最強の元王子様は怠惰に過ごしたい?
熱々カップル?新婚夫婦?
「あ~空から金でも降ってこねぇかな……」
まるでダメ男のようなことを呟くのは、自室のベッドの上でゴロゴロしているレンヤであった。
『機関』にてレンヤが担当している仕事は主に暗殺である。金を積まれれば誰でも消すというわけではなく、国に害するものが対象となる。その対象となる相手がそうポンポンと出てきたら、それはもう国が腐っている――というよりは終わっているとしか言いようがないであろう。
無論、レンヤが滞在しているヴェンダル帝国はそこまで落ちぶれてはいない。
そのため、仕事が無い日というのも当然存在していた。
そんな日のレンヤの行動はほとんど決まっていた。
先程のように、ゴロゴロしながら怠惰に過ごすことである。昼過ぎまで寝て遅めの昼食をとり、子供達の相手をしたり、ただぼーっと寝転がりながら天井を眺めていたり。食っちゃ寝と言い換えても差し支えないだろう。
レンヤが仕事をこなす理由は主に二つある。
一つ目は孤児院の皆の生活を支えるため。『機関』に身分の保証、及び生活場所の提供をしてもらうためにレンヤに出された条件が『機関』に貢献することだった。
要は暮らせる環境が欲しいなら『機関』のために働けということである。
二つ目は自分達を拾ってくれた『機関』に対する恩返しだ。
レンヤ達が脱出した後、アルフォンス王国は滅びたという情報が出回った。レンヤ達には帰る場所はもう存在せず、まだ十歳にすらなっていない浮浪児を雇ってくれる者は帝国にはいない。ただ死を待つのみであった。
そんなレンヤ達を拾ってくれた『機関』に対して、恩を感じるのは当たり前のことであろう。
人を殺めるということは、真っ当な道に戻れなくなるということである。
今のレンヤであれば他の仕事が見つかるかもしれないが、それはあくまでも人殺しでなければの話だ。
もうレンヤは後戻りなど出来ない状態ではあるが、本人は特に気にしてはいない。レンヤは今の時点で充分幸せであるからだ。
そんな幸せな生活をレンヤは謳歌していた。仕事がある時はしっかりとこなすが、暇な時はぐーたらする。これがレンヤの求める理想の生活であるからだ。
言い換えればオンオフの切り替えがしっかりとしていると言えるであろう。
だが実際は違った。
(面倒な仕事をしなくてもいいし、のんびり出来るって最高だな)
ただの面倒臭がりだった。
先ほど挙げた仕事をこなす二つの理由がレンヤのやる気へと繋がっているのは確かだが、暗殺というのはかなりの神経を使うものである。
『見え無き死の刃』として名が広まると、後ろめたい事がある者共は自身の身を守るために護衛に金を投資することを惜しまなくなった。命あっての物種だ。
そのため、暗殺対象には猛者ともいえる実力を持った護衛が付くことが当たり前となってしまっていた。
そんなことになっている中で、暗殺対象を殺すことは身体的にも精神的にも疲れるのは必然であった。
だからこそ、レンヤが暇な日を謳歌するのは仕方ないと言えるであろう。誰だって疲れる事はしたくないのだ。
ベッドの上でゴロゴロしていたレンヤは眠くなってきたのか、うとうとし始めていた。
そんな時、コンコンと部屋の扉を叩く音がする。レンヤの返事を待つことなく、ガチャ、と扉を開いてミクルーアが入ってくる。
「返事をしてないのに入ってくるのはどうなんだ、ミア」
「レンヤくんならゴロゴロしながら暇してるんだろうなと思って入ってきちゃいました。駄目でした?」
「駄目ではないが……」
流石はミアだとレンヤは思った。幼い頃から一緒の時を過ごしてきた二人は、互いのことに関してはもはや知らないことなど無いであろう。いや、身体的特徴に関しては知らないことはあるだろうが、それほどまでに互いのことを長い間見てきた。
レンヤがミクルーアのことを愛称であるミアと呼ぶのもその証であろう。
そんなミクルーアはレンヤは暇な時はのんびりとしていると確信した上で返事を待たずに入室したのだ。
「それよりも用件はなんだ? 俺はゴロゴロするので忙しいんだ」
