私と先輩。小さな世界。

メイドはマーメイド

第一話 恋心


 春。放課後のチャイムが学校に響き渡り、生徒たちがダラダラと教室から出て行く。私もそれに続いてダラダラと量産型女子高生の一人になった気持ちで教室を出る。

 廊下には現在私と同じクラスの子たちしかおらず、他のクラスはまだホームルームの最中だった。ここ三週間ほどで分かったことだが、私のクラスの担任は結構面倒くさがりだ。
 今日のホームルームも「五月病には気をつけろよー」の一言だった。机に突っ伏したまま言われても説得力がない。

 四月も終わりかけ、高校という非日常もそろそろ日常になろうかという今日この頃、外の空気は入学式当初と比べかなり温かくなっていた。校舎の外に出た瞬間に浴びる風が体に心地良い。

 校門の前まで来て、いまだ量産型女子高生の群れの最後尾を歩いていた私はそこで立ち止まる。そして後ろを振り返り校舎を眺め、待ち人がまだ来てないことを確認すると校門の柱に寄りかかり目をつむった。

 私はこの時間が中学生の時から一番好きだった。これからが私の一日の始まりと言っても過言じゃないかもしれない。

 それから五分ほど待っていると、校舎の中から再び女子高生の群れがわらわらと出てくる。桜は殆ど散ってしまったけど、相変わらずお喋りに花を咲かしている生徒たちを横目に、待ち人を探しているとすぐに見つけることができた。

 一年も間が空いたとはいえ、二年間も同じことをしているので、私にとって彼女を見つけることは特技の一つだった。あちらもこちらに気がついたようで背伸びをして手を振ってくれる。

 そんなに大げさにしてくれなくても大丈夫だと思いながらも、子どものような無邪気さにおもわず笑みが溢れる。

「やっほー!その笑顔はなんか良いことでもあったのかな?」

 会って早々先輩の温かく柔らかい手が私の頬を包み込んだかと思うと、途端に私の頬をむにむにし始める。いつものようにひとしきり先輩が私の頬を遊び尽くすのを待って
から、私も口を開く。

「いいえ。先輩は変わらないなと思って」

 そう言っておもわずまたクスクス笑うと、先輩はまた大袈裟に頬を膨らまして「なにおぅ!」と講義してくる。

「私だって成長してるよ!この前だって2ミリ大きくなってたぞ!」

「最早誤差の範囲ですね……」

 因みにこれは身長の話ではなく、胸囲の話だ。身長は先輩のほうが私より大きい。胸は私のほうが大きい。

「はぁ……私は貧乳のまま人生を終えてしまうのか……オヨヨ……」

「いや、別に大きければいいってもんでもないでしょう……」

「ほう。それは自慢か?自慢なのか?そんなことを言う口はこれかな?」

「ひぇんぱい。やめへふだはい」

 校門の前だからまあまあ目立つんですよ。
 口をむにむにしてくる先輩の手を取って、とりあえずは場所を移動することにする。と言っても今日は先輩の行きたい場所に行くので私が手を引っ張ってても仕方が無い。

 学校を出て、少し走ったところで名残惜しいけど先輩の手を離す。走ったせいか少し顔が熱かった。

「そういえば先輩。今日はどこ行くんでしたっけ?」

「やっぱり忘れてたか。真逆だよ真逆!」

「あ、そーだった」

 言われて、そういえば今日は先輩行きつけのアニメショップに行く予定だったことを思い出す。先輩の欲しいグッズだかCDが出たと昨日LINEで言っていた。

「じゃあ戻りましょうか」

「そうだね。戻ろっか」

 先輩は特に怒った様子もなく何が面白かったのか今来た道を指さして、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。知り合った時から先輩はいつも笑顔だけど、その真意は図れないことが多かった。

 同じ制服を着た生徒たちとすれ違いながら元来た道を戻っていくと、やがて今日三回目の学校の正門へとたどり着く。すると仕切り直しと言わんばかりに先輩は右手の握り拳を大きく上に掲げた。

「それじゃあ今度こそアニャメイトに行くぞー!」

「おー」

 私も力無く拳を掲げ、とりあえず先輩のノリに乗っておく。そうして前にいた先輩が意気揚々と歩き出したので、私も掲げていた拳を下ろし、歩き出そうとすると突然、私の手を温かいものが包み込んだ。

