竜の肉を喰らう禁忌を犯した罪人はその命を賭して竜を鎮めよ

ゆきんこ

――011―― 父と二人だけの晩餐

 リュカの12歳の誕生日、初めて北の塔から出ることを許されたリュカに、父と二人だけの晩餐の席が用意されていた。
 伸ばしたままボサボサの髪は綺麗に鋏を入れられ、晩餐の席に相応しい真新しい衣装を着せられた。その格好はまさに王子というに相応しく、国王フランシスを幼くした姿そのものだ。
 北の塔を出たこと、久し振りに父に会うこと、リュカは緊張していた。表情が乏しくても、ずっと見守ってきたダミアンだけはその緊張に気が付く。
 北の塔に幽閉されている間、ずっとダミアンがリュカの世話をしていた。今までとなにも変わらないといえば変わらないが、侍女が一人居ると居ないでは全く違った。
 近衛騎士が子供の世話をするのだ。不慣れなことは仕方がなく、リュカがそれに文句を言うことはなかった。
 あるとすれば、不用意に近づくなということくらいだ。カロルを死なせてしまってからリュカは、ダミアンを遠ざけようとしていた。
 大切だと思える相手を死なせたくないとの想いだが、魔法使いの王子に喜んで仕えるのはダミアンくらいしかいない。彼にとって主人は国王フランシスでも王妃カロリーヌでもなくリュカなのだ。

 リュカの緊張を少しでも解こうとダミアンは整えられたリュカの頭を乱暴に撫でる。
 突然の男性の無骨な手にリュカは目を丸くした。そのおかげか、緊張に強張っていたリュカの顔は幾分和らいだ。
 久し振りに会ったフランシスは苦労など何も知らないといったように、髪は黒く若々しく、記憶の中の父の姿そのままだった。

「陛下、お久し振りに……」
「親子なんだ。堅苦しい呼び方はやめて父と呼んでくれ」

 今のフランシスにとってリュカはニネットを亡くした悲しみの象徴ではない。大切なニネットの忘れ形見と、自分の子だと認識していた。他人行儀な態度を取られれば傷付くほどには、だ。

「しばらく……見ないうちに大きくなったな」

 リュカがフランシスとこうして顔を付き合わせて話をするのは北の塔に幽閉される少し前が最後だった。
 なにか問題があると呼び出され、父の代わりに話をするのはいつも、 カロリーヌだった。
 彼女の冷えきった汚物を見るかのような目は、会う度にリュカを傷つけていた。亡くした母の代わりだ、忙しい父の代わりだというカロリーヌに、子供のリュカは従うしかない。

 こうして父と晩餐の席を共に出来ることはリュカにとって緊張もあるが嬉しく、ワクワクするものだ。避けられていると思っていたリュカは、父と呼ぶことを許されていたことに喜びを感じていた。

「お父上様もおかわりなく嬉しいです」

 笑いなれていないリュカの笑顔はぎこちないものだが、これまでの事を思えば仕方がない。フランシスも父として接してこなかった事を申し訳ないと思っていた。
 弾むような父子の会話、次々と替わる皿、緊張の時間は楽しい時間へと変わっていく。
 
 ソレを口にしたリュカは世界が歪むような、自身が違うものへと変じていくさまを体感する。
 今まで何度も体験したそれは竜の肉を口にした時に起こるものだ。
 自身の内側から焼け爛れるような熱さに、寒く凍てつく体、痺れ、上手く呼吸がままならない。
 自身の体を支えられず、皿を落とす。
 激しい音に床に沈みこむ感覚。
 何度となくもう二度と体験したくないと思ったのだろうか。
 どうして自分だけがこうも何度も竜の肉を喰わされなければいけないのかと。
 助けを乞うようにフランシスに目を向ければ、カロリーヌの姿が重なるようにフランシスの口元が歪んで見えた。

「お……ちち、うえ様……」

 目の前で苦しむ我が子からフランシスは目を背ける。助けようと手を差し伸べるでもなく、見ていることが辛いと逃げてしまうのは昔となにも変わらない。
 父であってもなくても、フランシスが大事なものはやはり己自身だ。一番に浮かんだのは国王暗殺の四文字だった。
 フランシスが子供の無事を一番に思えなからこそ、リュカは何度も竜の肉を喰わされているではないだろうか。
 従者がリュカを恐れ動けずにいることすら見て見ぬ振りをしてしまうのだ。
 自分から動けないならば、国王として一言命じればいいだけ。それすらもフランシスには浮かばず、出来ない。

 体が竜に造り替えられていく苦しみの中で、リュカは絶望の淵に立っていた。
 とうの昔に無くしたと思っていた希望は打ち砕かれていく。
 涙を流しても、嗚咽を溢しても、リュカに手を差し伸べる父親はここにはいないのだ。
 フランシスそっくりだった黒い髪は金色に輝き、親子と疑いようのなかった黒い瞳は青く変色していった。

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