異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
18話
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プラフタにおける物資の一大拠点である農耕都市グノウを攻撃し、連邦軍がプラフタに戦力を投入した隙を突く形でダンペレクに集結させた10万という空前絶後の大軍勢を侵攻させ、ホラメットとハプストリアを攻略。ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の首都、ザンドベルクに侵攻しこれを占領。連邦を降伏させる。
ザンドベルクの占領を目的としたヨブトリカ陸軍大将チャットフィールドが主体となって立てたこの冬季大攻勢作戦。
しかし、ホラメットとハプストリアを順調に攻略したものの、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の広大な国土と冬がもたらす雪と寒波により、急速に伸びた補給線が持たず前線の大軍の維持が不可能となり、同盟軍の同士討ちが勃発。物資を同じ軍勢で奪い合うという事態に陥る中、ウーリエ率いる神国の大軍勢を加えた連邦の猛反撃が開始され、同盟軍は崩壊。冬に覆われた地理の知らない敵国の国土における食料もない撤退戦という地獄のような撤退を強いられることとなり、総大将のチャットフィールドを始めとする主だった将は殆どが討死。その戦力の大半は連邦軍の攻撃よりも冬のもたらす寒さと雪によって失われた。生きてヨブトリカに帰還を果たしたのはわずか56名という連邦王国戦争における最大の犠牲者を出す結果となった。
これによりヨブトリカ陸軍は事実上壊滅。同盟諸国も多くの将と戦力を失う事となり、ヨブトリカにおいて海軍に軍事的に対抗できる勢力が失われ、国家元帥カンニガムが絶対的な権力を握る結果となった。
冬季大攻勢で同盟軍を粉砕したジカートリヒッツ社会主義共和国連邦は、ハプストリア、ホラメット、ダンペレクと次々に領土を奪還し、ウーリエ率いる神国軍はさらにヨブトリカ領土に侵攻していく。
陸軍が壊滅したヨブトリカはまともな抵抗ができず国境を突破され、次々に都市を攻略されていった。
さらにプラフタにて孤立する形となったポートランド率いる陸軍第六師団も壊滅。
冬季大攻勢は戦争の趨勢を大きく傾け、戦況は連邦の圧倒的有利なものに移り変わる。
神国軍の猛攻に対し、ヨブトリカは北部の湾岸都市であるドバノンに民間人を後退させ、前線の要塞であるエジンバラに新兵器である列車砲を集結させることにより防衛線を構築する構えを見せた。
エジンバラにはヨブトリカ海軍のヘンリー率いる北洋第二艦隊の一部戦力、300名が入る。
新兵器であるこの列車砲は、その巨大な本体を風魔法を応用した軽量化を可能とする魔方陣搭載の列車により移動を可能とした巨大兵器で、長大な砲身には400近い魔法を発動、重ねることが可能で、それまでの移動により重量制限があり固定砲に比べ火力が限られていた列車砲の固定概念を覆す高火力を誇る新兵器である。
それを10門以上配備したエジンバラは、空を移動する神国軍に対し絶対的な対空防御機能を備える要塞として立ちふさがる。
それを見ていたウーリエは、鼻で笑った。
「ハハハ! いかにも矮小なる人族が思いつきそうな貧相な防衛拠点よ。何やら見慣れぬものを用意したようだが、所詮は固定要塞。あの火砲、見たところ高火力の新兵器、噂の列車砲というものであろう? 折角の高火力の火砲ならば、あのような要塞に集めずに、鉄道に並べて防衛線を構築するならば少しは面白いというのにな!」
高火力を誇るこの列車砲は、一門でも十分な火力を有する。
鉄道にそれぞれ距離を置いて並べ、防衛線として機能させれば迂回のしようがないが、ヨブトリカ軍はエジンバラ要塞に全砲門を集結させた。
そのため、迂回さえして仕舞えば神国軍は容易くドバノンに向けて侵攻が可能なのである。
戦闘よりもウーリエは蹂躙が目的となっている。泥臭い戦いしかできないと見下す人族の土俵に立つ気のないウーリエは、空を飛べるという塹壕も何も関係なく進撃できる天族の特性を生かし、エジンバラを迂回してドバノンに対して直接攻撃を仕掛けることにした。