 覚えのある感触におもわず自分の左手を確認してみると、前から伸びた先輩の右手が、私の左手を優しく握っていた。

 先輩が私の手を握っている。

 その感覚に思考が追いついた瞬間、自分の体温が急上昇していくのを自覚する。嬉しいより恥ずかしいが勝って、おもわず引っ込めてしまいそうな手を、先輩は優しく、けど力強く握ってくる。

 わけが分からなかった。いままでこんなこと一度も無かったのに。

 今にも燃え上がりそうな心の熱が、この手を通して先輩に伝わってしまっているかと思うと、恥ずかしくて死んでしまいたいくなる。

 恐る恐る握られた手から視線を上げ、真っ白なうなじを通り過ぎてようやく先輩の顔を見ると、いつも通りその顔にはいたずらっぽい笑顔が浮かんでいた。だけど、見慣れた先輩の笑顔にいくばかの安堵が生まれるのと同時───

 やっぱり私には先輩の笑顔の真意を図ることが出来なかった。



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 アニャメイトに着いた瞬間、先輩は私の手を離して自分のお目当ての物がある方向に一直線に小走りしていった。
 握りしめられていた手に残る熱を感じながら、まぁいつもの先輩か。と嘆息を漏らす。多分今回手を握ってくれたのもいたずら半分……いや、いたずらが十全なんだろう。

 このアニャメイトという場所には先輩と何度も来ているが、イマイチ私はこの独特の空間に慣れることができていない。私自身に先輩のようないわゆるオタク?のような趣味がないので、疎外感を感じずにはいられなかった。

 と言っても先輩が物色を終えるまで暇なので私もぼーっと漫画の新作コーナーを眺める。
 アニメショップなので普通に一般向けの漫画や小説も売っているが、改めて見るとやはりなんというか……自分には縁遠そうなものが多かった。この男二人組が半裸でこちらを見つめている表紙とか一体誰向けなんだろうと思う。批判とかじゃなくて本当に純粋に疑問だった。

 しかしその隣に百合コーナーと題し、今度は半裸ではないが、茶髪ロングの女の子が恥じらう黒髪ショートの女の子の制服に手をかけている表紙を見つける。

「………………」

 食指が動くとはこういうことか。こういうことなのか。
 少し冷静さを欠いた自分を自覚しながらその表紙を見つめる。
 なんか私と先輩に似てるような…………いやいやいや髪型だけだって、うん。でも何これちょっと制服まで似てない?このリボンとか超似てるよね?中見てみたくない?え?買っちゃうの?いままでこういうのに全然興味なかったのに、先輩とこういう関係になりたいの?いや、違う。断じて違うとも。

 心の中で言葉を並べに並べて収集がつかなくなっていく。大丈夫か私。
 とりあえず一旦落ち着こうとその場を離れる。というかアニャメイトの外に出る。あのままアニャメイトにいたら私はどこかおかしくなっていたに違いない。具体的には一冊の本をレジに持って行っていたに違いない。

 先輩にLINEを送ってアニャメイトから少し離れる。そしてすぐそこにある自動販売機でコーラを買って、口に流し込んだ。

「ふぅ……」

 ちょっとだけ落ち着きを取り戻す。まさかあんな魔の領域があったとは盲点だった。先輩と離れた一年ほどは全く来てなかったので新しく新設されたコーナーなんだろう。全くとんでもないものを用意してくれているものだ。

