最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

喫茶『ラスク』

 レンヤとメルは帝都でも人気で有名な喫茶店ラスクへと来ていた。そこまで店内は広くはないが、レトロモダンな内装、お手頃な価格で味も上等なので人気になるのも納得である。

 だが一番の理由はなぜか女性しかいない店員にあった。

「いらっしゃいませ~」

 入り口の扉を開けると来客を知らせるベルが鳴り、店員が迎えに来る。上品でシンプルな黒を基調としたロングドレスタイプのメイド服に白いフリルの付いたカチューシャがこの店の制服。更に誰もが可愛らしかったり、美しかったりと容姿が優れている。これが客が集まる一番の理由だったりする。

「あ! レンヤ様!」

 入ってきたのがレンヤだと気付き、ぱぁっと花の咲くような笑みを見せる店員がやってくる。

「今日は上に用がある。他の奴らは?」
「店長と姐さん含め、全員揃ってます!」
「そうか。仕事、頑張ってくれ」

 店員の頭を軽くぽんぽんとしてから、レンヤは一階脇にある階段を登って二階へ向かう。

「は、はい!!」

 顔を真っ赤にした店員。その姿を他の店員が羨ましそうに見つめていた。
 メルはそれらを見てモヤモヤとした気持ちになりながらもレンヤの後を追う。

 喫茶ラスクは二階建てだが、二階は客向けに開放はされていない。『機関』のメンバーが話し合う際に利用するので、機密を守る為だ。

 一階とは異なった内装の二階には既に先客がいた。
 喫茶店のはずなのにバーカウンターがある。カウンターには焦げ茶色の髪の少女が立っており、カウンター席にアリシアと姐さんがいる。
 真ん中にはぽつんと置かれた四人用の座席とテーブルがあり、向かい合うようにサクヤとリオンが席に着いている。奥の方にある三人掛けのソファにはミクルーアが座っており、レンヤはその隣に腰掛けた。

「好きなところに座れ」

 レンヤにそう言われメルはカウンター席を選ぶ。

「まずはこいつらの紹介からだな」

 レンヤがここにいるメンバーの適当な紹介を始めていく。途中で面倒臭くなったのかミクルーアが代行するようになった。
 メルは聞いた内容を頭の中でざっとまとめてみた。

 先程からずっと楽しそうに爽やかな笑みを浮かべているのがリオン。メルは少し前に親友から聞いた王子様とやらがこの少年だと名前と見た目から分かった。聞いていたとおり金髪碧眼の優しげな雰囲気を放つ美少年でまさに王子様といった風貌だ。なんでも退屈を心底嫌い、面白い事がこの上なく大好きとのこと。

 優雅に紅茶を飲んでいるのがサクヤ。凛とした佇まいから良家の出身のようにも思える彼女は、どことなく妖しさを感じさせる黒の瞳を今は細め、首を左右に軽く揺らして機嫌良さそうにしている。艶やかな黒髪もそれに合わせて揺れている。スタイルも抜群で、かなりの主張をしている双丘にどうしても目がいってしまうが背も高く、美少女というよりは美人と言った方が合っていそうだ。しかし人の苦しむ姿を見るのが何よりも好きだというドSらしい。

 カウンター席でカクテルグラスを傾けているのがアリシア。小柄で可愛らしい顔立ちに深い青色のサイドテールが幼さを強めている。しかし出るところは出ており、性格はかなり強気。男を手玉に取りたぶらかす悪女。これだけだと悪印象しか無いが、ミクルーアが「本当は純粋で素直な良い娘なんですよ?」と補足すると本人は頬を薄らと染めて顔を背けていた。

 カウンターで飲み物などをテキパキと準備しているのはセリア。内気な性格で人見知りだが、喫茶ラスクの店長であり彼女もメイド服姿だ。濃い茶色のショートカットで、前髪が片方だけ長く茶眼の右目が隠れてしまっている。目鼻立ちは整っている為、おどおどとしていて目も常に伏し目がちであるがそれが逆に儚さを演出している可憐な美少女といったところ。だが妄想癖があるとのこと。家事万能でミクルーアとは特に仲が良いらしい。紹介された女子の中で唯一控えめな膨らみである。

 そして新婚夫婦。妻のミクルーアは完璧と言っても過言ではない美少女だ。美をそのまま表したかのような顔立ちはもちろんのこと、さらに完璧だと思わせる要因は女としての在り方にある。謙虚な態度に一つ一つが繊細かつ丁寧な気品を感じさせる所作であり、気も利く上、愛する人に一歩引いて寄り添う姿はまさに淑女。腰まで届く白髪を先の方で纏め肩から前に垂らし、少し垂れ目の紅眼からは慈愛を感じるかのようだ。

 一方、夫の方もかなりの美少女……ではなく美少年だ。男にしては長い白髪に、中性的な顔立ち。だが鋭い光を秘めた黒の瞳が、自然と目つきを厳しく見せる。堂々とした立ち振る舞いや達観した考え方から本当に同年代かと疑いたくなる。他の人曰く「才能の塊」らしく、何でも見ただけですぐにこなせるとのこと。この場に一人だけいる大人の女性を除いた全員のリーダー的立ち位置にいるらしい。

