SummeRー異世界少年冒険譚ー

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死後の世界

 






 真夏日の蒸し暑さ全開の部屋、冷房もないこの教室で、額に汗を滲ませた男性教師が必死に"教科書の書き写し作業"を行っている。
 二限目、これが終わればちょっとした休憩時間の中休みだ。
 暑さで着ているTシャツが張り付いて気持ちが悪いが、三限は水泳の授業。少し耐えればと考え、授業時間を浪費していた


「『相馬』はさぁ」


 教室の右隅、先生の話も聞かず、消しゴムを弄って手遊びをしているぼくの左隣で、退屈そうに話しかけてくる女生徒がいる。高い位置にシュシュで一つ結びにしたポニーテールがぴょんぴょん揺れている。この飯島 凛音イイジマリンネは幼稚園児の頃からの腐れ縁の友達だ。


「相馬は、死んだ後の世界があるかなんて気になったことなか?」
「なんだよ、そんなありきたりな質問……」


 少し言葉に詰まった訳は、彼女の母はもうにいないことを思い出したからだ。
 ちょうど一年前、この夏の時期だったはず。先日、一周忌があって忌引していたことを忘れていた。
 凛音が顔を曇らせた気がしたので差し支えのないような返事をした。


「この前さ、改めてお母ちゃんの遺影見たらさ、なんかまだこの世の何処かにおるんやないかなって思っちゃってね」
もきっといいところやろ。凛音の母ちゃんは楽しくやっとうよ」
「死んだ後の世界があるんかなぁ」


 凛音は少し考える様に頬に手を当て、ノートを書きとるをしながら続けた。セミの鳴き声と黒板をチョークが走る音だけが響いているのは、みんな夏の暑さにばてているからだろう。開放している窓から生温い風が教室に入り込んでくる。


「凛音は、死んだ後にはどうなるって考えとうと」
 私は、と小さく呟いた。にこやかにこちらを向いたかと思うと凛音は今までの会話の声量とは異なる、大きな声で「天国があると思う」と言った。
 同時に終業のチャイムが鳴ったから良かったものの、周りの席の生徒の空気が少しザワついた気がした。この空気を作った当の本人は、満足げに教材と筆記用具を片付け、水泳バックに手を伸ばしていた。
 相馬は彼女の屈託の無い笑顔を見て少し顔を赤らめていた。視線を逸らした先にある木々を見つめる「天国がある……か」それがあるとこの歳で言いきれるのは、悲しさを断ち切るためか、それとも天然か。凛音が意気揚々と立ち上がった時、教室に声が響いた。


「はい、授業終わったけどね、この前の小テスト返すからねー」
 教室がどよめく。ドッヂボールを小脇に抱えている生徒や下敷きで一生懸命に風を仰いでいる生徒、皆今度にしてよと文句を垂れているが、それでも教師は配り始める。
「出席番号順ねー。相田 相馬アイダ ソウマ
 はい、と返事を返し、教壇の先生の元へ取りに行く。
「唯一、満点だ。偉いぞ相田ぁ」
 ありがとうございます。と返した後に、さっと自身の机へとUターンをする。


「へぇー、相馬また満点だ」


 水泳バッグを抱きしめた凛音が嬉しそうに相馬に話しかける。
 このくらい普通だよ。他の生徒の視線に目もくれずに席に着いた。次々とテストが返却されるだけのこの間に、相馬は大きなため息をつく。


 中休み、短くなっちゃうなぁ。




 ○......................................................○




 十五分無いくらいの休み時間を経て、ぼく達は屋上にあるプールの更衣室へと移動していた。三階建ての校舎とはいえ、見下ろすとかなりの高さがある。体育の授業は2クラス合同で行われる。六年間の学校生活で友達もそれなりに出来るから、この時間を楽しみにしている生徒は多い。


「おっす、相田」
「おう、川谷」
「それにしても、暑いよな。こういう時こそ、プールで涼みながら女の子を眺めるって最高じゃないか」


 鼻息を荒らげて話している、かなり背の高いきのこ頭のこいつは川谷。隣のクラスのムードメーカー的な存在ではあるものの、女子からの評判はあまり良くない。年の離れた兄がいて、人より知識があるせいか、単純にエロいせいだろう。あまりこの手の話は乗り気では無いため、適当に相槌を打って流している間に着替えも終わり、キャップとゴーグルを手にした生徒達はプールサイドへと繰り出している。ぼく達も更衣室から外へ出ると、屋上からの太陽の陽の近さと独特の塩素の匂いに目が眩んだ。


