最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?
憧憬
「ふむ、今日も良い汗をかいた」
ロゼッタは日課である早朝鍛錬を終え、宿の自室へと戻ってきた。二つある内の片方のベッドからは微かに寝息が聞こえる。
「えへへ……」
「……随分気持ち良さそうに寝ているな」
イリスはにへら~と頬を緩め、口からはわずかに涎を垂らしながら寝ていた。
「イリス、か……」
女としてはどうかというだらしない寝顔を晒している少女。行動を共にする内に信用できると判断はしたが、彼女に関してはほとんど何も知らないと言っても過言ではない。
素性が全く分からない。どのような場所で生まれ育ったのか。趣味や特技などは話し合ったが、根本的なことは聞かずじまいだった。
――もしかして、何か問題を抱えているのでは?
確認しようにも、もしそれで二人の間に亀裂が走ったらと思うと踏み出せない。人には触れてはならないことというのが少なからず存在する。
一人では上手くいかないこともあっただろう。だが彼女がいたことで助かった。感謝してもしきれない。
自分は彼女に何をしてあげられるだろうか。
考え、悩み抜き、そしてロゼッタは決意する。
「んん……ふぁぁ……。あ、おはようロゼッタ!」
この笑顔だけは、絶対に守り抜くことを。
※※※
今日はオーバーワークを避けるために設けた休日。特にすることがなく、暇をしていたロゼッタはイリスに連れられて街中へと繰り出されていた。
「ロゼッタも女の子なんだからお洒落には気を遣った方がいいよ?」
「む……あたしは動きやすければそれでいいんだが……」
すっかり仲の良い友人のようになった二人は軽く会話をしながら店を回っていく。
「なんだろう、あれ。ちょっと行ってくるね」
道の途中には人だかりが出来ていた。イリスは好奇心をあらわにしてその中へと加わりに行き、しばらくすると何かを手に持って戻ってくる。
「号外みたい。えーと……『シルフィーナ皇女殿下、ついに近衛騎士を選出!!』だってさ。やっとって感じだね」
「何故選ばないのかと噂になっていたからな」
ヴェンダル帝国第一皇女のシルフィーナ=ヴェンダルは、今年成人を迎えた。いわゆる結婚が出来る年齢であり、その身分からして彼女の結婚は国へと大きな影響を与える。更に成人を機に皇女として一部外交なども任されるようになる。そんな彼女に護衛として近衛騎士を付けるのは当然の事だろう。
これまではその時その時で付く騎士が変わっていたが、慣例として、成人すると帝国騎士団の中から信ある者が王族直々にその役職を任される。皇女を護る騎士という名誉ある地位を求めて多くの騎士達が奮起していた。
だがシルフィーナは近衛騎士を付けようとはしていなかった。そのため、民は『何故選ばないのか』と疑問に思っていたのだ。
「えーと、選ばれたのは六名。ミクルーア、セリア、アリシア、サクヤ、リオン――――」
ロゼッタは聞き覚えのある名が並んでいることに驚く。そしてこの五人がいて、あの男がいないわけがない。
「――レンヤ。全員平民みたい。何か姫様と繋がりでもあったのかな?」
「……そうなのかもしれないな」
「ロゼッタ? どうしたの?」
明らかに動揺している様子に、イリスは首を傾げる。問いに応えるべくロゼッタが口を開こうとした、その時――
「あら、見たことある顔ね」
男を惑わせるかのような甘い声。いつの間にかロゼッタとイリスの前にはフードで顔を隠しているローブ姿の人物が二人いた。
まさかとロゼッタが思うとともに、二人はほとんど同時に顔を晒す。
「こんなに早く再会するとはな」
運命の悪戯か、しばらく会うことはないであろうと思っていたはずだったのに。
目の前に、その少年はいた。
※※※
休日を満喫していた二人の前に現れたのはレンヤとアリシアだった。とある用事でこの街を訪れていたらしく、今夜ここに来い、と地図が描かれたメモを渡して去っていった。
そして時は過ぎ、指定された時刻。
「本当にここなのか……?」
「合ってるはずだけど……」
レンヤに指定された場所は迷路のように入り組んだ路地を進んでいった先にあった。見る人によっては味があるともボロいとも捉えられる木造の建物。二人は意を決して年季の入った扉を開き、中へと入る。
「やっと来たか」
どうやらここはバーらしく、奥のカウンター席でレンヤは待っていた。入り口付近のテーブル席にいたアリシアは「あなたはこっち」とイリスを連れて行ってしまう。
ロゼッタは緊張しながらもレンヤから一つ間を空けた席に腰を下ろす。
「ここはしばらく貸し切りにしてある。誰かに話を聞かれる心配はない。何か飲むなら適当に持ってこい」