湾岸都市であるドバノンは、陸をエジンバラ要塞に、北の海を北洋第二艦隊の主力により防衛線を構築しており、ドバノン自体も要塞としてとして機能しているため一見巨大な防衛網により成り立つ難攻不落の都市に見える。
しかし、それはあくまで人族同士によるもの。空を飛べる天族たち相手には想定していない抜け穴が多数ある。
それを突く形でエジンバラを一度の交戦もなく通過することに成功したウーリエ率いる神国軍は、民間人を多数収容していたドバノンに対し空からの猛攻撃を開始した。
「ハハハ! 所詮人族よ! 地を這うしかできぬ下等種族には、この大陸は相応しくなどない!」
眼下にはドバノンが見える。
そこに対し、ウーリエは総攻撃を命じた。
「見せしめだ、蹂躙せよ!」
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ヨブトリカ軍国において、陸軍は南方ソラメク王国との国境に駐屯する辺境軍である第四師団を除き師団を全て失った。陸軍は実質的に消滅。
そして国家を掌握した海軍だが、ヨブトリカ海軍である第一から第三艦隊により構成される北洋艦隊は冬季大攻勢から反転し攻勢に転じた神国軍を中心とした連邦に対し、第二艦隊によりドバノンに防衛線を構築するも、新兵器である高火力列車砲を集結させたエジンバラは交戦せずに迂回され、第二艦隊の主力も迅速な神国軍の行動に遅れをとり、ドバノン北部の海域に待機するしかなくなっていた。
しかし、地図を見下ろすカンニガムは焦ってなどいない。
エジンバラに目立つ高火力列車砲を集結させ神国軍に防衛線を迂回させることも、ドバノンに攻撃を仕掛けさせ友軍や民間人被害を恐れ艦船からの砲撃を封じさせることも、ドバノンを蹂躙させることも、全て冬季大攻勢から延長されるカンニガムの思惑の上、頭に描く筋書きの通りの展開だからである。
列車砲も、北洋第二艦隊も、防御に優れるドバノンの要塞都市も、そこに神国軍が目をつけるであろう避難民を収容させたのも、全てはカンニガムが用意した海軍を主導とする連邦に対する攻撃の一手を成すための布石である。
そして、神国軍はその思惑に見事に乗り、ドバノンに全軍による攻撃を仕掛けてきた。
「…これで良い」
ドバノンにいる民間人が蹂躙されているというのに、カンニガムの口には笑みが浮かんでいた。
神国軍が攻勢に出たということは、連邦軍には侵攻に出すだけの戦力が残っていないということだろうとカンニガムは見ている。
多数のスパイを連邦に送り込んでいる海軍独自の情報網を持つカンニガムは、社会主義を掲げていることで孤立している連邦の情報を多く入手している。
それにより連邦が勇者を召喚したこと、勇者が同士討ちを行ったザンドベルクにおける惨劇、そしてその結果連邦が浅利という1人の勇者に占領されたこと、占領されたもののまだ連邦の領邦国家全てを掌握するに至っているわけではないこと、それらの情報も入手している。
そこからダンペレクの奪還以降、つまりヨブトリカ領の侵攻に神国軍のみが出てきたのを焦土戦術と冬季大攻勢における玉砕線の数々から連邦軍にはもう他国に侵攻できるだけの戦力が残っていないと見ていた。
つまり、この神国軍を潰すことができれば、連邦もまたその軍事的な戦力を失うことになる。
そうなればもはやヨブトリカ海軍に逆らうものはいない。その権力は絶対的なものとなる。
念のためにもう一手の策を用意してあるが、ウーリエの神国軍がカンニガムの思惑通りに動いたため、それを使うまでもないだろうとカンニガムは見ている。
「天族か…」
智天使ウーリエ。
天族においても、人族が圧倒的に勝る魔族や天族と渡り合える秘訣の1つを担っている戦術に注目する存在が現れつつある。
しかし、それらはまだ人族から見れば幼稚なものであり、むしろ齧るものが率いる軍勢は無策で力押しをする軍勢よりも与し易いこともある。
それは今回のウーリエにも見られる。
今回の作戦において、エジンバラは攻撃させずにドバノンに侵攻させることが重要であり、そのためにわざと天族が通れる隙を見せた。
ここで危惧されたのは被害を無視してエジンバラに攻撃を仕掛けることである。
人族の蹂躙を特に好むという天族の習性を利用し、今回の作戦の生贄となる民間人はあえて全員をドバノンに収容した。
人族の将ならば、逆にここまでエジンバラを素通りしてドバノンを攻撃すれば利があるぞ、などと見せつけられるようなこの配置には不信感を抱く。