 水泳の授業は好きだが、運動はそんなに好きではない。嫌いでもない。いわゆる"普通"ぐらいだ。授業はプールサイドに腰を下ろし、プール内の水を身体にかけ、冷たいプールの水に慣れる所から始まる。長方形のプールの長辺の向かい側に女子が同じく水慣れを行っているのだが、女子も男子もみんな隣の同級生に掛け合って、はしゃいでいる。大人しく水を手ですくい、身体にかけて体温を下げていたぼくの視線は、友達とじゃれつきながら水を掛け合っている彼女に釘付けになっていた。


「飯島が気になるよなー」
 またもや川谷。隣で水を浴びながら女子を凝視している。
「別に、楽しそうだなって思ってさ」
「嘘つけよ。お前が彼女が可愛いからってじーっと見てたのバレバレなんだぜ」
 知らぬ間にぼくも相当見つめていたみたいで、川谷にはすぐに分かられてしまった。しかし、そんなことよりも川谷から凛音のことをと言われたことに動揺して、少し取り乱した返事をしてしまった。


「相馬クンはわかりやすいねー。そういう純粋そうなところがモテるんかなー」
「モテてたら、彼女がいるっつのばかじゃねぇの」
 あれ、彼女いなかったんだ?と、にやついている川谷を無視してプールに入る。肩まで浸かると、水が冷たくて気持ちいい。先程までの暑さで、じっとりとかいていた汗が嘘のように引いていく。生徒達はこの温度差に悲鳴にも似た歓喜の声を上げてはしゃいでいる。なつやすみまえ最後の水泳の授業ということもあり、全員テンションのボルテージを最大まで上げて楽しんでいる中で、相馬も例外ではなかった。しかし、少年のその視線はちらちらと恥じながらも、スクール水着を着た凛音のことを度々捉えて離さなかった。




 ○......................................................○




 放課前の教室で行われているホームルーム、夏休みの宿題がたんまりと配られ生徒達はまた文句を垂らしている中で、担任は淡々と夏休みのルールを読み上げている。同じものを六回も聞いてきているので、流石にもう見聞きし飽きているクラスメイトは、私語にじゃれあいに勤しんでいた。やることもないし聞きたくもないので、先に宿題に手をつけていると、ランドセルを開けて今まで置きに置いてきたプリントや教材を必死に詰めていた凛音が話しかけてきた。


「ねぇ相馬!明日は何時にするん」
 算数の問題を解いていたので、一瞬なんの話だか分からず固まってしまったが、ぼくを置いてけぼりにして凛音は話を進める。
「夕方19時から打ち上げって言ってたからさ、それより前に集まっとかんとね」
 あぁ、と相馬は声を漏らしハッとする。明日は二つ隣の街で花火大会が開催される予定で、ぼくと凛音はそれに行く約束をしていた。この夏休みでルールより忘れてはいけないことだった。
「すーぐ忘れる。相馬は約束覚えんもんね。あー、空いとるんやったら、これ持って帰っちゃらん?」
 約束を忘れかけていたことなのか、置き勉が入らないことにムスッとしているのかわからない凛音が、三ヶ月前に配られた『お盆休みの過ごし方』という小冊子を渡してきた。どうせ捨てるだけなら、教室に捨てて行けばいいのに。相馬は渋々受け取り、ランドセルに突っ込んだ。
「大体の電車で十分もないくらいやから、いつもの駅に16時30分に集合!私はおばあちゃんに着付けしてもらわないかんけん、も少し準備早くせないかんね。着いたらやっぱ屋台回らんとね。はしまきといちご飴が食べたいっちゃん。先回りしていいとこ取らな、せっかく行ったんに茂みで見えんとかほんとにありえんけんね。時間は必ず守ること、わかった?」
 ようやく水泳バックの中にまで、置いていた物をパンパンに詰め終えた凛音が捲し立てるように早口で要件を伝えてきた。あまりの剣幕に、ぼくも「はい」としか返事が出来なかった。16時30分。遅れないようにしなきゃ。ぼくは自分にそう言い聞かせると、忘れてはいたものの楽しみにしていた"二人きり"での花火大会のことを考えてドキドキしていた。