こくりと頷き、ロゼッタは飲み物の並んだ棚から果実水を選ぶ。話を聞かれる心配はない、という前置きからして重要な話をするのだろう。アルコールは避けた方がよいだろうという判断だ。
「単刀直入に話す。キャンベル家は取り潰しになった。国の調査の手が入ったが、色々と悪事に手を染めてることが判明した」
「そうか……」
ショックじゃないというわけではないが、当然だろうなという気持ちの方が大きかった。既にキャンベルを捨てた身だ。思い入れは消えてしまっていた。
「お前は何もしていないが、元とはいえキャンベル家の者だと知っている奴らからは良い顔はされないだろう。落ち着くまでは他の国にいた方がいい」
「ならちょうど良かった。近々イクリード王国に活動拠点を移そうと思っていたんだ」
「地下迷宮か?」
「ああ、そうだ」
イクリード王国。ヴェンダル帝国と隣接している国で、王同士が昔馴染みでもあるため友好関係を築いている。
そんなイクリード王国は地下迷宮を所持している。その名の通り地下へと続く迷宮で、別名ダンジョンとも呼ばれるそれは過去の大戦の遺物であり、研究が進められているがいまだに謎が多い。
地下迷宮では魔物が湧くが、外には出てこない。階層制で地下深くまで続いており、深層へ行くほど魔物は強力になる。
分かっていることは少ないが、この存在は様々なメリットを生み出した。魔物の核でもあり、魔道具を動かすための動力にもなる魔石が安定して手に入る。その魔石で冒険者は生計を立てれるし、傭兵や国の兵からしたらスキルアップの場になる。
地下迷宮は色々なものにとって欠かせないものとなっているのだ。
冒険というものに憧れていたロゼッタが行かないわけがない。ただ、そこで活動するための資金集めのために今の街に滞在していた。そろそろ頃合いだと思っていた矢先にレンヤの提案だった。
「ならすぐにでも準備しておけ。話はこれで終わりだ。俺は帰る――と言いたいところだが」
レンヤの視線の先には和気藹々とお喋りするアリシアとイリスがいた。たった少しの間に随分と打ち解けたようだ。雰囲気からしてすぐに話し終わりそうではない。
「酒でも飲んで時間を潰すことにするさ。お前もどうだ?」
「それなら……」
ロゼッタはレンヤに勧められた酒の入ったグラスを手に取る。武を極めんとしていたロゼッタは体に対する害を懸念し、成人しても酒を飲まずにいた。
それ故にこれが初めての飲酒だ。
恐る恐る口に含むがアルコール特有のキツさなどはなく、口当たりは良かった。フルーティな味わいで、本当にこれは酒か?と疑ってしまうほどだ。これならグングンいけそうだ。
程よく酔いが回り、ロゼッタは気持ちよく話していく。時折レンヤから質問が入り、素直に答えていく。
加減が分からず、ロゼッタが飲み過ぎたあまり酔いつぶれたところで解散となった。虚ろな意識の中でロゼッタは改めて、憧れの存在に追いつくべく努力することを心に決めた。
※※※
「で? 結果はどうだったんだ?」
「当たりね。あの子で間違いないわよ」
イリスがロゼッタを連れて宿に戻った後、残った二人は互いに確認を取っていた。
「出会った時期からしても本人で間違いないだろうな。酔ってくれてたおかげで口が軽くて助かった」
「あら、酔ってくれてたじゃなくて酔わせたの間違いでしょ? わざと女を酔わせるなんて悪い男ね」
「仕事だ。それにそういった欲とは無縁だからな」
「あんたにはミクルーアがいるからね。たまには違う身体も味わってみたくない? 私が相手になるわよ?」
「生憎、俺は飽き性じゃないんでね」
「残念」
微塵も残念そうにはしてないアリシアだったが、よし、と立ち上がる。
「さっさと戻って報告しちゃいましょ。あんまりレンヤを独占してるとミクルーアに怒られちゃうわ」
「ああ。子供達も帰りを待っているからな」
二人して建物を出ていく。これから愛しの妻と愛する家族に会えるかと思うと、レンヤの顔には自然と笑みがこぼれるのだった。
ロゼッタは日課である早朝鍛錬を終え、宿の自室へと戻ってきた。二つある内の片方のベッドからは微かに寝息が聞こえる。
「えへへ……」
「……随分気持ち良さそうに寝ているな」
イリスはにへら~と頬を緩め、口からはわずかに涎を垂らしながら寝ていた。
「イリス、か……」
女としてはどうかというだらしない寝顔を晒している少女。行動を共にする内に信用できると判断はしたが、彼女に関してはほとんど何も知らないと言っても過言ではない。
素性が全く分からない。どのような場所で生まれ育ったのか。趣味や特技などは話し合ったが、根本的なことは聞かずじまいだった。
――もしかして、何か問題を抱えているのでは?