しかし、ウーリエは疑いなど持たずに食いついてきた。
それも、エジンバラに牽制の軍勢を残すこともなく、全軍でドバノンに攻撃を仕掛けてきたのである。
「何故だろうか…」
準備は周到に、時間をかけ、国内外の邪魔を排斥し上り詰めてきた地位。
それまでに経験した数多くの苦渋を省みて、最後のこの舞台が自身の想定通りの展開をみせていることに、逆にカンニガムは不安を覚える。
何も障害がないこと。何もかも順調にいっていること。
それが、落とし穴が見つけられないという不安を抱く。
だからこそ、必要ない備えの一手まで用意した。
それでも、カンニガムは不安だった。
「…ウェルズリーに繋げろ」
ドバノン北部の海域に待機させている北洋第二艦隊の司令間に連絡をつなげるように命令を出す。
「…何でしょうか、元帥?」
「予定を変更する」
ウェルズリーとの通信がつながると、カンニガムはこの言い知れぬ不安に対する備えの一手をもう1つ増やすことにする。
「作戦変更だ。エジンバラ作戦の発動後、北洋第二艦隊は神国軍撃破後は当海域に待機し反転攻勢へは参加するな。以降の命令はこちらから送る」
「了解しました。…何か、不安でも?」
カンニガムに長く仕えているウェルズリーは、その突然の命令変更に対しカンニガムが不安を抱いていることを察する。
だが、何が原因で不安なのかまだ見えていないカンニガムは答えようがない。
「私にもわからない。だが、不測の事態はいつ起こるかわからない。備えは1つでも多く残したほうがいいだろう」
「了解しました。ソーンダイクにもこの事を?」
北洋第一艦隊の司令官であり、北洋艦隊の統括者であるソーンダイクはエジンバラ作戦における攻撃部隊を指揮している。
なんらかの落とし穴があるとすれば、最も被害を受けることになるのは第一艦隊になる可能性が高い。
警戒を促すべきでは?というウェルズリーの意見に、カンニガムは首を横に振る。
「いや、第一艦隊にはかの軍勢が付いている。むしろ、私が一番警戒したいのは同盟の方だ」
「同盟? しかし、連中に北洋艦隊を倒す戦力が残っているとは思えませんが?」
カンニガムも同盟が脅威になる可能性は低いと考えている。
ウェルズリーの指摘はもっともだが、連邦でないとすれば可能性があるのは同盟諸国になる。
同盟諸国との関係はあくまで社会主義を掲げる共通の敵の連邦を倒すために同盟を結んでいる関係であり、むしろ人質をとって継戦を強要させた上に冬季大攻勢で多くの将兵を無駄死にさせたためにいつ敵対してもおかしくない関係にある。
同盟が反抗しないのは、あくまでも無傷でその戦力を持つヨブトリカの海軍に対抗できる戦力が残っていないからであり、エジンバラ作戦において北洋艦隊に被害が出るようなことがあれば、同盟が人質奪還のためにヨブトリカに侵攻してくる可能性は十分にあった。
モントゴメリーの第四師団は陸軍である。中央には興味がなくこちらから干渉しなければお互い無視しているためこちらは警戒する必要はそこまでない。
だが、同盟側にはエマンティア大公国がある。かの国の今代のエマンティア大公は人族最強の剣士と言われており、かつての魔族の元帥の一角であったアルファルドの愛刀である大剣エグゼキューショナーズを扱うことで有名である。
エグゼキューショナーズの逸話は一振りで航空戦艦を両断し、神国軍の百騎あまりの兵を両断するというもので、その一振りで一方的に量産する死体の山から死刑執行の剣とまで言われている。
それを扱うエマンティア大公は、まさに一騎当千の存在。
その存在は同盟の残った戦力をまとめ上げるには十分なものであり、これに対する備えを北洋第三艦隊から選出しているが、それよりも第二艦隊をそのまま用いたほうが良いというカンニガムの判断からだった。
杞憂かもしれないが、それでも不安はぬぐえない。
「いっそ、同盟を先に潰すべきでは?」
ウェルズリーの提案に、カンニガムは首を横に振る。
「いや、同盟よりも連邦が先だ。ネスティアント帝国は体制が変わったアウシュビッツ群島列国とも同盟を結んだという情報が入っている。勇者がいる以上、かの大国の介入も考えられる。黙らせるためにも、連邦を先に打倒しなければならないだろう」
ネスティアント帝国は常に魔族皇国との戦争を考慮し、その強大な国力から生まれる軍事力を東の海に集中させている。人族国家間の戦争に介入する可能性は低い。
