最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

自由への第一歩

「そ、そんな……」

 ロゼッタは崇拝しているとさえいえる父が敗れたことに愕然としていた。父は自身の目標であり、この国において最強であるとさえ思っていた。


 ――――それは本当か?


 理由は分からない。だがロゼッタの頭に突如として疑問が湧いてきた。

 なぜ父が目標となり得たのか?
 それは自分よりも遥かに強いからだ。

 ではレンヤに負けた父は弱いのか?
 そんなわけが無い。仮にも御三家のキャンベル家の当主を務めている男だ。

 ではレンヤが最強ということになるのか?
 それは分からない。最強と思っていた父を圧倒したものの、それは上には上がいると証明したも同然だ。レンヤより上の実力を持つ者がこの世界にはいるのかもしれない。

「ふふ、悩んでいますね。ヒントを差し上げます」
「ヒントだと?」
「ヒントは『思っていた』と『思い込んでいた』は違うもの、です。真実に辿り着くかどうかは貴方次第かと」

 ロゼッタにはミクルーアの意図が分からなかった。彼女は何を伝えようとしているのか。

 そんな時、少し離れた場所にいるラルフとミレーヌの姿がふと目に入った。自分と同じ御三家の子息子女だ。
 自分の戦闘科序列が十位なのに対して、あの二人は常にトップを争っている。年が一つ違うとはいえ、そこには明確な実力差があるのは分かっていた。

 もちろん追いつき、そして追い抜こうと考えた。父も手を貸してくれると言ってくれたのはかなり嬉しかった。


 ――――おかしい。


 そうだ、自分はあの二人よりも強くなろうとしていたんだ。
 なのに今回の模擬戦でしようとしていたことはなんだ?

 訓練場を囲む結界を密かに解除し、不慮の事故としてミクルーアを殺そうとしていた。

 父によってレンヤの実力を測り、キャンベル家に婿入りさせようとしていた。

 もし予定通りに事が運んでいたらどうなっていた?

 自分はレンヤの妻となり、槍を置くことになっただろう。キャンベル家の次期当主はレンヤとなり、自分は夫を支えるために武以外を担わなければいけなくなる。

 それは自分が求めていたものなのか?


 ――――違う。


 求めていたのは至極単純なこと。

 ただひらすらに強くなりたい。もっと高みへと登り詰めたい。

 その過程としてラルフとミレーヌを超え、身近にいた父を一つの目標としていたのだ。

 だからこそおかしい。

 いつの間にか自分は父を最強だと思い込み、絶対に従うべき存在だと認識していた。
 家の発展の為にレンヤの妻となる事を受け入れていた。

 なぜそうなってしまっていたのか。そこでヒントが役に立った。

 思い込んでいた。いや、違う――――

「思い込まされていた、か……」

 何時からそう思い込んでいたのかを思い出そうとしたが、どうにも記憶が曖昧だった。鮮明に思い出せる最も新しい記憶は、壁にぶつかり伸び悩んでいた時に父に相談した時の記憶だ。

 それ以降はぼんやりとした記憶だが、父のアドバイスにより実力がついてきたのが自分でもはっきりと分かるようになり、言うことを聞いていればより高みへと行けると思ったのを覚えている。

「英雄の話はご存知ですよね?」
「? あぁ」

 ロゼッタが好きな物語だ。かつて異世界から召喚された少年が世界を救う英雄譚である。

「今はもう文献でしかその存在を知ることは出来ませんが、当時には人の意識を操る洗脳の魔法があったそうです」
「人の意識を操る……?」
「人にはそれぞれ感情があり、思想があり、事情だってある。そんな個人の意思は戦争においては邪魔であると、無理矢理抑え込んで自由に操れる人形にしてしまう禁忌の魔法です」
「それは……」