 まだあれしたいこれしたいと独り言を言っている彼女を横に、胸の高鳴りを抑えるため、少年は計算式を書いて必死にこの気持ちを誤魔化そうとしていた。






 ○......................................................○


「待ってくれよ」
 少年が声をかけながら畦道あぜみちを行く少女を追いかける。少し早歩きで、なおかつ淡々と歩を進める彼女はどこか不満げな態度を露わにしていた。紫陽花柄の着物に身を包み、手には小さな手さげに草履を履いた少女はスニーカーの少年よりも早々と畦道を抜けていく。田んぼの隅で合唱しているカエルの鳴き声が、表通りを行き交う人々の声と混じり夕焼け空にこだましている。


「なぁ、凛音、ごめんって。俺が悪かったよ」
「何度目?」
 凛音は歩みを止めて振り返る。相馬は、いつもとは違い顔をしかめた凛音の投げつけた言葉の意味は理解出来たが、自責の念よりなのかただ記憶にないだけなのか、すぐに答えることが出来なかった。立ち尽くしたまま押し黙っていると、凛音はムスッとしたままそそくさと目的地へと歩き始めた。


 今日だけで何回謝ったんだろうか。いや、今までで何百回謝ったんだろうか。ぼくは、早足で先を行く凛音の後ろを着いていく他なかった。かっこ悪い。本当にカッコつけたい日に限ってなんでぼくは寝てるんだろうか。それもこれも前日に緊張と期待で寝れなかったせいだ。遠足前の子供じゃあるまいし、もう少し落ち着いていられなかったのか。とは言え―――――


 相馬が自問自答をしている間に、目的地の公園に着いた。ここは付近でも一番大きな公園で、一周が約4km程の中に露店がわんさかと出店し客寄せの声で盛り上げている。特にかき氷屋の前は行列が出来ており、本来の目的である花火大会が霞んで見えぐらいの賑わいを見せていた。凛音は到着と同刻で相馬の手を引っ張り、目当ての露店に一目散に走った。


「凛音!危ないよ、転けるって!」
「コケた時は、あんたが責任とりなさい!誰のせいで遅くなったと思っとるん!?」
「責任ってなんなんだよ!」
 凛音は小さな身体を人だかりの間に滑らせて、スイスイと抜けていく。相馬も引っ張られている為、合わせて右へ左へと身体を動かし避けていく。器用にすり抜けた先に、目的の露店であるはしまき屋があった。
 息を切らしているぼくには目もくれず、その店の列に並ぶ凛音。もう少し、インドア派を労わってくれよと言いたいところだが、今日の遅刻もあって何も言えない。整えている途中で順番は回ってきて、凛音はチーズトッピングのはしまきを3買った。もちろん、ぼくのお財布の中身で。


 メインイベントが近づくに連れてどこからか来た人々が公園中を行き交っている。相馬は元はと言えば少食だが、凛音に付き合う時は人の二倍は食べる彼女に合わせて一人分を食べるのが癖になっている。腹は満たされていくが、反比例して相馬のふところは軽くなっていった。時刻は18時を過ぎようとしていた。






 ○......................................................○


 ……完全に食べすぎた。と相馬は思いつつ公衆便所を出る。


 どのくらい食べただろうか。はしまきを皮切りに、イカ焼き、鶏の唐揚げ、ポテトフライ、いちご飴、綿菓子、チョコバナナ、焼きそば。短時間で食うには、胃と財布に良くない。ほんとに今日はカッコつかない日だなぁ。ついてない。


 ハンカチで手を拭きながら、いそいそと凛音を待たせているベンチに向かう。あと数分で花火大会が始まるため、外れにあるこの付近には人がチラホラしかいない。というのも、ここが花火を見るには最高のスポットだということは、一部の地元民しか知らないからみたいだった。