だが、ネスティアント帝国にも勇者が召喚されているという情報がある。連邦の勇者が接触し、帝国ではなく帝国の勇者が介入をする可能性は十分に考えられる。
それを防ぐためにも、同盟を潰す前に連邦を打倒し勇者を捕える必要があった。今は同盟にこちらから砲火を向けるわけにはいかない。
「了解しました。では、プラフタの方面は?」
「予定通り第三艦隊を回す」
それでウェルズリーとの通信は終了する。
椅子に座り直したカンニガムは、ふと未だに見つかっていないとある男の存在を気にする。
「チャールズめ…」
ヨブトリカ王国最後の宰相。海軍のクーデターを鎮圧し、ウィリアム9世を立てて一時ヨブトリカの最高権力者に上り詰めた貴族の名だ。
陸軍を利用して建てた王権だったが、そのウィリアム9世を殺したのもまた陸軍である。
そのクーデターを鎮圧し、王政に終止符を打ってこの地位を手に入れたカンニガムだったが、陸軍を壊滅させることはできたもののチャールズだけは未だに見つけることができないでいる。
王政の崩壊とともに貴族も全て処分したが、チャールズの存在は大きい。
奴が生きているとなると、そして同盟に逃れることができたとなると、非常に面倒なこととなる。
匿っているとすればモントゴメリーがかなり怪しいが、こちらが手を出せば第四師団は反撃をするだろう。
あの師団は権力から外された者たちで構成されている師団であり、いわゆるアウトロー集団だが、師団長のモントゴメリーは名前こそ知られていないが、生い立ちが特殊でありアウシュビッツ群島列国の傭兵とヨブトリカの没落貴族の令嬢の間に生まれたことでアウシュビッツ群島列国において傭兵の子供として育つ。
その頃、アウシュビッツ群島列国は各地の戦争に傭兵を介入させていたことで周辺国に恨みを買っており、多くの国と戦争をしていた。
そこで大暴れし、最終的に群島列国を勝利に導いた立役者となる傭兵船団が、モントゴメリーの生まれ育った傭兵海軍なのである。
その父の戦いを間近で見て、時に参加して育ってきたモントゴメリーの将の力は、おそらく相当なものであるとカンニガムは警戒していた。
権力に興味がないのでこちらから干渉しなければ無視をしている辺境軍のため、わざわざ手を出すことはしないほうが得策な不気味な相手である。
そのため、チャールズが逃げそうなのはそこしかない。
しかし、介入するわけにはいかない。
チャールズも重要だが、連邦を倒すほうが先決である。
今は順調に進んでいる。
ならば、やるべきことは決まっている。
「エジンバラ作戦を発動せよ」
静かにカンニガムが発した命令により、ヨブトリカの逆転の一手となる作戦『エジンバラ作戦』が発動した。
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エジンバラ要塞に詰めていた北洋第二艦隊所属のヘンリーも、その命令を受けていた。
「よし、来た! さーてと、いっちょ派手にかましますか!」
彼の視線の先では、ドバノンが神国軍の猛攻を受けている。
それに対し、迎撃のために用意したはずの列車砲をヘンリーはドバノンに向ける形で線路上に多数並べた。
ドバノンには未だに民間人が多数いるが、それらはこの作戦の神国軍を引きつける囮であり、生贄である。
もともと、カンニガムは彼らを守る気など初めからなかった。
「術式構築! 目標、ドバノン! 撃っちまえ!」
大量の列車砲は、エジンバラからドバノンに向けてその砲火を放つ。
同時に、ウェルズリーの指揮する北洋第二艦隊の砲撃も、守るべきドバノンに向けられる。
それは防衛線を構築して敵を迎撃するものではなく、敵を目標地点に誘い込みこれを包囲殲滅する殲滅戦であった。
ドバノンは湾岸都市、つまり海軍の領域であり、なおかつ要塞としても機能する都市は外敵から防衛するだけでなく内から内通者が逃げないように出にくい形をしている。
さらに、転移阻害の魔法が都市全体に展開されており、これにより機雷の転移攻撃ができないが中に入った敵軍を一兵たりとも逃すことなく殲滅できるようになっている。
そして、海と陸から完全包囲を展開させ、ドバノンを殲滅する。
それが、エジンバラ作戦の第一段階である。
これにより侵攻してきた敵軍をドバノンの内部にいる民間人や守備隊もろとも一気に崩壊させる。
これにより、神国軍は完全包囲され殲滅線を受けることとなった。