 そしてそのままコーラをグビグビと飲んでいるとやがて先輩もアニャメイトを出てきた。

「あっ!コーラ飲んでる!」

「見たまんまですね……先輩も飲みます?」

 そういって先輩にコーラを差し出す。

「いや、空じゃん……」

 ……本当だ。いつの間に。

「私も買おーっと」

 そういって私の手から空のペットボトルを奪って、ついでに自販機の隣にあるゴミ箱に捨ててくれる。

「ありがとうございます……」

 自動販売機に隠れている先輩に小さくお礼を言っておく。こういう細かいところに気を使ってくれるのは一年前から変わっていないようで、少し嬉しい。

 ……しかし妙に長い。先輩は自動販売機に隠れたままなかなか出てこなかった。何を買うか迷ってるんだろうか。

 少しして先輩がどこか具合が悪そうに口元を抑えて、てこてこと小走りに戻ってくる。

「ごめんごめん……ウッ……どれ選ぶか迷っちゃって……ウプッ……あっこれ飲む?オエッ」

 そういって差し出されたペットボトルは空だった。

「空じゃないですか」

「…………」

「え?まさかこのネタをするためにコーラ一気飲みしたんですか?馬鹿じゃないですか?」

「ゲプッ」

「いやゲップで返事されても……」

 もうなんと言っていいのか……
 とりあえず一気飲みしたおかげで調子の悪そうな先輩を近くの二段しかない階段に座らせて、背中をさする。

「うえぇ……お腹の中がしゅわしゅわしてる……すごい圧がお腹から上ってくる……」

 一応女子として口の中だけで抑えようとしたが、容量不足だったのか一瞬口が膨れあがったあと涙目になりながら先輩が再びゲップをかます。

「いま完全に私女子力ゼロだよね……」

「ゼロどころかマイナス三百ぐらいですね」

 そもそも大股開いてその間に顔を埋めている時点で、女子力とかいう次元ではなかった。

「これがいたずらの代償か……無念なり……」

 今度は顔を上げて私の肩に頭を乗せてくる。私は体の強張りを隠すように口を開いた。

「完全にただの自爆だと思いますけど」

「まぁ……後輩ちゃんに肩枕してもらえるなら悪くなかったかな」

「肩枕って表現初めて聞きましたよ……私も嬉しいですけど……」

 最後の方は小声で付け足しておく。これは流石に聞こえたかもと肩に乗る先輩の顔を見ると、どこか気持ちよさそうに目を瞑っているだけだった。


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 風呂上がりの濡れた髪を乾かしながら、今日の放課後のことを思い出していた。
 あの後、しばらくして気持ち悪さから解放された先輩と私は喫茶店に入り、少しの間女子高生らしくお喋りに興じていた。

 先輩が高校に上がってからの一年間、まだ中学生だった私はその期間先輩のいない学校生活を過ごした。もちろん休日にはちょこちょこと会ってはいたけれど、私の目の届かないところで先輩が人間関係を形成していくと思うと少し胸が痛んだ。

 だからこうして特に勉強の得意でもない私が頑張って先輩と同じ高校へと進学し、今日みたいに放課後を一緒に過ごせることがただ純粋に嬉しかった。

「先輩の手……温かかったなぁ……」

 ドライヤーの熱とはまた別に感じる先輩に握られた左手の熱。特に意味も無くぐーぱーぐーぱーと余韻に浸るかのように指を動かす。
 いままで先輩は私の頬で遊んだり、突然後ろからくすぐってくるような、いわゆるじゃれ合いのようなことはしてきても、手を握るということはしてきたことがなかった。

 何か私に対しての心境の変化があったのだろうか。とおもわず考えてしまう。でも同時にアニャメイト前であっさり手を離されたことを考えると、やはりいつもの先輩のように思える。でも……

「いやいや……いつまで先輩のこと考えてるんだ私……」

 先輩と別れてからずっと、お風呂に入ってるときも同じようなことを考えている。いくら久しぶりに一緒に帰れたからって喜びすぎだろう私。

 先輩が高校を卒業し、また離ればなれになるまであと二年。この調子だと私の心は先輩に埋め尽くされるどころか、許容量を大幅に越えて爆発してしまうに違いない。それだけは勘弁して欲しい。
 爆発してしまえば、きっと、私と先輩の関係は終わってしまうから。

 けれど、どれだけそれを心で理解していても、すっかり乾いた髪を撫でる左手の熱は、私の意志に反してさっきまでより更に強くなっている気がした。爆発まで時間がないのだろうか。

 胸に手を添える。
 仮にこの時限爆弾を解除する方法が二本の線だった場合、それは愛情か友情なんだと思う。
 愛情を切れば確実にこの時限爆弾は停止する。そして二度と動くことはないんだろう。じゃあ友情を切ったら?答えるまでもない。訪れるのは世界の終わりだ。

 私のちっぽけな世界を救うため、切るべきものは見えている。赤と青なんて曖昧な線ではなく、愛情か友情かはっきりしている。
 けれど私はその決断を迫られたとき、果たして迷わずこの小さな世界を救う選択が出来るだろうか。先輩が他の人と付き合ってしまうぐらいなら、私は世界の破滅を望んでしまうんじゃないだろうか。

 ドライヤーを消そうとスイッチを動かすと、操作を誤ってしまう。温かい風が、不意に冷たい風に切り替わった。

 冷風が私の心に黒く粘ついたものを落としていった。ただなんとなくそんな気がした。




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