ミクルーアに見せつけるようにベッドの上を転がるレンヤ。その姿はまさに週末の休みを家で満喫するサラリーマンのようである。
「子供たちがお昼寝してる間に買い物に行こうかなと思いまして。一緒に来てくますか、荷物持ちくん?」
「俺の名前はレンヤだ。その頼みは断る、一人で行ってくれ」
しっしっと手で追い払うようなジェスチャーをするレンヤ。だが次のミクルーアの一言がかなりの効力を発揮した。
「約束でしたよね? 頼みを一つ聞いてくれるって」
「うっ」
そういえば……とレンヤは思い出す。
前々回あたりに機関から頼まれた仕事が思った以上に長引き、帰るのが夜遅くとなってしまった時に、ミクルーアはレンヤの帰りを甲斐甲斐しく待ってくれていたのだ。
遅くなることを連絡していなかったためミクルーアはかなり怒っており、許してもらうためにレンヤは今度頼みを一つ聞くことを約束した。
それをたった今使われたのである。
「しょうがないから付き合ってやる」
いかにも嫌そうにベッドから降りたレンヤ。それを見てミクルーアは頬を緩めた。
このようなやり取りはこれまでに何度もあり、なんやかんやでレンヤは必ず付き合ってくれるのだ。
そんなレンヤの優しさがミクルーアにとっては嬉しく、また、愛おしくもあった。
そうして二人は帝都の街へと繰り出した。
ヴェンダル帝国、首都ヴェルム。
煉瓦造りの建物が並び、同じく煉瓦敷きの街道には馬車が行き交い、この街が栄えていることを示していた。
そんな街の、主に商店が多く並ぶ道を二人は並んで歩いていた。
「おお、今日も可愛いねぇミクルーアちゃん。うちの店に寄ってってくれよ」
「レンヤちゃん、うちのお店においで。おばちゃんサービスしてあげるから」
店の前で客の呼び込みをしていた大人達が二人へと声を掛けた。
ミクルーアは少し頬を赤く染めながらニコニコと手を振りつつ今度行きますと伝え、一方レンヤは苦笑いで答えていた。
二人は前からよく一緒に買い物をしていた影響か、仲睦まじく歩く姿を幾度となく目撃されており、容貌も相まって芸能人のような扱いを受けていた。
レンヤは男にしては少しだけ長めの白髪にそれとは真反対の黒眼、そして整った中性的な顔立ちをしている。美形と言って差し支えないだろう。
ミクルーアはレンヤと同じ白髪を腰まで届くほどの長さに伸ばしてはいるが、家事などの邪魔になるため先の方で括って肩から前に垂らしている。ルビーを思わせるような赤眼は少し垂れているようでおっとりとした雰囲気を感じさせる。スッとした鼻や小ぶりでありつつも柔らかそうな唇。ミクルーアもかなりのレベルで顔は整っているといえよう。元とはいえ公爵家の令嬢として育ったため、一つ一つの所作に気品も感じられる。
そんな二人がまるで仲の良い夫婦のように――本人達は特に何も気にせずいつも通りにしているだけだが、歩いていれば目立つのは仕方ないであろう。
度々声をかけられながらも目的地へと足を進めていた二人だったが、レンヤには気になることがあった。
「ところでミア。俺達はどこに向かってるんだ?」
買い物に行くということしか聞いてないことに気付いたのだ。
「どこって……ほら、ここですよ」
答えを出す前に、目的の店に着いたようで、レンヤはミクルーアが目を向けた先を見やる。
その店には大きく女性下着専門店と書かれていた。
「帰る」
「待ってくださいレンヤくん。約束じゃないですか」
このままではマズイと思ったのか、すぐさま踵を返そうとしたレンヤの腕にミクルーアが抱き着いた。ミクルーアは帰ろうとするレンヤを止めようとしただけである。が、ふわっと香るいい匂いや、意外にある胸の感触に思わずレンヤは困惑してしまう。
いざ暗殺を、といった時に暗殺対象に情を感じるのはタブーである。その一瞬の躊躇いが、後に大きく響く可能性があるからだ。
なので『機関』によって鍛え上げられた際に、不要な感情を意識的に排除するといった技術も身に付けた。色仕掛けも当然通じない。
だがそんなレンヤにも例外は存在していた。
家族と『機関』の者達である。
要は、レンヤは身内には甘いということであった。一部を除いてだが。
「分かった。分かったから離れてくれ」
「は~い」
