繋がりのその先で

Bolthedgefox

2-5残酷な事実

「『エル』と人間の大きな差。それは寿命と特殊能力の保持じゃ。」

寿命。時間という概念が密に関係する、生物における必ず訪れる死までの軌跡。それは時代や環境、生物によってそれぞれ違うものであり、僕が生きている時は人間は約80年〜100年は生きることが出来ると言われていた。だから寿命に差があるというのを聞いてあまり衝撃はなかった。が、問題は後者だった。

「特殊能力⁇どういうことだ⁇」

特殊能力。生物が特殊能力を持つ、と言われても、一般的にはその特殊能力という言葉の意味は、SFの世界に登場する「魔法」や「能力」を指すのではなく、あくまでも「鳥は空を飛べる」「ワニはある程度のものを噛み砕く」など、進化の過程で何かに特化して成長した部分や個性を、能力と呼ぶことが多い。言ってしまえば、文明を作り、国を作り、社会をここまで発展させ、共存する我々人間も、「知性」という特殊能力を持っていると言える。
今回の場合も、エルという生物がどんな進化を遂げ、何に特化しているのか。そういう理解をすればいいのだろうか?と僕は考える。
…だが、ザクレイルやエルと言った、見たことも聞いたこともない物や生物がこの時代に存在するため、既に頭は混乱し、驚きの感覚が麻痺しているようだった。

「まぁ待て、ユキトよ。まずはこの世界の過去と現状を説明し、その後彼らについて説明をしよう。まず、おぬしも察しとるじゃろうがワシはおぬしと同じ人間じゃ。」

だろうな、と思いながら僕は頷く。これが重大なことだとは気づかずに、僕は自分と同じ人間がいることに少し安心感を覚える。ルヌフガというのは、本来の彼の名前ではなく、僕と同じように咄嗟に付けた名前なのだろう。この世界の過去と現状を説明出来るなら、彼はある程度の知識をここで得たということになる。僕はその辺の情報をある程度脳内でまとめてから、彼の話を聞く体勢を作る。
ルヌフガは静かに語り始めた。

「まずはこの世界とワシについての話じゃ。この世界にはそもそも人間は存在しなかった。この世界には『エル』をはじめとした様々な生物が生きており、発展などはもちろん、生物の進化さえもまだ不十分な段階じゃった。その頃の『エル』はまだ特殊能力を持っておらず、寿命も短くはなかった。生態系の中では一番上の存在であり、食物連鎖の頂点でもあったが故に他の生物から狙われ命を脅かされる心配がなかったからじゃ。まぁ多分じゃが、その頃の『エル』の平均寿命は75年ほどはあったじゃろうな。それが今となっては違う。おぬし、何歳ぐらいまであやつらは生きることが出来ると思う⁇」

僕はクレミラを思い浮かべる。

「いくら平均寿命に差があるって言っても、65歳ぐらいまでは生きれるんじゃないか⁇」

すると、ルヌフガは首を横に振り、衝撃的なことを口にする。

「あやつらは今では30年しか生きられんのじゃよ。」

...え⁇30年⁇僕は心の奥の何かが揺れ動いた気がした。

「え、30年って。じゃあクレミラは一体何歳なんだよ⁇」

「28歳じゃ。」

ルヌフガは俺の言葉を予想していたかのように間髪入れず返答する。

「28歳⁇じゃあ他のみんなは何歳なんだよ。」

「ティマは25歳、タリュウスは24歳、メイレルは20歳、バルシナは19歳、キュモロは17歳、No.717は14歳じゃ。」

僕はそれを聞いて、絶句する。見た目で年齢を推測していたが、ある一定のラインを超えると、年齢が推測できなくなるのか…。

「今の『エル』の特徴として、26歳〜27歳の間に急に見た目が歳をとるというものがある。裏を返せば、26歳〜27歳になるまではほとんど見た目から年齢を推測することは難しいのじゃ。さらに『エル』にはもう一つ、『知能以外の基礎能力が高く、判断能力の処理が極めて早い』という特徴がある。これは昔の『エル』も持っていた特徴じゃ。そして今の『エル』は特殊能力を持っているため身体への負担が大きい。そのため今の『エル』は基礎能力が高い分、防御力、つまりは免疫力が低い。詳しく言うと、特殊能力の力や質が高く、特に攻撃的な能力を持つ『エル』ほど、免疫力が低く、寿命が短い。」

僕はルヌフガが何を言ってるのか、わからなくなるくらいに衝撃を受けていた。

「何故こんな特徴を持ってしまったのか。それは今から約20年前に遡る。先ほどワシが言ったように、その頃の『エル』は特殊能力を持ってはいなかった。自分を守る必要性がなかったからじゃ。では何故特殊能力が備わったのか。それはワシがここにいることに関係がある。」