「……あれ」
 相馬は歩を止める。外灯に照らされたベンチに凜音とその他の人影が3つは見えたからだ。おかしいと思いつつ近づいて見ると大声が聞こえてきた。


「あんたら、なんね?私は人を待っとるのになんか用と!?」
「まぁ、そう怒んなって強気な女子は嫌いじゃないけどな」
「別に変なことするわけやないやん?少し俺らと回らんかって誘っただけやん」
「結構です。ほかの可愛い子でも探したらどう?」


 高校生くらいの男が3人、凛音に絡んでいた。着物を着て少し大人びている凛音を対象としてナンパしようとしている。ガタイもよく、薄暗い中でも分かるほどに脱色した髪が、ガラの悪さを物語っている。


「痛くせんっていいよろうが!!はよ着いてこんと、それこそ痛い目会うぞ!!!」
「は……離して!」


 男の一人が、凛音の腕を掴み無理矢理に連れていこうとしている。周りの人間はほとんどいない、見て見ぬフリをしている。それはわかる。だけど、そこに割って入る勇気がぼくにはない。あの3人組の見た目と大きな声に足がすくんで動けない。ここぞというところ、ここで止めなきゃ。凛音が嫌がってる。止めなきゃ。……止めなきゃ。


「なんばしよるとや、嫌がっとるやないか」
 通りかかった、背の高い青年が仲裁に入った。低い声で威嚇するように言い放った言葉により、3人組の対象は凛音からその男に変わった。
「何お前、割り込んで来やがって。こいつの彼氏?」
、少し待たせてた間に蝿が三匹たかってるのみたらイラッとしたからよぉ」
 青年は男達を睨みつけると、凛音庇うように後ろへと誘導した。
「……へぇ、喧嘩売ってんなテメェ!!!」


 今さっきまで凛音の腕を掴んでいた男が、今度は青年に向かって大ぶりで殴りかかった。瞬間だった。青年は左手から肘までを曲げて使い、大ぶりの右の拳を力を逃がすように振り払い流した。勢いの着いた男はそのまま前に倒れると思いきや、青年は倒れかけた男の鼻っ面に膝を入れた。後頭部をがっちりと掴んだ痛快な一撃に、凛音はひっ、と小さな悲鳴をあげる。言葉にならない叫びを上げながら勢いとは逆に後ろへよたよたと仰け反る男。目には涙、鼻からは出血を起こし、力なく仲間にもたれ掛かる。一瞬の出来事だったが、数秒の間男の連れ、周りで見ていた誰もが唖然とし、その中でも相馬は凛音が助かったという安堵と、何も出来ずに一連の流れを見ていた自分への嫌悪感で心の中はぐちゃぐちゃになっていた。


「手を出したほうが負けるなんて、だっせぇ」
 青年が放ったセリフに、呻き声をあげている男を抱えた連れの2人は、逃げる帰るようにその場を後にし、暗闇の中へと消えていった。青年は役目を終えたようにふっ、と鼻をならしベンチにぺたんと座り込んでいる凛音を置いて、少し遠くで立ち尽くしている相馬に近づいていく。


「おっす、相田」
 暗さであまり分からなかったが、近づいてきたこいつの顔を見てハッとした。川谷だ。凛音を守ったのは川谷だった。
「おまえさ、ずーっとそこにいたもんな。カッコわりぃ」
 川谷は茶化すように手振りを交えて言う。
「……言われなくても、わかってるよ!」
 正直イラっとした。ただ、この怒りは川谷へでもあの3人組に対してでもないことはわかっている。自分に対して。今日一日踏んだり蹴ったりのぼく自身への怒りだってことは。
「行ってやれよ相田、彼女、待ってるぜ」
「お前が行けばいいじゃないか。よりよっぽどマシだ」
 ぼくの卑屈を川谷は興味ねぇよ、と鼻で笑う。こいつが動けなかったぼくを嘲笑っているんじゃないことは感じていた。くやしいけれど、いまのぼくはこいつに何も勝てていない。


「応援してるからなぁ?飯島を大切にしてやれよ」
 余計な一言をかける川谷には返事もせずに、隣を早足で通り過ぎ相馬は凛音の元へと駆け寄る。握りこぶしを固く結び、奥歯を噛み締めて悔しさをかき消そうとする。あくまでも凛音の前では良く見せようと、気持ちを切り替えようとしていた。