レンヤの反応を見て満足したのか、ニコニコしながら離れるミクルーア。だが今度はレンヤの手を取り店へと入ろうとする。
何を言ってもミクルーアには勝てないであろうことを今までの経験から分かっているレンヤは、何も言わずに大人しく従う。
そこからはレンヤにとっては地獄であった。
なんで男がいるんだという視線を他の客からひしひしと感じ、心を無にするんだ!と感情を押し殺し、暗殺のために身に付けた技術の無駄遣いをしていた。
だがそんなレンヤの気持ちを察しつつも、どれが似合いますか?と様々な下着を体に当てて聞いてくるミクルーア。
それがレンヤの心を乱す。
今まで裏の仕事ばかりしてきたせいか女性経験というのは皆無であったレンヤだが、ただ可愛いとか美しいだけの女性では例え下着の話になっても心は乱さない。
これはあくまでミクルーアが相手だから心を乱していたのだ。彼女の下着姿を思わず想像してしまうレンヤであった。
「レンヤくんのえっち」
「待て、違うんだ」
「違わないですよね?」
「……すまん」
「ふふ、許してあげます」
楽しそうに笑うミクルーア。
普通なら男に下着姿を想像されるのは嫌なことではあるが、それはレンヤでなければの話である。その笑顔から伝わるミクルーアの好意に、レンヤは頬を人差し指でぽりぽりと搔きながらどうしたもんかと悩む。
そのレンヤの姿を見て、さらにミクルーアは機嫌を良くする。
そんな二人のやり取りを見ていた周りの客の心の声はきっと同じものであっただろう。
リア充爆発しろ!と。
そんな客達の視線に、流石にミクルーアも気付いたようで、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながらも下着選びを再開した。
心なしか動く速さが上がったミクルーアは、最終的に黒の下着を上下セットで購入し、レンヤと店を後にした。
店での恥ずかしさがまだ残っているのか、俯きながら孤児院へと向かうミクルーアを見て、そのままでは人にぶつかるし危ないとレンヤは手をつかんで歩く。
その気遣いがまたミクルーアを喜ばせることとなる。このようなことは昔からよくあった。
孤児院に着くと、ミクルーアはエプロンを身につけ夕食の準備に取り掛かった。一方レンヤは自室――ではなく子供たちが昼寝をしている部屋へと向かう。
ミクルーアが家事などで忙しい時はレンヤが相手をするのが暗黙の了解であるからだ。
まだ子供たちが寝ているのを確認したレンヤはキッチンへ行き、夕食の準備を手伝った。いくら面倒くさがりとはいえ、ミクルーア一人に大変な思いをさせるのは気が引けたからだ。
ミクルーアは一緒に料理をするという状況に、まるで新婚みたいという雰囲気を楽しみ、レンヤもまたこの雰囲気を悪くはないと思っている。
ここまでの二人の様子を見てくれば分かるかと思うが、互いが互いのことを好きあっているというのは明白である。
だが二人はまだ男女の仲ではない。普通のカップルよりは甘々な生活を送ってはいるが、逆にその生活が仲の進展を邪魔していた。
既に今の時点でほぼほぼ満足な生活、そして今後も二人は一緒に生きていくだろうというどこか確信めいたものがあったからだ。
長い間を一緒に過ごしてきたからこその壁。それがもし崩れ去るような出来事があれば二人はきっと先へと進むだろう。
もっとも、かなりの大事でなければ崩れ去らないような強固な壁だが。
料理が完成し、子供たちを起こして少し早い夕食が始まった。
美味しい!と声を上げた子供たちの無邪気な笑顔に囲まれて、きっとこの先も変わらない、満ち足りた日々を送るのであろうとレンヤは思った。
その時、レンヤがズボンのポケットに入れていた連絡用の携帯端末がピピピと電子音を鳴らす。ポケットから端末を取り出すと、『機関』からメッセージが一つ届いていた。
そこに書かれていたのは
―――――
明日の朝、帝国城にきてね~
                  姐さんより
―――――
仕事の依頼のメッセージであろうが、なぜ帝国城?そんな疑問が湧いたレンヤであったが了承の旨の返事を返した。
ただただ面倒臭い。レンヤはそう思ったのだった。