その言葉を聞いた瞬間、僕はある一つの推測がたった。ルヌフガがここに居ることに関係がある。ということは、元々ここにルヌフガは居なかったということだ。ではどこから来たか?麻痺していた脳が、段々と当たり前の事実に気付いていく。ルヌフガは僕と同じ人間だ…。そうだ、ここに僕と同じ人間が1人でも居ることが既におかしいんじゃないか?僕はタイムスリップ実験で、ここに飛んできたんだ。僕が知らない生物がここに居るのに、その生物と一緒に僕と同族である人間がいる事のおかしさに、もっと早く気が付くべきだった。脳が段々と回転スピードを上げていき、色々な不可解な事実が繋がり出す。そもそもこの時代に人間が居なかったのなら、人間の文明がこの時代にあること自体がおかしいと思うべきだ。この施設の作り、明らかに僕がいた時代とよく似た作りになっている。そして極めつけは「町」だ。エルがどれほどの知能を持った生物なのか、まだよく分かっていないが、「町」というものは本来人間の文明が生み出したもので、エルがもし類似した組織と空間を作っていたとしても、「町」と呼ぶことは無く、また別の呼び方になっているはずだ。と、いうことは。


ということは、まさか。


あれ、僕と、同じ…?


現実というものはいつも残酷なものだ、とどこからか聞こえた気がした。推測を続けていた脳が、急にある答えを導き出し、終止符を打とうとしているのが分かった。だが、思考は止まらない。そんな答えが、そんな事実があってたまるかと、必死に思考を続けるが、皮肉なことに、考えれば考えるほど、僕が出した答えが正しいものであるという証明になっていく。心の中からいろんな感情が弾けだしそうになるが、それをグッと堪える。

「...つまり、僕らが悪いってこと、か。」

僕の発言にルヌフガは感心するとともに、険しい顔をしていた。それは僕の予想が当たっていることを示すものでもあった。くそ。僕は心の中で責める。僕はこの人間を、僕はこのルヌフガという偽名を名乗っている一人の研究者を責めることはできなかった。







つまりこういうことなのだろう。
『エル』と呼ばれる生物が特殊能力を持った理由。
それは人間がタイムスリップでこの時代に来てしまったが故の代償。
つまり、本来そこにいるはずがない人間が来たことにより、生態系の一番上が『エル』ではなくなり、また食物連鎖の頂点が『エル』ではなくなり、人間になった。
そしてこれはあくまでも予想だが、さっきのティマの「町」と「敵」というキーワード、それと人間がいきなり生態系の一番上、食物連鎖の頂点に立ったということになった、というところから、「ルヌフガ単独」でここにタイムスリップしてきたわけではなく、大人数できたことが推測できる。
『エル』は自分よりも強い人間という生物が現れたため、自分の身を守る術を手に入れなければならなくなった。
そして手に入れたのがその特殊能力だった。
だが、そんな特殊能力を人間が現れてからそんな短時間でどうやって習得したのか。

その答えは、単純明快。

『習得はしていない』というものだった。

人間がタイムスリップでここに来た時、タイムパラドックスにより、『そもそも『エル』という生物は最初から特殊能力を持っていた』ことになったのだろう。
だが、それだけでは『元々存在していた『エル』』がどうやって特殊能力を身につけたのか、またなぜ特殊能力が身を守る防御系だけでなく、攻撃系のものまで出てきたのかが歴史上説明できなくなってしまう。
そこで、『エル』のこの特徴。基礎能力が高く、判断能力が極めて早い、だ。
『判断能力が早い』というのは決して良い意味ばかりではない。
人間が現れた時、『エル』の本能は能力が必要とだけ、早く判断した。
つまり寿命が下がろうが免疫力が低下しようが能力を得るべきだと判断したのだ。
それは今から思えば誤った判断だったのだろう。

そしてタイムパラドックスによる特殊能力獲得は、『エル』の判断能力の早さによる『進化』という形になった。

急激な進化の代償により、『エル』達は大切なものを失った。
寿命。それは生きる残り時間。

そして、この進化を引き起こしたのは紛れもなく人間だ。
...そもそも後から考えると容易に気づくことができる。タイムスリップした先で見たこともない生物と共に人間に出会うというおかしさに。もし僕のタイムスリップが失敗していたなら、僕はタイムスップ先で人間に出会わないはずだ。逆にタイムスリップが成功しているのなら、僕は『エル』には出会わないはずだ。なのに僕は同時に二つの生物に出会っている。

ここで「そもそもルヌフガがここにタイムスリップしてこなければ、僕一人ならば生態系の一番は、食物連鎖のトップは入れ替わらなかったかもしれない」という考えで彼を責めることができるかもしれない。だが、僕は同じ研究者としてそれはできなかった。成功と失敗が紙一重の世界で僕たち研究員は日々努力している。だから多分ルヌフガ達は「事故」でここにきたのだろう。こんなところ大人数で希望してくるはずがないというところからも、急に『エル』が特殊能力を得る必要があると判断したことからも、事故で100人単位が飛ばされたことは明白だった。

