五つの世界の端々で

とっとこクソ太郎

魔人の憂鬱 8



関根達が騒いでいる下の階
表札には『川元』と書かれている
学生が1人で住むには大きすぎる3LDK
現在は秘密で3人暮らしをしており家主の亮太とミリア、美空の3人
倫理的にはよろしくないが上手くやっているこの3人は今、共有部屋と呼ばれる場所の中央におかれたテーブルに腰掛け顔を突き合わせている
机上で手を組み、風呂上がりの少し濡れた長い髪を頭の高い位置でポニーテールに結った亮太が2人の目を見つめながらゆっくりと口を開いた
「逃げようと思う」
「その心は?」
「補習受けるぐらいなら海を諦めて精霊界に駆け込む」
「アテはあるの?」
「ミリアの家」
「却下」
「なぁぁぁぁんでだよおぉぉぉぉう!!」
「ちゃんと勉強しないアンタが悪いんでしょ」
コチラも湯上りなのか、美空は化粧水を顔に馴染ませながら亮太と一切視線を合わせず完全に論破してしまう
論破、と言うほどの物でもないが学生の本分を蔑ろにする事は許さないとごく一般的な事を述べた迄であり、美空に落ち度は一切ない
「考えても見ろ!?オレ、中2で止まってんだよ!?あまりにもッッ!あまりにも理不尽じゃないか!!」
「その中2の頃からまともに勉強してなかったでしょ」
「んな事ねーよ!進級は出来てたと思うし!!」
「中学生で留年は有り得ないのよ」
「アハハ…私と実家はおそらく構わないので別に来ていただいても良いですよ?」
「ダメよミリー、甘やかすとろくな事にならない。あとアンタも点数ヤバいから逃げようとしてるんでしょ」
「うグッ…」
笑顔のまま苦しそうな声を吐き出させられミリアも反論終了
「別に夏休み全部補習って訳じゃないし甘んじて受け入れなさい」
「ミリア!命令だオレを連れ去ってくれ!」
「ミリーと契約してるのは私よ」
「キィィィィィィィ」
「虫みたいな声出さないでうるさいから。」


























亮太の部屋の向かい側
ギャーギャーと聞こえる隣人の喧騒を聞きながら健治はふぅとため息を吐く
「毎日毎日元気ねぇ~」
「悪いことじゃない」
間延びした声のリムがキッチンからコーヒーを持ってくる
それを一口飲み、健治は再びギターを爪弾く
ペグを回し少しずつたチューニングを整えているとソファの向かい側に腰掛けたリムが優しい瞳でそれを見つめる
「何?」
「何も無いわよ♪ご主人様」
「やめて」
鬼人界の女性リムと契約主の魔術師健治の2人の住む部屋はいつもゆっくりとした時間が過ぎていく
「夏休みは仕事もらってないからゆっくり出来るわ〜」
「飲みすぎ注意」
「分かってるわよ〜」
と言いつつも缶ビールを開けてごくごくと飲み干していく
「クゥ〜〜美味しいわぁ!」
「おっさん」
「女性にそれは失礼じゃないかしら〜?」
無視してアルペジオを続ける
コードはAからCへ、ディストーションのエフェクターを入れ、オルタネイトピッキングで激しい曲調へと変わっていく
「ねぇ、無視してない?健治くん」
「本番まで時間が無い」
「あるわよね!?まだまだ!」
「無い無い、超無い」
「嘘おっしゃい!」
ギャーギャー言うリムを完全に無視して自分の世界へ
もう無視されると分かったリムは不貞腐れて2本目を開けた












そして健治の上の階
岩村の部屋では頭を抱えた岩村がつい先程アリスを連れて帰ってきた所である
「どんだけ時間かかるんだよあのボケめ…!」
ふわりと浮いたアリスが岩村の頭をぺしぺしと叩く
「何とか身柄を良樹さんに引き渡した所までは良い、そこからだ……」
大きく、とても大きく息を吸いこみそれに見合うため息を吐く
健治とは比べ物にならないほど大きなそれを吐き終えて1人がけの椅子に背中を預ける
肘置きにアリスが乗っかり足をパタパタさせている
「悪いな、すぐ寝よう」
パチンと部屋の電気を付けてお風呂にアリスを促す
ぽいぽいと服を脱ぎ捨てながらトテトテとお風呂に入るアリスを見送って岩村は冷蔵庫から缶コーヒーとブロック型の栄養食品を取り出し乱雑に口に放り込む
「岩村くん?お疲れ様です。ご飯持ってきましたよ」
アリスの分は関根か片瀬が持ってきてくれるだろうと思っていると案の定由美が持ってくる
「毎度助かる」
「いえ、お気になさらず」
ニコニコと優しい笑顔の由美に力なく笑い返す
その様子を見て関根と一仕事終えてきたのが分かったため長居はせずレンジに子供でも食べられる甘いカレーを入れ、そそくさと退散していく
「早くくっつきゃ良いのに」
「何か言いましたか?」
「何でもないよ、おやすみ片瀬」
「はい、おやすみなさい」
ペコリと頭を下げ、静かに玄関を閉める
再び静寂が訪れた所で睡魔が襲いかかってくる
「もういい、今年の夏は何もしない……」
だらんと力を抜き、岩村は意識を手放した

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