最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?

若鷺(わかさぎ)

転入初日はデジャヴと共に

 レンヤが学園に転入する日となった。
 真新しい制服に身を包まれたレンヤは学園に向かいながら、先日孤児院に届いていた学園のパンフレットの内容を振り返っていた。

 ヴェンダル帝国の首都ヴェルムで最大規模を誇るヴェンダル帝国総合学園。
 全部で三つの科が存在し、レンヤが入るのはその中の一つである一般科である。一般科は主に平民が集まる科であり、その名の通り将来に向けた一般的な更なる教養を受ける。貴族とは違い、しっかり教育がなされていなかった平民の為に作られた科だ。

 レンヤはこれを知って、勉強の日々が始まるのかとモチベーションがかなり下がっていた。

 目的地へと辿り着き、堂々と佇む校舎へと足を踏み入れたレンヤは教員室へと向かい、着くと扉をノックして入室した。

「失礼します。今日から転入することになったレンヤです」
「おお、待ってたぞ。私はお前のクラスの担任のコーデリアだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」

 コーデリアと名乗った女性は歳は二十台後半といったところだろうか、気の強そうな美人であった。
 互いに軽く笑いながら握手を交わす。
 
「それでは教室まで案内するぞ。着いてこい」
「分かりました」

 なぜかまだ笑顔は崩さないまま二人は廊下に出て歩き始めた。
 少しして、周りにコーデリアと自分以外がいないことを確認するとレンヤは表情を元に戻した。

「それで? なんでコーデリアさんが学園なんかに?」
「『機関』からの仕事だ。教師の数が足りないから派遣してくれとの依頼があったそうだ」
「最早なんでも屋ですね……」
「割と昔からそんな感じではあったがな」

 さっき会ったばかりのはずが、普通に会話をする二人。
 
 会話の内容から分かる通り、コーデリアも『機関』所属の人間であり、レンヤの上司にあたる。
 姐さんとは親友とも呼べるくらいに仲が良く、優秀な人であることは確かなのだが、いまだに結婚はしておらず付き合っている相手もいない。所謂行き遅れである。本人も実はそのことを気にしている。物事に対して思ったことをハッキリと言ってしまう性格が災いしているようだ。
 
 レンヤは陰で姐さんとコーデリアを残念美人コンビと呼んでいるが、もしバレたらあの世行きは確実であろう。

「何か分からないことがあったら私に聞くと言い。担任としてきっちりと相談に乗ってやる」
「そんな顔しながら言われても……」

 いたずらを思いついた子供のようにニヤリと口角を上げるコーデリア。
 姐さんと気が合う理由はここにあり、人をからかうのが大好きという困った性格でもあった。

「着いたぞ。ここが一般科2-Cの教室だ。まずは私が話すからその後に続いて自己紹介しろ」

 そう言い「お前ら席につけー」と教室へ入るコーデリアの後ろを付いていく。
 教壇へ乗ると、コーデリアはコホンと咳払いを一つ。

「お前ら、夏休みは楽しかったか? 何か問題は起こしてないな? 問題を起こすのは私の役目だ」

 コーデリアの冗談を聞いて笑い声が上がる。
 その光景を見て、レンヤは内心で感嘆の声を漏らす。どうやらコーデリアは先生として生徒に慕われているようだ。

「お前らはもう知ってるかと思うが、今日から仲間が一人加わる。ほら、挨拶しろ」

 コーデリアの言葉を受け一歩前へと出る。
 自己紹介次第でクラスメイト達への第一印象は決まるといえよう。レンヤは学生生活自体は面倒くさがっているが、仕事は仕事。
 それをしっかりと理解しているレンヤは――

「レンヤです。皆さん、これからよろしくお願いします」

 軽く微笑みながらの簡潔な挨拶をした。
 
 どう見ても好青年。そう思わせるかのような態度は、普段のレンヤを知っている人から見れば誰だお前はと言われること必至であろう。
 レンヤはただ今後の仕事が少しでもスムーズに進むように良い子を演じようと思ったわけであるが、隣で必死に笑いを堪えているコーデリアのせいで若干後悔していた。
 そして整った容姿のおかげか、一部の女子は盛り上がり一部の男子には睨まれるという何とも言えない結果となった。

 空いている席へと着席すると、朝の連絡事項だけを伝えてコーデリアは教室を出て行った。
 どうやら今日はこれで解散らしい。
 
 レンヤはまず人脈を広げる事を考えていた。広ければ広いだけ情報は集まりやすくなり、一刻も早くこの仕事を終わらせられると思ったからだ。
 だがそこで一つの問題に直面した。

(友達というのはどうやって作ればいいんだ?)