まるでダメ男のようなことを呟くのは、自室のベッドの上でゴロゴロしているレンヤであった。
『機関』にてレンヤが担当している仕事は主に暗殺である。金を積まれれば誰でも消すというわけではなく、国に害するものが対象となる。その対象となる相手がそうポンポンと出てきたら、それはもう国が腐っている――というよりは終わっているとしか言いようがないであろう。
無論、レンヤが滞在しているヴェンダル帝国はそこまで落ちぶれてはいない。
そのため、仕事が無い日というのも当然存在していた。
そんな日のレンヤの行動はほとんど決まっていた。
先程のように、ゴロゴロしながら怠惰に過ごすことである。昼過ぎまで寝て遅めの昼食をとり、子供達の相手をしたり、ただぼーっと寝転がりながら天井を眺めていたり。食っちゃ寝と言い換えても差し支えないだろう。
レンヤが仕事をこなす理由は主に二つある。
一つ目は孤児院の皆の生活を支えるため。『機関』に身分の保証、及び生活場所の提供をしてもらうためにレンヤに出された条件が『機関』に貢献することだった。
要は暮らせる環境が欲しいなら『機関』のために働けということである。
二つ目は自分達を拾ってくれた『機関』に対する恩返しだ。
レンヤ達が脱出した後、アルフォンス王国は滅びたという情報が出回った。レンヤ達には帰る場所はもう存在せず、まだ十歳にすらなっていない浮浪児を雇ってくれる者は帝国にはいない。ただ死を待つのみであった。
そんなレンヤ達を拾ってくれた『機関』に対して、恩を感じるのは当たり前のことであろう。
人を殺めるということは、真っ当な道に戻れなくなるということである。
今のレンヤであれば他の仕事が見つかるかもしれないが、それはあくまでも人殺しでなければの話だ。
もうレンヤは後戻りなど出来ない状態ではあるが、本人は特に気にしてはいない。レンヤは今の時点で充分幸せであるからだ。
そんな幸せな生活をレンヤは謳歌していた。仕事がある時はしっかりとこなすが、暇な時はぐーたらする。これがレンヤの求める理想の生活であるからだ。
言い換えればオンオフの切り替えがしっかりとしていると言えるであろう。
だが実際は違った。
(面倒な仕事をしなくてもいいし、のんびり出来るって最高だな)
ただの面倒臭がりだった。
先ほど挙げた仕事をこなす二つの理由がレンヤのやる気へと繋がっているのは確かだが、暗殺というのはかなりの神経を使うものである。
『見え無き死の刃』として名が広まると、後ろめたい事がある者共は自身の身を守るために護衛に金を投資することを惜しまなくなった。命あっての物種だ。
そのため、暗殺対象には猛者ともいえる実力を持った護衛が付くことが当たり前となってしまっていた。
そんなことになっている中で、暗殺対象を殺すことは身体的にも精神的にも疲れるのは必然であった。
だからこそ、レンヤが暇な日を謳歌するのは仕方ないと言えるであろう。誰だって疲れる事はしたくないのだ。
ベッドの上でゴロゴロしていたレンヤは眠くなってきたのか、うとうとし始めていた。
そんな時、コンコンと部屋の扉を叩く音がする。レンヤの返事を待つことなく、ガチャ、と扉を開いてミクルーアが入ってくる。
「返事をしてないのに入ってくるのはどうなんだ、ミア」
「レンヤくんならゴロゴロしながら暇してるんだろうなと思って入ってきちゃいました。駄目でした?」
「駄目ではないが……」
流石はミアだとレンヤは思った。幼い頃から一緒の時を過ごしてきた二人は、互いのことに関してはもはや知らないことなど無いであろう。いや、身体的特徴に関しては知らないことはあるだろうが、それほどまでに互いのことを長い間見てきた。
レンヤがミクルーアのことを愛称であるミアと呼ぶのもその証であろう。
そんなミクルーアはレンヤは暇な時はのんびりとしていると確信した上で返事を待たずに入室したのだ。
「それよりも用件はなんだ? 俺はゴロゴロするので忙しいんだ」
ミクルーアに見せつけるようにベッドの上を転がるレンヤ。その姿はまさに週末の休みを家で満喫するサラリーマンのようである。
