最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

勘違い

本日2回目の更新です。






 舞台上では第三試合の準備が進んでいた。なぜか・・・時間がかかっている準備を尻目に、レンヤ達は近付いてくる人物に対応していた。

「あはは~面白いことになってるね~」

 いつも通りのぼさぼさ頭に目のクマ、よれよれの白衣を着た姐さんがレンヤ達の元へやってきた。その後を追ってきたのか、訓練場に再び観客が入るようになっていた。

「あら、姐さんが来るなんて珍しいわね」
「一応ここの学園長だし、女生徒が暴れてるって報告も来たしね~」
「そんな人がいるのですね」
「さ、サクヤちゃんのことだと思うよ……?」

 天然なのかわざとなのか他人事のように振舞うサクヤ。姐さんも一応現場の確認をするという学園長としての最低限の義務を果たしに来ただけで追及はしない。

 一方レンヤはミクルーアへの心配をごまかすかのように膝の上に座ったシルフィーナの頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。

「レンヤ、流石にやりすぎじゃ……」
「いいのですよメル様。後でちゃんと直してくれますし」
「そういうことだ」

 レンヤはどこからともなく櫛を取り出し、シルフィーナの髪を手櫛も混ぜて梳き始める。

「ふわぁ~~~~~」
「シルフィーナ様の顔が緩みまくって凄いことに……」

 レンヤの技術はかなりのもののようだ。メルはそんなにいいものなのかと目を離せなかった。

「お前にはやらんぞ?」
「べ、別にそんなこと思ってないから!!」

 ニヤリと笑うレンヤ。いじりがいがある奴だと改めて感じていた。

「ごほん! それはそうと、ミクルーアは大丈夫なの? 戦いとは無縁そうだけど」
「心配するな。サクヤやリオンよりも実力は上だから」
「え?」

 メルがミクルーアに対して抱いている印象は清楚で可憐な女の子だ。それがあんな化け物達の上を行くのかと戦慄する。

「今回の相手はちょっとばかし相性悪いけどな。アリシア、説明」
「はいはい。ロゼッタ=キャンベル。キャンベル家長女でヴェンダル帝国総合学園戦闘科二年。戦闘科序列は十位。その振舞いと端麗な顔立ちからお姉様と呼びたい女学生ランキングトップを飾る。幼い頃から勇者の物語が好きで演劇を何回も見に行くほど。その影響か世界を巡る旅に憧れている。趣味は鍛錬に演劇鑑賞、好きな食べ物は肉全般。最近の悩みは戦闘科序列が中々上がらないこと。期待の重圧か、はたまた女にも関わらず次期当首候補筆頭のためか、実家においては不穏な空気が流れており居心地悪そうにしている。スリーサイズは上から――」
「おい、そんな説明は要らんから戦闘スタイルだけ話せ」
「そう? これからが面白いのに……」

 アリシアは不満気に口を尖らせた。メルはなんでそんなに詳しく知っているのだろうと疑問に思ったが触れてはいけない気がして聞くのをやめた。

「キャンベル家は代々槍術を嗜む家系ね。独特の足運びで繰り出す目にも留まらぬ速さの突きを得意としていて『神速の槍』とかいう二つ名が付いてるらしいわ」
「そこなんだよなぁ。ミアはそもそも近接戦は不得手だからな。一応アドバイスはしておいたし大丈夫だろうが」

 もちろん、少しでも危険だと感じたら助けに入れるように準備はしておくつもりだ。

「アドバイスってどんなの?」
「単純だ。相手が何考えてようが、何もさせなきゃいい」

 レンヤは舞台上のミクルーアへ視線を向ける。

「見てれば分かるさ。さて、俺も次の試合に向けて準備するか」

※※※

 長かった準備も終わり、第三試合がまもなく始まろうとしている。
 ロゼッタは疑いの目をミクルーアに向けていた。

「お前、何も持ってないがいいのか?」
「大丈夫です」

 それはいつぞやのレンヤと被るところがあったが、彼とは違い全くと言っていいほど相手からは戦う意欲を感じ取れなかった。ただニコニコ笑いながら立っているだけのミクルーアに不信感を抱かずにはいられない。

 本当に戦う気があるのだろうか?

