回だけは自分を信じろというのだ。

...いや、違う。

もし、『ここまでの流れを時雨が予想していた』としたら??
『こうなることがもう自分の中では決まっていた』のだとしたら??
そして『俺が時雨を修理する流れになることもわかっていた』のだとしたら??
時雨は俺が直してくれると信じ、俺のことを最初から深く信頼していることになる。
あえて俺たちに傷のことを言わなかったのも、それでもちゃんと見せてくれたのも、見せたときに俺たちが時雨を責めずに助けてくれることを信じていたのかもしれない。

そう考えると、俺のやることは一つだった。

「...やってやろーじゃねーか。」

俺は気合いを入れ直し、時雨の修理を始める。時雨の言葉に背中を押されながら。

俺はこの時、どんなに複雑な未知の構造であっても解明して、理解してやろうと心構えをしていた。だが、その心構えも結果としては不必要なものであった。

「...おいおい、嘘だろ??」

表面のパーツを外し、内部の構造が明らかになり、それをじっくりと観察した俺は、思わず驚きの声をあげた。

その内部は、俺の想像していた『とても複雑な未知の構造』ではなかった。むしろ、逆であった。

それは俺が特に見慣れていた構造。
俺に一番近くて遠い人。重谷雪人が生み出したとされる構造だった。

つまり、時雨の生みの親は

俺の兄、雪人だった。




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