 そしてその大人の女性は名を名乗らないらしく、姐さんと呼べばいいらしい。ぼさぼさの金髪は磨けば輝くだろうし、隈のひどい目元さえどうにかすれば美人であろう。ボロボロの白衣を着ているせいで更に残念に感じる女性だ。なんでもレンヤ達の上司であるとのことだが……

「上司って、レンヤ達はもう働いてるの?」
「ああ、『フリーデン』でな」
「『フリーデン』って凄いじゃん!!」

 様々なジャンルにおいて数々の人気店を排出し、更には孤児院経営などの慈善事業も行っているため民衆受けが非常に良い企業のようなものが『フリーデン』だ。当然メルも知っていた。

「まぁ俺は特に何もしてないんだけどな」
「え?」
「詳しくは後にするとして……姐さん、どうだ?」
「うん、レンヤくんの予想通りだね~」
「じゃあ巻き込み確定だな」
「え? え?」

 話についていけず疑問符を浮かべるメル。

「メル、俺の正体に気づいた訳を話してみろ」
「え、う、うん」

 とりあえず言われた通りにする。レンヤの行動に違和感を抱き、自分なりに打ち立てた考察を述べる。
 それを聞き、各々が感嘆の声を漏らす。

「やっぱり当たりだな。お前、『フリーデン』……いや、『機関』に入れ」
「きゅ、急にどうしたの? ていうか『機関』って何?」

 うんうんと頷き、レンヤは勧誘してくるが聞き慣れない言葉があった。

 よく聞け、と前置きをしてからレンヤ、ではなくミクルーアが説明を始めた。
 『機関』とは『フリーデン』を表向きとしてその裏で活動する団体で、非合法的な依頼を受け仕事をこなす。それはもちろん殺人も含み、国に蔓延る汚れを掃除するのが主だ。そして王家とも繋がりを持ち、持ちつ持たれつの関係であるようだ。

 メルは唖然としていた。あの『フリーデン』の活動の裏側ではそのような事が行われていたのももちろん驚愕の事実ではある。が、王家も依頼をしていたというのが一番の驚きである。

「俺達の存在は国にとっては見過ごせないらしくてな。俺達は他所の国からの流れ者の集まりだ。だからこそ身分の保証に衣食住の提供、情報統制の協力を条件に俺達も手を貸すってことで契約している」
「それにレンヤはお姫様に求婚されてるしね」
「リオン、少し黙れ」

 次々と入ってくる新たな情報にメルは戸惑いを隠せない。とりあえず一つずつ疑問を消化していくしかないようだ。

「なんで私を勧誘したの?」
「普通の視点から冷静に物事を考える奴が必要だと前々から姐さんと話してたんだ。どうにもキワモノ的な意見しか出せない奴しかいなくてな。その点、おまえは一般的な家庭に生まれて育ち、頭もよく回る。ピッタリだろ?」

 いまいち褒められてるのかよく分からなかったが、いちおうは納得しておく。要は専門的な目線からだけではなく、一般的な目線から物事を見るというのも大事だからということだろう。

「次、国にとって見過ごせない存在って、貴方達は何者なの?」

 他国からの流れ者だったら数自体は少ないが、今までにだっていただろう。なのにレンヤ達だけそのように捉えられているのはなぜなのか。

「超越者と精霊王はどんなものか知ってるか?」
「一応は」

 超越者とは伝承に語られる存在だ。武を極めし者や魔法を極めし者、あるいは両方を極めし者。いずれもまさに天下無双の力を持ち、いつしか超越者と呼ばれるようになった。しかしそのような存在は稀であり、もう何百年以上は確認されていない。

 精霊王は文字通り精霊の王だ。精霊と契約すると、魔法発動の補助を精霊が行なってくれ、威力や発動速度が上昇する。それは上位の精霊になるほど強力なものとなり、その頂点に君臨するのが精霊王だ。無属性以外の八つの属性のそれぞれに精霊王はおり、契約した者は国一つを滅ぼせるほど、天災と呼べるような魔法を放てるようになると語られている。
 下位の精霊はぼんやりとした光の球でしか姿を現せないが、上位となると人の姿をとり、精霊王に至っては言葉を発することが出来るという。

 あまりの希少さにいつしか二つを混ぜ合わせるようになり、精霊王と契約せし者も超越者と呼ぶようになった。

 この確認にはどのような意味があるのか。メルはなぜか湧き出てくる手汗を懸命に拭く。

「なんとなく分かってるだろ? そうだ――――」

 瞬間、辺り一面を眩い光が包む。それは鮮やかで、それでいてカラフルで。
 光が収まると姐さん以外の者の肩に、手乗りサイズの少女が座っていた。

「――――俺達が、超越者だ」


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