 友達の作り方が分からなかった。
 
 この帝国に来て七年間、友達と呼べる存在はレンヤには出来なかった。
 最早家族とも呼べるミクルーアや子供達、後は機関に存在する仕事仲間しかいない。その誰もが積極的に話しかけてくるようなタイプの人間であり、さらにはほとんどが年上であった。
 
 今まで経験が無かっただけに、どうすればいいか分からない。いや、話しかければいいだけなのだが、そこからどうやって友達になればいいのか。

 だがレンヤは忘れていた。自分が転入生だということに。

「ねえレンヤ君! 連絡先教えて!」
「彼女とかいるの!?」
「私が校舎案内してあげるよ!」

 人は珍しいモノに興味を示す。

 レンヤはクラスメイト――主に女子――に囲まれていた。次々と投げかけられる質問にどうすればと困惑する。
 そんな時――

「はい、レンヤ君が困ってるでしょう! 今日しかないわけじゃないんだから、皆今日は解散!」

 大きな声が響き渡る。
 それを機にレンヤの周りを囲っていたクラスメイト達が渋々と離れていく。

「ごめんなさい、元気がありすぎる人達がどうにも多くて。私はクラス委員のルリスです」
「いや、助かりました」

 レンヤを助けてくれたのははこのクラスの生徒代表でもあるクラス委員に選ばれるだけあって、眼鏡をかけた真面目そうな少女であった。

「流石ルー、人払いもお手の物だ」
「ちょっと兄さん、本当なら兄さんもやらなきゃいけないんだからね?」
「ギル君は通常運転だね……」

 レンヤとルリスが話していると、近くに座っていた生徒三人が加わってきた。

「俺はギル。一応ルーと同じクラス委員だ」
「私はメル。そこの馬鹿兄さんの双子の妹」
「僕はクートだよ。よろしくね」
「レンヤです、皆さんよろしくおねがいします」

 レンヤもしっかりと対応する。

 ギルは人懐っこい笑みを浮かべた親しみやすそうな少年で、メルは素朴な可愛さを持っている少女だ。
 クートは背が低く、気弱そうな少年である。

「早速聞きたいんだが、その指につけてるのってなんだ?」
「これですか? これは結婚指輪ですよ」
「ほう? 結婚してたのか」

 レンヤは左手を見せるとギルが興味深そうに指輪を見つめてくる。

「は~、やっぱり高そうだよなぁ。もう少し待っててくれよ、ルー?」
「! ……分かってますから、あまり堂々と言わないでください」

 途端に甘々な空気を醸し出すギルとルリス。

「……なんですか、これ」
「ギル君とルリスさんはクラスで有名な熱々カップルだからね」
「実の兄のイチャイチャしているところなんて見たくないんだけど」

 第一印象としてあまり気の合わなそうな二人だと思っていただけに意外であった。

「よし! それじゃいっちょレンヤの歓迎会でもパーッとやるか!」
「ギー君にしては良い考えですね」
「いいんじゃない? 兄さんは一度やると決めたら止めないし」
「あ、それならジーナちゃんも誘ってくるね」

 レンヤの意思を確認することなく話は進んでいく。出来れば校内の案内をしてもらいたかったが盛り上がっている皆を見ると口をはさむのは憚れた。
 クートは少し離れた席にいる少女の元へと話にいったが、しばらくして戻って来た。

「来れないみたい。なんだか用事があるみたいで……」
「なんだよ最近付き合い悪いなアイツ」
「兄さんそんなこと言っちゃ駄目でしょ。ほら、さっさと行こ」

 メル先導の元、教室を出る。会場となるのはどうやらレンヤ以外の四人がよく通っている店のようだ。
 そこへ向かうべく廊下を歩いていると――

「そこの転入生! 待て!」

 後ろから呼びかけられる。
 嫌な予感しかしなかったレンヤは無視をしようかと思ったが、今の自分は好青年で通しているためそれは出来ない。
 周りにバレないように小さくため息をつき、振り返った。
 




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