つまり、『エル』達を不幸にした原因は残酷にも、ルヌフガ達研究員を襲った悲劇的な防ぎようのない事故だというわけなのだっだ。








「だいたいはおぬしの想像通りじゃよ。ワシらは200人でタイムマシンの研究をしておった。じゃが、突然実験に不備が起こってのう。ワシらは200人全員、この地に飛ばされてしまったのじゃ。」

実験中の事故でここに来てしまったことは十分に理解できる。
仕方のないことなのであろうことは頭が理解している。
だが、僕は怒っていた。何故、事故が起こってしまったのか。
その原因はわかったのだろうか。
ここに来てからも原因を突き止めようとしたのだろうか。
それは少なくとも研究者としての義務なんじゃないのか。
僕たちはいつもそうやって言われて来た。
僕だってそれを言ってやりたい。
だが、それは僕自身も同じなんじゃないのか⁇と心の中で自分に問いかける。

僕はロボットを作ることができる。だからたとえルヌフガがここにこなくても、僕一人だけでここに来たとしても同じことが起きたんじゃないか⁇ロボットを作って『エル』達に危害が加えられると『エル』は判断したんじゃないか⁇そんな疑問が僕の心を容赦なく抉っていく。

どこにも向けることのできない怒り。それはやはり最終的に自らの心を傷つける。そして僕はさらなる人間の愚かさに気がつく。

「お、おい、ルヌフガ。200人でここに来たんだよな⁇なのにここにはルヌフガしかいない。ってことは。」

僕は、心底馬鹿だなと思った。まさか、本当にそんなことがあり得るのだろうか。

「...おぬしの想像通りじゃ、としか言えんな。」

そもそも『エル』達は知能が高くない。しかもこの世界は全体的に進化途中のはずだ。だから現時点で「町」などという考え方、発展の仕方はあり得ないのだ。ということは、やはり「町」は人間が作ったもの。そしてその町をティマ達は敵だと言っていた。つまりは。

「元々この世界は『エル』が生態系の一番上に存在したと言ったじゃろ⁇だから『エル』の個体数も元々はそれなりに多かったのじゃ。推測じゃが、200万ぐらいはおったじゃろうな。じゃが、今はこのバルカル施設病院に保護したあの子らだけじゃ。情けないが、彼らを殺戮したのは他でもないワシの同僚なのじゃ。」

僕は怒りを抑えきれなくなり、ルヌフガに八つ当たりをする。

「ルヌフガ!!あんたは自分の同僚を止められなかったのか!!あんたがトップだったなら、まとめるのが仕事だろっ!!」

「もちろん、ワシは全力で止めようと試みた。じゃがワシの同僚は実験が失敗したことと、ここに飛ばされてしまったことによる、精神的ショックによる精神崩壊を起こしておった。さらに200人おったうちの150人がその精神崩壊を起こしたのじゃ。その段階であれば、まだ「人間と『エル』が共存することによる『エル』達の進化の停止」をすることじゃって可能だったかもしれん。じゃが彼らは善悪の判断がまともにできなくなり、やがて町を作ると言い出した。ここから新たに人類の歴史を作っていくと。反対した50人の意見も彼らには届かず、彼らは町を作り、人間の文化を構築していった。ワシら50人は『エル』との共存を目指し、『エル』を保護しながら町の動きを警戒しておったのじゃ。」

わかっている。ルヌフガは本当はいい人なんだ。この人はここに来てから今までの間、どれだけの死を見てきたのだろうか。どれだけ自分の無力さを思い知らされたのだろうか。

「そして話はティマ達の話に戻る。彼らの能力はそれぞれ異なったものを持っており、髪の色が関係しておる。クレミラは赤じゃから火炎能力、ティマは水色じゃから聖水能力、タリュウスは紫じゃから毒殺能力、メイレルは黄色じゃから閃光能力、バルシナは緑色じゃから回復能力、キュモロは紺色じゃから暗黒能力。基本的に『エル』は一個体につき一個の能力を持っておる。逆に一つじゃないと身体への負担が大きいからのう。」

ここでルヌフガは一旦口を閉じる。僕はもう考えることが嫌になっていた。
初めてだった。自分の思考の鋭さを恨んだのは。

いくら考えることが嫌だとは言っても、僕の頭はもう無意識に考えていた。
僕はもう、この話の先にたどり着いてしまったのだろう。このルヌフガの話の最終地点がどこなのかを悟ってしまったのだろう。僕の脳は考えることに拒絶を示していた。
現実は受け止めるべき。受け止めなければ前に進むことができない。
そんな当たり前のことはわかりきっていた。

僕は重い口を開く。

「...髪が白銀の彼女。717の、能力は⁇」

ルヌフガは、心を決めたかのように言った。

「現段階での推測じゃが...全能力、つまりはすべての能力を保持する者じゃよ。」



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