 モヤモヤとしたものを抱えながらも警戒は解かない。レンヤの時のように気付けば後ろを取られるかもしれないし、殺気などを封じるのが上手いだけなのかもしれない。何が狙いなのかと頭はフル回転している。

『それでは第三試合――』

 司会の声が聞こえる共に考えるのを止め、試合に集中しようとした瞬間に一つの可能性が頭に浮かび上がった。それはほとんどありえないと思っていた、いや、ありえないはずだと決めつけており最後まで浮かび上がらなかった可能性だ。

 ――まさか!!

「待――」
『始め!!!』

 ロゼッタの制止の声は無情にも間に合わなかった。ならばと急いで槍を構え、一撃を繰り出そうとするがもう遅い。ロゼッタの目に映ったのは手を挙げ口を開こうとするミクルーアの姿。ロゼッタの懸念が正しければ、彼女が口にする言葉はこちらの計画を壊すもの。

 それは――

「降参します」

 戦わずして試合を終わらせる言葉だった。

※※※

「あはははは! 傑作だねこれは!」
「物凄く睨んでますね、あの親子」

 観客席で一部始終を見ていたリオンはツボに入ったのか腹を抑えて笑っている。サクヤもロゼッタの恨みのこもった目を見たからか、顔には喜色が表れていた。

 今回の結末はそれぞれに根付いている意識の違いによって起こった。それは平民と武を重んじる貴族階級との違いだ。

 目の前の戦いから逃げることは許されないという武の家系なら当たり前の意識が平民にはなかったというだけの話である。共通認識だと勘違いしミクルーアに対してもそれを当てはめてしまったキャンベル家の失策だ。これはお互いの誇りを賭けた決闘ではなく学園祭の催しの一つに過ぎないのだ。

「アドバイスってすぐ降参しろってことだったの……」
「まあ何でもありの実戦形式とはいえ結局は模擬戦だもの。降参だってアリよね」
「ミクルーアちゃんが無事でよかった……」

 安心するセリアとは反対に大好きなお姉ちゃんの活躍が見れなかったからか子供達は不満気だ。

「次はレン兄ですからねー。応援してあげましょー」

 レンヤを兄、ミクルーアを姉として慕うシルフィーナにとって子供達は年齢的に可愛い弟や妹のようなものだ。姉として子供達を宥めている。

「レン兄は勝ちますよ。多分、相手が可哀想になるくらいに圧勝で」

※※※

「「「レンヤお兄ちゃん頑張ってー!!」」」
「お~」

 子供達の声援に手をひらひらと振り返すレンヤ。愛する家族達に格好いい姿を見せようとやる気は充分だ。

 一方エドガーは静かに槍を構え、開始を待っていた。

『おし、出番だぞ』
『待ってたのじゃ!』

 魔王と言葉を交わし、レンヤが手を前に伸ばす。

「顕現しろ『ブラッドサイズ』」

 レンヤの腕を覆うようにして黒いモヤが発生する。モヤは少しずつ形を変え、鎌のような形になった。
 そしてモヤが消えるとレンヤの手には長柄の付いた漆黒の大鎌が握られていた。

「なんだそれは……」

 レンヤの身長を優に超え、その刃には人体に張り巡らされた血管のように紅い線が引かれている。それを見ているだけで激しい嫌悪の感情がエドガーを襲う。本能が今すぐ逃げろと警告を発している。

 直感的に分かった。あれは人が関わっていいものではない、悪魔の武器だ。

 子供達、主に男の子は大鎌を見て興奮し声を上げている。男の子にとってはロマンを感じさせる武器だったのだろう。その声を聞いてレンヤは満足げにうんうんと頷いている。子供達を満足させられて嬉しい。

「んじゃ、さっさとやろうか」

 レンヤが不敵な笑みを浮かべた。

『第四試合――始め!』


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品