確認しようにも、もしそれで二人の間に亀裂が走ったらと思うと踏み出せない。人には触れてはならないことというのが少なからず存在する。
一人では上手くいかないこともあっただろう。だが彼女がいたことで助かった。感謝してもしきれない。
自分は彼女に何をしてあげられるだろうか。
考え、悩み抜き、そしてロゼッタは決意する。
「んん……ふぁぁ……。あ、おはようロゼッタ!」
この笑顔だけは、絶対に守り抜くことを。
※※※
今日はオーバーワークを避けるために設けた休日。特にすることがなく、暇をしていたロゼッタはイリスに連れられて街中へと繰り出されていた。
「ロゼッタも女の子なんだからお洒落には気を遣った方がいいよ?」
「む……あたしは動きやすければそれでいいんだが……」
すっかり仲の良い友人のようになった二人は軽く会話をしながら店を回っていく。
「なんだろう、あれ。ちょっと行ってくるね」
道の途中には人だかりが出来ていた。イリスは好奇心をあらわにしてその中へと加わりに行き、しばらくすると何かを手に持って戻ってくる。
「号外みたい。えーと……『シルフィーナ皇女殿下、ついに近衛騎士を選出!!』だってさ。やっとって感じだね」
「何故選ばないのかと噂になっていたからな」
ヴェンダル帝国第一皇女のシルフィーナ=ヴェンダルは、今年成人を迎えた。いわゆる結婚が出来る年齢であり、その身分からして彼女の結婚は国へと大きな影響を与える。更に成人を機に皇女として一部外交なども任されるようになる。そんな彼女に護衛として近衛騎士を付けるのは当然の事だろう。
これまではその時その時で付く騎士が変わっていたが、慣例として、成人すると帝国騎士団の中から信ある者が王族直々にその役職を任される。皇女を護る騎士という名誉ある地位を求めて多くの騎士達が奮起していた。
だがシルフィーナは近衛騎士を付けようとはしていなかった。そのため、民は『何故選ばないのか』と疑問に思っていたのだ。
「えーと、選ばれたのは六名。ミクルーア、セリア、アリシア、サクヤ、リオン――――」
ロゼッタは聞き覚えのある名が並んでいることに驚く。そしてこの五人がいて、あの男がいないわけがない。
「――レンヤ。全員平民みたい。何か姫様と繋がりでもあったのかな?」
「……そうなのかもしれないな」
「ロゼッタ? どうしたの?」
明らかに動揺している様子に、イリスは首を傾げる。問いに応えるべくロゼッタが口を開こうとした、その時――
「あら、見たことある顔ね」
男を惑わせるかのような甘い声。いつの間にかロゼッタとイリスの前にはフードで顔を隠しているローブ姿の人物が二人いた。
まさかとロゼッタが思うとともに、二人はほとんど同時に顔を晒す。
「こんなに早く再会するとはな」
運命の悪戯か、しばらく会うことはないであろうと思っていたはずだったのに。
目の前に、その少年はいた。
※※※
休日を満喫していた二人の前に現れたのはレンヤとアリシアだった。とある用事でこの街を訪れていたらしく、今夜ここに来い、と地図が描かれたメモを渡して去っていった。
そして時は過ぎ、指定された時刻。
「本当にここなのか……?」
「合ってるはずだけど……」
レンヤに指定された場所は迷路のように入り組んだ路地を進んでいった先にあった。見る人によっては味があるともボロいとも捉えられる木造の建物。二人は意を決して年季の入った扉を開き、中へと入る。
「やっと来たか」
どうやらここはバーらしく、奥のカウンター席でレンヤは待っていた。入り口付近のテーブル席にいたアリシアは「あなたはこっち」とイリスを連れて行ってしまう。
ロゼッタは緊張しながらもレンヤから一つ間を空けた席に腰を下ろす。
「ここはしばらく貸し切りにしてある。誰かに話を聞かれる心配はない。何か飲むなら適当に持ってこい」
