最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

旅立ち

「貴方には世話になった。ありがとう」
「私は何もしていませんよ」

 ヴェンダル帝国の帝都ヴェルム。学園祭の事件から早数日が過ぎ、その都市の正門にてミクルーアは旅立つロゼッタの見送りに来ていた。ロゼッタは旅装束であるフード付きのマント姿だ。

「またいつかここに戻ってくる。心身共に成長してな」
「無理はしないでくださいね。無事に帰ってくるのが一番です」
「ははは、貴方は母のような事を言うのだな」
「子供達の世話を毎日していると怪我をしないかなど心配症になってしまいまして。それに私はレンヤくんの妻でもありますから」

 そういう行為をしてはいるが、まだレンヤとの間に子はいない。だが孤児院の子供達の世話をしていたため、既に母性は育まれているようだ。自分は妻であり、母なのだという自覚はしっかりと出来ていた。

「その……家でのあいつはどのような感じなんだ? あ、いや、別にあいつのことが気になってるってわけじゃないぞ!! ただ普段のあいつを知れば少しでも実力が近付けると思ってだな!!」

 ミクルーアは何も言ってないのに顔を赤くし慌てふためくロゼッタ。反応からしてレンヤをどう思っているか丸分かりだった。

「……分かってはいるんだ。あたしはあいつには良く思われていないと」

 突然決闘を申し込んだり、妻であるミクルーアを殺そうとしたりしていたのだ。当然レンヤにいい印象を与えられているわけがない。むしろ恨まれているであろう。

 だがしかし、こうして夢にまで見た旅に出られるようになったのはレンヤのおかげだ。例え相手から恨まれていようとも、感謝の気持ちは忘れないでおこうとロゼッタは考えていた。

 気持ちが沈むロゼッタだったが、反対にミクルーアは楽しそうに微笑んでいた。

「レンヤくんから伝言があります」
「なんだと!?」

 ぱぁっと顔が明るくなるロゼッタ。意外とこの娘は単純な性格なのかもしれないとミクルーアは思った。

「恩でも感じてるなら思いっきり成長して帰ってこい。そして俺の元で馬車馬のように働け。それでチャラにしてやる、だそうですよ」
「……ははっ、そうか」

 レンヤが素直でないであろうことはロゼッタも分かっていた。この伝言の意味を『期待しているから頑張ってこい』という風に捉えた。

「後顧の憂いなし! ではまた会おう!」
「ええ、お気をつけて」

 自信に満ちた表情を見せ、ロゼッタは乗合馬車へと乗り込んだ。そして馬車はゆっくりと動き出した。ロゼッタの旅が始まる。

※※※

 喫茶店ラスクの二階、『機関』のメンバーの溜まり場になっているその場所にレンヤ達はいた。

「美味しいですぅ~」
「よかった……」

 カウンター席にちょこんと座り、頬を緩ませながらホットケーキを食べるシルフィーナ。カウンターを挟んで立っているセリアは自身が作ったホットケーキがお姫様の口に合ったようで胸をなでおろしていた。

「そういえばレンヤ。あの娘が旅立つのって今日だよね? 見送りぐらい行ってあげないの?」
「ああ、言っときたいことはミアから伝わるようにしといたからな。行く意味がない」
「言っときたいことって何よ?」

 アリシアの質問に、メルも同じことが聞きたかったのか頷いている。

「戻ってきたら俺の分も働いて楽させてくれってな。これで俺の仕事が減って悠々自適な引きこもりライフが送れるようになる」
「自己中ですねぇ」
「サクヤに言われるのは納得いかん」

 この男、ロゼッタの成長に関しては何も思っていなかった。ただ楽な生活を送りたいだけだ。

「ま、とりあえずはひと段落だな。何か連絡事項のある奴はいるか?」
「は~い」

 超越者達のリーダーであるレンヤが締めに入ろうとしていたところで姐さんの気の抜けるような声。

「ミクルーアちゃんがまだ戻ってきてないけど早く連絡しといた方がいいと思ってね~。まずはこれを見て~」

 真ん中のテーブルに二枚の紙が置かれる。皆集まり、覗き込む。まず片方をレンヤが読み上げた。

「以下の六名をヴェンダル帝国第一皇女シルフィーナ=ヴェンダル直属の近衛騎士に任命する。『フリーデン』所属レンヤ、リオン、サクヤ、アリシア、ミクルーア、セリア……」

 まさかの内容にレンヤは黙り込む。その間にメルがもう一枚を読みだす。

「以下の者をヴェンダル帝国第一皇女シルフィーナ=ヴェンダル付きの専属侍女とする。ヴェンダル帝国総合学園二年、メル……」

 脳が理解するのを拒否したのか、今度はメルが黙り込む。

「というわけで、これからもよろしくお願いしますね! レン兄!」

 シルフィーナがニコニコと笑う。それは大好きな人と一緒にいられる時間が増えたことに対する喜びの表れだった。

「あっははははは!! 残念だったねレンヤ!!」
「次から次へと、飽きさせませんねぇ」
「そういう星の下に生まれたんでしょ」
「だ、大丈夫……?」

 面倒事が終わったかと思えばまた舞い込んできた。ゆっくり休める日がなくなっていく。

「……おいメル。これって断れると思うか?」
「……無理でしょ。陛下直々のサインまであるし」
「……だよなぁ」

 レンヤはため息をつき、天井を見上げた。

「勘弁してくれよ……」

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