「子供たちがお昼寝してる間に買い物に行こうかなと思いまして。一緒に来てくますか、荷物持ちくん?」
「俺の名前はレンヤだ。その頼みは断る、一人で行ってくれ」
しっしっと手で追い払うようなジェスチャーをするレンヤ。だが次のミクルーアの一言がかなりの効力を発揮した。
「約束でしたよね? 頼みを一つ聞いてくれるって」
「うっ」
そういえば……とレンヤは思い出す。
前々回あたりに機関から頼まれた仕事が思った以上に長引き、帰るのが夜遅くとなってしまった時に、ミクルーアはレンヤの帰りを甲斐甲斐しく待ってくれていたのだ。
遅くなることを連絡していなかったためミクルーアはかなり怒っており、許してもらうためにレンヤは今度頼みを一つ聞くことを約束した。
それをたった今使われたのである。
「しょうがないから付き合ってやる」
いかにも嫌そうにベッドから降りたレンヤ。それを見てミクルーアは頬を緩めた。
このようなやり取りはこれまでに何度もあり、なんやかんやでレンヤは必ず付き合ってくれるのだ。
そんなレンヤの優しさがミクルーアにとっては嬉しく、また、愛おしくもあった。
そうして二人は帝都の街へと繰り出した。
ヴェンダル帝国、首都ヴェルム。
煉瓦造りの建物が並び、同じく煉瓦敷きの街道には馬車が行き交い、この街が栄えていることを示していた。
そんな街の、主に商店が多く並ぶ道を二人は並んで歩いていた。
「おお、今日も可愛いねぇミクルーアちゃん。うちの店に寄ってってくれよ」
「レンヤちゃん、うちのお店においで。おばちゃんサービスしてあげるから」
店の前で客の呼び込みをしていた大人達が二人へと声を掛けた。
ミクルーアは少し頬を赤く染めながらニコニコと手を振りつつ今度行きますと伝え、一方レンヤは苦笑いで答えていた。
二人は前からよく一緒に買い物をしていた影響か、仲睦まじく歩く姿を幾度となく目撃されており、容貌も相まって芸能人のような扱いを受けていた。
レンヤは男にしては少しだけ長めの白髪にそれとは真反対の黒眼、そして整った中性的な顔立ちをしている。美形と言って差し支えないだろう。
ミクルーアはレンヤと同じ白髪を腰まで届くほどの長さに伸ばしてはいるが、家事などの邪魔になるため先の方で括って肩から前に垂らしている。ルビーを思わせるような赤眼は少し垂れているようでおっとりとした雰囲気を感じさせる。スッとした鼻や小ぶりでありつつも柔らかそうな唇。ミクルーアもかなりのレベルで顔は整っているといえよう。元とはいえ公爵家の令嬢として育ったため、一つ一つの所作に気品も感じられる。
そんな二人がまるで仲の良い夫婦のように――本人達は特に何も気にせずいつも通りにしているだけだが、歩いていれば目立つのは仕方ないであろう。
度々声をかけられながらも目的地へと足を進めていた二人だったが、レンヤには気になることがあった。
「ところでミア。俺達はどこに向かってるんだ?」
買い物に行くということしか聞いてないことに気付いたのだ。
「どこって……ほら、ここですよ」
答えを出す前に、目的の店に着いたようで、レンヤはミクルーアが目を向けた先を見やる。
その店には大きく女性下着専門店と書かれていた。
「帰る」
「待ってくださいレンヤくん。約束じゃないですか」
このままではマズイと思ったのか、すぐさま踵を返そうとしたレンヤの腕にミクルーアが抱き着いた。ミクルーアは帰ろうとするレンヤを止めようとしただけである。が、ふわっと香るいい匂いや、意外にある胸の感触に思わずレンヤは困惑してしまう。
いざ暗殺を、といった時に暗殺対象に情を感じるのはタブーである。その一瞬の躊躇いが、後に大きく響く可能性があるからだ。
なので『機関』によって鍛え上げられた際に、不要な感情を意識的に排除するといった技術も身に付けた。色仕掛けも当然通じない。
だがそんなレンヤにも例外は存在していた。
家族と『機関』の者達である。
要は、レンヤは身内には甘いということであった。一部を除いてだが。
「分かった。分かったから離れてくれ」
「は~い」
レンヤの反応を見て満足したのか、ニコニコしながら離れるミクルーア。だが今度はレンヤの手を取り店へと入ろうとする。