「おまたせ……凛音?」
 凜音は近くの長椅子に腰を掛けて、呆然としていた。無理もない。目の前でが、歳の離れた男を圧倒したのだから。相馬は呆れられてないか不安だったが、凜音は呼びかけに対して空返事を返してきた。そこに立ち尽くしていた事には気づかれていなかったみたいだ。
「あぁ……相馬おかえり。遅かったね、もう始まるみたいだよ」
 うん、と短く返す。何があったか知らない様子を取り繕おうとしたが、川谷からの言葉が脳裏から離れず自然に明るく振る舞うことも出来ない。


 ベンチから歩き始めた後、相馬のよそよそしい様子に察しがいい凛音は、怪我なんかしてないけん、大丈夫やよ。と不安げに笑いかけるが、その言葉すら相馬には重たかった。自分が助けられなかったという自己嫌悪に駆られる。それでも相馬はよかった。と笑って見せる。二人の間の空気が良くなる前に、花火大会は地を揺らすような大きな音を立てる一本の大輪と共に幕を開ける。次々と上がる花火に、二人は小さく嘆声の声を漏らす。川谷あいつより、いい所を見せなきゃ、と焦る相馬の手が凛音の手に重なる。公園に着いた時に引っ張られた時とは違い、今度は相馬が包むように握る。凛音も無言で空を見上げたまま握り返す。お互いの体温を感じて、鼓動が早くなる。さっきのことは今は忘れよう。ただ、この子と一緒にいる時間を過ごしたい。ぎゅっと強く手を握り、相馬はせつに願った。今日はいい所は無かったかもしれないけど、見送る時に告白しよう。ずっと募ってきたこの想いを伝えることにしよう。相馬はたとえフラれても、今しか無いと思った。




 ○......................................................○


 帰りの電車を待つ駅構内には、花火を見終わった客でごった返していた。その中でも殆どは中央街からの観光客でローカル線に乗る客は比較的少ないため、相馬と凛音は黄色い線の内側ギリギリに立って次の電車を待っていた。


「ふぅー!楽しかった!」
 花火を見る前の不安げな表情とは打って変わって、お腹いっぱい食べて花火も見れて、遊びに遊びまくった彼女はとても満足そうに言った。手はお互い握ったままだった。
「よかった。……あのさ」
 ん?と凛音は返す。言うまいか迷っていたが、ここは素直に言った方がいいと相馬は思った。
「さっきは、助けられなくてごめん。ホントは影から見てたんだ。情けないよなおれ」
 彼女は一瞬キョトンとしたが、すぐに顔を覗き込んでこちらに軽快に笑いかけた。
「なんば言いよると?見とったんは態度で分かっとったし、あんな奴らには勝てんってぇ」
「でも、川谷あいつ」は……」
 川谷のことは言わないようにしようとしたが、口をついて言ってしまった。
「川谷くんは、武道やっとるんやろ?少しくらいちょちょいって出来てもよかろーもん!あんたはしょぼんってせんとよ、相馬……」
 ありがとう、と返す。凛音のフォローに元気がでた。


 凛音は何か続けて言っていたが、列車通過のベルでかき消されて聞こえなかった。回送列車が通過するみたいだ。安全の為にと思ったので2歩ほど下がろうとした時だった。手を繋いだ凛音が動かない。相馬が不思議に思って声をかける。
「凛音危ないから下がったがいいよ……?」
 瞬間だった。手を繋いだままの凛音がホームから線路へと飛び込んだ。当然繋がっている相馬も着いていく。突然の状況に頭が追いつかなかったが、このままだとヤバいと悪寒がした相馬が引き留めようと踏ん張る。手を離すわけにはいかない。……が、勢いを付けた飛び込みには耐えきれず二人とも引きずり落ちる。世界が止まったように全てが遅く見える。その中で、相馬は今朝の話を思い出していた。


「死後の世界って、あるのかなぁ」


 通過列車は警笛を鳴らしながらホームを通過しようとする。その音と、周りの人々の高い悲鳴が混じり夜の空に響く。で相馬が最後に見たのは、列車の前照灯の強い光に照らされた、大好きな凛音の顔だった。




 1部・死後の世界ー完ー

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