最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

在りし日の追憶 レンヤ&??? 後編

前話のタイトルを修正しました。

昨日の更新を忘れてしまっていたので本日は2話更新します。

2話目は22時更新です。




 レンヤは魔王が封印されているであろう大鎌に確かに触った。その瞬間に『どこかへ飛ばされた』という感覚はあった。しかし今レンヤの目の前に広がる光景は全く変わっていない。

「お主、何者じゃ?」

 頭上から聞こえた声。顔を向けると黒の着物姿の少女がふわふわと浮いていた。少女はゆっくりと降下し、天へ向けて突き立てられた大鎌の刃へ腰掛けた。

「ここへは誰も近寄れぬはずじゃが」

 紅の瞳が訝しげに薄められる。見た目は幼いが成長をすればかなりの美人になるであろうことを予感させる少女。だがレンヤはその瞳に捉えられた瞬間に全てを察した。

 ――――こいつが、魔王………

 動くことが出来ないほどの圧がレンヤへと降り注いでいた。あちらが強者でこちらが弱者であることは間違いない。少女にしては落ち着いた声色と微かに揺れる漆黒の髪からどことなく妖しさを感じさせる。気を損なわせたら最後、自身の首は飛んでいるだろう。相手の様子を窺いながら瞬時に対応することをレンヤは心掛ける。

 不安を表に出さないよう、レンヤはしっかりと目の前の相手を見据える。

「お初にお目にかかります。私の名はレン――――」
「ああ、よいよい。普段通りに話せ」
「……レンヤだ。頼みがあってここに来た」
「ほう、それは妾が魔王だと知った上でか?」
「ああ」

 互いに目を逸らすことは無い。まるで試しているかのように魔王はレンヤを見つめ続けていた。

「聞くだけ聞いてやろう。さっさと申せ」
「力だ。お前の力を寄越せ」
「力、のぅ……仮に手に入れたとして、過ぎた力は身を滅ぼすぞ?」

 人には皆少なからず欲求が存在している。それは多種多様で、満たせる可能性が低いからこそ欲求なのだ。例えると貧しい者は美味しい食事を求め、努力なき者が上を目指すなど。三大欲求ですら身分や環境によっては碌に満たせないものだ。

 だからこそ、欲求を満たせるだけの何かを手に入れてしまうと人は危うくなる。力というのは最もたる例だ。魔物を狩るなど正しいことに使えればいいが、何事も力で解決できると気付いてしまうと歯止めが利かなくなっていく。あれもこれもと欲が増え、周りを巻き込み、荒らしていく。大抵このような者の末路は決まっている。

 だが、レンヤはそれに当てはまらない。

「俺には大それた欲なんて無い。ミアと共に穏やかに過ごしたいだけだ。その生活を守るための力を得る為に俺はここに来た」
「愛する女の為、か。口だけなら何とでもいえるしのぅ」
「信じられないなら俺の頭の中を覗け。そんぐらいの魔法なら使えるだろ?」

 人の脳に干渉するなど当然禁忌だ。少しでも加減を間違えるだけで脳に異常を与える恐れもあり、また最上位と位置づけされるほど使える者はほとんどいない。

 魔王は頷くとレンヤの頭に手をかざした。そして目を閉じ小さく何かを呟く。

 僅か数秒の間だったが、魔王はレンヤの記憶をしっかり読み取り、目を開けた。

「ふむ、数奇な運命を辿ってきたようじゃの。親に愛されず理不尽な暴力に襲われ、王族となり一応は不満無き生活。しかし祖国を失いスラム街で流れ者の孤児として最底辺を這いずり回り、現在では人殺しを生業としている。前世持ちとは驚いた」
「んなことはどうでもいい。結果はどうなんだ」
「信じてやろう。お主に醜い欲望は無いと」

 ひとまずは第一関門突破といったところだろう。レンヤは魔王の次の言葉を待つ。

「無論、無償で授けるわけにはいかん。対価を求める」
「それなら既に決まっている」

 レンヤは自身の胸をトンと叩く。

「俺を対価にする。ある条件を満たしたら俺の身体を自由にしていい。そのまま乗っ取って昔のように世界を征服に出てもいいし、好きなようにしてくれ」
「条件とはなんじゃ?」
「俺が死んだ時、または生きている意味がないと判断した時だ」
「ふむ……」

 魔王は顎に手を添え考え始める。

 魔王は退屈していた。結界によって誰も足を踏み入れられぬ場所に封印され、ただ空虚な時間を一人で過ごしていた。だからこそ刺激を求めていた。

 そんな時に現れた目の前の少年。危険を承知で自分の元まで辿り着いたこの少年が求めるは力。

 複雑な人生、運命を単純なものにするのに必要なのは暴力だ。事実、戦争によって世界は纏められてきた。自惚れでもなく魔王の力を手に入れれば国一つ簡単に落とせるだろう。世界を変えれるだけの力だ。

 しかし少年はたった一人の女のためだけにその力を振るうと言う。

 レンヤが出した条件を意訳すると、前者は自分が死んだ後のことはどうでもいいからそれまで力を貸せ。そうすればお前はここから解放され自由を得ることが出来るということ。後者はミクルーアがいなくなればレンヤ自身も生きている意味がない。だから体を譲るということだ。

 なんと歪みきったことか。

 きっと嘘ではないのだろう。自分が良ければ他がどうなろうと関係ない。だからこそわざわざ魔王を再び世に放つことにも躊躇いがないのだろう。活動するための体を手に入れることができるのは魔王にとってはかなりの好条件だ。

 魔王は歓喜に震えた。退屈を嫌い、刺激を欲していた時にこの誘い。食い付かないわけがない。

 なにより純粋に興味が湧いてしまった。この少年の行く末に。

「よかろう。呑むぞ、その条件を」
「そうか」

 魔王はレンヤの頬に手を添えた。

「今から行うのは魂の契約じゃ。妾の魂とお主の魂が混じりあい一つとなる。後戻りは出来ぬぞ?」
「元から承知の上だ」
「よかろう」

 魔王はそっとレンヤの額に口づけを落とした。

「妾の名はシャティエル=ド=トスカーヌじゃ。よろしく頼むぞレンヤ」

 ニッと悪戯っ子のように魔王が笑うと、レンヤの意識は闇へと落ちていった。

※※※

 緑の匂いを感じつつレンヤは目を覚ました。いつの間に寝ていたのか、先程までの出来事は夢だったのかと不安になりつつも立ち上がる。

 周りに広がる光景も変わりはない。不安は徐々に大きくなるが、それもすぐに消え去った。

 胸の奥が熱くなり、力が沸き上がる。頭には力の扱い方の情報が流れ込み、予想を越える力を手に入れたことをはっきりと理解した。早く試したくてたまらなくなる。

『さてさて、まずはどうするつもりじゃ?』

 挑発的な言葉で語りかけてくる魔王。きっと不敵な笑みをうかべているに違いないと思いながらも、レンヤも同じように笑った。

「『終焉の森ここ』の魔物を全滅させる」

 レンヤは大鎌を手に取った。自然と手に馴染むそれを試しに一振りし、肩に担ぐようにしてゆっくりと歩き出す。

 ここに、新たな魔王が誕生した。

 

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