何を言ってもミクルーアには勝てないであろうことを今までの経験から分かっているレンヤは、何も言わずに大人しく従う。
そこからはレンヤにとっては地獄であった。
なんで男がいるんだという視線を他の客からひしひしと感じ、心を無にするんだ!と感情を押し殺し、暗殺のために身に付けた技術の無駄遣いをしていた。
だがそんなレンヤの気持ちを察しつつも、どれが似合いますか?と様々な下着を体に当てて聞いてくるミクルーア。
それがレンヤの心を乱す。
今まで裏の仕事ばかりしてきたせいか女性経験というのは皆無であったレンヤだが、ただ可愛いとか美しいだけの女性では例え下着の話になっても心は乱さない。
これはあくまでミクルーアが相手だから心を乱していたのだ。彼女の下着姿を思わず想像してしまうレンヤであった。
「レンヤくんのえっち」
「待て、違うんだ」
「違わないですよね?」
「……すまん」
「ふふ、許してあげます」
楽しそうに笑うミクルーア。
普通なら男に下着姿を想像されるのは嫌なことではあるが、それはレンヤでなければの話である。その笑顔から伝わるミクルーアの好意に、レンヤは頬を人差し指でぽりぽりと搔きながらどうしたもんかと悩む。
そのレンヤの姿を見て、さらにミクルーアは機嫌を良くする。
そんな二人のやり取りを見ていた周りの客の心の声はきっと同じものであっただろう。
リア充爆発しろ!と。
そんな客達の視線に、流石にミクルーアも気付いたようで、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながらも下着選びを再開した。
心なしか動く速さが上がったミクルーアは、最終的に黒の下着を上下セットで購入し、レンヤと店を後にした。
店での恥ずかしさがまだ残っているのか、俯きながら孤児院へと向かうミクルーアを見て、そのままでは人にぶつかるし危ないとレンヤは手をつかんで歩く。
その気遣いがまたミクルーアを喜ばせることとなる。このようなことは昔からよくあった。
孤児院に着くと、ミクルーアはエプロンを身につけ夕食の準備に取り掛かった。一方レンヤは自室――ではなく子供たちが昼寝をしている部屋へと向かう。
ミクルーアが家事などで忙しい時はレンヤが相手をするのが暗黙の了解であるからだ。
まだ子供たちが寝ているのを確認したレンヤはキッチンへ行き、夕食の準備を手伝った。いくら面倒くさがりとはいえ、ミクルーア一人に大変な思いをさせるのは気が引けたからだ。
ミクルーアは一緒に料理をするという状況に、まるで新婚みたいという雰囲気を楽しみ、レンヤもまたこの雰囲気を悪くはないと思っている。
ここまでの二人の様子を見てくれば分かるかと思うが、互いが互いのことを好きあっているというのは明白である。
だが二人はまだ男女の仲ではない。普通のカップルよりは甘々な生活を送ってはいるが、逆にその生活が仲の進展を邪魔していた。
既に今の時点でほぼほぼ満足な生活、そして今後も二人は一緒に生きていくだろうというどこか確信めいたものがあったからだ。
長い間を一緒に過ごしてきたからこその壁。それがもし崩れ去るような出来事があれば二人はきっと先へと進むだろう。
もっとも、かなりの大事でなければ崩れ去らないような強固な壁だが。
料理が完成し、子供たちを起こして少し早い夕食が始まった。
美味しい!と声を上げた子供たちの無邪気な笑顔に囲まれて、きっとこの先も変わらない、満ち足りた日々を送るのであろうとレンヤは思った。
その時、レンヤがズボンのポケットに入れていた連絡用の携帯端末がピピピと電子音を鳴らす。ポケットから端末を取り出すと、『機関』からメッセージが一つ届いていた。
そこに書かれていたのは
―――――
明日の朝、帝国城にきてね~
                  姐さんより
―――――
仕事の依頼のメッセージであろうが、なぜ帝国城?そんな疑問が湧いたレンヤであったが了承の旨の返事を返した。
ただただ面倒臭い。レンヤはそう思ったのだった。
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