こくりと頷き、ロゼッタは飲み物の並んだ棚から果実水を選ぶ。話を聞かれる心配はない、という前置きからして重要な話をするのだろう。アルコールは避けた方がよいだろうという判断だ。
「単刀直入に話す。キャンベル家は取り潰しになった。国の調査の手が入ったが、色々と悪事に手を染めてることが判明した」
「そうか……」
ショックじゃないというわけではないが、当然だろうなという気持ちの方が大きかった。既にキャンベルを捨てた身だ。思い入れは消えてしまっていた。
「お前は何もしていないが、元とはいえキャンベル家の者だと知っている奴らからは良い顔はされないだろう。落ち着くまでは他の国にいた方がいい」
「ならちょうど良かった。近々イクリード王国に活動拠点を移そうと思っていたんだ」
「地下迷宮か?」
「ああ、そうだ」
イクリード王国。ヴェンダル帝国と隣接している国で、王同士が昔馴染みでもあるため友好関係を築いている。
そんなイクリード王国は地下迷宮を所持している。その名の通り地下へと続く迷宮で、別名ダンジョンとも呼ばれるそれは過去の大戦の遺物であり、研究が進められているがいまだに謎が多い。
地下迷宮では魔物が湧くが、外には出てこない。階層制で地下深くまで続いており、深層へ行くほど魔物は強力になる。
分かっていることは少ないが、この存在は様々なメリットを生み出した。魔物の核でもあり、魔道具を動かすための動力にもなる魔石が安定して手に入る。その魔石で冒険者は生計を立てれるし、傭兵や国の兵からしたらスキルアップの場になる。
地下迷宮は色々なものにとって欠かせないものとなっているのだ。
冒険というものに憧れていたロゼッタが行かないわけがない。ただ、そこで活動するための資金集めのために今の街に滞在していた。そろそろ頃合いだと思っていた矢先にレンヤの提案だった。
「ならすぐにでも準備しておけ。話はこれで終わりだ。俺は帰る――と言いたいところだが」
レンヤの視線の先には和気藹々とお喋りするアリシアとイリスがいた。たった少しの間に随分と打ち解けたようだ。雰囲気からしてすぐに話し終わりそうではない。
「酒でも飲んで時間を潰すことにするさ。お前もどうだ?」
「それなら……」
ロゼッタはレンヤに勧められた酒の入ったグラスを手に取る。武を極めんとしていたロゼッタは体に対する害を懸念し、成人しても酒を飲まずにいた。
それ故にこれが初めての飲酒だ。
恐る恐る口に含むがアルコール特有のキツさなどはなく、口当たりは良かった。フルーティな味わいで、本当にこれは酒か?と疑ってしまうほどだ。これならグングンいけそうだ。
程よく酔いが回り、ロゼッタは気持ちよく話していく。時折レンヤから質問が入り、素直に答えていく。
加減が分からず、ロゼッタが飲み過ぎたあまり酔いつぶれたところで解散となった。虚ろな意識の中でロゼッタは改めて、憧れの存在に追いつくべく努力することを心に決めた。
※※※
「で? 結果はどうだったんだ?」
「当たりね。あの子で間違いないわよ」
イリスがロゼッタを連れて宿に戻った後、残った二人は互いに確認を取っていた。
「出会った時期からしても本人で間違いないだろうな。酔ってくれてたおかげで口が軽くて助かった」
「あら、酔ってくれてたじゃなくて酔わせたの間違いでしょ? わざと女を酔わせるなんて悪い男ね」
「仕事だ。それにそういった欲とは無縁だからな」
「あんたにはミクルーアがいるからね。たまには違う身体も味わってみたくない? 私が相手になるわよ?」
「生憎、俺は飽き性じゃないんでね」
「残念」
微塵も残念そうにはしてないアリシアだったが、よし、と立ち上がる。
「さっさと戻って報告しちゃいましょ。あんまりレンヤを独占してるとミクルーアに怒られちゃうわ」
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