だが、エジンバラ作戦はそれだけでは終わらない。
「さーて、あとはソーンダイク中将にお任せしましょう。連邦の皆さん、きっと驚くだろうね」
これはあくまでもエジンバラ作戦の第一段階にすぎない。
ドバノンの殲滅戦から、ホラメットに戦場は移る。
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「何だと!?」
ウーリエ戦死。
その報を受けたカブランカ大河に待機していたコバロティス率いる連邦軍は衝撃を受けた。
それとともに、北洋第三艦隊がプラフタに対して攻撃を仕掛けているという。
「一体、何をしたというのだ…!?」
冬季大攻勢の敗戦でヨブトリカの軍事力は事実上崩壊したと見ていたコバロティスの衝撃は計り知れない。
だが、コバロティスはさらなる衝撃を受けることになる。
「コビロティス将軍!」
伝令が慌てた様子で入ってくる。
だが、その前にカブランカ大河に異変が起きた。
大きな水しぶきとともに、大河から巨大な航空戦艦が浮かび上がったのである。
「なっ!?」
掲げるはヨブトリカ海軍の紋章。
今ではヨブトリカ軍国の国章となっているものだ。
大河から出たということは潜航戦艦なのだろう。その巨体を大河に沈めて隠れて移動してきたということだろうが、航空機能まである戦艦など初めてである。
それらの魔法陣を搭載するためか、それは単艦ながら巨大であった。
「げ、迎撃だ! 相手は単艦、勝機はある!」
新兵器だろうが、カブランカ大河に駐屯する連邦軍は数において圧倒的に勝っている。
そのため勝機はあると、度肝を抜かれる連邦軍を何とか鼓舞し戦闘体制に入ろうとしたコバロティスだっだが、その次の光景を見て言葉を失った。
「何、だと…!?」
その新型戦艦は、無数の魔法陣を起動させ、その転移の魔法陣から多数の艦隊を出現させたのである。
転移魔法を搭載した、航空機能と潜航機能を備えた戦艦。
それは、空を飛ぶために防衛線を構築しようと地形を気にせず突破することが可能であり、補給線を転移魔法を利用することで移動しながら常に確保し補給も撤退も自在に続けることが可能である、まさに飛行する要塞そのものだった。
一気に数の優勢が覆されたことに混乱する連邦軍に、空から大量の攻撃が降り注ぐ。
「こ、こんなもの、勝てるはずが…」
それがコバロティスの最期の言葉となった。
司令部に機雷を落とされ総司令官を失った連邦軍は崩壊。
幾度となく大規模な戦闘が繰り返されたカブランカ大河の戦闘。
最後にカブランカ大河で激突した両軍の戦闘は、一方的なヨブトリカ軍の殲滅となった。
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新型戦艦、巨大空母ユグノー号。
転移魔法陣を搭載し、本国との転移魔法を駆使した軍勢の投入と補給を可能とし、潜航機能を備えたこの新型航空空母は、コバロティスの得意とする冬を利用した焦土戦術に対応できるものである。
これがエジンバラ作戦の第二段階。ユグノー号を中心とした北洋第一艦隊を投入し、ザンドベルクを攻略する。
ヨブトリカ軍による反撃が開始される。
そんな中、ヨブトリカ軍国南方、ソラメク王国との国境に駐屯するヨブトリカ最後の陸軍戦力、モントゴメリーの第四陸戦師団の元に、とある人物が訪れた。
「…おす」
「それがあんたらの挨拶なのか?」
目の前の椅子に座った少女に、モントゴメリーは目を向ける。
彼女と会うのはこれで二度目である。
ネスティアント帝国から来たと名乗るこの少女は、国境近くでヨブトリカの騎士から襲撃を受けそうにあった彼女を見かけ助けた。
とはいえ、それが無意味だったことをすぐに知る。
子供にしか見えない彼女は、異世界から召喚された勇者だった。
親友を助けたいという彼女の願いを受け、モントゴメリーはヨブトリカにおける彼女の活動を支援することにする。
土師と名乗る勇者は、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に召喚されたという雪城という勇者と親友同士であり、彼女と会うために連邦に向かいたいとここに戻ってきたのである。
「まあできることはするけどよ…」
今のヨブトリカは海軍の独裁体制にある。
第四師団は中央との関わりが薄い。