 人道的に、そして道徳的に考えて許されるものではない。

「しかしこの魔法には欠点がありました。それは魔法をかける時に対象に『この人に従う』といった意識を持たせなければいけないことです」
「そう思っているならば魔法は必要ないのではないか?」
「最初は従おうと思っていても、後に考えが変わり裏切るかもしれません。この魔法は最初だけそう思わせれば後の心配はいりませんから」

 一度信頼を得れば、後は都合のいい駒としてどんな風にも扱えるのだ。裏切られる心配も無い。

 ミクルーアは多くは語らなかったが、わざわざ信頼を得る必要もない。人質を取り、無理矢理従わせることだって出来たのだ。

 この魔法は多くの悲劇を生み出した。

「そしてこの魔法の話は先程までの貴方へと繋がります。従おう、あるいは……言うことを聞いていれば、でしょうかね。過去にそのように思ったことはありませんでしたか?」
「……ある」

 カチリ、とピースがはまった。はまってしまった。

「幸いにも時間はあります。今後について考えてみてはいかがですか?」

 ロゼッタは混乱していた。

 導き出された答えは父が自分を道具としてしか見ていなかったということ。

 本来なら貴族の娘などは政略的な道具にされてもおかしくはないが、ロゼッタはキャンベル家の娘だ。次期当主が実力によって決まるため、確定するまではそのような扱いにはならないはずだった。

 だが現実は違ったのだ。最初からか、それとも途中から見限られていたのか。

 ――――分からない。分かりたくもない!

 檻の中に囚われ続けていたロゼッタには、一歩を踏み出す勇気が無かった。悩み続ければいつか答えが出るかもしれない。

 しかし、そんなことを許さないとばかりに決断の時はすぐそこまで迫っていた。

「……訂正です。そんな猶予は残されていなかったようですね」

 一般人でさえ分かるほどの魔力の暴力的な奔流。

 ロゼッタは俯いていた顔を上げ、その出処である舞台上を見た。

 そこに立っていたのは試合を終えたばかりのレンヤと――

「父上……?」

 父だった何かだった。

 ※※※

 第四試合を終えた舞台上を念の為にと控えていた医療班が慌ただしく動いていた。

「なぜ結界が解けているんだ!」

 医師が言う通り結界が解けており、レンヤに刺されたエドガーの腹部からは大量の血液が流れ出ていた。本来ならありえない事だ。

 レンヤは一応当事者だしいたほうがいいかな?程度の気持ちでその場に残っていた。

 ぼーっと手当を見てはいたが、次第にどうでもよくなりミクルーアの元へ向かおうと背を向けた。

「あ?」

 だが背後に気配感じて振り向いた。

 そこにはエドガーが立っていた。いや、正確にはエドガーであった何かであろう。

 目から光は消え、口の端が吊り上がっている。何よりも違ったのは魔力の質。
 深い深い闇を感じさせる、重苦しいもの。気を抜けば押し潰されてしまうだろう。

 見た目は変わっていないが、変わったと断言出来る変化ぶりだ。

「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」

 異質な空気を発するエドガーを前にして医師達は逃げ去ってしまった。

「う、うぁぁぁぁぁ……」
「駄目だなこりゃ。手遅れだ」

 既に助からないところまで来ているとレンヤは判断した。こうなってしまえばすることは一つ、消し去ることだ。

 しかしレンヤが大鎌を構えることは無かった。

「あたしがやる。手を出すな」
「はいはい、任せたよ」

 エドガーの異変を止めるべく、ロゼッタが立ちはだかった。

「あたしには何が間違ってて何が正しいのか分からない。自分が何なのかさえな。だが気付いたんだ。迷っているのは性に合わないとな」

 ロゼッタは静かに槍を構える。

「あたしはやりたいようにやる。その第一歩、自由になる為に――」
「がぁぁぁぁぁぁ!!!」

 エドガーが雄叫びを上げて迫りくる。変わり果てた父を前にして、ロゼッタは力強い光を目に灯していた。

「あたしを縛り付けるこの鎖、断ち切らせてもらう!」

 子の、親に対する反抗が始まる。

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