それを取り戻そうと有力なパイプを持っているチャールズを一時匿ったものの、連邦の暗殺者によって彼は殺害されてしまった。
権力欲の塊のような男であるカンニガムを心底嫌っているモントゴメリーは、中央との関わりを持っていない。
交戦中の連邦に彼女を送り込めるだけの力はモントゴメリーにはない。
連邦に協力者でもいれば別だが、今の連邦は勇者同士の争いから占領された国となったという話を上層部から盗み聞きしたことがある。
今の連邦は危険であり、少女1人送り込むなどさすがにモントゴメリーにもできない。
「もうしばらくここにいた方がいいんじゃないか?」
連邦とヨブトリカの戦況は、エジンバラ作戦によって一気に動く。
連邦が降伏してからでも、人族に必要な勇者は殺されることはないだろうから、いつでも捜すことはできる。
だが、土師は首を横に振った。
「ダメ。栞菜は早く見つけないと」
「…まあ、俺にできることなら何でも協力してやるから」
そういったモントゴメリーに、土師は微笑む。
「…うん。感謝、してる」
「お、おう…」
思わず一瞬だが彼女の笑顔に見とれてしまう。
しかし、目の前の少女は16歳と言い張っているが、モントゴメリーには高く見積もっても12歳〜13歳にしか見えない。
違う。断じてそんな趣味はないと、自制する。
「とりあえず、しばらくはここに居ろよ。俺の部下を連邦に送る。勇者なら目立つだろうから、すぐに見つけてやるって」
「わかった。世話になる」
土師は頷いた。
そこに、通達が入る。
「エジンバラ作戦が発令されました! 北洋第一艦隊の旗艦ユグノー号はカブランカの連邦軍を粉砕し、ハプストリアに侵攻したとのこと!」
「…急いだ方がいいな」
モントゴメリーは頷く。
ソラメク王国と秘密裏に接触している彼は、もしもの際には人族の希望である勇者の土師を逃がすルートを確保している。
魔族皇国相手以外には腰の重いネスティアント帝国を介入させることができれば、カンニガムも止められるだろう。
ソラメク王国はネスティアント帝国とも繋がっている。
人族同士で争っていれば、魔族皇国が黙っていない。
特にこの戦争には神国が介入している。人族同士で争っている場合ではなく、連邦との戦争を早く終結させ、魔族皇国に対する防衛線の構築をしなければならない。
同盟が連邦を占領するのは良い。
だが、皇国か神国が占領すれば勇者は確実に殺される。
エジンバラ作戦が発動している以上、彼らに勇者が捕えられる可能性はある。
モントゴメリーはそれを阻止するために、すでに配下を連邦に忍ばせている。
「早めに確保して、ソラメク王国の方に避難させられれば良いんだがな…」
空を見上げると、灰色の雲が覆っていた。
どうやら、空模様は宜しくないらしい。
エジンバラ作戦は連邦首都ザンドベルクを落とすことができる海軍の最大の作戦だ。そう簡単に破れることはない。
だが…どうにも不安を感じる。
その時、別の連絡が入った。
「…勇者が、見つかった!?」
「…!」
モントゴメリーの声に、土師も反応する。
すぐにモントゴメリーにつかみかかってきた。
「何処!? お願い、教えて!」
「ちょっ、痛いっつの!」
勇者の力は人族のそれを遥かに超える。
腕を掴まれたモントゴメリーは骨が折れそうな力に悲鳴をあげる。
しかし御構い無しで力を込める土師。
「教える!」
「分かった!」
ふっと力が抜ける。
腕を押さえながら、モントゴメリーは報告の地名を告げる。
「連邦領、プラフタの都市、グノウ。そこで雪城と名乗る勇者が見つかった」
「栞菜が!?」
土師の珍しい大声に、モントゴメリーが驚く。
普段のとろんとした不気力な表情と明らかに違うその深刻そうな雰囲気に、只ならぬものを感じたモントゴメリーは尋ねる。
「どうした?」
おそらく、見つかった勇者の名前が何らかの深い関係のある相手なのだろう。
土師はモントゴメリーの方を見るが、その口は何も言わなかった。
それを見て、モントゴメリーはかけるべき言葉を変える。
「…質問を変える。どこに行きたい?」
「グノウ」
即答である。
モントゴメリーは口元に明らかに凶悪にしか見えないながらも優しさのこもった笑みを浮かべる。
「なら俺が連れて行ってやろうか」
「顔怖い」
ガーン!
モントゴメリーはショックを受けた表情になった。
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